第41話 屍の王
悲鳴が聞こえた。
健吾たちは、聞こえた声の方に急旋回して、即座にモンスターの撃破へ向かう。
奴らの強さは大したものではなかった。
というか、そもそも地下世界よりも地上のモンスターの強さはそれほどでもなかった。
加えて、時間が経って脆くなっていたモンスターが多かったので、格別倒すのは容易だった。
だが、如何せん数が多かった。
機動性を活かして各個撃破するこちらはさほど問題なかったのだが、この町は冒険者より圧倒的に町民の方が多い。
誰かを庇いながら戦っていれば、どんな強者であれ疲労から陣形が崩れ始めて、雪崩の様に決壊する。
この戦いの肝は如何に戦闘を長引かせないかが重要であった。
狭い入口を張り、周囲を魔法で固めてしまえば簡単に要塞ができる。変に頭を使った行動をしてこないので、一度守りにはいってしまえばじきに決着がつくはず。
だから、俺たちの役目は逃げ遅れたものの手助け、遠くまで移動ができない冒険者の代わりとなる俺たちにしかできない仕事だと思っていた。
時に、逃げ回る少女を助け、家に籠っていた家族を助け、家から出れない老夫婦を助け、戦闘中の冒険者を助け、座り込んで生きるのを諦めていた女性を助けた。
もうどれだけのことをしたのかは分からなくなっていたが、時間は容赦なく進んでいる。分かりやすく、ここまで頑張ればいいというラインが分からない為、とにかく動ける限り動くしかなかった。
―――あの女性は、あれから母として頑張っていけるのだろうか。
なんだか、母の苦労と重ねてしまったせいか、臭いこと言った気がするが………。いや、これ以上を考えすぎてしまうのもよくはないかもしれない。
とにかく様々な反応があったが皆気が動転していたのだろう。
特に近くに瀕死の冒険者がいる中、襲われたときは逃げるようにして仲間を発見させるしか手がなかった。
時間的にも説明をしている場合でもないと思ったし、結果的に助けられるなら全然構わないと思っていた。例え襲われたりしても、たまに感謝されるその一言で健吾は大いに満足だったのだ。
――――だが、その感激とは裏腹に良くない感情が芽生えてきていることを感じているのも事実だった。
簡単に言ってしまえば、ゲーム感覚だ。
あるところに指を指すと、そこにいたモンスターが見事に2つに割れる。こちらは、最強の無敵モードでワンタッチ、ワンキルのストレスフリーの爽快ゲーム。
至上の幸福感。
……初めは、人の殺されている有様。逃げ惑う民衆。
自分には、今。人を助けることができる力があり、また自分にしかできなことである自信があった。
――レオも、少なからず同じ気持ちはあったと思う。
だが、敵をなぎ倒していく中でそこにあった感情は怒りでも、後悔でも、幸福でもなく―――哀しみだったのだと思う。
健吾は周囲を見渡し、音と目視で敵を索敵。それを指示して違えることなくレオが遂行。一心同体でモンスターをなぎ倒していき、気が付いた時には遠方から何かを知らせる野太い音と喝采が聞こえた。
言葉にしてそれを知ったわけではなかったが、健吾は戦いの終わりを知らせる合図だとわかり、安堵のあまり崩れ落ちるように寝転がった。
どうやらレオも限界だったようで、俺を見た後真似して横に寝転がった。
「ははっ、疲れたな」
力なく笑うとレオは、崩した微笑みを浮かべて…すぐさま他所を向く。
それを見逃さなかった健吾は、まるで疲れなど嘘のように起き上がり、レオの顔が見える方へよじ登る。すると、また他所を向き、イタチごっこが始まった。
まるで、思春期の女のコみたいだ。
……ん? そういえば、レオって性別どっちなんだ? 杉山さんも言っていなかったし、そもそもいろんな形になれるから性別って概念はないのか?
