第1話 《夢の世界》
―――あれ、おかしいな。さっきまで起きてたよな。俺、自転車漕いでたよな。
健悟は疑心になって両目を擦り、瞬きをしてから空、大地、自転車へと視線を移す。
青一色で染められた空、緑で塗りつぶされた大地、完全場違いな俺の自転車……。
……あっ、なるほど。開拓工事があったのか。
そういえば、ここ最近この道使ったこと無かったし、一面野原になっても何ら不思議は……。
と、思い、背後を振り返ってみるが、後ろも前方と変わらぬ青と緑一色。
―――さっき漕いできた砂利道は見当たらなかった。
健悟は、喉を唸らせて頭をクシャクシャに掻きまわした。
訳が分からない。まったくもって今何が自分の目の前で繰り広げられているのか、訳分からないのだ。
一分前の自分、一時間前の自分、一日前の自分。
今日一日の行動を折り返すように思い出していき、ようやく帰路のところまで話が進むが、突然訳の分からないところに話が移転する。
草原のド真ん中という形に。
この場合、即座に思いつくのは事故による昏睡状態。
自分が事故に会った記憶が無い流れから察するに、多分衝突前後の記憶が吹っ飛んでいるのだと予想。
そう考えると、話の辻褄が完全に合致した。
だが、それゆえの問題も一つ。
「……どうやったら、コレ元に戻れんだ?」
ドラマやアニメなどで、昏睡状態に陥った主人公や友人は、大抵親しい者の呼び掛けによって目が覚めるもの。
その場合、頼りに出来るのはキムと詩織、母と姉の4人ぐらいで、そんな感じの雰囲気が未だ起きて無いところを察するに、今は搬送されている最中とかだろうか。
顔に消えない傷跡や体に障害が残ることだけは本当に勘弁してもらいたいものだ。
空を見上げて大の字に野原で寝そべる健悟。
誰かの呼びかけが来るまで野原でゴロゴロするのもありだが、昏睡状態ということはとどのつまり夢の中にいるということ。
明晰夢の経験なんて初めてだから、正直何をすればいいか分からないが風景からして、どうやらファンタジックな異世界のようだ。
……日頃から、アニメや漫画やラノベを読み漁ってたりなんかするからこんな妄想世界が繰り広げられるのだろうか。
―――という訳で、折角だし暇なため、様々な検証を開始。
まずは、異世界転移時、必須の手荷物検査。
と言っても、これは帰宅時の手荷物と一切変わった様子は無いようで、リュックサックに部活用の制汗スプレーとタオル。愛用の財布とスマホ、モバイルバッテリー、後は朝食と一緒に購入したミントガムぐらい、か。
うむ、即座に餓死しそうな手荷物だ。
続きまして、ステータスオープンの儀式。
これは異世界転移ものによって、様々な手法が用いられるがとりあえず片っ端から試してみた。
「ステータス、オープン!」
「開け、俺のステータス!」
「ステェェェェェェタァァァスゥゥゥゥゥ!!」
「開かれし、大いなるとび(ry」
割愛。他にも手を振りまわしてみたり、空を仰いでみたり色んなパターンを試してみたものの、何も起きずじまい。
まあ、別にステータスは知らずともさして問題は無いだろう。所詮妄想の世界だ、その気になれば世界最強の戦士にだって成れたりするだろう。
これは後回しだ。
次、魔法及びスキルの確認。
本来なら、こういうものはステータス画面を見て判断するものだが、表示されない以上検証のしようがない。
だが、分からずとも一つだけ確認可能なスキルが一つ。
鑑定スキルだ。
異世界転生、及び転移もので主人公が必ずと言っていいほど手にする、超革新的お便利スキル。
チュートリアルのない主人公に、与えるマニュアル的な物だ。
健悟はその場に座り込んで、一つの石を手にすると鑑定スキルが発動しそうな雰囲気を醸し出し、心の中で『鑑定スキル』と、単語を呟く。
……が、何も起きることは無かった。
「……俺の妄想の癖に随分と使い勝手が悪いな」
思いのほか事が上手く進まない事態に、健悟はふてくされて石を遠くの方へと投げ捨てた。
今のところ、コレと言った劇的変化は起こらない。
イベントが起きる様子もなければ、体に異変も起きない。
こうなってくると一番嫌なパターンとして、良い感じのところで目が覚めるという落ちだけはぜひともやめてほしい。
まるで、ラスボス戦に突入する前にBパートが終わって一週間待たされる、あの何とも言えないもどかしい感覚。
あれだけは何度繰り返しても慣れないものだ。
兎に角、ココで下手に行動を起こしてハッピーエンド間近でバッドエンドみる落ちを防ぐためにも、ココから移動しないのが最善策……。
いや、いつ呼ばれるか分からない時間をひたすらココで時間つぶしってのもかなりの苦行な気もする。
しばらく悩んだ末、結局寝そべるよりも行動を起こすことにした。
草原を掻き分けて吹雪く涼風に、健悟の髪をなびく。
