好きより嫌いより深いもの・アフター
私は勉強ができて、見た目もそれなりに良くて、けれど運動はあまりできなかった。どんくさい女だった。
だから中学では、公立のただ家から近いというだけのところだったから、それなりに悪い人に目をつけられたものだった。
疎まれている、ということは分かっても私はそれをどうしたらいいか分からず、誰がやったかも分からない陰湿な行為は、徐々に過激になってついには露骨な嫌がらせになっていった。
助けてくれる人もいなかったし、友達もいなかった。
理不尽な目に遭っていることを恨みながら、自分自身を不甲斐なく思いながら、どこかそれが仕方のない、当然のことだとも思った。
その貧乏くじを引いてしまったことを、身の振り方を、色々後悔しながら、悔やんで、そんな暗い三年を過ごした。
だから高校では、知ってる人のいない、けれど普通くらいの高校でもうちょっとうまく生きようと思った。
それが私の、望美と真帆との出会いだった。
「みんな仲良くするようになー」
「仲良くしなくちゃダメなんですかね?」
たった一日目、明星高校の一年の教室で先生の他愛ない一言に噛みついて、黒い髪の女の子が平然と言ってしまった。
まだ周りには見ず知らずの人ばかり、会話もあまりできない思春期の男女たちの中で、鹿波真帆だけが先生に公然と歯向かった。
「仲良くしたくない人もいると思うんですけど」
「……まあ、そこは自由にな」
笑い声も起きない、その時の真帆はあまりにも表情がないというか、ぼんやりしてるみたいで――それが真帆の普通だって後から知ったんだけど――ギャグ狙いじゃない本音だった。
ただそれがあまりにも場違いで、沈黙という調和を乱す存在のせいで、逆にクラスの人達は一人の敵を認識して少し協調するような雰囲気だった。
きっと彼女が人身御供になるのではないかと思ったところで――。
「ふはっ、正論じゃん。アンタ名前なんてーの? 面白いね」
「鹿波真帆。あなたは?」
「西木望美。よろしくなー真帆」
「おぉうフレンドリー」
絶対的な大多数と、小さいながらも結束する少数の二派がそこにあって。
私はもう二度と同じ失敗をしないように、けれど誰かと親友という距離にも近づかないように。
その少数へと足を踏み入れたのだった。
「ねぇ、ふふ、さっきは随分なこと言ってたけど……」
迫害も孤独もなく、けれど友愛もない、そんなものを望んでいたはずなのに。
美守の独白を聞き終わって、まあそんなことだろうな~、とコーヒーをすする。甘くておいしい。
「……聞いてくれてありがと。まだちょっと、望美には言えないけど。ちょっと勇気出た」
「いやいや、私も奥様だからこういうこと得意なんだよ。井戸端会議みたいなね」
「奥様って、まあ真帆は主婦なんだっけ。いいわね、気楽そうで」
高校を卒業して私鹿波真帆は、無事に敷島理沙と同棲して家でのんびりの方を満喫している。うちのお母さんからはめちゃくちゃ反対されたけどあの人は理沙に甘いからなんとかこうなった。
一方理沙の方は大学に進学して、心理学を勉強しているらしい。女性と男性の心のメカニズムとか、気になる女の子の心の動きを知りたいそうだ。理沙を苦労させる悪い女、きっととても神秘的で美しい大人びた女性なんだろう。
それで、美守と望美はというと。
「主婦が気楽って言うけど、私から見たら二人も楽しそうだよ。まさか二人までルームシェアしてるなんて」
「大学近いからね。どうせ別の家に住んで家賃とか別々に払うなら、一緒に住んだ方が得じゃない?」
「ま、確かに。で、それどっちから誘ったの?」
「……私、だけど?」
なんてことないように言おうとしているけれど、少し照れが見える。美守はどれくらいの勇気を奮ったんだろう、考えるに余りある。
「美守も丸くなったねぇ。か~わ~い~い~!」
「可愛いやめて。真帆はすぐそうやって他人を弄る」
「美守が可愛いのは事実だから弄ってないよ。っていうか美守も私に可愛いって言っていいよ」
「可愛げがない」
「……。ま、セクシーの塊みたいな?」
「あ。この間の一日かけてセックスした話また聞かせてよ」
「それはトラウマだから」
理沙の性欲は本当に困ったものがあるという話。心は理解されていないみたいだけど『体はもう私の物なのに』みたいなことを理沙に言われた時は本当に怖気が走ったものである。
というか、セクシーについて無視されているのが本当に腹立たしい。
