第34話≪特に理由はないんだよ≫
「お前―――死ぬんか?」
ある中年が、顎髭をさすりながら、ゴミだまりのような黒い塊に声を掛ける。
すると、ソレは暗闇から2つの瞳を覗かせて、何度か瞬きさせると静かに黒い塊に戻った。
「おいおい、そんな連れねぇ死に際はねぇだろ。見たとこ薄ぎたねえだけでケガもねえ。…ホレ」
と、塊を軽々と持ち上げると、驚いたソレは即座に反撃して、中年の右手に大きな切り傷を作る。
「つっぅ――、わーってるわ。取って食うわけじゃねーよ。ただ、せめて死ぬなら見られても恥ずかしくねえようにしてやるってんだよ」
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中年は、今日も適当な魔物を見つけて捌いて調理する。
その隅で、木の陰に隠れて身を隠す一つの塊。
だが、ソレを気にすることなくちゃっちゃと夕飯の仕込みをすると、夕日が沈みあたりが暗くなり始める。
やがて、辺り一帯が同じ黒色に染まりだすと闇を這うように塊が出てきて、味見をしながら鍋を煮込む中年の元に近づく。
「―――おっ、最近よく出るようになってきたな。ほれ、オメェも食べてみるか?」
そういって、皿に盛りつけたシチューのような料理を差し出す。
だが、警戒心がまだ強いソレは形が不定形のままシチューにゆっくり一本。手を伸ばす。
「おっ、なんだお前。怪訝そうな顔して、そんな表情もできんのか」
中年は嬉しそうに、皿をゆっくりソレの前に置くとじっくりと見守る。
一歩、また一歩とじわじわ近づくソレは、鼻を限界まで近づかせ、匂いを嗅ぐと暫く制止し……大きな口を開けて、皿ごとのみ込んだ。
中年は、「あーーーっ!」と大声で騒ぎ、同時にそれに驚いたソレがまるでスライムの様に突如液体になった。
「ばっか、お前ただでさえきれーな皿は少ねぇんだから……ん? お前、なんだその形」
中年はそういいつつ、ソレを指さす。
当の本人も何を指摘されているか分からず固まり、首を傾げようとする。が、何故か視界が半分地面に埋まり驚きを見せた。
「……液体の…真似をしてる…のか?」
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「おーーー! こりゃ、今日の飯は豪勢だぞ! なぁ!!」
今日も中年は、獲物を狩っている。
最近、辺りが砂だらけなこともありまともな食事にありつけていなかった。
だが、ソレはそのことに対して、あまり辛そうな表情を見せなかった。
その理由は何となく杉山も理解していた。
だが、確信はないが少し、飯の席は皆で囲むのが美味しいと考えているのが、大半を占めていたので大して気にしてはいなかった。
「あーそういや、言葉伝わらねぇんだったな。……折角、魔物語勉強したんだけどなァ」
そう呟いて、悲しそうな表情を見せる。
だが、その思考を読み解くのはソレにはできない。単語としての理解はできても、何故その思考に至るのかはソレにはまだ知識が足らなかった。
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「……っはァ、はァ。っく、―――糞が…足まっったく動かねぇ…くっそーランスの奴腕上げたなぁーおい」
そう呟きながら、杉山は壁に赤いカーペットを作りながら座り込む。
遠くからは大勢の甲冑の音。
たまたま、悪天候だったことが功を奏したが痕跡は至る所に残っている。見つかるのは時間の問題だろう。
「……っはは、おい。チビもそういう顔もできるんだな」
そういって、杉山は嬉しそうにほくそ笑んだ。
だが、ソレは怪訝そうな顔をしている。
「ーーーあ、なんだ。チビの方が気になんのか? いいだろー可愛くて」
チビは困惑と不満を織り交ぜた表情をしている。
分かりやすく、納得がいかないと訴えているようだ。
「…なんだよ、いいだろ。名前ぐらい付けたって。名前ってのは親が子供に対して初めて与えるものなんだから。俺が勝手に名前つけたっていいだろ」
チビは、その言葉に不思議な感情を持つ。
親、子供、名前。そこから繋がる言葉の意味。全てを理解したわけではないが、旅をしながら見てきた、魔物の家族、手をつなぐ人間の親子。子を背に守る親の姿。
感情、言葉を理解するのに十分な出会いと時間を得てきた。
だからこそ、杉山の言う、この言葉。その意味が、1つの理解として単純明快に腑に落ちた。
杉山は、意識がぼうとする中、視線を落とし地面の赤い絨毯を見る。
ほんのりと赤く、水と混ざると端がぼやけて霞む赤い絨毯。
命の蝋燭がゆらりと一息で消えてしまいそうな感覚を味わう。
逃げても逃げても、追われる人生になる。先行きも、未来も薄暗い状態で蝋燭が最後まで消え切らない気力がない。
それならば、いっそ自分で一息吹きかけてしまおう――――と。
その時に感じた。
感じたことのない感触。そして、突如として上がる視線。
