第49話 ≪第2の町≫
乾いた山道を歩く足音が3つ。
2人の獣人を背負う一人と、おぼつかない足取りでついていく一人。それと、2人分の荷物を抱えた荷物係が一人。…あとは、飛んでいる飛行体。
先の戦闘で、食料も水分もすべて奪われてしまったようで。皆、喉がカラカラ状態。
だが、元気の良さは若さゆえか。
疲れを全く感じさせない2人は、弱音を吐くことなく複雑な草木道をどんどん先へと突き進む。
「?! 健吾さんて、まだ16なの?!」
「? ええ、まあ……そんなにおかしいですか?」
「えぅ、そうじゃなくてもっと年上かと」
セレスは口元を抑えて、露骨に驚きを前面に出している。
それほど、大人びていたということか、もしくは老けて見えていたか。嬉しさ半分、悲しさ半分の気持ちだった。
「そっすよ。てっきりかなり上かと思ってたのにあんま変わんないとは思わなかったです」
「…あんま変わらない? えっ? 2人て今幾つ?」
「私14」
「15ス」
「?!? ええっ!?一個下と2個下なの全然見えないんだけど?!」
驚愕の事実に思わず声を上げる。
が、2人に声を落とすように口の前に指を立てられ、すぐさま口を紡ぐ。
「ダメっすよ。ここら辺他の魔物のナワバリなんで、大きい声出しちゃ。あのドラゴンがいるなら、流石に大丈夫だと思いますけど…」
「っす、すみません…にしても、もっと年下だと思ってました。10とかそこらかと」
「俺らは歳の重ね方が健吾さんと違うんすよ。…獣人と会うのは初めてっスかね?」
もちろん、初めて。なのだが、例えばパキスタン人に会ったことあるか? と聞かれて、会ったことないと答える方が過半数な気もするが見たこともない、と答えるのはいささか不自然さを感じる。
そう考えた健吾は、若干分かった風で話しながらも色々と詳細を尋ねながら話を続ける。
「寿命が短命な分、成長が早いんすよ。つっても、平均でみると変わらないかもしれないんすけど、成人期間が俺らの方が長いんで、それから―――」
曰く、子供から大人になるまでが早く、大人の期間が長いとのこと。
他にも、特徴として嗅覚、聴覚が人より優れて、頑丈さ俊敏さが人よりも優れている。
まあ、崖の上から落ちていく様を見るにそうだろうなと納得しかいかないが、そうだとしても精神面の成長具合はなんだろうか。明らかに長男だろうと見えるリアンはそれにしても大人びすぎている気がする。
一個下に到底思えない。
「――ねえ、気になってたけどお兄ちゃんのその『○○っす』っていうの、どうしたの? すっごい違和感あるんだけど…」
「は、はぁ?! べ、別にいいだろ気にすんなよ!」
「なんか、まるでホークスさんの時みたいな話し方で――」
「気にすんなっ…」
声を荒げようとした瞬間にセレスと健吾に人差し指を立てられて静かにするように怒られる。
即座にナワバリの件を思い出したリアンは、両手を合わせて軽く謝罪をすると歩みを進めた。
気になって言葉をかけるかどうか悩んだが、リアンとセレスはお互いに触れたことに気まずそうであった。
流石にそこに割って入るのは度胸がありすぎるので、どうにか話題を別の方へとずらすため辺りを見渡す。
「あっ、ちなみに、そのさっき言ってたあのミサンガってなんなんですか? 凄い過剰反応してましたけど」
その質問に対して、よほど驚きを隠せなかったのか二人が同時に振り返る。
あまりよくない、質問だったのかと取り消そうとしたが、その二人の視線は不可思議さに混ざった疑心が微かに浮かんだように思えた。
「えっ…? ミサンガを知…らない? そんなことあるのかな……」
「い、いやいやありえるんじゃねえか? 相当田舎に住んでりゃ見かけねえぐらい、別におかしくは―――」
2人の疑問。
今の今まで気にはしていなかったが、思えばこちらの素性は何も知らない。
よく考えれば2人の素性も知らない。
そして、その情報を疑うに足りる現物が一つ。健吾の後ろで悠々と欠伸をする飛行物体。
考えてみればあまりにも現状が整理しきれない事態なことは冷静に考えればわかること。戦闘後というマヒした空間でその均衡を崩してしまう一言を健吾は放ってしまった。
「……」
「……」
「……」
異様な空気が場を包む。
