第33話《名付けた理由は》
「あ? 全然チビが懐かない? おまえ、ペット飼ったことねえんか。そんな一朝一夕で手懐けられるわけねえだろ」
「いや、そりゃ分かってますけど、まっっったく振り向かないんですよ? というかペットは飼ってましたし、何匹かいましたけど、あそこまでは初めてです。あれペットに部類するのは失礼ですよ」
「あたりめえだバカ野郎!! チビは大事な家族だ。ペットと同じく繰りにすんな!!」
「いや、俺が言ったのはペットに失礼って話なんですけど……つか、あなたが先にペットの話振ってましたけど?!」
トレーニングの休憩時に汗を拭きながら健吾は答える。
まったく、自分で押し付けたくせに騒がしい人だなあと思いつつ座っていると、杉山さんは深く息を吸って、吐き、
「まあ、そうだな。もしも、チビがあまりに言うこと聞かなかったら別の名前に変えちまってもいーぞ」
「……あ、えっ? いいんですか」
「だが、俺の目があるうちはダメだからな?! アイツは俺の家族だからな」
「あーまぁまぁ、わかりましたけど、そんな簡単に名前変えていいんですか」
名前を変える。結構大事なことだとは思うけど、そう簡単に変えていいものなのだろうか。
というか、今まで『チビ』で慣れてきたのにそれ以外を本人が気に入るとは思わないんだが……
「それは俺らの偏見ってとこだな。地域によっちゃ、仕える主によって名前変える場所もある見てえだし、そこんとこはこっちの世界との違いじゃねえかな」
ふーん、と思いつつ、当たり前のように思考を読まれていることをもはや突っ込みはしない。
だが、一つ気になった健吾は「ですが」と頭尻において、
「それでチビが納得するってなんで思うんですか? もし、つけた名前に怒って蹴り飛ばされたんじゃ腑に落ちないですよ」
「そりゃお前の力量次第だろ。知らん奴がお前の名前を変えて読んできたらムカつくだろ? だが、仲いい友人が愛称やあだ名をつけてくれたら嬉しい……つまり、そういうことよ」
健吾は半ば納得いかない様子で頷くと、杉山はため息をついて、頭を引っぱたいた。
「ほーら、ごちゃごちゃ考えてないで再開するぞ。そういうときゃ体を動かして頭をすっきりさせるに限る。むしゃくしゃしたら体動かせ」
「わっかりましたよ。---ただ最後に一つ、聞いてもいいですか?」
あ、なんだ? と聞き返される。
健吾は、少し考えた後、言葉をまとめると、杉山さんに言われる前に言葉にして尋ねた。
「チビが心を許すような人って、どんな人ですかね」
「…お前、誰かに好かれるためにその人が好きなタイプになるのか…?」
杉山は、引き気味で答える。表情は見えないが不愉快な感じがしてならない。
「えぇ、ええ別にいいでしょうよ。誰かに好かれるってのは、そういった手段も一つの手でしょうが」
「いーや、それは違うぜ。お前はそれで好かれてるって思うかもしれないが、偽って好かれようとするやつが本気に好かれることは無い。それはお前が好かれていると勘違いするためにするもんだ」
彼の持論に悔しくも納得してしまう健吾は、小突かれたような声を漏らす。
だが、健吾にとって、それ以外の手段はあまり思いつかない。
「--そうだな。お前の言うことも分かる。それじゃあ、ひとつだけアドバイスをやろう。ただ、再三言うが偽りはいつかバレるから騙し続けるのだけは決してやるんじゃねえぞ」
杉山は手を生やして、指1つ立てて注意をすると腕を組んで、諭す。
「自信を持つんだ。表面だけでもいい、自分はなんでも出来るという自信をみせるんだ。そうすれば、人はお前を信じて着いてくるようになる」
健吾は、自信満々そうに言う杉山に納得があまり行かず口を出す。
「それって、結局偽っていることになりません?」
健吾の発言に杉山は少し鼻で笑う
「それは少し違ぇな。誰かの好みになるってのは、己を偽ることだが、自信を持つってのは、偽りじゃなく変わることだ。何より、自信もってる様に見せてれば必然的に周りはそれを信じるし、お前もそうなるように己を信じる」
そう言って、杉山は木板の向こうでニヤリと笑うと、
「他者に嘘をつかず、己を偽ってけ」
と、満足気に話した。
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頼れる背中、はっきりとした発言。
危険な状態での堂々とした命名。
健吾の考えうる最大限の見栄を張った。
だが、正面はきっとあられのないことになっていただろう。
膀胱の守りはもう限界に近く、顔は福笑いより酷いことになっていたはず。
しかし、これが健吾の全力だった。
昔からハッタリをかますのは得意だった健吾だが、これほど命を張った状態で試したことは無い。
なので、チビに頼ると決めた時点でなりふり構っている暇はなく、この作戦が失敗となった時、またそれは人生の終わりを意味していた。
____頼む、頼む、頼む頼む頼むチビィ! 起き上がって奴を倒してくれ! ちび様ァ!!
情けない。この一点に尽きる。
だが、他にどうすれば良いというのだろうか。手元に武器は届くわけのない短刀しかなく、体長は何倍もあるときた。
逃げれる術なく、生きるも死ぬもチビ次第。
もう、そろそろ膀胱が限界が来そうな中、ピクリと微かな音が背後から聞こえた。
全神経を背後にかけていた健吾は、その音が小石の揺れる音でもべスティアの動く音でもないことは確信していた。
勢いよく後ろを振り返った時、そこにいたのは下半身が木板で上半身がドラゴンのチビ。
眉をひそめて、まるで死んだ魚のような霞んだ瞳をしており、耳は垂れ下がっていた。
名前で、反応した? それとも、命名が気に入らなかった? 分からない。彼の言葉こちらから通じないし、表情も人ではないから読めない。
何を言ってる、何を伝えたがっている。
健吾は、微かな情報からそれを読み取ろうとする中、ある1種の既視感を感じた。
それは、初めてウチに来た猫。
親戚が飼えないという事で里親を探していた時に母が連れてきてくれた猫。
彼もまた、親から引き離されて、何も知らない世界に急に押し込められ、困惑した表情をしていた。
そこで、とにかく仲良くなるために色んな手を使った。
その中で、特に大事にしたのが名前。その子を呼ぶ時に、呼びたい時に1番大事になってくるもの。
初めて、その名前をつけた時、その猫はとても不思議そうな顔をした。
自分はてっきり、名前が気に入らなかったのかと思ったが、母親は、
「意味が伝わってないんじゃない? この子はなんで、あなたがその名前を付けてくれたか気になっているのよ」
と、教えられた。
大人になってから、猫はそんなことでは判断せず、声のトーンや周波数で判断していると知るが、この時、
チビがその理由を求めているような気がしたのだ。
「理由なんてな…――――――んだろ!!」
キメラの振り降ろされた風圧で声が掻き消える。
健吾が、前方へ視線を移す前の出来事。到底避けるなんて芸当は間に合うはずがなかった。
目を閉じるという動作も虚しく、半分閉じていく世界で、俺はハッキリと認識する。
―――振り下ろされる狂気から差し伸べられた1本の黒い手を。




