第2話 《冒険者ギルド前》
「―――良かったのか」
「ん? おおっ、お前が口開くなんて珍しいな。んーまぁ、いいんじゃねえか? 弟にはまた別のくれてやるさ。……再申請に1週間はかかっちまうけどな」
「違う……アイツを通らせて」
そう言って、今まで無口だった警備兵が過ぎ去って行った健悟に目配りすると、もう一人の警備兵は片眉を下げて「そうか?」と不思議そうに応え、
「さして問題なさそうだったし良いんじゃねえのか? 爆発術式や、召喚術式は組み込まれてなかったし。それに、あんな年端もいかない少年だぞ? 一体何やらかすってんだ」
「通行料」
「,,,あっ」
「本当に,,,門番か?」
無口の警備兵が神妙な顔して見つめ、「すまん!」と、両手を合わせてもう片方の警備兵が謝る。
「,,,たく。前も、よく分からんボロボロの爺さん勝手に中に入れ,,,腹を空かした傭兵に金を渡してこっそり裏口から通して,,,」
「あァ、ほんとすまん! ほんっとすまん!! 後生だ! 黙っといてくれ!! 今度埋め合わせするから!」
「,,,」
「あのな,,,お前が兄弟関連で,,,甘くなるのは分かる。だが」
無口な警備兵は右胸ポケットから一つのカードを取り出すと、もう一人の警備兵の方に向けて威圧的な表情で言葉を放った。
「ギルドカードを……知らなかったんだぞ。そんなことが有り得るのか……? 常識も常識。隣町に移動する時や、交渉する際に必ず用いられる必需品。……それが分からなかったんだぞ」
「だから、それは兄貴が持ってたから必要無かったんだろ?」
「兄貴が持っている物を弟が知らないのか……?」
「……っ」
今まで庇い続けていた警備兵が、初めて言葉が詰まらせる。
口元を抑えて、熟考する警備兵。言われてみれば、少年の服装、所持品、ギルドカードの有無。言われてみれば、見たことのない物や無知すぎる点がある。
初めこそ、田舎育ちだったから、その地域原産の工芸品や衣服等なのかと思われたが、言われて見るとアレに近しいものすら見たこと無い。ギルドカードに関しても、確かに気になる部分がある。
「確かに、全体的に妙ではあったな」
「……だろ?」
一度疑うと、全体的に怪しく見え始めた。
本当に兄貴なんていたのか。実は田舎から出てきたわけではないのか。もしかすると、手を貸してはいけない人物だったりするのか。
警備兵の頭の中でぐるぐると疑いの言葉が駆け巡る。
だが、あの時の少年の表情。あれは間違いなく、兄を思っての心境だった。それは、きっと間違いない。俺の目に狂いは無い。
警備兵は、そう確信していた。
「まーまー、いいじゃねぇのっ! とにかく、俺は信じるぞ。あの時の少年の顔。あれは絶対嘘をつくような顔じゃねえ! 俺の勘もそう言ってるっ!」
「……その勘がとてつもなく、不安だ」
無口な警備兵の肩を、強く叩いて嬉しそうに警備兵は笑う。
その様子に、半ば諦めた面立ちでため息を溢す無口な警備兵は、過ぎ去って行った、今は見えない健悟の後ろ姿を見つめていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぶぇっっしょんっ! ……ぅえー。んだよ、誰か俺のこと噂してんのか?」
「あらま、大丈夫かい?」
「え、ああ、はい。大丈夫です。大丈夫です。それで、なんでしたっけ?」
健悟は口元を拭って、おばちゃんの方へと視線を戻す。
「だからね、あの中央に見えるのが冒険者ギルド。それで、右方側に見えるアレが道具売り場。それで、アレが防具や武具が売ってる―――」
おばちゃんは屋根の装飾品や、看板のマークなどを淡々と指さしていき、そこがどういう場所か、どういう物があるか事細かく説明してくれた。
今の現在位置は、町に入り始めて幾ばかりか進んだ出店が並ぶ本道の中間。
丁度、買い物を終えて帰り支度をしている優しそうなおばちゃんを発見したので、試しに声をかけてみた次第だ。
だが、このおばちゃん。初めは愛想よく質問に応えてくれたもの、どうやら優しすぎるみたいで、初めは軽ーいシルウァについての説明だったのに、いつの間にかシルウァのどの店が良かったか、何処がおいしいか、シルウァの歴史がどうだったのか。
世間話を交えた説明が小一時間ほど、熱く語られ続けていた。
