第12話 《キズモノ》
健吾は即座に後退しようとするがもたつき、扉の縁に足をぶつけ、転ぶ。
無防備この上ない無様な格好。とにかく立ち上がって逃げるよりも、防ぐ方を優先した健吾の思考は頭を覆い隠す。
普通に考えればただの皮の鎧じゃ防げても大怪我は免れないはず。
だが、思考がぐちゃぐちゃになっていた健吾は守りを選んでしまった。
今にも飛んでくる!
今か? 今、か!? ,,,今!?
相手が飛び込んでくるまでの数秒はとても長く、まるで時がと止まったかのよう。
来るか来ないかわからない攻撃が1番怖い。来なければ防げないし、来たらきたで防げる自信はない。
だが、この一時の恐怖も激痛で紛れるし、恐怖度で言うならば数倍この瞬間の方が怖い。
まるで、呼び出しを食らって要因が思い当たらずに歩き進む廊下のようだ。
,,,流石に、そろそろ来るものでは無いのか? いや、手を退けたら顔を貪り食われて絶命する?
最後の死に方にしては随分と3流すぎる気がーー。
いや、でも流石に遅すぎる。
ここでずっと縮こまって相当時間が経った。
飛びかかってきてないのか? それとも、逃げ出した,,,?
健吾は、両手を震わしながらゆっくり開きモンスターの位置を把握しようと視線をあげる。
ッ! やっぱりまだ居た!...が襲ってくる気配がはない。
健吾はゆっくりと手を解き、しかとモンスターを見つめると、先程の者とはまた別の存在に気づいて思考が動き始める。
コアラのようなモンスターの腕の中には、もう一体別のコアラ(これからコアラと呼ぶものとする)。
右肩辺りから左腰まで大きく振り下ろされた傷跡。
出血は、傷跡の割には不思議と出血は少ない。
だが、様子から見るに流れすぎだ。
地面に広がる血溜まりと、窓から引っ張ってきただろう血の痕跡がそれを物語っている。
その時、傷ついたコアラが大きくむせ、慌てた様子で唸っていたコアラが向き直り、表情を歪ませる。
コアラ、健吾、コアラ、健吾、コアラ、健吾、コアラ,,,と何度も何度も視線を往復し、決意したかのように此方に1度唸るとクローゼットの方へと飛びつく。
両開きの片方の取手にジャンプするが、掴むまでは良いものの外開き式なので開け方が分からず悪戦苦闘。
手段を変えるために地面に降りて、爪を隙間に入れようするが、爪が太すぎて上手く入っていない。
その時、別コアラの方が幾度かむせた後口から血を吹き出した。
その様子に焦ってパニック状態の片コアラは大きな瞳に大粒の涙を浮かべて、キーキー声を上げながら駆け寄ると、両手を震わせながら抱き上げる。
その状況に眺めているだけしかできない健吾は、涙を流しながら抱きしめているコアラを眺め、ようやく意識を自分のものとする。
多分、想像するにクローゼットの中の布が欲しかったのか、それとも中に薬品か何かあると思ったのか。
どの道、俺ならその扉を開けることが出る。
だが、横を通って襲われる可能性もあるし、そもそもこちらを見ていない今がチャンス。
さっさと扉を閉めて見ないふり。別の家行って、他になにかないか探す方が圧倒的に安全だ。
そうだ。善は急げ。さっさとーーー
逃げれば良かったのに。
あの時もそうだ。キメラに向かってナイフを投げたのだって、やらなければこんな事にはなっていない。
さっさと、1人で逃げてしまえば問題はなかった。
誰も攻めやしない。誰も攻めることは出来ない。
戦力外なのは目に見えてるし、そもそも会って間もない人に囮になれってほうがおかしい。
それに、あの状況なら全員助かるのは難しい。
下手をすれば高確率で全滅は見えている。
じゃあ、何故ここまで分かっていて俺は逃げなかったんだろうか。
まだ、引きづっているんだろうか。あの時のこと
「キーーーーっ、キー、キーーーーー!!!」
悲しみの入り交じった霞んだ声にハッとする。
怪我をしたコアラの目が段々と掠れてきているのだ。
どうする。どうする。どうすればいい!?
例え、薬品か布があってももう間に合わない。あの傷じゃ止血も遅いし、この世界の薬品なんてどれが正解かも分からない。
医学に長けてもなければ、応急処置ですら曖昧。だが、何かしら行動を起こさなければ確実に死んでしまう。
ーーーどうすれば,,,!