私は感情が希薄とかいろいろ言われるけど、これだけはみんなが取り合ってくれないし真剣に言ってるのに伝わらない。
「確かにさ、私って背が低いし、胸も小さい。近い背丈の佐倉ちゃんとか見てもセクシーより可愛いなぁと思うよ? だけど私ってこう、ミステリアスな雰囲気醸し出してるし、こう、まなじりとかセクシーな感じじゃない?」
「え……どこが?」
美守は驚愕の表情を浮かべていて、それが完全な本音だと分かる。その全力の反応が私の心を傷つけていることも知らないで……。
「は~。美守は本当に私のことを分かってないよ。たぶん誰よりも大人びてるよ私は」
「うーん、それはどうだろ? 確かに真帆って、なんか人並み外れたものがあるよ。だけど幼いっていうか……」
少し悩んで、考えて、私がコーヒーを一口飲んでいる間に、手をぽんと叩いて言った。
「真帆、自分のことだけ何も見えてないんだ!」
「……というと?」
「外見も、自分の好きなものも、嫌いなものも、分かってないって感じ。なのに、人のことにはよく気付く。そんなイメージ」
「ふーん」
私はその美守の見立てが正しいかどうか分からないから、曖昧に返した。
自分のことが見えてないのは確かだし、みんなのことに気付くっていうのも自信あるけど。
素直に認めるのは、なんだか悔しい。
「どう? 当たってる?」
「一理ある」
「なにそれ」
「それはそれ~」
やんや、やんやと争っていると、ようやく待ち合わせていたもう一人がやってきた。
「遅くなってすみません、真帆さん、涼宮さん」
「佐倉ちゃん、バイトどうだった?」
「特に話すほどのことはありませんね。片づけに手間取っちゃって」
佐倉詩乃、理沙と私のファンみたいな子。同級生の中で私より背の低い子だから近くにいると少し嬉しくなる。低身長は悲しいね。
ちょっと珍しい取り合わせの三人組になるけれど、これにはちょっとした理由があって、誘ってきたのは佐倉ちゃん。
「では行きましょう行きましょう。善は急げですよ!」
「遅れてきた本人が言うことじゃないんじゃない?」
美守のツッコミに佐倉ちゃんは全く怯まず、会計を催促してくる。
いつも思うんだけど本当に佐倉ちゃんって……図太い。怒りのまま暴力を振るうことも躊躇わないし、たぶん泣かされたら倍泣かすタイプ。尊敬するけど真似したくないね。
「にしても、結婚かぁ」
「ええ。やっぱり晴れ着くらい着ないといけませんよ。ねえ涼宮さん!」
「どうなんだろ? 別に実際籍入れるわけでもないし」
これから向かうのは結婚式場の教会みたいなところで、普段はそれはもう結婚式が開かれるような場所なのだけど。なんだこの説明。
近々、若い人たちが結婚するように女の子は晴れ着を着てみよう、みたいなイベントを行うらしい。小さな子が行うものだと思うけれど、年齢に制限は特にないから、と佐倉ちゃんがわざわざチラシを持って家に押し掛けてきたのが一週間前。
図太いなぁと心の底から思ってる。
「何言ってるんですか! 女の子同士で結婚式なんて実際できないものです。もし本当にするとしたら海外ですから私が同席できないじゃないですか!」
「同席したいだけでしょ」
「憧れの理沙さんと真帆さんの晴れ姿……みたいと思うのが親心です!」
「友情、ね。そこは普通」
何度も窘めるけど佐倉ちゃんはもう自分の世界に入ってるみたいでふんすふんす、と鼻息を荒げながら一歩先を進んでいる。そんな光景を美守はくすくす笑って見ている。
「美守も付き合ってくれてありがとうね。色々分からないことがあるから」
「ううん、私に手伝えることなら」
そう美守は軽く笑顔を見せる。どうもオシャレとか衣装とか、そういうことが私には分からない。
このイベントは理沙へのサプライズにするつもりだから、ある程度は先に決めておく必要があるのだ。こういう相談は美守にするに限る。
「……でさぁ、理沙、喜ぶと思う?」
「真帆は喜ぶと思わないの?」
「うーん……」
正直なところ、全く想像がつかない。どんなイベントか詳細が分かってないのもあるけれど、例えば理沙の前に、ウェデイングドレスかタキシードを着た私が立って、理沙はどんな反応をするのか。
「まあ世界で一番きれいだよ~、みたいなことは言われるかな」
「じゃ、それでいいんじゃない? それより真帆はしたいって思ってる?」
「え、何を?」
「そうね。結婚でしょ、敷島さんを喜ばせることでしょ、で誕生日を祝うこと」
「ん~。改めてすることかなぁ? とは思う」
