第38話≪大脱出≫
健吾たちは頭を抱えながら上昇するが、現実は非情にも解決案を出す前にゴールへとたどり着かせた。
距離にしてあと60mほど。微かな希望はあったが、やはりどうみても隙間が見当たらない。
風圧は横殴りに飛んでいたが、奥にある天板も落ちてきたのか。蓋をする形で、塞がれている。
それに、下にいる残りの熊がいつ起きるかわからない。
まずいッ―――――――――――
――と、思ったとき。一色で埋まっていた岩石の隙間に白い靄を見た。
先程の戦闘の霧が上まで立ち込めていたのか、と思ったがどうやらそうではないようだ。発生源は近くの壁から漏れ出ている。
加えて、少し様子が変だ。なんだか、霧というより実体化した幽霊のような形が……
――その時、靄が大きく膨らみ、凝縮すると突如、壁にまるで巨人が全力で殴った拳のようなサイズの穴が開いた。
それが連鎖的に続きどんどん奥へと進んでいく。一体全体これは何事かと一瞬思ったが、何となく察している自分がいた。
この威力、大雑把さ、匂い―――覚えがあったのだ。
その時なぜか、上から雫が振ってきた。滴り落ちるくらいの雫は払うまでもなかったが、上を見上げると、それはレオの瞳から流れ落ちていた。
この時、健吾は初めて見たその表情に驚きを隠せなかった。
奥行きはかなり先まであり、暗黒の世界。だが、まるで支えられるように、押されるように3人は暗闇を突き進んだ。
隣にいるベスティアまで見えない始末。だが、レオは全くといって、壁に当たる様子はなかった。
これは、あの人が手伝ってくれているから? それとも、レオには道が見えているから? ――いや、そんなことはどうでもいい。なにより、そうだとしたら前者がいい。
分からないこそ、お互いが都合のいい解釈をするのが一番幸せだった。
健吾たちが飛んでいたのはほんの数秒だけで、気が付けば落ちてきた広場に飛び出た。
レオは振り返らず、何も声を発さない。
そして、健吾も、何も言わなかった。
ベスティアは分かっていなかったようだが、言ってあげないほうが優しさだろう。彼のことだから、落ちてまでアイツのところへ向かって行ってしまいそうだ。
それに、あの人の声は聞こえない。きっと、ココにはいるけど、もういないのかもしれない。
健吾は一度後ろを向くと、その場を後にした。
様々な音が反響する中で、崩れ落ちる落石の騒音はまるで誰かの声のようだった―――
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へこんだ地面。その穴に吸われるように木々や岩が埋もれている。
ほんの、数秒前。今の今まで自分たちがあの穴の下にいたのだと考えるとゾッとした。
進んでいる道中、前方を確認していたがあまりそれが正規のルートである自信はなかった。何せ、崩壊がかなり進んで前回通った面影はなかったし、壁についてた灯りも剝がれていて、かなり薄暗かった。
だのに、一切方向を誤ることなく進んでいたレオ。途中で辺りを嗅ぐ仕草を見せていたがあれが、その理由だったのだろうか。
何はともあれ、念願の脱出が叶った。ここに潜って何日経ったのだろうか。スマホも充電がなくなり全く覚えていない。3,4日……いやそれ以上かもしれない。
健吾は地上に出れた喜びより、これまでの疲労から解放された安堵が勝って思わず膝から崩れた。それは、ベスティアも同様だった。
二人して長い息を吐いた。思えば、丸一日ゆっくり休めた時間がなかった気がする。
ふと隣を見てみると、スライムのように液状化したベスティアが見えた。
「きぃぃぃ――……」
「ははっ、相当疲れたんだな。俺も、もう……限界だ……わ」
眉をひそめて笑いかけた健吾は力なく崩れ落ちた。ベスティアは慌ててぼろぼろの体のまま腕に抱き着いてきて癒してくれようとする。だが、ベスティアの体力も限界なのか、ただふわふわしているだけで回復している感覚はない。
