第36話《白霧と爆破》
健吾は、薄ら笑いを浮かべた後、即座に走り出した。
キメラもそれに気づいて追ってくるが、健吾は迷わず地面に落ちた水晶を拾ってキメラの顔面に当てる。
すると、瞬く間にその場から煙が立ち込め、またしても視界を塞いだ。
キメラは、頭に血を上らせ大きく開いたライオン口から火球が飛び出す。その炎は白霧を巻き込んで、辺りを煌々とさせると破壊音とともに着弾点に亀裂を果てしなく広げた。
だが、そこに健吾の姿はもうおらず、右方の微かな音に気が付いて狼頭を右へ向けると二匹を小脇に抱えて走る青年の姿を捕らえる。
「きぃーきぃいーー!」
「おうおう、悪かったな、ずっとほったらかしにして。俺も逃げる算段考えるので大変だったんだよ。……だけど、任しとけ。お前を地上に連れてってやるからな」
ベスティアは嬉しそうな奇声を上げる。それに引き換え、レオは先ほど目を覚まして不服な表情でこちらを見上げていた。
「……お前に手伝って貰いたいことがあるからな、頼むぞ。作戦は簡単なものだが、アイツの隙をついて抜けるにはレオの速度が重要だ。だから、俺の合図で――」
走りながら説明をしているから、若干話しにくかったが、健吾はうまく伝わっているものだと思った。
だが、レオはその説明に一切嬉しそうな表情を見せず、ずっと右下に視線を落としていた。
「ええっ、もう今更駄々こねないでくれよ。地上に付いたら言うこと聞いてやるし、一緒に来なくていいからよ。頼むよ」
健吾は、視線を上にあげたりしながらキメラとの距離感を確認する。
あの巨体で此方に振り向くのは容易ではない。だから、横腹に常に居続けることが大事なのだが、進みすぎると大蛇が襲ってくるので早く走りすぎるのが正解というわけでもない。
そんな緊張感ある中で、そんな駄々は困る……と嘆いていると、レオは首を横に振る。
そして、わざわざ先程の崩れた手の形を模して、左手でキメラを指すとその指先をナイフの形にした。
「……もしかして、アイツにさっきやられたお返しをさせろって言ってんのか……?」
健吾のその疑問に力強い肯定。
多分、いつものやり取りならその凶暴性に呆れるところだが、この時は何故か高揚感があった。
その眼には生存を捨てた灯でも、ただの我儘な業火でもない。確かな、生への焔を見たのだ。
「―――いいぜ、そういうとこ案外嫌いじゃねえ。やられっぱなしじゃムカつくもんな。アイツに一泡吹かせてやろうぜ……!!!」
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キメラがずっと横ばいで動く三匹を鬱陶しく感じていた。
そして、同様にこれ以上の火力を出せないことも大地の軋み具合で分かっていた。
先程の火球は頭に血が上っていたとはいえ不味かった。
もう、壁の限界は近づいているし、いつ倒壊するかわからない。
だから、本当のところはこのまま上に逃げてしまってもよかったのだ。
……だが、獣というのはそう単純なものではない。一度始めてしまった戦いに。命を懸けた闘争に。『仕方ない』という理由で辞めて良い道理はなかったのだ。
つまり、時間的にもこの戦いはあと数撃で決着がつくことを予感していた。
体が自由に動かないキメラだったが、その巨躯を前足だけで立ち、下半身を宙に浮かせると軽々しく体を捻って健吾たちの正面を向いた。
そして、突然の行動に驚いた三人は風圧で体を浮かせ、その隙に毒牙が襲い掛かり―――襲い掛かることはなかった。
そこにいたのは、果敢にも振りかぶる1匹と右と左に散る2つの影。
そして、投げられたものが避けるもむなしく、顔に当たると眼前が真っ白になった。
「わっ、おいなんだこれ眩しっ、光ったぞ!」
そんな弱弱しい喚き声などつゆ知らず、思わず絶叫したキメラは体を縮こまらせた。
守りの姿勢。予想だにしていない不可解な現状に対する、正しい動物本能であった。
――だが、そんな中攻撃は来ない。
――――しばらく経ったか。目が段々と慣れ始め、視界に白から色が付き始めるとその眼前にその影はなかった。キメラは、周囲を見渡すが、どこにも姿はない。警戒心は解かぬまま、様子を見ようと歩みだす。
瞬間、大きく視界が揺らぎ、右膝から崩れ落ちた。
何が起こったかは、その黒煙と衝撃による覚えからだった。
視線が落ち、下を見渡すとそこには壁に埋まっていた大量の鉱石が一面に転がっていた。
それは、先ほどから奴が投げつけてきたもので、生活するのに当たらないようにと避けていた毒みたいなものだった。
だが、触れれば爆発する代物をなぜ厭わず投げれるのか。
キメラは全くもって理解できなかったが、ただそんなことより自分より非力な存在が楯突くという行動、そのものが見過ごせなかった。
あまりに小賢しい行為。だが、同様にまともな行動を制限されているのは間違いなかった。
足を不要に上げることはできず、もたつくなかでまた、覆うように白霧が体を纏った。
方角は自身の右斜め後ろ。すぐさま、大蛇にて攻撃を行うが反応はない。
何より、小石程度じゃ痛みもわからないので正確な位置など分かるはずもない。
と、さらに白霧。今度は、視線を右後ろに向けてる間に真左から漂う。さらに視線を移動させると今度は、腹の下から……完全に翻弄されていた。
匂いも何故だが、至る所から別の匂いでかき消されて全く分からない。
キメラは怒りに雄たけびを上げて、翼を大きく広げて霧を消し飛ばす。
だが、この時に肝心なことを一つ忘れていた。足元には多くの地雷があることを。
舞い上がった水晶は大きな炸裂音を上げて、黒煙を立ち昇らせる。僅かに放った短い悲鳴は、爆音には叶わない。
絶叫を抑えられないキメラだったが、それは致命傷になるには程遠かった。
至る所から血が噴き出るもの、尚立ち続けるキメラ。誰が見てもわかるとおり沸点は最高潮に達していた。
その最中で、晴れる霧から現れる座り込んだ一つの像。間違いない、ひ弱で非力な人の姿だった。
「グゥルゥワアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
ここで一番の声音。誰が見てもわかるほど、後数秒で壁が壊れる手前だった。
これは、キメラの沸点が最高潮に達したせいか、はたまた壁の耐久値を見るや否や、道ずれ覚悟の一撃にしようとしたのか。それは定かではないが、大きく踏ん反り返ったキメラの口は大きく開かれそこには空気を揺るがす火球が形成され―――
「―――そう。お前はいの一番ででっかい口を開けるよな」
瞬間。目の前に二人目の人間が降ってきた。
――あり得なかった。先ほど下にいて、ましてや白霧が舞っている間、奴は上に上がることなどできなかったはず――
キメラが全てを理解し終える前に、火球の中に放り込まれた鉱石は今までにない閃光と破壊音に包まれた。




