第48話 ≪戦闘の後≫
空に残る砂塵が舞い落ち、その場の静寂に誰もが息をすることを忘れている。
が、誰かが零した安堵の声。
その音に続いて、安堵が喜びへ。小さな歓声が上がると同時に、皆が近くの者と抱きしめ合って、体で感動を嚙みしめていた。
リアンは、辺りに響く喝采に未だ目の前の情景と現状が合致せずにいたが時間が経つにつれて、実感が湧き始める。
「た、すかった…?」
零れ落ちるような声。
リアン自身も発言を意図していない節があり、理解との乖離が見えた。
だが、その安堵の思考も束の間、すぐさま思いつくのは3人の安否。
すぐさま、体を起こすがうまく力が入らずよろめいてしまう。
「お、おいっ…」
健吾からかかる、不安の声。
その声に反応する余裕はなく、ただ三人の安否を心配する思考が脳内を埋め尽くす。
それゆえか、立ち上がる第一歩目は何とかなっても、二歩目は空を切って視界が一回転した。
受け身も取れなかった背中からの落下。
その衝撃で視界がブレ、駆け寄ってきた人影が幾つにも伸びてやがて、1つの闇になる。
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「……ちゃ…」
「にぃ……ちゃ……」
「――――お兄ちゃ――――」
音が歪んで、はるか遠くまで反響するかのような感覚。例えるなら、そう―――水の中だ。
果てしない海の底に背を付けて微かに浮かぶ水面の光を見上げている。
頭の中はまだ不明慮で、今誰に、何と呼ばれたのかも分からない。
……誰だ? 今、何と言っている――――?
”お兄ちゃん”…? なんだ、お兄ちゃんって。誰の、何のお兄ちゃんってん
「セレス―――ッッ!!!」
刹那に浮かぶ妹、セレスの顔が脳裏を駆け抜けた。
名前を叫びながら顔を勢いよく持ち上げたリアンの額に何かぶつかる衝撃を感じたが今はそれどころではない。
兄、そうだ。妹、セレス、セレスはどうなった?! というか、今何をしていたんだ。寝転がって……! そうか、いつの間にか気を失って、アレから一体どうなって―――
「うわあああああ!! セレスさ――――んっ!」
背後から悲鳴が聞こえる。
その声に顔をしかめながら額に走る痛みを食いしばって、ゆっくり振り向く。
そこには、目を丸くした妹のセレス。
それを抱きかかえながら慌ててる様子の健吾。
……流石の寝起きでも察しが付く。間違いなく原因は俺だ。
その証明と言わんばかりに、額が痛い。
「わ、悪いセレス……大丈夫か……?」
心配と申し訳なさから出る震えた声。それは、どうやらセレスにも届いたようで、ゆっくりと手が上がる。
「お、おにぃちゃ…だいじょー…ぶ…」
絞るように声を出したセレスだが、その言葉を最後に手がぱたりと静かに地に付いた。
その姿に縋るように近づく兄のリアン。動かない、その手を握りしめ、溢れんばかりの想いを込め握りしめると静かに俯いた。
それは、若くして散った小さな命を、安らかな旅立ちを祈る兄としての最後の務めであった。
―――と、そんな茶番をいつまで続けるのだろうと呆れる健吾。
それぞれがやり直せない所まで突き進んだせいで、誰も終了のホイッスルを鳴らせずただただ静寂の時が流れた。
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「―――この芝居やって、場が白けたの初めてだな。なぁ、セレス?」
「初めてって言ったって、いつも年下の子たちにしかやっていないんだからいい年した人には見抜かれちゃうでしょー」
2人の飄々とした様子に健吾は安堵する…が、戦いの後だとはっきりと分かる残滓を快く思っていなかった。
自分よりも下回りも小さい体に刻々と刻まれる戦闘の後。傷跡から考える痛みは、きっと想像しているよりも遥かに上だろう。
「健吾さん、そういえばさっき話していた話。結局どうするの?」