てか、女の子だったらどうしよう、レオじゃダメじゃん。『レオ子』とかに改名してあげた方がいいかな。
あああああっ! 本当言葉通じねえって厄介だなぁ。
健吾はぼんやりと考えながら、レオを弄って戯れていると、奥の街道から人がゾロゾロと現れてくるのを見かけた。
かなりの人数がいる。
負傷者も多々見かけるが、同時にこれだけの生存者がいたことの証左だった。健吾は心の底から嬉しかった。自分の行動でこれだけの人命救助できたのは、今までにない経験。誰かの役に立てた、その事実が一番誇らしかった。
見たところ鎧を付けていたり、私服で槍を持っている人もいるのでただの町民も駆り出されていたことだろう。
何はともあれ本当に良かった。
健吾は、戦いの終わりを知らせてきてくれたものだと思って手を振った。何となく分かっていたのだが、やはり彼らの口から正式な言葉が欲しくて——―――
「――――おいっ! まだ、残党がいたぞ!! 警戒しろ!!」
そういって中央にいた男性が指示すると、健吾の対となって戦士たちが扇状に展開された。
健吾は思わず、腑抜けた声を出し、混乱していた。
何をやっているんだ。戦いは終わったのだろう。いったいどこに残党がいるんだ。レオも反応を示さない、もう周囲に生き残りなんていない。
何を警戒することがある。ほら、一体に俺らが倒したモンスターだって――
「生存者の話を聞いていた通りだ。黒い大きなモンスターを携えた人間がいるって話」
「じゃあ、やはり奴が、例の……」
―――おいおい、一体何の話をしているんだ。
俺たち? 俺たちの話をしているのか…?
まあ、確かにレオはでかいし、見たところ襲ってきそうには見えるけど……ああ、そうか! 俺らが助けたことが広まっているのか。
ヒーロー扱いか、困るなあ。一番の功労者はレオだし、俺がご主人みたいな扱いされても。
健吾は身を揺らしながら恥じらう。だが、場の雰囲気は健吾の楽観的思考とは真逆の空気をしていて、次に放たれた誰かの一言に思わず固まるしかなかった。
「『屍の王』か」
―――――――――――――――――――――――――え?
健吾は、鼻の下を伸ばして話を聞いていると、あまりの予想外の言葉に動揺を隠せない。
意味が分からない。明らかに救世主の行動だったはずだ。いったいどこにそんな要素があるというのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。いったいどういう意味で———」
「?! 会話ができるのか! これは願ってもないことだ」
「ああ、コイツには聞きたいことが山ほどあるからな」
「しかし、まともに取り合うのか……? あの、屍の王だぞ」
話の展開が陰鬱な方向へと流れている。
どうしたものか。落ち着いて話せば理解してもらえると思うのだが、皆興奮状態でそんな空気ではない。
何か、敵ではない証明さえできれば、こんな茶番さっさと終えてみんなで喜び合えるのに。
というか何をもって屍の王だと————
健吾は、とにかく説明をしようと一歩足を前に出す。そのとき、静かな雫の音が聞こえた。
足元に広がる血の大海。
広げた両手と服がすべて血みどろの塊。あたり一帯には、先ほど引き裂いたモンスターが散乱していて人とモンスターの死骸の違いが分からぬほど悲惨な現場。
血と屍の中央に立ち、その背後に健吾の一回り大きい得体の知れない黒いモンスター。
――――無我夢中で気が付かなった。微かに感じる違和感。気に留めなかった返り血。
きっと、あの時の俺は死んだモンスターを刈ることに何も躊躇することはなかったのだろう。
そして、何より。赤黒い血の池に反射する自分の表情が満面の笑みを浮かべていた。
これはおかしい。
そう、おかしいんだ。
例え、レオの笑顔が見れたって、人々を救えた喜びがあったって――感謝を伝えられたからって――腐臭と死体と血にまみれた状態で、死体とはいえ自分の指示で、この指で沢山引き裂き散らかして浮かんだ感情が【喜】だなんて―――そもそもがおかしかった、んだ。
「避難地の少女が言っていた、腐ったモンスターの奥からさらに大きな親分みたいなのが現れたって」
それは、ただ助けようと――
「もう戦えない冒険者に近寄って、わざわざ止めを刺していたとも聞いたぞ」
それは、その時にはもう……意識がなかったんだ。
