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異世界で村人A  作者: キリン衛門
地下世界編
40/51

第39話 ≪あれから———≫

 目を開く感覚。いつもとは違う体の気だるさを感じた。

 睡眠からの覚醒は素早く行えるようにトレーニングをしてきていたはずだが、この感覚は初めてだった。

 

 こんなに体が重いのはガキの頃に体調を崩した時以来か。


「……! いっつ……」


 体が軋む。

 感覚からして一日ぐらい寝込んでいた気がするが……寝る前のことを思い出せない。


 垂れた前髪を持ち上げ、窓を見やると光が差し込んでいる。

 時間は分からないが、おそらく明けてから暫く経っているだろう。空がとても明るい。


 寝台から飛び降り、隣の小机に置かれた防具を身に着けていると扉の奥から話し声が聞こえた。

 装備を整えて階段を降りると、顔を覗かせた先に見たことある顔から声が掛けられた。


「―――ディ、ディルゲート! 目を覚ましたのかい?! よかった、1週間も朧気でどうしようかと思ってたところで……」


「ダグ……1週間、って何の話だ」


 頭の中でモヤがかかっているディルゲートは、彼の話していることがよくわからなかった。1週間寝込んだこともなかったし、それほど寝込む原因もわからない。

 一体この期間で何が———


「ああ無理もないが……忘れたかい? 先の秘境でのトラブル。ほら、みんな大変な目に合ってさ、僕もこの通りで———」


 ダグの振り上げた無き左腕を見た瞬間。まるではち切れる寸前の袋が、爆発したかのように溢れ出た記憶が蘇ってきた。


 全てを思い出し、その許容を超えた脳が危険信号を発した瞬間、気づけば空の胃から何かを吐き出していた。

 慌てて駆け寄ろうとするダグタリオを片手で制止したディルゲートは、口を拭ってただ一言を叫ぶ。


「エンゼルはどこだッ!!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 宿の角部屋を勢いよく開いて、視界に飛び込んできたのは寝込んだ女性とそれに寄りかかるようにうつ伏せに眠るユリ。


 ディルゲートは今生で一番血の気を引いた感覚を覚えた。

 ふらふらと寝台へ歩み寄り、ゆっくりと布団から覗かせる顔をみる。


 見覚えのある顔。死人とは思えないほど綺麗で、傷一つない。今起き上がって普通に話しかけても何一つ不思議じゃない。だというのに……


「エンゼル……なんで、死んじまったんだよ……ッ!!!」


 あの戦いの後、明瞭な記憶はないが、火球から庇うエンゼルの姿を見たのが最後だった。


「俺なんか庇って、馬鹿野郎が……ッ!! そんなくだらねぇこと、しやがる……からッッ!!」


 こぼれ落ちる涙を隠すように、膝から崩れて布団にしがみつく。

 涙を流す自分への情けなさ、守れなかった不甲斐なさ。ディルゲートは己を心底呪い、心底嫌った。




 男がすすり泣く声。天井を眺めながらエンゼルは喜びと悔恨の中で爆笑を抑えていた。

 

 この時のエンゼルの脳内はかつてないほどフル回転していて、理解するのにおよそ2秒。

 そこまで分かっていた彼女が現状を笑わないなど不可能であった。


 そこにまったく何が起こっているか分からないユリは、叫び声に驚いて飛び上がっていた。


 俯瞰の景色から、何が起きているか分かっていなかったがエンゼルの含み笑いから2秒で理解した。


「ディ……ル、ゲート……」


「! ユリ、お前は無事だったか」


 ユリは劇団張りの演技力で静かに口を紡ぐ。


「エンゼル……さんのことは……その……」


 ユリはフードを深く被りなおして、視線を隠す。まるで、「お前のせいじゃないよ」と言いたげな様子で。すると、ディルゲートはより深く、


「あああああ!! すまねえ、すまねえ……ッ!」


 確信を持ったディルゲートはより泣き叫んだ。

 エンゼルの顔が破裂寸前の風船ぐらい膨らんでいる。多分、あと少しで爆発しそうだ。


「……最後に、エンゼル……さん。ディル……ゲートに、キスして……貰いたかった……って」


「……あぁ、ああ! そんなの、いくらでもっ———」


 と、涙を拭ってエンゼルの顔へ視線を送ると、そこには膨らんだ風船が。

 


 ———時が静止する。



 静まり返った部屋で、一番響いたのはエンゼルの爆笑の声。

 真っ赤な顔のディルゲート、笑いをこらえきれないユリ。そこへ、いそいそと下層からやってくる足音が聞こえる。


「エンゼルはさっき君の看病し終えてようやく眠りにつけたところだよって…………あれ、これなんかやばい感じかい?」


 ———この日の騒ぎは、きっと町一番で煩かったことだろう。

 内容は想像にお任せするがその後、見事に4人が追い出されて、迷惑料まで支払わさせられたのは別のお話。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「――はぁ、もう君たち暫く柱に縫い付けさせるよ?! 財布の中身すっからかんになっちゃったじゃないか」


