第31話 ≪脱出≫
顔中を覆う暑苦しさを感じる。
まるで、熱帯夜。額から汗が吹き出し、毛むくじゃらの毛が肌に突き刺さる。
地味に痛いし、暑い。
軽く払ってみるが、すぐさま蒸し返す。
半寝の状態で瞼を開くが、やはり睡魔に勝てずもう一度瞼をおろそうとした時、左右から激しい衝撃が走る。
「っでびぃしっ」
自分でもよくわからない声が出て、咄嗟に上体を起こす。
そして、ぼんやりとした意識の中正面を見据えると多方向を眺める黒い物体が目に見える。
木板のような形をしており、原型を保っていないそれを眺めた時、益々脳が正常に活動することを拒否したが、すぐさまそれが何かに気づき声を上げた。
「うわっ!」
初めは、敵かと思ったが、すぐさま杉山さんだと気付き目を覚ます。だが、妙な違和感が取り付いて思考が揺らぐ。
その数秒後。その木板が形を変えて毛むくじゃらの球体に戻り始めた時その正体が何であるかハッキリ分かった。
「お前………チビか?」
視線を合わせない。チビであることは間違いないようだ。
その直後にべスティア夫婦の声が左右から聞こえ、段々と思い出し始めた。
杉山さんが、命懸けでリッキーを止め、4人で何とか逃げようとして落石が出口を封じて、気を失って……
「……あれから、俺らはどうなったんだ?」
辺りを見渡しながら、健吾は尋ねる。見た感じあの地下世界とは違うようだ。岩盤の色が少し濁ってる。
と、なると脱出はできたようだ。
チビのおかげか?何が起きたのか知りたい。だが、チビは視線を逸らしたまま、口を紡いでる。
健吾はべスティア夫婦を撫でながらもう一度尋ねようとするが、声が詰まる。
先程の木板に変化してたのを思い出してチビの心情が分かってしまった。
それはそうだ。チビは地下世界で杉山さんにしか心を開いてなかった。
その杉山さんが居なくなった今、喪失感は計り知れないだろう。俺よりももっと苦しいはずだ。
今はそっとして置いて欲しい。そういう事だろうか。
チビの無言のメッセージに健吾はそう感じた。
それに、チビは声を発せない。事情を知っていても会話は出来ないだろう。健吾は、目を伏せて現状の深刻さを思い返した。
知り合いが亡くなった悲壮感が中々に辛い。だが、心が沈んだままじゃないのは、この現状のおかげか。
今、会話が可能な者はいない。それでいて、指示を出すべき人物は自分。実力的にチビだがべスティア夫婦は従わないと思う。
そして問題はその後。このまま地上に出て何処に行くべきか。
モンスターを連れたまま、と言うのが難しい。べスティアはともかくチビが特にだ。
杉山さん曰く、未確認のモンスターらしく見つかれば即討伐の可能性が限りなく高い。
そうなると、これからずっと追われることとなるし自分の力じゃどうしようもできない。
たとえ、ここで見捨てようものにも一人で森を降りれるかも怪しいし、杉山さんとの約束もある。解散はありえないだろう。
そしたら、田舎のほうへ行って実を隠すしかないか……、健吾が眉をひそめながら頭を悩ませているとベスティア夫婦が身を寄せてくる。
これは、心配してくれているのだろうか? 何度か短く泣いた後、二人で両腕に癒しの力をかけてくれる。どこも怪我してないから何か治るわけではないのだが、心の辛さが少し和らいだ。
ふらついてた感情が正常に稼働する。健吾は冷静に次行動すべきことを考えた。
まず、脱出。地下世界が崩壊した以上ここも安全とは限らない。早く抜け出さないと生き埋めになる可能性がある。
だが、どうやって出る? ここに来る道は覚えてない上、あの巨大モンスターの落下で落ちてきた。空を飛ばない限り、外には……と、チビの事が過ぎってバッと振り返る。
当たり前のようにやっていた為、全然気に止めてなかったが空を飛んでいた。
これは思っていたよりもどうにかなるかもしれない。