不意にセレスに声を掛けられてハッと目が覚める。
「―――そうですね。とりあえず目的地はないんですけど、正直宿なしのしんどさがこれほどとは思っていなかったので……もしお邪魔でなければ…」
「ケハハ、そうよね。スズメカに刺されてあんな思いするのはイヤよね」
「? 何の話をしてたんです?」
セレスは、その問いにちょうどいいと気を失っていた間の顛末を伝える。
まず、盗賊と捕まっていた魔物達について。
盗賊はレオとロットス兄弟の戦闘で、ボスを無くしたこともあり、さっきまでの勢いを無くして大人しく拘束されていった。
魔物達は、行く先がないものは人魔団体に連れていかれて、家族で住処があるものは近くの者と集まって帰っていった。
もちろん、人魔団体の被害もかなりのものだったので、増援を呼んでいるらしいがかなり手間取っている様子。大体の魔物が自分たちで足並みを揃えて動いていて、ただただ親をなくしたものたちがだけが行く先を無くして集まっている感じだった。
ただ、その帰路に着く先々で幾つもの魔物達が木陰で身を丸めるレオの元に行き、人で言う敬礼のような仕草を取って去っていく。
それにレオは素知らぬ表情をしていたが思うところがあるのかないのかは分からずじまいだった。
そして、それはリアンにも同じ現象が起きていて、セレスの膝で休んでいたリアンの元に赴き聞き取れない言語で涙を流して手を握りしめていく者たちが数多くいた。
「―――――」
リアンは、右手を微かに上げ、僅かに残っている温もりを感じ取る。
だが、そこに映る表情は愉悦でも、安堵でもなく、ただただ口の端をつぐんで眉をひそめていた。
そして、その後へリオとフローラを引き連れて、人魔団体の視界に入らない木陰で休んでいたという訳だ。
「―――なるほど、な。セレス、怪我は大丈夫そうか?」
「へ、へへへ…実を言うと結構限界。今お兄ちゃん分裂しそうになってるし……」
そういいながら、体が右へ左へゆりかごの様に揺れている。
先の状況下でかなり気を張っていたのだろう。今でこそ、兄のリアンが目を覚ましたからいいものの、かなり参っているはず。
「かなり血を流したもんな。とりあえず住処に帰らないと。へリオとフローラも……いや、ごちゃごちゃ考えても仕方ね。とりあえずエツ婆に見してみないことには」
「―――ねえ、お兄ちゃん。へリオとフローラ…治る、よね…?」
そういって、木に寄りかかって目を瞑っている二人の方へ視線を促す。
それは、まるで木偶の人形のように静かで、ただ呼吸だけをしている状態にしか見えない。
「どうだろう、な。まだ契約が完全になる前だからどうにかなると、思っているけど…俺もあまりミサンガについて完璧には詳しくねーんだ」
リアンは立ち上がりながら、体を伸ばす。
が、先ほどのダメージがまだ残っているのか伸びきるときに右手のことを忘れて短い悲鳴をあげる。
それに、セレスは軽いため息をついて肩を抑えると肘を抑えて、腕を本来の方向へと無理やり押し込んだ。
聴いちゃいけない音が聞こえた気がするが、半泣き状態のリアンも驚くほどに右腕が綺麗に動き出してストレッチをしている。
短時間の間にあまりにもショッキングな映像が流れていたが、あまりにも二人は平然としているし、日常的な行動なのだろうと、改めて異世界の別次元さを覚えた。
「で、とりあえずエツ婆の所にもいかないといけないし、セレスの怪我も診てもらわなきゃだし、健吾さんは―――ああ、セレスと話してたのってそういうことか?」
「そう。お兄ちゃんがどうするか聞きたかったけど、多分答えは一緒よね」
セレスは後ろに手を組んで女の子らしい動きで体を跳ねさせるとリアンの様子を伺う。
場の空気は、リアン次第。といった感じになっているが、正直リアンの回答も決まりきっていた。
「――ま、おかげで皆無事に助かったこともあるので、別にウチにくることは反対じゃないっすよ」」