塗装のされていない草原の上を自転車を走らせ、ガタつく車体に視界がぶれながらもペダルを必死に漕いで回した。
目指す目的地は、彼方に見える王城。
とりあえず、人のいるところに行ってみようという安直な考えと、自身の妄想がどういう人物を作り上げているか好奇心があっての意だ。
個人的にはケモ耳娘、及びロリなどを所望。
欲を言えば、サキュバスとかにも会ってはみたいが実際いたらいたで、深層心理ではそういうものを求めていたというムッツリスケベがばれてしまうので、あまり会いたくないというのも本音である。
後は妖精やエルフになんかも会ってみたいが、果たして自分の妄想は如何程なのだろうか。
そうこうしている内に、丘の下に見える森に囲まれた一つの街のようなものを発見。
先ほどの城の城下町というわけではないみたいだが、言うなれば田舎ではない少し都会から外れた中規模の街、という感じだ。
と言っても、どのみち出会いを求めていたのだから今更大きいだの小さいだの文句を垂れる気はない。
むしろ、森に隣接している方が妖精やエルフなんかが密集している気もするので、ある意味ラッキーだと捉えておくべきだろう。
健悟はルンルンと鼻唄を歌いながら、眼下に見える中規模の街を目指してペダルに力を込めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
割りと無意識に、感嘆の声が零れる。
自転車で丘を降りてきて、約10~15分くらいの話。
眺めているのは、街の名前が書かれているだろう立て札。
だが、その立て札を見て抱いた感情はあくまで感動的な意味ではなく。
「妙なところで忠実に再現しおって……」
細かいところで変なポリシーを発揮させる、自分自身の妄想に感心していた。
驚いたことにまったく文字が読めないのだ。
日本語を掠りもしない辺り、勝手に想像で創り上げたのだと思うが、妄想一つで言語を創り上げる才能はもはや天才と言っても過言ではないだろうか。
健悟は自身の妄想に過大評価をつけ、独りでにニヤニヤと薄気味悪く笑うと、立て札の向こうに見える陸と町を繋ぐ一本の石橋を見つめ、道順が示すとおりにその石橋を渡った。
淡々と石橋の上を歩く道中、健悟は複数の人物が右隣左隣をすれ違う。
一人目は全身に西洋甲冑をつけた人物が素通り、次にすれ違ったエルフっぽい見た目ではあるものの溢れ出る強者オーラが強すぎて近寄れず、後は三人組のムキムキお兄さんが通ったりして、とてもじゃないが話しかける気力は起きなかった。
(強面過ぎる……)
健悟は顔を動かさないまま、視線だけを辺りに散らして歩き進み、結局何も起きず門前まで到着。
とりあえず今までのは出会いとしてはノーカンということで自己処理をした。
「はぇ~、でっけぇー……」
顔の角度を90度上に傾けて、目の前の門を眺める。
全長およそ15M前後、横幅5,6Mはある大きな門だ。先ほど遠方から眺めた時に確認済みだが、この街は基本石塀で囲まれていて、門は東西南北で計4つ。
見た感じの体裁の良さからして、治安は良さげに思える。
健悟は爛々と表情を輝かせ、門の向こうに見える鮮やかな景色を目指し、足を踏み入れようとして……止められた。
「あーキミキミ、シルウァにはどういったご用件? ギルドカードはお持ちか?」
進もうとする、健悟の前に立ちはだかったのは二人の男性の姿。
見た感じとセリフからして警備兵だろうか。となると、検問所か。
流れからして、『シルウァ』というのはこの町の名前で、ギルドカードはよくある冒険者の身分証明書みたいなやつだろうか。
それにしても言語……。流石に、言葉が通じないと話にならんから修正が入ってるか。
まあ、妥当だな。
「ああ、えと、いえ。ここ最近、田舎から出稼ぎに来たばかりで……。その、ギルドカード? というのは持ってないんです」
健悟はオドオドした様子で警備兵の質問に対し応答する。
何という迫真の演技。我ながら自分に称賛の言葉を送ってやりたい。
咄嗟に出たとはいえ、『田舎』という単語は都会について無知であるという証左になる。
加えて、ギルドカードを大体把握しておきながらもそれをあくまで知らない体で会話し、田舎育ちであることを乗算してアピール。
100点満点の受け答えだ。
……自分の妄想にココまでマジになるのは凄くアホらしい気もするが。
「ほー、そうか。わざわざ田舎から出稼ぎに。モンスターが闊歩する道のりを武器も防具も持たずに、一人で?」
全然満点じゃなかった。
ギクッ、と声が漏れてしまいそうな勢いで身が一瞬弾ける健悟は、心拍数が上昇しつつも落ち着いた口調をキープして、
「と、途中までは兄さんと一緒だったんです。けど、兄さん方向音痴で、森の中ではぐれたままボクだけが街に辿りついちゃったみたいで、もしかすると中に兄さん辿り着いてたりしないかなぁーって……」
……危ういか、危ういか!?