すぐさまそのことをチビに伝えてみたが、チビは此方をちらと見た後なんと木板へ姿を変えた。
健吾はその行動に目を丸くするしかなかったが、木板を持ち上げて必死に訴えかけても尚形を変えないチビに気づいてしまった。
……チビは、杉山さんが亡くなったこの場所で死ぬ気なんだ。
あの時は、杉山さんが俺らの事を頼んだのであって本人の意思ではない。
それを果たし終えた今、何を成そうとも考えてないのだ。
きっと、生きる事すらも。
「お、おい!嘘だろ?マジでそういうつもりなのか!?ここで、脱出しなくて瓦礫に埋もれて…それでいいのか?!」
チビに返答はない。
元々頑固でプライドが高いチビだ。腹に決めたことを折り曲げるようなタイプでは無いだろう。
テコでも動かないはずだ。
焦る健吾。力づくで言うことを聞かせることは出来ないし、説得も応じる奴じゃない。
如何様にしたものかと頭を悩ませていた所、嫌な予感が背筋を走る。
小さな何かの弾ける音と、一直線の線が見える。
今日、再三と見た光景であり、予想していた結果であるからして驚きはないものの緊張で冷や汗が吹きでる。
地下世界の終わりの音だ。
「キッ、キッー!!!キィ、キィー!」
野生の勘だろうか。べスティア夫婦が忙しなく慌てる。落ちてくる小さな小粒の石ですら彼らにとっては驚異であり、走り回りながらそれを避けている。
片方に石がぶつかると頭の上でひよこが泣き、それを片方が治す。だが、その最中にもう片方のひよこが泣き、それを癒し……と、漫才みたいな光景が繰り広げられている。
健吾は、冷や汗を振り切ってチビと夫婦を引っつかむと、とにかく道を走り抜けた最悪あの広場のような所に行き、横穴でも何でも逃げ道を探すつもりだ。
あれほど広い空間なら、狭い通路より判断が上手く果たせそうな気がする。そう思ったのだ。
道はあまり覚えてなかったが、全神経を集中させて直感と勢いで駆け抜けた。
どの道迷ってる暇はないし、途中塞がれてる道もあったので迷う機会はさほど多くなかった。
まるで画鋲の雨を突き進んでいる気分だ。
刺さりはしないものチクチクする。足元も不安定で走りにくい。
今日は波乱万丈でよく動いた日だ。驚きで心臓が過労死する。だが、現実は休みを与えてくれるほど優しくなかったし、危機という存在はこれ以上ないほど背中を突き飛ばす。
高速回転する車輪はいつしか、自分の限界に気付かず支障をきたす。
目を開いた時は地面が目の前にあり、両手が塞がっていたせいで受身は取れなかった。
べスティア夫婦の心配の声が聞こえるが、休んでる暇はないと体は理解していた。
今鏡で見たら、痛みが激しく突き刺さるだろうがアドレナリンのおかげで何も感じない。
ただただ、走れという命令だけが脳を働かせ、足を回し、体が動いてた。
至る所の亀裂が先よりも激しくなってきた中、足の限界と擦りむいた左側が熱くなってきた頃合で、アドレナリン終了のお知らせが届いた。
あの広場へと辿り着いたのだ。
健吾の口からおもわず安堵の声が漏れる。
まず、予想通り崩壊がここだけまだであったこと、両端がひび割れているが、天井の大きな穴を見るにまだ間に合いそうだ。
しいて問題を上げるなら、チビがこのまま何もしてくれないところなのだが……
そう思いつつ視線を下げるが、案の定全く変化がない。
飛ぶことはチビしかできないというのに……
飛ぶ。違和感を覚えた。
そうだ、ここに来るのに落ちてきたのは自分だけじゃない、下敷きになったやつがいてそいつのおかげでで助かった。
けど、姿が見えない。
おかしい、あの大きなモンスターはいったいどこへ消えたのだ。
刹那、嫌な方向が聞こえた。
上空。先ほど見たときに見当たらなかったそいつが、見上げた穴からのぞき込んでいた。
そう、あの四人が手も足も出なかったあの怪物。
キメラ様のご登場だ。




