第45話≪人魔団体≫
「………はぁ……?」
思わず、困惑の声が漏れる。なんでフード被ってココに? 顔の模様は? なんで、他の人のフリ?
様々な疑問があったが、それよりも気になるのは―――
「…なんで、助けに来たんだ?」
その問いに、軽々しい返事はなかった。
唾をのむ音。詰まるように震える声。その言葉に自信がなかったように伺える間。
分かりやすく次に発せられる言葉が真意じゃないのは明らかだった。
「―――気付いたら、体が動いてたんですよ」
リアンの見下ろす視線の先では、膝が笑っていた。
先程の行動も、相当無理をしたうえ…なのかもしれない。
「……がとう」
「え…?」
「いえ、それよりも脱出のことを考えましょう。何か手立てを考えてはいるんですよね?」
ぼそりと呟いた後、リアンは意識を周囲に張り巡らせて尋ねた。
周囲の敵の数はさっきので確認済み。へリオとフローラは檻の中に入れられてしまったが、こちらの方はまだ何とかなる。問題は、セレスの隣にいるアニキと呼ばれる男だ。
あの、察しの良さは一手間違えただけで大惨事になる。慎重に事は進めなければならないだろう。
「…いや、気が付いたら体が動いてたんで…」
リアンが目を丸くして、瞬く。
「…………………はぁ?!!」
意図していない回答に思考が一度制止し、溢れたようにでた呆れ声は予想もしていない声量だった。
…幸い、近くに人がいなかったようで出所はばれていないようで、深く息を吐いて肩を撫で下ろす。
「えぇ?! さっきの冗談とかじゃなくて本当に何も考えずに来たんですか」
「じょ、冗談っちゃ冗談だけど、冗談じゃないっていうか……ヤケクソだったもんで」
「あなたって人は本当に……っ」
思わずため息とともに含んだ笑みが零れるリアン。
自分でも、想像していなかった表情をした自身に少し驚くと、遠くから罵声が聞こえた。
どうやら、突っ立っているガルーのことが怒られているそう。あまりに聞きなれなくて、2,3回言われてようやく自分のことだと健吾が気付くと、尻に火が付いたように飛び上がって早歩きで進み始めた。
「……で、脱出の前にココの皆をどうやって助けるかなんですけど」
健吾がまた囁くように呟くと、呆れと困惑した声が背後から飛んでくる。
「えっ、はぁ!? ココの魔物、全部逃がそうと思って来たんですか?!」
「え? いやあ、そりゃ皆で逃げれるなら逃げた方がいいでしょ」
リアンは頭を抱えて、冷静に言葉を紡ぐ。冗談かと思って軽くあしらおうとしたが、どうやら本気みたいでリアンは言葉を詰まらせて頭を抱える。
「―――無茶です。何十体の魔物がいると思ってるんですか……僕の家族助けるのだって、手一杯所じゃないんですよ。よく考えてください、少なくともフローラとへリオ担いで逃げられますか?」
「……自信ないです」
「ほら! 無茶ですよ!」
担がれている身というのを忘れて怒鳴るリアン。
あくまで、助けられた身というのをご存じないのだろうか、と健吾はやや不服であった。
そこに続けるように、「それに」と、、
「ここで捕まってるのは、へリオとフローラみたいな体小さい子か臆病で戦闘経験のない腰抜けばかりです。じゃなきゃ、人間に捕まったりなんて早々あり得ないんですよ」
と、語る。確かに、見渡した感じさっきの戦闘の中援護に入ろうと活き込んでいた者はいなかった。
皆が隅で頭を抱えているか、涎を垂らしながら明後日の方を見ているか、のどちらか。
「…あっ! そういえば、あのドラ…ゴンはどうしたんですか? 本物なら、こんな奴ら一瞬で蹴散らして」
「それに関しては、ちょっと複雑なので後で説明します。興味に惹かれないと動かないので、頭数には入れないで考えてください」
「そんな……あの噂が本当なら百人力ですのに……」
全く同じことを考えていた健吾だったが、鼻から付いてくるはずではなかったレオにそこまで無理強いはできない。というか、してくれない。