「じゃ敷島さんも喜ばないんじゃない? 真帆がそうしようって思わないとね」
「そっか」
美守の言葉は端的で分かりやすい。少しだけ切り捨てるような物言いに心が痛んだけれど。
理沙を喜ばせたい、理沙と結婚したい、誕生日を祝いたい。私にはそこまでの欲求はない。
「理沙のこと大好きなんだけどなぁ」
「真帆は感情が幼いのよね。鈍いっていうか、敷島さんに対してどうしたいかよく分かってないだけじゃない?」
「んー……難しい」
理沙を喜ばせたい、か。喜んでくれたら嬉しいな、くらいはあるんだけど。
「ほら早く行きますよ!」
佐倉ちゃんが気付けばかなり離れていた。それを私と美守は一緒に急いで追いかけた。
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『サプライズバースデーにします』
という真帆のメールは既にサプライズになっていないような気がする。
ただ真帆が私を祝ってくれる、ということ自体珍しいから、心が躍る。どんなことをしてくれるのか、何を用意してくれているのか。
でも、朝から真帆は家におらず、メールが来た直後に家の前で車のクラクションが何度か鳴った。
家の外に出ると白いワゴン車、運転席に座っているのは美濃部君で、助手席にいるのは西木さん。
「なんで二人がここに?」
「そりゃ、私達はかぼちゃの馬車と親切な魔女様だからな。ほら乗んな乗んな」
「俺の車なんだけど?」
「お前は慎みってもんを持てよな!」
西木さん、運転席の美濃部君をゲシゲシ蹴ってる。女の子なんだから西木さんの方が慎みを持った方が良いと思うんだけど……。
言われた通りに車に乗せてもらうけれど、分からないことが沢山ある。
「それで、どこに行くの?」
「そりゃシンデレラが行くのは舞踏会って相場じゃん?」
「その例えもう良くないか?」
「ってもサプライズって話じゃん? 私ら何話していいか聞いてないし」
二人とも何をするかは知っているみたいだけど、サプライズの計画はそれほど練られてないらしい。
「じゃ、ただ連れて行くだけに来てくれたの?」
「うん。あとは舞踏会に一緒に参加みたいなね」
「ふーん。……ちょっと待って、真帆以外にどれくらいの人が関わってるの?」
そもそも、美濃部君だって一緒に私を祝ってくれるような関係じゃなかったと思う。
「そういえば美濃部君って医学部だっけ? すごいね」
「おお。まあな」
「は、マジ? ありえねーじゃん」
「なんだよありえねーってありえてるだろうが」
「は~、医者ってのは人の心がなくてもなれるんかねぇ?」
「お前降ろすぞ」
「っせぇなテメェ殴んぞ」
「ふ、二人とも、喧嘩はやめて」
「……だな、敷島さん誕生日なんだし」
「あ、おぅ」
口論の絶えない二人だけど、私には遠慮してくれているみたいだ。
けれど正直、二人とも私とはあまり縁がない。高校三年の時は真帆との縁で西木さんとはよく喋ったりもしたけれど、真帆がいないところでは会話なんてしなかったし。
「なんだかごめんね、二人とも今日は私の誕生日に付き合ってくれて」
二人とも、真帆のために手伝ってくれてるんだ。それで、真帆は私のためにみんなに声をかけている。
……嬉しくなる。迷惑とか苦労をかけているけれど、そのことが私はとても嬉しい。
「ま気にすんなって。もう真帆の嫁とか私達にとっても浅い仲じゃねえし?」
「僕は完全にとばっちりだけどな」
「いいじゃんかよーアッシーくん」
「お前なぁ……ま、いいけど」
二人ともずっとこんな風に喧嘩しながらここに来たのかな……。
美濃部君はほとんど私達と付き合いはなかった。あの一件の直後は少し微妙な感じだったけど、すぐに前みたいに人当たりの良い好青年って感じで、詩乃ちゃんは嫌悪感丸出しにしてたけど。
少しだけ気になるのは真帆とちょくちょく喋ってたことだ。
普通、真帆は美濃部君を嫌うはずだ。色々されたし、色々あったし、それは私にも教えられてないことだけれど。
それなのに真帆はいつも通り、どころかむしろそれをきっかけに仲良くなった、っていう感じで平然と美濃部君と喋る。
そういうところが、真帆の良いところだけど悪いところでもある。私は、もっと、私だけを見てほしいというかなんというか、なんだけど。
「にしても、敷島が真帆と幼馴染って聞いた時は、やっぱりビビったわ。ありえねーってなった」
「……私は、高校の初日から、西木さんが真帆と仲良くなったのがビビった。真帆、昔から私以外に友達いなかったから」