「でね、でね。その英雄様がこれまた眉目秀麗で――――あっ、あら嫌だわもうこんな時間。ごめんなさい、長い間立ち話させちゃって」
「いえいえ、こちらこそ貴重なお話ありがとうございました。お姉さんのお話、とても興味深い物ばかりで此方こそ時間を忘れて聞き入ってしまいましたよ」
「あらやだぁ、お兄ちゃんお世辞お上手ね~。こんなおばちゃんにお姉さんだなんてぇ~」
おばちゃんは、口元に手を置いて表情をにこやかにさせると、別れ際に「おばちゃんの長話に付き合ってくれたお礼」というわけで、梨の様な果物を頂いた。
流石、キム直伝「老若男女トーク術」。コレの効果はまさに万国共通……いや、異世界共通、か。
ホント我が友人ながら、末恐ろしい。表情と言葉選びを変えるだけで、言葉が梨にすり替わった。
言葉は刃物、ならぬ言葉は金か。よく言ったものだ。
健悟は、そんなことを思いながら頂いた梨を口に頬張ると口中に広がる果汁を感じながら、一齧りし眉を落とした。
「……うぇ、酸っぱ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
先のおばちゃんから場所を教えて貰った、現在位置は冒険者ギルド前。
異世界系なら、まさに伝統芸のような存在の冒険者ギルドだが、あの警備兵も口にしていた通り、ギルドカードというのは身分の証明になる。
手にしても損は無いだろうし、どちらかというとモンスターと戦ってはみたかったため、どのみち情報集めを兼ねて寄るつもりではあった。
ちなみに、今手元に自転車は置いていない。
街中を歩くにあたって、妙にあのサイズは場所を取る。従って、近くの物置か預かってくれる交番の様なものがあればよかったのだが、いかんせん文字が読めぬのでどれがどれだかさっぱり分からない。
誰かに聞いてみるのも手だったが、先のおばちゃんの件もあってまた誰かに尋ねることが面倒になり、結局路地裏付近に停車。
近くにあったボロイ布を被せておいたが、まあ盗まれたりしたら……それはそれでいいかな、とちょっと諦めモードになっていた。
と、それはそうとして、今現在は冒険者ギルドの扉前に立っている訳だが。……入る前に問題が二つ発生。
一つは、冒険者ギルドの木製の扉(?)で間違いないのだろうが大きさが自身の2倍はあるということだ。
設計ミスだか何だか知らんが、でかすぎて扉と言うよりもはや壁だ。
そして、2つ目なのだが。これはその大きさが原因だと思われ……
「ふっ、ふんーーーー!!!!」
扉が全然開かないのだ。
自慢ではないが、小さい頃から数多のスポーツをこなしてきただけあって体つきと筋肉はそこらへんの人に劣っている気はしない。
だが、この扉はそんな健悟の肉体を駆使してもピクリとも動かなかった。
感覚的にはひたすら壁に体当たりしている気分、だろうか。
「どぅおおおおおああああああああ!!!!」
奇声を上げながら、顔を真っ赤にして踏ん張る健悟。だが、それを嘲笑うように扉はピクリとも反応を示さなかった。
もしかして、引くタイプか? と思い、押すのをやめて後方に下がってみるがそれらしき取っ手は何処にも見当たらない。
「……ハァ……ハァ、なんじゃこりゃ、作った奴頭チンパンジーかよ。もっと一般人にやさしい親切設計にしろよ」
「――あれ? 君、どうしたの?」
膝に手をついて肩で息をしている健悟の背後から、声を掛けてきたのは若々しい一人の女性の姿。
見た目からして、年齢は20前半か。瞳はピンク色で、髪はローズ色のポニーテール。
装備も、それほど重厚という訳ではない軽装で、腰にはレイピアのようなものを備えている。
身長も、自分より低めの160後半辺りで、その雰囲気は可憐な花が擬人化したような美しさだった。
「あ、あの、中に入りたいんですけど、入り口が何処か分からなくて……」
「ん? 君、冒険者志望の子? だとしたらあまり感心しないわね。ココは君みたいな若い子が生半可な気持ちで来て良い場所じゃないのよ?」
むすっとした表情で、女性が腕を組んで尋ねる。
「あー、えーっとですね。その、自分田舎から出稼ぎに……」
「だとしたら、別に冒険者ギルドじゃなくてもいいんじゃないかしら? この町だと他に商人ギルドってのもあるし、別の下働きを探すのもよさそうよね。それにギルドに所属する際、基準の年齢に達してない場合必ず身分証明できる物や人、加えて登録料がかかるけど大丈夫かしら?」