ミサンガの存在。あっ、あの3つの糸で編む奴ですよねカラフルな~。などボケれる余裕はどこにもない。
しかも、現況で最初に放つ言葉を間違えれば次は何と疑われるか分かったものではない。
とすれば、待ちに徹するのが一番。
「健吾さん……」
「……はい」
「アンタ、確か”旅人”やってる…って言ってましたよね。なーんか、おかしいと思ったんだ、長く旅をやってる人がスズメカに刺されるなんて間抜けなことはしない。ましてや、ドラゴンに見張りをさせて森で寝るだなんて、警戒心ってのがかなり薄れてる…」
「しかも、あれよね。確かドラゴンの生息地域って、雲の上って噂だけど前に一王国に付き、抑止力としてドラゴンを地下に住まわせているって噂を聞いたことがあるわ……」
2人は神妙な面持ちで、じりじりと近づいてくる。レオは興味なさげに上の空。
今の状態、確かに自分を証明できる材料がない。
いっそ、異世界から来たみたいです。とか言ってみるか? 到底信じてもらえないか、呆られるの2択だと思うが、変なことを言うよりよっぽどマシだと思う。
それでこそ、犯罪者なんかと思われて襲われるなんてことになれば溜まったものではない。
健吾は、にじり寄る2人に合わせて後ずさるしかできない。
下から覗かれる熱視線に目をそらし、しばしの沈黙と冷汗がじんわりと背中を濡らし始めた頃で、先に口を開いたのはリアンだった。
「健吾さんて、もしかして―――裕福な坊ちゃんだったんですか?!」
―――――思ったよりあらぬ方向に進みそうだ。
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「あーっ! 見えた、見えた! もぅ、ホント体力の限界ぃ~」
「徒歩だと、より距離感じるなー。結構日も開けちまったしアイツ等大丈夫かなー」
辺りが若干薄暗くなり、なんとか日が完全に落ちるまでに彼らは目的地へとたどり着いた。
長く、深い森からようやく抜け出して辿り着いたのは、遥か上まで伸びる木目の壁。
というより、左右どちらにも伸びていく様を見るに柵みたいなものだろうか。丸太を突き刺して、壁を作っているのではなく木の板を何重にもして壁にしているようだ。
木の年季。その色味から見るに、先の町より歴史が長いのか、規模が小さいのかはまだ定かではないが、かなり表面がほつれて時間を感じる。
「…正面から入らないんですか?」
「ああ、健吾さん。そんな敬語なんて辞めてくださいって言ったじゃないですか。――そうですね、今までお城で過ごしていたなら知らなくても無理はないですからね」
……あれから、某王国の貴族だと思われているせいで、無駄に設定を凝らなくちゃいけなくなった。
ちなみに、今の所。期国王だが、今まで王宮暮らしであったが、可愛い子には旅をさせよ、ということで世界を知るための旅の途中。
ドラゴンは国王がせめてもの従者として連れて行かせたもの。
路銀も自分で稼がるため、身一つ、ドラゴン1つで旅の途中だということ。
「それにしても、こんな出会いがあるなんて外にも出てみるもんだな」
「そ、そうよね、お兄ちゃんっ。私達の時とは言わずとも、弟、妹たちの時には時代がガラッと変わるかもしれないもんね…!」
2人は、先ほどとは打って変わってこちらに向ける熱視線が希望と期待に輝いている。
一体何のことかを聞きたいが、この空気ではよっぽどじゃないが口を挟めない。…あと、某国の貴族という立場が、ちょっと心地よいせいもある。
別に、今のこの状況からして真実を伝えない方が幸せなこともあるし、自分としても敬って貰えるので、多少動きやすくなる。
お互いにとっていい状況になるのではなかろうか。
そのように頬を少しつり上げなら、2人の後姿を傍観していると2人がなにやらゴソゴソと壁の前で作業している姿が目に留まる。
「―――何してるんです?」
「敬語…ああっもういいや、慣れてきた時に好きに外して下さい。今は、裏口を開けようとしてるんすよ」
「ご、ごめん。裏口?」
「まあ入ればわかるけど、私達はいつも、この裏口から出入りするのよ。正面玄関じゃうまく通してもらえないからね」
…? 何か、違和感のある物言いをされたが、この町で住んでいてなぜ正面から入れないのだろうか。うまく、通してもらえない…?