「あ、そーなん? あんなに良いキャラしてるのにもったいなー」
西木さんはそんな風に平然と言うけれど、あの日は私にとっても大きなギャップを感じていた。
いつも私にべったりしていた真帆が私に固執しなくなったし――
――何より、後悔している。
私は、真帆の突飛な発言を止めることもできず、その真帆に少しだけ距離を置いてしまった。
西木さんを恐れて、真帆と一緒にハブにされることを恐れて、真帆とどんどん距離が開いて。
部活でいろんな人に慕われて、男子から告白とかもされて、勉強とかも苦手なことはなくて。
塾でいつも真帆と会えるからって、学校で真帆といることを避けるようになった。
……真帆に髪の毛の話をしたら、真帆が私を避けるみたいな行動したから、それで真帆も私のことを嫌いになったと思ったのも理由だけど。
それでも二年間の失われた時間を、私は後悔している。その原因の一つである西木さんにも、好ましい感情を持っていない。
「西木さんは……どうして真帆に声をかけたの?」
「ん? そりゃ面白いと思ったから」
「……あれは、変だよ」
「ふっ。確かに。初日のあれだろ? 先生に真っ向から歯向かったやつ」
真帆の事件は少しだけ噂になった。事件というほどではないけれど、ちょっとした問題児扱いにはなっていた。
「あれは普通じゃねえよ」
「でも面白かったじゃん?」
「……まあ、確かに」
変だったけど面白かった、それが二人の共通認識みたいだ。
私にはそれを面白い、なんて言う余裕はない。できれば直して欲しいところ。
――だからこの二人が羨ましくて憎らしい。二人とも、ありのままの真帆を受け入れて、それを好ましく思っている。
どこか安心してたんだ。幼馴染でいつも一緒だった特別な存在だからって真帆から少し離れても平気だと思ってた。だけどそうして離れたから真帆はいろんな友達や知り合いができて、それは嬉しいことでもあるけれど。
私は、私が真帆の一番であることを確認したくなる。私は真帆に愛をたくさん注いでいるつもりだけど、真帆はそれを、分かってくれているのかな。
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「その……なんていうか、似合ってるよ、真帆」
「ふーん」
純白の花嫁衣裳に身を包んだ真帆は感慨も感動もなく、ただ物珍しそうに自分の衣装を眺めていた。
私は、いつも真帆のことが分からなかった。けれど今は分かる、真帆を理解しようとすること自体間違っていたのだ。
私は、受け入れる。この奔放な妹がどこまで行っても、それを受け入れる度量を持つことが、以前の私にはできなかった真帆への正しい付き合い方だ。
「真希姉も折角だから着ればいいのに」
「何言ってるの、今日の主役は真帆でしょ」
「いや理沙だよ」
そうだった、今日は理沙ちゃんの誕生日だった。
それにしても理沙ちゃんももう大学生か。時間が流れるのって本当に早いなって思う。
「真帆さんのお姉さん、美人ですね……」
「うん、正直ちょっと驚いてる。とんだ隠し玉だね」
「あなたたちが美守さんに詩乃さん、いつも妹がお世話になってます。この度は真帆にこんな素敵な……」
「わーもういいよ真希姉。あとキミたちね、真希姉よりも美人なのが今ここにいるじゃないか」
「ドレスの真帆より真希さんの方が綺麗よ」
「美守ぃ~、私達友達」
「友達だから正直に言ってるの。真希さんってモデルとかしてないですか?」
「あはは、普通の大学生よ。真帆のお友達はお世辞が上手ね」
真帆に負けず劣らず愉快な人達みたいで、真帆も、私といるよりも気楽そうにしている。
「……じゃあ、あとは遠くから見てるね。しっかりね」
「大丈夫大丈夫。……あの、っと」
頬をぽりぽりかいて、少し花嫁らしくない真帆の振舞いに注意しようかと思った時。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
「!!!」
ぽそっとつぶやいた言葉に、久しぶりの呼び方で、私は目頭が熱くなるのを感じた。
「う、うん……それじゃ!」
急いでその場を後にして、泣いている顔なんか見せないように三人から離れる。
娘を嫁に出す父親の気持ちってこんななのかな。
真帆の悩みとか話を真剣に聞いていなかった昔のことを想えば後悔することもたくさんあった。いつも理解し得ない、通じ合えないことを寂しく思っていた。
