第43話≪少女の悲鳴≫
「…へぇ~、なるほど旅人やってて縄張りに気付かず入っちゃったんだ」
釣りあがった大きな瞳がジロジロと覗き込んでくる。
その少し離れたところから垂れた瞳の子が座って眺めていた。
彼らは兄妹で、兄がリアン、妹がセレスというらしい。
あともう一人姉がいるらしいのだが、どうやら別の場所にいるのだそう。
兄のリアンは強気な見た目で、黒緋色の髪と黄金色の瞳を持つ。身長も自分の半分ほどしかなく見ただけだけなら、小学生らしい印象が受け取れる。
ただ、その機敏性は小学生のソレではないわけだが。
妹のセレスは兄に反しておとなしめで礼儀正しい。見た目も兄とさほど変わらず、瞳の色が琥珀色であること垂れ目であること位しか違いがないぐらいそっくりだ。
そんなセレスも年相応というか、しっかりしてそうに見えて笑う時は、兄よりも無邪気に笑う。
そんな底抜けに明るい二人の前で俺は、嘘をついてしまった。
そう、ただの世界を練り歩く旅人だと。
「…そうなんですよ。だから、ここらの土地に疎くて、さ迷っていたところなんです」
「ふ~ん……それにしてもひっでえ顔だな。水辺で顔洗ってきたら?」
リアンに促されるように背後の池を見るが、何だか乗り気にならない。
傷が顔にしみるとか、水が汚そうとか、そういうのではなく今、自分の顔を見たら何だか思い出してしまう気がした。
だが、怪訝そうな2人の顔を見て、しぶしぶレオの横を通り過ぎ水面に身を乗り出した。
―――何と酷い顔だろう。
そこに映るのは、本当に16年間見てきた自分の顔なのかと疑いたくなるほど、醜悪な顔が映っていた。
いつも、どんな嫌なことでも一度寝てしまえば忘れていたのに。
リアンはその後姿を眺めていると、隣にいたセレスが服の裾を軽く引っ張る。
それに気付いて、見やると目を合わせたセレスは軽く頷いて口を開いた。
「……お兄さんは、しばらくここに住むつもりなの?」
セレスが背後にゆっくり手を伸ばしながら尋ねた。
「いや、すぐ出ていきますよ…なんだか長居しちゃ悪いみたいですし」
そういって、健吾は腰を上げるとセレスが大げさに手を振って否定する。
「ああっ、いやっ! そういう意味じゃなくて、ただ…その、旅人の割には明らかに軽装すぎるなって…あと、後ろのドラ…」
と、言いかけたところでリアンがセレスの口を塞ぐ。
セレスは、そのリアンの表情を見た後に俯いて、先ほどの前言撤回をしてきた。
どういう意図か分からなかったが、リアンは満面の笑みをこちらに向けて、
「まあ、とりあえず元気なら何より。その顔の傷も放っておいたら治るから、それじゃまた縁があったら」
軽く手を振って、体を反転させて湖とは反対方向へ歩き出す。
引き留めようかと思い、右手を上げるがなんだか喜ばれていない空気を感じて辞めておいた。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
、突然悲鳴が上がった。
かなり甲高く、声音で幼いものであること位の予想はついた。
何かの緊急時であること位は誰でも予想がつく。だが、分かっているのと、動けるのは全くの別物。
声を聞いて、事態を理解していた健吾とは対照に、声を聞いて走り出した二人は事態の良し悪し関係なく動いていた。
その様子を見て、どんな事情かは分からなかったが気になってしまい仕方なかった健吾は、レオを無理やり引っ張って米粒となった二人を追いかけた。
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「へリオ、フローラ……! アイツ等こんなとこにいたのか」
「一週間も帰ってこないのおかしいと思ってたけど……これは逃げ出せないよね」
二人は神妙な面持ちで切り立った崖から眼下の景色を覗いている。
せりあがった土の壁と複数の鉄の檻。その窪みの中で上がる怒声や泣き声。
話の前後が分からずとも、見てとれる惨状は明らかに了承を得て行われているものではなかった。
その中には、巨躯の怪物から体の小さな妖精まで多種多様な者たちを檻に無理やり詰め込んでいるように見れる。
「ケガもなさそうだな、これなら何とか―――」
「けど、時間の問題かも。あのミサンガを付けられたらおしまいよ」
「……うわ、なんだこれ。盗賊……?」
健吾が二人の間に割って入るように、後ろから話しかけると二人は短い悲鳴を上げて咄嗟に口を抑える。
その音に、反応した幾人が周囲を見渡し崖上を見上げるがそこには誰もいなかった。
「ちょ、ちょっとなんでココにいんだよ!?」
リアンが声を抑えながら両腕と健吾の頭を抑えつける。
「さっきお別れしたじゃない! なんでついてきたのよっ」
セレスが口を抑えながら言う。
健吾も必死に話そうとするが、抑えつけられた健吾は呻いた声しか上げられない。
手を抑えられていて伝えようにも伝えられないし、なんならビクとも手が動かせない。自分の体の半分もない小学生の体格にココまで歯がたたないと情けなくなってくる。
ただ、その怪力をひ弱な自分がいつまでも抑えられるとどうなるかというと、目の前が真っ白になっていくもので―――――
「? …! お兄ちゃん、抑えすぎ抑えすぎ、死んじゃうこの人!」
とてつもなく長い数十秒を経て、ようやく解放される。
三途の川の向こうで2.3人見えた気もしなくはないが、ボードが見当たらなかったので良かった。
「…っう、ぐぇ……な、なんか別れも中途半端だったし、あんな声聞いたら気になって…」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ。今にも」
「不味い、セレス! へリオがっ!」
抑えきれない声で発した声は、緊張感を伝えるのに十分すぎるものだった。
即座に覗き込むセレスに遅れて健吾が身を乗り出す。
そこには、二人よりもう一回り小さい小学2年生ぐらいの女の子が、成人男性ぐらいの3人組に抑えつけられるようにして変な紐のようなものを首に巻かれそうになっている。
状況を全く理解できぬまま、2人は唸るような声を上げて飛び出す。
高さはおよそ10mはくだらないだろう。まず、落ちたら死ぬ。その高さを2人はゆっくりとか、滑るようにとか関係なくはるか上空に身を投げ出した。
「ちょっ」
何か声を掛ける間もなく起きた行動に健吾は、常に後手を踏むことになっていた。
ここで、着いていくのは正直賢いわけがない。
まず、降りれないし、レオはなんか木にもたれかかっているし、この状態でできると言ったら落石を起こすぐらいだろうが、大した大きさも運べない上、下手したら別のものがケガするかもしれない。
どうしたものかと、地面へと着地する2人を見ながら他人事の健吾。
正直、少しでも可能性のある選択肢がないので取れる手段がないわけで
「あ? オメー何やってんだそこで」
背後からかけられる野太い声。
振り返る前から嫌な臭いがした。
ゆっくりと視界に入ってくるのは、手にした兎のような怪物。
それを斬り降ろしたであろう長刀、右半顔を覆う入れ墨。
ソイツがどんな人物であるか、一目で理解ができた。