「あーもーお兄ちゃん下手ね。まだ、開けるの下手くそなの? いつも、ぐるって一周させて押し込んでから持ち上げるって言ってるじゃない」
「っ…おっかしいなぁ。最近、上手くなった気がしてた…んだけ、どっ」
壁の少し下。
土を掻き分けて、どうやら取っ手みたいなものを探しているよう。だが、どうやらその取っ手が見当たらないのかどうかわからないが苦戦しているようだ。
「…………セレス。場所………合ってるよな?」
「え…? う、うん…このバツ印の下だもん…」
「一つ…確認していいか? 取っ手を最後に押し込んで、ハマったら持ち上がる…んだよな」
壁にうっすらと書かれたバツ印。
言われなければ分からないような印の下を見つめるリアンはその取っ手を見て、不安よりも不吉さを感じていた。
セレスはその言葉を聞いて、恐る恐る後ろから覗き込み、健吾も釣られて逆側から同じ動作をする。
「……もし、回し続けても押し込めないとなったら―――なんだと思う?」
木々の隙間を風が通り抜けていき、木の葉が舞う。
数秒の静止。つばを飲み込む音が鮮明に聞こえた。
セレスも、ゆっくりと屈むと取っ手に手を伸ばし、1回、2回…と手の感触通りに回していき、どのタイミングでも入り込まない奇妙さをその両手に感じ取る。
「……こんなこと、今まで一度でもあった…?」
セレスの掠れたような声が、不安を増長させる。
今現在、何が起こっているか分からない健吾でも、その現場の異常性を強く感じ取っていた。
3人は、顔を見合わせて1人、1人と目を合わせると後ろに休ませていたへリオとフローラを担ぎ、壁伝いに進んでいく。
山向こうに見える太陽がどんどんその姿を見えづらくさせていく。
リアン曰く、それほど遠くないと言っているが見た感じは全くゴール地点が見えない。
3人とも、さっきまでの陽気なムードと打って変わって嫌な沈黙が場を支配する。
特に、セレスは一度辿り着いたという安堵から気が抜けてしまったのか、何度かふらついて壁に頭をぶつけてしまっている。
だが、ソレに対する心配の声もリアンから飛んでこない。
それほどまでに、今この中の状況が読めないということだろう。
景気づけに一発ギャグでもやるのが、今の自分の使命なんじゃなかろうかと考えているうちに、気が付けば正面の門の前まで辿り着く。
「―――見張りが、いねえな」
「…うん。いつも、必ず2人は居るのに……」
3人は、何故か人一人分開いている城門を見やると、示し合わせたわけではないが、リアンを先頭にゆっくりと歩を進める。
30センチはありそうな分厚い木の城門に手をかけて、隙間を這うように中に入る。
2人が入る際に顔を見合わせたのを見るに、その異常性がひしひしと伝わった。
門の隙間から顔を覗かせると視界に飛び込んでくるのは最初の町とは違った、農村のような風景。決まった道に建物が置いてあるわけではなく、建物に沿って家が配置されている。
だが、壁を這ってきたから分かるが広さはそこそこある。地形が盛り上がった土壌の上に町が形成されているからか、奥の建物まで鮮明に見え、良くも悪くも一目で全景を捕らえることができた。
そう、良くも悪くも一目で全てが分かってしまった。
「……なんか、変だ」
リアンがぼそりと呟く。
その違和感は鈍感な健吾でも門を潜り抜ける前から感じていた。
月夜に照らされる町、街灯が何一つついてない光景。話し声も、人の息遣いすらも、全く聞こえない静寂。
―――そう、物音がまったくしないのだ。
「……お兄ちゃん…」
不安そうな顔をしたセレスが体を寄せてリアンの袖を掴む。
その震える手に、震える手を抑えて掴み返すと深く、深呼吸をして神経を全方位に張り巡らせていた。
―――と、その時。
はるか遠くから、目にもとまらぬ速さで動く物体を見つける。
その勢いは、健吾の視力でも簡単に捉えられるもので3人が臨戦態勢に入ってのはほぼ同時であったといっても過言ではない。
それほどまでに、この場の異様な雰囲気と空気が3人をそうさせた。
が、健吾より視力がいい2人がその異変の答えに気付くと、先ほどまで立てていた耳を垂らして瞳に光が差し込む。
「!! ジャッキ―ッッ!」
「ダメだっっ!!! 来ちゃだめだ!!!!!!!!」