健吾の頭の中に、先程の疑念はない。ただ、今目の前で泣いているコアラを、苦しんでいるものを救いたい。
その思いだけが健吾をつき動かしていた。
だが、対処法が見当たらない。
自分の無力具合に腹が立つ。
くそっ! と、握りこぶしを作って腕を振り下ろしたとき、ふとバッグが揺れて瓶が擦れ合う軽い音が響く。
これは、『フール』と呼ばれる、ポーションらしき存在の音だ。
エンゼルさんが、出発前に怪我をした時周りの手が空いてなかったら、自分一人で回復できるようにとくれたもの。
普通なら、ユリさんが回復してくれるためフールは本当に緊急時用と言っていたのだが,,,これはモンスター相手にも有効なのだろうか。
いや、考えている暇はない。
どの道、これでダメだったらダメなんだ。
ダメで元々、博打は大好きなはずだ。
健吾はポーチを開いて、ピンク色の液体をしたフールを取り出し、コアラの元へ駆け寄る。
初めは、隣に着いた時点で此方に一度視線を向けたが、もう相手のコアラがそれどころではなかったので気にしている場合ではない様子。
だが、フールのコルクを抜いて傷ついたコアラの眼前まで持って行くと表情が変わる。
触らせまいと大きく叫んで、健吾に向かって体当たり。
加速がないため大した威力はないはずだが、角度的な問題で左半身から衝突。
勿論、左腕はご覧の有様なため激痛なんて、とてもじゃないが笑えたものでは無い。
言うなれば、バットでフルスイングされた気分。
激痛で声は出ないし、じんわりと涙が出る。
だが、開けたフールを気合いで手放さず、後ろのめりに倒れ込んだコアラのスキをついて、傷口に中身を振りまく。
初め、傷ついたコアラが小さく悲鳴をあげ、片方のコアラが目を見開いてコアラの元へ駆け寄ったが、此方に飛びかかるよりもまず、目の前の光景に目を奪われてそれどころではなかった。
傷口から垂れ流れていた血がピタリと止まり、赤黒く抉れていた傷口がピンク色に。
完治はしていないが出血もしていない、見た目も先程よりは良好。
小さく悲鳴を上げていたコアラは、今では落ち着き、静かに呼吸をしていた。
だが、血が足りていないのか、単純に気疲れか、顔色はまだ優れていない。
片方のコアラは事態を掴めていない様子で、傷口を見つめて、健吾を見て、また傷口を,,,とまた往復を始めている。
だが、暫くして俺の持ってきたフールが要因だと理解すると、困惑と感謝の入り交じった表情でこちらを見つめ、距離をとる。
流石にまだ警戒してるか,,,。
それに、あのコアラの調子がまだ戻ってきているわけではなさそうだ。
フールついでに貰ったやつがあるが、これもあげてみるべきだろうか?
そう考えながら、小さめの試験管に入った3つの錠剤をポーチから取り出してみた。
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「これも回復薬ですか?」
「そだよ〜。あ、ちなみに説明しておくとフールは主に外傷。体力の回復とか血液を増やすとか、病気が治るものじゃないから気をつけてね?」
そう言って、エンゼルが指を立てながらウインクする。
「,,,懐かしいな。その事知らずに、病にかかったエンゼルが親に黙ってフール3本くらい飲んでたこと,,,」
「! あ、待って! やめて! それ以上先、恥ずかしいオチしかないの私知ってるからやめて!!」
「いやぁ、俺はしっかり忠告したんだぜぇ,,,?」
やけに慎重にいやらしく、口元を緩ませてディルゲートは続ける。
「フールはあくまで傷口に塗るものだから、飲むもんじゃないって言ったのに、コイツ『何言ってるの? 液体だから飲み物に決まってるじゃない』って、三日三晩下痢と嘔吐に悩まされた上、親に散々ドヤされるというーーー」
「キャーーーー!!! もうダメ!! ほんっとにダメ!!!!」
悲鳴をあげながら、ディルゲートの後頭部を一撃。
衝撃で前のめりになるものの、倒れ込む程ではなく後頭部を擦りながら、ニヤニヤした表情は揺らがない。
「エンゼル。昔からドジって話は聞いてたけど、それはドジを通り越して常識知らなすぎじゃ,,,?」