先程の、盗賊を一撃でノしてくれただけでも感謝するしかないのだ。
「とにかく、何かしら行動起こしてみましょう。このままでは状況は悪くなる一方ですし」
「そんな、何かって……」
リアンは言葉を詰まらせる。
そんな都合の良いものがあるのだろうか? 時間が稼げて、視界を遮れるような―――
「聞くがよい! 魔物の命を軽く弄ぶ狼藉者共ッッッ!!!」
突如、何処からか威勢の良い叫び声が聞こえた。
その男は、剣を振りかざし、整った髪と大きな腹部を抱え、絢爛豪華な衣装で登場する。
「私の名前はディーデッド・ハルト・リューミル・ビュリンゲルト・ナ・バーダン・ダンバルト・カシオス・バッハだ!! 人魔団体の名において、貴様等の所業、見過ごすわけにはいかないッッ!!」
大穴の通路。反り立つ壁の抜け道は前と後ろにあるのだがその一方からの演説。
仰々しく台が用意され、台の上で剣を掲げて宣言する背後にはおよそ7,8名ほどの配下。
明らかに、冒険者…というより行政機関みたいな恰好で整列している。
目を丸くしてそちらを凝視する盗賊、と健吾とリアン。
「…何だあれ。知り合いですか?」
健吾がコソコソと尋ねる。
「――人魔団体って言いまして、知り合いではないのですが魔物保護と共存を目指している組合です。多分フローラとへリオが居なくなった通報を他の家族がしてくれたのでしょう」
”人魔団体”…この世界でも、あっちで言う”愛護団体”がいるということか。
「とにかく、この機を逃す手はありません、ね――――いい考えがあります」
リアンが囁く。
確かに、何かのタイミングで言うならここでしかない。
健吾は、小さく頷いて檻に隠れるとリアンをゆっくり降ろした。
片足から着地するが、血が滴り落ち若干ふらつきが見える。右手も曲がってはいけない方向に曲がっていた。
「…ッ…僕はセレスの所に行きます。健吾…さんはフローラとへリオを。僕らにそっくりな獣人なのですぐわかると思います。そしたら、合図は―――」
そういって、回収した後どうやって落ち合うか。どのルートを通るのが最適か。何個か説明を受けるが、健吾は静かに何度も頷いた。
それでは、また後で。と、体を屈めるリアン。
健吾は、その後姿を見て、血の気が引くのと同時に足が動けないでいた。
覚悟。
その言葉で現在を表すならば健吾は何一つ覚悟はできていなかった。
さっきまでは、アドレナリンのせいか。全く忌避感がなかった。だが、いざ負傷しているリアンを見ると嫌に現実味が増す。次、自分が同じ姿になるのではないかと。
確かに。家族が大変な目に合っている。母と姉が同じ状態になっていたら…いざ目の前にしたら、動けているかもしれない。だが、これは全く関係の他人の家庭。それどころか軽く挨拶した程度。
言ってしまえば、あいさつ程度のマンションの隣部屋が火事に合って、その子供を命を賭して助けて欲しいとねだられているようなものだ。
やるか? 常識的に考えて。
しかも、状況は火災より最悪だ。この世界の人たちは同じ人間ですら、はるかに強い。
ヤンキーを相手にするとかの次元ではない。戦闘になったらまず勝てないのは明白。
かといって、足の速さを勝てる気がしない。
全員を助ける? 傲慢にもほどがあるだろう。
逃げる。逃げようか? いや、だめだ。この人一人じゃで絶対無理だ。
俺もいないと…だけど、居たとして本当に居る意味があるのか? いや、自分以外の方が適任に決まってる。
辞めてしまおう、無理する必要はない。
呆然としていると、湧き上がる雄たけびが轟いた。
ハッと、健吾が顔を上げる。
耳元で囁かれるように聞こえた言葉。気付けば、そこには彼の残像と静かな砂埃だけが置いてかれていた。
切って落とされてしまった。誰かが、傷を負い、血が流れるだろう、戦いの火蓋が。