良い訳に関しては俺的にかなり上出来だよ! けど、これで俺の兄貴(空想)について詳しく言及なんてされ始めたら、正直言いくるめる自信無いぞ?!
心臓を脈打たせ、溢れ出る冷や汗を頬に健悟は訝しく見つめる警備兵に全神経を捧げる。
ココまで緊張するやり取り久しぶりで、気分的には母親に嘘をついて見抜かれそうになってる寸前くらいの気分。
つまり、心臓の負担はあまりよろしくないということだ。
だが、警備兵。しばらく考え込んだ末、半分ほど納得のいった表情を見せた。
「……。んー、まあよしとしよう。理由としてはそれなりに筋は通ってるし、その兄貴がもし本当に先に入ってたりしたら早く会いに行きてえだろうしな」
そう言って、警備兵の一人は何やら右ポケットに手を突っ込むと奇妙な機械を取り出した。
「おし、ちょっと両手上げろ」
健悟はとりあえずこの場は言うとおりにしておこうと思い、自転車のスタンドを立てると両手を上にあげてその場に待機。
すると、ソレを確認して警備兵の一人がつま先から順に奇妙な機械を、ゆっくりと照らしていく。
「あ、あの……それは?」
「ああ、軽い身体検査だ。たまに視認できない、爆発の術式を組み込んでいる輩とか忍び込んだりするから、簡易的な安全確認よ」
そう言いながら、ゆっくりへそ辺りまで照らしている警備兵とは別に、もう一人の警備兵がバックの中身等を拝見。
日本だったらプライバシー侵害だ! とか、言われそうだけど特に何も恥ずかしいものは入っていないので、好きなようにやらせる。
どうやら、終わったみたいだ。
「……うっし、異常ナシ。バッグの方も、とりとめ危険物らしきものは無いようだから、これでお前さんは晴れて入門だな」
「あ、ありがとうございます」
健悟は、なんだか騙して申し訳なさそうに感じつつも、妄想だからいいか、という諦めの心を持って警備兵に頭を下げた。
「あっ、そうだ。コレ持っていけ」
そう言って、警備兵は後ろポケットに手を突っ込むと、一枚の紙切れを見せる。
なんだろう、と思いつつも折角だからとソレを受け取り、小首を傾げているとそれについて説明を入れてくれた。
「まあ、簡易的身分証明書だ。その様子じゃ、兄貴と一緒に入門するつもりみたいだったから、お前自身の証明書は持ってねえだろ? てことで、俺が認知した身分証明書。コレがあれば、宿とか市場とかでもしかすると役に立つかもしれねえからな。一応貰っとけ」
「そ、そんな。わざわざありがとうございます」
なんか、余計に後ろめたさが増してきた。
ココまで手伝ってもらえると、もはや妄想の中と言うことを忘れてしまいそうだが、この人だけは起きても覚えておきたいものだ。
健悟は、再度警備兵に深々と頭を下げると、警備兵は嬉しそうに笑顔を向け、左右に退けて槍の石突きで地面を叩くと、額に手を置いて敬礼をして見せる。
「じゃあな。兄貴、早く見つかる良いな」
最後に満面の笑顔を見せた警備兵に健悟は又、深々と頭を下げ、二人の警備兵を背に健悟は巨大な門の下を歩いていった。