「いや、ちょっと待って! 弁明させて! あの時は小さかったし、液体は飲むものだって教わってたし、そもそもあんなピンク色で美味しそうな見た目してたら誰でも飲んでみたく,,,」
「ならねぇよ。寧ろ色が蛍光すぎて、飲みたくねぇわ」
身振り手振りの反論もディルゲートがピシャリと弾くが、「いや!」「だって!」とエンゼルは食い下がる。
ははは、と、とりあえず愛想笑いだけをしていた健吾はふと視線を逸らせた先にある固形物を見つける。
「これは、何ですか?」
「『センヤク』だよ。フールは主に外傷用、センヤクは病や体調不良の時に症状を緩和させるために使うんだ」
「なるほど,,,」
「ただ、フールも同様に瀕死状態や不治の病、毒等の外敵によるものだと大した効果はないんだ。そういうのは教会とかで適切な処置をして貰うしかなくて、あくまで回復薬は応急処置。フールもランク別に効果は変わるけど、最上位となると個人財産じゃ厳しいし、大抵の冒険者は低ランクフールを大量に買うか、仲間にヒーラーを置くしかないんだ」
ダグは身振り手振りで分かりやすく説明し、一応持っておこう、ということで緊急時用の3つだけ頂いた。
「おぅ、エンゼル言ったなお前? じゃあ、今度この街で行われる『ラングス・エール王決定戦』でどっちがより良い成績残せるか勝負な?」
「い、いいわよぉ!? 望むところよ。私に勝負事で勝てると思って!!????」
「いや、お前勝負事で俺に勝ったことないだろ」
「,,,その前に、『ラングス・エール』ってエンゼルなんだか分かってる,,,?」
先程まで引きつった笑みを浮かべていたエンゼルの顔が更に曇る。
眉を寄せて下唇を突き出し、顎にシワを作って絶妙な表情を見せる辺り、絶対分かっていないのは明白だが当てずっぽうで答えを当てようとする。
「ログスターを誰が1番早く食べれるか,,,選手権,,,?」
「いや、いやいやいやいやーーー嘘だろ?」
「·······ぷっ」
「あっ! ちょっとユリちゃんまで笑わないでよっ!」
「いやあ、『ラングス・エール』って言ってるのにどうしてログスターが出てくるのさ,,,」
「,,,,,,,,,あ」
「ほれみろダグ! コイツマジで正真正銘の馬鹿だぞ!? 正直、酒だと当てられねぇと思ってたが、的外れにも程があんだろ!」
「,,,,,,,,,むぅ、いいもん。別にそれは常識じゃないし、知ってなくても死なないもん」
「あ’’ーー!! ダメだァ、話にならん!!!」
「まあまあ、とにかくその話はまた今度ね。早く秘境潜っちゃおう。どれだけ深いか分からないし、出来れば真っ暗になる前に引き返したいーーー」
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ーーー今思えば、出発前に変な会話してんなぁ。
健吾は、錠剤を見つめてフッと笑う。
コアラは未だ衰弱している。息はしているものの不定期な時があるし、まだ辛そうな表情をしていた。
この錠剤がモンスターに聞くかどうか分からないが、気休め程度にはなるはず。
そう思い、人工的な固形物を衰弱したコアラにあげようとするが、もちろんの如く別コアラが阻止しようと前に立つ。
だが、先程の件もあり疑念と信用が揺らぐ中、結局先程の恩恵を信じたコアラは難しい表情をしたまま横へ退ける。
今の一連の反応を見た後に錠剤がモンスターにとって毒だった場合、俺,,,死ぬな。
顔をひきりつつ、健吾は覚悟を決めて1つを口の中へと落としてやると片コアラがコアラに何かを告げ、頷いた後に薬を飲み込んだ。
気のせいかどうかは分からないが、表情が落ち着いている。
そんな即効性では無いだろうから、暫く様子見だろう。
,,,できれば即効性が良かったな。左側から感じる眼光に今にでも殺されそうだ。
逃げた方がいいかな。「効果は遅効性だからもうしばらく待ってね」なんて、伝わらないし言ってる間に殺されそう。
はてさて、一体どうしたもんかと思っていると、コアラが左腕数センチ前のところまで近づき、謎に凝視していた。
すみません、違和感ある終わり方と思われますが、ここで切らないと1万文字いきそうなので切らせていただきます(ᯅ̈ )
次回の更新をお楽しみください!