「「ず、ずびぃばせぇん……」」


 二人は天高いたんこぶを携えて、いつもの酒場でお灸を据えられていた。

 ついでにエンゼルの顔はぼこぼこに腫れあがっている。正直、自業自得とも考えていたダグタリオはそれについて敢えて口にしない。


 ちなみに、ユリは知らないふりをしている。


「―――で、ようやく四人揃ったことだから情報共有しつつこの先について話し合いたいと思うんだけど」


「あぁ、そうだな。詳しく知りてぇ」


 ダグタリオが分かりやすく掻い摘んで話を始めた。あれから、何とか脱出できた4人は街へ戻りギルドの者に力を借りて教会へ向かった。


 ユリは治療士の元で、3日3晩寝込んで回復。エンゼルは過度のマハト使用で一時戦闘休止。ダグタリオは左腕の損傷がひどく、接合が不可能という判断となった。ディルゲートは精神不安定により、意識はあったものの1週間まともに会話ができずに寝込んでいた。


 その間の看病は付きっきりでエンゼルが行っており、清拭、食事、尿瓶。全てを行っていたそうだ。


「!? お前が全部やっていたのか?!」


「仕方ないでしょー? ダグは片腕に慣れるのに精いっぱいだったし、起きてるの私だけだったもん。それに、昔は一緒に湯浴みした仲なんだから気にしないわよー」


「っ! お前じゃなくて俺が気にすんだよ、つか昔と今じゃちげぇに決まってんだろ! ざけんな!」


 ディルゲートはやけに綺麗な体を見て、納得した後、顔を真っ赤にさせた。


「まあまあ、エンゼルが看てくれなきゃ大変なことになってたんだから感謝しなよ。……で、この後の話なんだけど———」


 ダグタリオは、エンゼルを一瞥すると覚悟の変わらない姿を見てため息を落とす。

 ディルゲートは眉を顰め、ユリは黙って席を立つと下層へ降りて行った。


 その時に話したダグタリオのセリフにディルゲートは、机を叩いて猛反発した。


「ダメに決まってんだろがッ!! 馬鹿野郎! あのクソガキを助けに行くためにあそこに戻るだなんてッ」


 エンゼルは先ほどとは打って変わってディルゲートをまっすぐ見つめていた。

 それに思わず気圧されそうになるが、負けずに食ってかかる。


 ダグタリオは二人の言い合いに口を挟むことなく耳だけを傾けていた。


「私が健吾君を連れて行った責任がある。だから、例え屍になっていたとしても、拾ってくる責任が私にはあるわ」


「そんなことはどうでもいいんだよ、会って数時間の奴だぞ?! 何でそこまで命を懸ける! それに、今日までココを発たなかったってことは二人から賛成意見が貰えなかったって事だろ?」


「いや……それは違うよ、ディルゲート」


 ディルゲートの疑問にダグタリオが答える。


「エンゼルは君の看病があったから出なかったんだ。勿論僕らも止めたが———結果は見ての通り」


 ディルゲートは思わず言葉が詰まる。だが、認めるわけにはいかない。


「―――…ッだが、認められねえ! なんだってあのクソガキなんかにそこまで熱入れて……ッ」


「……ディラなら少しは気付いてるんじゃないの?」


 その一言に図星をつかれた声を上げた。

 正直、エンゼルが引っ張ってきた時点で気付いていた。一番長く付き合っていたからこそ、一番この展開を恐れていた。だから、秘境に連れていくときにあれほど反対したのだ。


 エンゼルは声を発さないディルゲートの顔を見て、一言、


「……やっぱり気付いてるんじゃない」


 とだけ呟く。


「――――アレは、お前のせいじゃないって言っただろ。あの事件は———――」


 ディルゲートが立ち上がって叫ぼうとした—————瞬間。激しい破裂音と騒音が響いた。

 

 各自が武器を手に取ると、地面の揺れを感じて即座に下層をのぞき込んだ。

 皆が外へ飛び出し、何か叫んでいる。


 全く状況が分からない中、三人は顔を見合わせるとディルゲートが飛び降りて、エンゼルは荷物を持ちダグタリオとユリを探しに行った。


 各々が行動を起こして、外へ飛びだそうとしている中先に到着したディルゲートが前方の光景を目にして、ゆっくりと短剣を構えた。

 エンゼルは階段を駆け下りながら不穏な空気を悟って気を引き締めている。


 絶望の行進が響き渡るーーー

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