「うっ……」
これは予想外。すんなり入れない辺り身を案じてのことだろうが、正直商業なんぞまったくもって興味が無い。無論、雑用もごめんだ。だが、この流れだと間違いなく商人ギルドの方へ向かわされてしまう。
それだけは勘弁。せっかくの夢なのに、何故ファンタジー溢れるモンスター討伐ではなく、普通に日本で実現可能な商業に手を出さねばならないのか。
それだけは絶対に嫌だ。
「あっ、あの。実は、ボクの片田舎が貧困すぎてここ最近、満足に食事を得られていないんですっ……! けれど、お金を稼ごうにも村には老人や子供ばかりで働き手が居ない。ならば、とボクが大きな町で出稼ぎに行ってこの村を潤して見せましょうっと、そう心に誓ってこの場に赴いた次第です……!」
無駄に演劇スキルがレベルアップしているのは気のせいか。
なにはともあれ、理由としては大体揃ってはいないだろうか。
もし、商人ギルドに属したとしても商売力のない俺では成果を出すところか、むしろ売れ残りから赤字を発掘しそうだ。それに、今飢え死にそうな村に商売を一からスタートさせるのはなかなか酷。
と、なると腕っ節次第で報酬がすぐ手に入る冒険者の方が圧倒的に確実。安全はすり減るものの手に入る金額は申し分ないはずだ。
かなりの名案、100%の回答ではなかろうか。
……あれ? つい最近まったく同じ感覚を味わったような―――
「あらぁ……そうなの。大変ね、私も分かるわその気持ち。……本当はこういうのあまりよくないんだけど、君みたいな子みてると放って置けない性分で。もしよかったら私が君の村に仕送りをしても……」
……デジャヴ。そういえば、こんなやり取り警備員さんとやった覚えあった。
何で、毎度こう考えている展開とは別の方向に走るハメになるんだろうか。
「ああっ、いえいえ! そんな、悪いですよ!」
「いいのよ、安心して。自慢でもないけど、それなりには貯金は持ってる方だと思うからっ」
うわー……よくない、よろしくない。
人の善意が痛み入りすぎて、むしろいらないです。というか、会って数分の青年にお金渡しちゃうのどうかと思いますけど、思えば会って来た人皆いい人すぎやしませんかね!?
……猛烈に言い放ってやりたいが、そこはグッとこらえてお節介お姉さんの気をどうにかギルドカード発行に、
「……ご厚意とてもありがたいんですが、昔からの兄の教えで『覚悟を決めたら、突き通すのが義』って、教えられているので、もし村に帰って自分の成果じゃないとバレてしまったら……」
ちなみに、この格言は母の教えである。
それはいいとして、健悟の応答にどうやら困り果てた様子の女性。口に手を当て首を横に傾げている。
しばらく考え込んだ挙句、両手を叩いて「そうだっ」と嬉しそうに指を立てると、
「分かった、じゃあお姉さんから一つ条件出していい?」
「? はい、何でしょう」
「今日から、しばらくの間。君は私と一緒に行きます。そして戦闘技術や冒険のいろはを覚えて、私が大丈夫だなって思ったら君を一人前の冒険者として認め、一人で冒険することを許可します。どう? なんか師弟関係みたいで面白そうじゃない?」
にっこりと笑顔を向ける女性。
これに関しては、健悟にとって嬉しい話であった。
いくら夢の中とはいえ、ここは仮にも異世界。どうやって戦うのか、どういう装備が良いのか、どういう相手を選べばいいのか、いわゆるチュートリアル的なものを彼女が全て受け持ってくれるというのだから。
いくら天才でも、序盤の説明も無しに自由に行動できる者などさほど存在しないだろう。
……まあ、出来ちゃった奴を見てこなかったわけではないが。
「分かりました。その条件飲まして頂きます。ボクとしても、こういうところ初めてだったので案内している方は欲しかったんです」
「そう、良かった! それじゃあ……えーっと、お名前聞いてもいいかな?」
「ああ、鯨舵 健悟です。よろしくお願いします」
「えと、名は鯨舵君の方よね?」
「健悟の方ですね」
「ああっ、そうなの。ちょっと変わってるね。私は、エンゼル・スイートアリッサムよ。これからよろしくね、健悟君」
挨拶と共にエンゼルから差し伸べられた右手を、健悟は快く握り返した。