けど、その愛くるしさで心で癒されたのは間違いなかった。
「――生きて、いるんだな俺ら」
触れる草木の感触。地下とはまるで違うその柔らかさは、たかが数日とは思えないほど久しぶりに感じた。
健吾はベスティアの頭を人撫ですると、上半身だけ起き上がった。
段々と生きていること、生き延びていることの実感がわく。思わず涙がこぼれ落ちそうになるがぐっとこらえた。
これ以上2人の前で恥ずかしい姿は見せられない。
そして、同時にこの世界が現実世界である認識が固まった。
生の実感。そして、自身の非力さの再確認。安堵はあれで心の余裕は真には現れていなかった。
こんなところで油を売っているわけにはいかない。まずは誰かとコンタクトを取らないと、生活とかが―――と考えていると、脳裏に3人の顔がよぎった。
エンゼルさん達だ。彼女らに自分の生存状況を伝えていない。
となると、かなり心配をしているのではないだろうか。……いや、これほど、経っていたら生きてるとは思わないか。3日経つと生存確率はかなり下がるといわれているし、あの落下しているさまを見たら尚更だろう。
そしたら、ドッキリさせに彼女らのところへ向かおう。
きっと死ぬほど腰を抜かすだろう。エンゼルさんの反応が楽しみだ。
健吾は両頬を叩いて気合を入れなおし、活き込んで立ち上がろうとしたが服の裾を引っ張られた気がした。
視線を落としてみるとそこには悲しそうな表情を浮かべたベスティア。
初め、なぜこれほどまでに悲しげな表情を浮かべるのか分からなかったが、暫くして地下世界のことを、これからの行く末について考えたときに、気が付いた。
彼は独りぼっちなのだ。
妻は息絶え、頼りにしていた杉山さんはいない。加えて、人里に降りたところで守ってくれる人はいない。
とてつもなく、孤独なのだ。だから、俺の表情を見ておいて行かれるのではないか。
見捨てられるのではないか。そう考えたのではないか。
「バカ、置いてくわけないだろ。これからも一緒だ、何とかしてやるから」
健吾は無理やり笑って安心させようとした。
だが、内心。難しいであろうと考えてはいた。守れる自信もなく、自分自身も切羽詰まった環境。そんなかで誰かの面倒を見る余裕などあるのだろうか。
……いや、やってみなければわからないではないか。
健吾は、不安をベスティアに悟られないよう取り繕いながら、表情を隠すと今度はレオの方に視線を向けた。
すると、レオは翼を広げて飛ぶための準備をしていた。
「うおっ、ちょ、ちょ待って。何やって――」
途中まで言いかけて、健吾は気づいた。
地下で交わしていた約束のことを。確かに、自分は外に出たら自由にしていいと約束を交わしていた。
そう考えたら自分に止める権利はない。
健吾は眉をひそめて下をうつむき、下唇を噛んだ。
レオのことを見送るためにしっかりと目を見て送りたい。だが、目を見たら引き留めてしまいそうだ。
それが、純粋に一緒にいたいという意味だけではないところが、自分でも憎たらしく思う。
だが、約束は守らねばならない。そうでなければ、約束である意味がないから。
健吾は面を上げて、レオの顔を見た。
「―――あ……なんだ…あれ……」
目にしたのは、遠景の煙。灰色と黒煙の混じった煙が空高く昇りあがっている。即座に浮かんだのは、山火事。もしくは何か意図があっての煙。
だが、どちらも違う気がした。やけに黒く、大きい。そしてほのかにだが何かが腐った匂いまでしてきた。
——この匂い、何処かで嗅いだことのある匂いな気がする。この短い期間、こちらで嗅いだことのある。
いや、その前に方角。あちらは来た道だ。俺らがここに来るまでの道のり。3,4日前ほどに来た――――
———―――—皆のいる街からだ。