灯に油が注がれ、急激に目が覚めると、下の絨毯を見ようとして、両足の違和感を感じる。
それは、甲冑の両足。
履いた記憶がない。いや、それ以上に足が全く動かない。が、妙に暖かさを感じた。
困惑の最中、その両足は一歩ずつ勝手に歩みを始め、気が付けば全速力で駆けだしていた。
摩訶不思議な現象だったが、心の奥底では推測が経っていた。
兵の甲冑。見た目はこんな色ではなかった。
まるでチビのような色合いの甲冑。よく見ると、ふくらはぎ部分のディテールが雑だ。後ろ側をあまり覚えていなかったのだろう。
今まで、後ろに隠れて前に出なかったチビ。親の影に隠れて、守るべき存在だと思っていたが、子供は親が気が付かない所で一人前になっているみたいだ。
「――――そうだな、俺が先に諦めちゃだめ、か……ありがとうな」
建物の隙間を抜けて、城門を抜けて、森へと駆けていく。
杉山の感謝は、チビに伝わったか分からない。だが、その声に反応してか、甲冑の一部がチビの顔に代わり、下から杉山を覗き込む。
あまりの唐突さのぎょっとしたが、よく表情を覗くと、何だかまだ不満の様子。
何に納得が言っていないのか分からなかったが、チビ。と声を掛けるとまた不服な顔をした。
「――――あっ。お前まさか、名前の理由気にしてんのか? おいおい、この状況で気になっかよフツー」
杉山は分かりやすく、肩を落としてため息をつく。
はたから見たら、脚の動きと上半身の動きが連動していなくてさぞ滑稽に映っただろう。
「あのなぁ、名前なんてもんは親のエゴだ。付けてぇからつける。呼びやすいように呼ぶ。つまり、な。チビの名前の由来なんてな、そんなもん――――」
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「―――――特にねえに決まってんだろ!!」
弾かれた爪。その破片がまるでスローモーションのように顔の横を通り過ぎていき、小さな火花が瞬く。
黒い手。形は歪で、まるで造られたような造形物。
だが、この瞬間ほど安堵した手はなかった。
「チビ……いや、レオ!」
背後を振り返ると全身をドラゴンに、右手が歪な形をした手を見る。
そこに立ち上がっているのは、チビ……ではなく、頼もしいレオの姿。しっかりとした二本足で立ち、変形した右手を戻すと、健吾の近くまで来た。
「お、お前そんなこの名前が気に入って……可愛いヤァっぶ」
思い切り叩かれた。結構笑えるぐらいに吹っ飛び、目の前にキメラがいるのもお構いなしにレオは叩いてきた。
キメラもあまりの驚きに固まってしまい、目が点になっている。
「いっっっった過ぎる、だろ! 死ぬわ、お前!」
発狂する健吾に意を介さないレオ。初めて見せた杉山さんの指示以外でのツンかと思ったが、やはりかわいくない。
だが、先ほどよりは信頼はあるようで、杉山さんの作戦のおかげか。それとも、気まぐれかは知らないが、とにかく希望は見えた。
と、そんな休憩タイムは短くないようで、キメラの攻撃は休ませる暇もなく再開する。
右側の狼の頭が口を窄めて、短く息を吐く。瞬間、その前方が吹き飛んで砂埃を散らしクレーターを作り出した。
この時、レオに引っ張られる形で回避することができたが、突然引っ張り出されたのでまた視界が大きく歪んだ。
すぐさま、揺れる視界でベスティアを確認したら、何とか一人で逃げ回っていてまだ生きているようだった。
とにかくベスティアの妻の方が消し飛んだ理由が分かった。しかも、あの時よりもはるかに風圧が強い。例えレオでも一人と一匹を庇って食らったらひとたまりもないかもしれない。
至る所から落石が続き、それを避けるようにしながら壁沿いを回る。
ターゲットを絞らせないこことがねらいでもあったが、何より穴を探すためだった。
今、空を飛んでも間違いなく叩き落とされるため、抜けれるための”穴”だ。
と、その時未だ立ち込める黒煙に気付いて思わず零す。
「そういえば、さっき爆発が起きたのはなんだったんだ……? あれは、レオがやったんじゃないもんな」
視線を並走するレオに向けるが、表情を変えない。
肯定―――してるわけでもなさそうだから、多分違うと思われる。
悩みながら、壁沿いを走っていると今度は左側の熊が大きくのけぞる。
今のところ、ライオンが火、狼が風を出すということは分かっていたが、熊が何を出すかは知らなかった。
だが、レオは健吾の左側に立ち、戦闘態勢に移る。
さしずめ、何が来ても打ち返すか、封じるつもりだろう。
熊が口を閉じ、何をするかと思いきや、大きくくしゃみをした。
――瞬間。顔の皮膚から垂れる何かの感覚を感じる。
触れてみると、鮮血が。見れば腕や足からもたれており、どれも棘で切られた切り傷のようなものが見える。
すると、熊がもう一度のけぞり、またしても認識できない何かをしてこようとしてきていた。