「老夫婦が助けてもらったと述べていたが、あれはどうなんだ…?」
「そんな老夫婦の発言なんぞ当てにならん! 見間違える可能性の方が大いにあるっ…」
「…確かにな、あんだけ残酷なことをしておいて笑っていられるのがどうかしている」
………
「なにより、奴の後を追ったときに助けが必要な仲間が数多くいた。さしずめ奴が襲った後だろう」
………………………………
健吾は何も発することができなかった。
それは、ひとえに答えても納得してもらえないからという理由もあったが、誰が見ても目を覆いたくなるこの惨状に平気で立っていられる自分の神経に嫌悪していたからだった。
冒険者たちが此方の反応を伺っている中、奥から陣形を突き抜けて駆けだしてくる男性を見かける。
即座に周りの人たちが抑え込んだが、その男性ははち切れんばかりに声を荒げた。
「あああああああ!!!! 屍の王、貴様に聞きたいことがあるッッ! なぜこんな無益なことを繰り返すんだぁッ! 過去にお前が放った大群が後に何かを為した報告を聞いたことがない。皆、街を襲った後こと切れたかのように動かなくなるというではないかッ!! なんの…なんの意味があってこんなふざけた真似ができんだよォ!!! わ、私の…私の娘と妻は、貴様の無無意味で死んだのか…!!! 答えろォーーーッ!!!」
涙を流しながら嗚咽交じりに私服の男性が叫んだ。
声がかすれ、目元が赤く腫れている。見ただけでも、日ごろから怒鳴り慣れていないことが一目でわかる男性だった。
健吾は、それに対して何も言い返せなかった。
ここでいくら否定したところでこの人たちは納得しない。何より、耳に届かない。
だから、黙っているしかなかった。血で濡れた服は比重を増し、足が沈むような重圧を感じる。これは、服のせいなのか、はたまた気持ちのせいなのか。健吾は分からなかった。
そこへ、誰かが「死ね」と小さく発言した。場が静まり返る。多分、発してしまった本人も息をのんだことだろう。緊張と焦燥で空気が固まり、誰もが右往左往している。
だが、先ほどの男性が悪態を込めて強く罵倒した。すると、火に油を注いだように悪意の渦はとどまることを知らず、その発言が火種となり大きな波を呼び込んだ。
悪言雑言、罵詈雑言。憎しみと恨みの渦が彼らを中心に回っている。
皆が涙を流し、振ることも叶わない拳を握りしめ、精一杯の暴言を吐き散らす。
変に彼らの言葉を理解できてしまうレオは、毛を逆立てて唸っていた。
それもそうだろう。この場の一番の功績者は彼だ。誰よりも命を救ったし、誰よりもヒーローだった。それが、こんな形で悪者扱いされて、一番溜まったものではないだろう。
俺でもレオのような力があれば、どうしていたか分からない。片手をレオの前に振りかざして必死に制御しているのも、力がないゆえにできたことかもしれない。
顔を見上げて、悲しみの波を見ると、自分たちが助けた者たちもいた。
だが、彼らは俺らが誘い込むようにして助けた人物たち。当人たちは俺たちのおかげなど微塵も思っていないだろう。
だから、俺たちは逃げ去るしかなかった。
それ以外の答えがなかった。
レオに飛べる何かに為れるよう頼んで、その場を去ろうとする。
すると、鳥の形態に移行したレオに感づいて逃げられると悟った戦士たちは一斉に襲い掛かってきた。
捨て身の攻撃。憎しみと怒りを乗せた渾身の一撃だったが、健吾はレオに捕まりひらりと交わす。
上空から小さくなっていく姿を見ていても彼らは叫んでいた。
あるものは石を投げて当てようとしてくる。実際に何個かはあたり、額から血が流れ出た。
それに激怒したレオは急旋回しようとしたが、咄嗟に宥めて森の奥へ逃げるようにして飛び立つ。
その時、誰かが自分の名前を呼んでいる気がした。
女性の声。聞いたことがある声だった。
だけど、振り返ることもできず、健吾は彼らを背にして大空を飛んだ。
町には、悲しみの声と怒りを露わにした絶叫。負の感情をかき集めて混ぜたようなその町は、生き延びた者たちが手を取り合い、帰らぬものに追悼式を行い無事元の町へと戻っていく。
だが、その日に起きた事件は誰もが一日たりとも忘れることができず、その心に深く、深く刻み込まれていった。
――――後に、彼らのことを【屍の王】と呼ばれる事件となるが、それを本人たちが知る由はなかった。