でも真帆は今、理沙ちゃんのためにここまでしている。
もう大学生の年で、二人は責任を持って一緒になるって決めた。
長いような短いような時間だった。高校の時にお母さんが学校に呼び出された時はどうなるかとも思ったけど、二人は二人の力で、こうして未来を勝ち取ったんだ。
ますます込み上がる涙を拭っていると、式場で受け付けてくれた人がいた。スーツ姿のいかにも仕事ができるっていう感じの女の人だ。
「あ、妹さんでしたか。ドレス姿だけでも、感動するものでしょう?」
「ええ、はい。また、泣かせるようなことを言っていて……」
「最初は驚きましたよ。女の子同士で、なんですよね」
真帆は言わなくていいと言っていたけれど、私はありのままのことをこの人に話していた。
それはきっと、隠していても良い事だったけれど。
「これからはきっとそういう時代です。正式な神父さんなどは呼べないですが……」
「いえ、むしろ私の我侭を聞いていただいて、なんとお礼を言えばいいのか……」
「私がこの仕事をしているのは、こういう人の喜ぶ顔を見たいからなんです。そこには男も女もありませんよ」
そう、はっきり言ってくれることも本当にありがたい。けれど私は、今も真帆のことが心配でならない。
「妹は、幸せになれるでしょうか……」
「幸せ、なんてのは哲学の話になってしまいますが。気休めは言いません、苦難は多いでしょう」
彼女ははっきりとした物言いで、容赦も遠慮もしない。
けれど優しい人だった。
「結婚は決意の場です。二人のこれまでを振り返り、そしてこの日が間違っていないと確信する。ここを選んだ真帆さんと理沙さん、そして話してくれた真希さん、あなた方三人の決意を我々は全力でサポートしますし、その幸せを祈ります」
「……はい!」
――――――――――――――――――
ああ、緊張してきた。
ただドレス着て綺麗だね可愛いね、なんて言い合って終わるだけのつもりだったのに。
「真帆さん! 背筋伸ばして! ピンと! ピンと!」
佐倉ちゃんのヤジが聞こえる。やっぱりあの子は理沙のことしか考えてないのかな。
見ているだけだったはずの美守や望美なんかも、いっちょまえにドレスなんか借りてるし。他のお客さんがいない式場だし。
まるで、本物の結婚式だし。
どこのお人よしがこんなことを考えるんだろう。真希姉も人並外れたお人好しだけど、こんなのしちゃうプランナーさんも相当なお人好しだったんだろう。
後で返すだけの指輪なんか持たされて、できないなら無理してキスはしなくてもいいなんて入れ知恵もされて。
なんだこれは、と、どんどん頭が真っ白になっていく。鹿波真帆、珍しく緊張しています。
傍ではプランナーさんが口元に僅かな笑みを称えて立っていて、そして目の前の扉が開かれる。
そこから、目いっぱいおしゃれした、ドレス姿の理沙が歩いてきた。
――ああ、すごく、綺麗だ。
なんだろう、この夢みたいな感覚。
いまいち現実感が沸かない。ヴェール越しに見える理沙の姿、現実離れした美しさで、自分が着た花嫁衣裳はちんちくりんなのに、どうして……理沙のスタイルが良いからか……こんなに……。
「……真帆、私、私……」
「では、始めますよ?」
感極まった理沙をとりあえず落ち着けて、プランナーさんの言葉を待った。
神父さんが言うんだっけ、健やかなるときも病める時もー、ってやつ。
これを支え、愛し、敬うことを誓う。
私はまだ現実感が沸かないけれど。
隣の理沙は滂沱の涙を流しながら気丈にプランナーさんの方を見ていた。
客席の方をちらと覗き見ると。
「あ”お”……真帆さん理沙さん……!」
同じように号泣している佐倉ちゃんと、それを見てちょっと引いてる美守と望美。
それを見ると、私は少し安心して笑えた。
「では、指輪の交換を」
私達の物じゃないけれど、働いたら本物でこうして誓いたいものだね。
理沙の白くて細い指先に、左手の薬指に指輪を通す。
そして理沙のてに包まれた私の指にも、同じように指輪が通される。
理沙と、お揃いの指輪だ。
「――――真帆っ」
目の前で、これでもかというほど涙する花嫁に、私は改めて思った。
この人が愛しい。
――――そういえば、自分からするのは、あの放課後以来か。
愛しているって自覚して、愛しているからしたいって、そう思ってするのは初めてかもしれない。
私は理沙を永遠に愛し敬うためのキスをした。
推し自カプは軽率に結婚させるに限る




