内通者魚住さんの事情
「お待たせしたね」
そう言いながら『チームSHIKIDOU(色道)』の藤彩香は現れた。
天野は顔を赤らめながら、藤姐さんを直視したが、いつもと様子が違っていた。
いつもの着物姿ではなく、長袖Tシャツとジーンズ、キャップを目深に被るといった随分とカジュアルな服装。
天野も私服で来るように言われていたので、それ相応ではあったが、彩姐さんの普段の着物姿とカジュアルな服装との落差は新鮮であった。
「随分と地味にしてきましたね。」
「あたしは目立つからね。出来るだけ目立ないようにしているのさ。」
「生まれつきどうしても人目を引くオーラが溢れちまうからね、あたしの場合。」
「肌の露出を抑えて、顔を隠して、スタイルもわかりづらい服装を選んだってわけさ。」
「本来あたしは隠密行動に向いてないんだがね。」
「まぁ、ことが重大なだけに仕方ないさね。」
天野は『チームSHIKIDOU(色道)』の藤彩香と一緒に、内通者に会いに行くという任務にあたっていた。二人は用意されていた車に乗り込むと移動を開始した。
「しかしなんで坊やと一緒なんだろうね。」
「OJT(on-the-job training)じゃないですかね。」
「坊や、あんた面白いこと言うね」
「それじゃまるでサラリーマンみたいじゃないか。」
「こう見えてもあたしだってそれなりに社会生活を送っていたこともあったんだよ。」
財前女史から話を聞いた後、天野も組織の主要メンバーの経歴には目を通していたからわかってはいた。
「組織の主要メンバーの経歴はひととおり見ましたから。」
「そうかい。それなら話は早いね。」
天野がここに来て驚いたことの一つに、人員の大半は脛に傷を持つ身でありながら、全く悪びれることなく、むしろ堂々と胸を張っているというのがあった。これが進士司令官が言うところの彼等のバイタリティー、生命力というものなだろうか。
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最初に車を降りて二台目の車に乗り込む。尾行されていないかどうかを判断するため、このような手間のかかる段取りを踏まなくてはならなかった。
「そういうえば、彩さんに催眠術や幻術を使ってるという噂があるらしいですね」
「本当のところはどうなんですか?」
「あんたも随分と野暮なことを聞くねぇ」
「これだから青臭いガキは嫌なんだよ」
「まぁ企業秘密ってことにでもしておくかね。」
「謎のままにしておいたほうがメッリとも多いだろうし。」
天野はもう一度怒られることを覚悟して、思ったことを素直に口にしてみた。
「彩さんて、サキュバスみたいですよね」
「あんた!」
『やはり怒られるか』
「そりゃいいね!」
彩姐さんからは予想外の反応が返ってきた。
「やっぱり、坊やは面白いことを言うね」
「そんなこと今まで一度も考えたことなかったよ」
「確かにそう言われれば、その方があたしもしっくり来る気がするしね。」
「あたしだって意図的にやってはいるが、こりゃ効き過ぎだろって思う時があるんだよ。」
「あたしが遠い昔に異世界からこの世界にやって来たサキュバスの子孫だと思えば、なんだかあたしもしっくり合点がいくよ。」
「それはそれで嫌じゃないんですか?」
「もし本当にあたしがサキュバスの子孫だったとしてだ。
あたしはその能力を意識して使っているわけじゃないしね。
能力で人を惹きつけているんじゃないから、それはその人の魅力ってことだろ。
代々受け継いできた人間を惹きつける魅力があたしにはあるってことじゃないか。
そりゃあたしにとっては最高のことじゃないかい。」
「少なくとも催眠術を使ってるなんて噂されるよりはよっぽどいいよ。」
彩姐さんは思い出したように話を続けた。
「これから会いに行く人もね、そんな人なんだよ。」
「はるか遠い昔に先祖が異世界からこの世界にやってきて、そのままずっと何世代にも渡ってこの世界に住み着いている人さね。」
「あたしがこの仕事はじめた頃から、いいネタを提供してくれるお馴染みさんでね。」
「『彩ちゃん』『彩ちゃん』ってよく可愛がってもらったもんさ。」
柔和に笑みを浮かべながら昔を懐かしむ彩姐さん。
『これがこの人の素顔に近いのであろうか?』
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その後も車を乗り換え、尾行がいないと判断された後、郊外の駅に降ろされ、そこからは電車に乗った。
「彩さんの魅了も、進士司令には通用しないと聞きましたが、本当なんですか?」
「あぁそうさ。あたしのチャームは人間にしか通用しないからね。」
「あの人は人間というよりは感情のないロボットみたいなもんだよ。」
「欲への執着ってものが全くないのさ。あたしのチャームは人間臭い俗物が対象だからね。」
『この人自分でチャームって言いはじめちゃったよ。』
「結構、気に入ってもらえたみたいですね、彩さんサキュバス説。」
彩姐さんは笑い声をあげた。
「あんたは不思議な坊やだねぇ」
「あたしがここまで心を開くことも滅多にないことなんだよ」
「あんたと居ると自然体でいられるのかねぇ」
「それ、彩さんの男を落とす時の決め台詞みたいな奴ですよね?」
「ふふ、よくわかったね」
「全部嘘ではないんだけどね」
「あんたに対しては、ガチガチにつくって固めなくてもいいってのはほんとだよ。」
「坊やだからかねぇ」
本当はそこまで年齢が変わらないはずであることを天野は言わないようにしていた。
『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆に関しては、子供扱いされていた方が天野も楽であったし、甘えることも出来て天野にとっては居心地が良かった。
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繁華街の駅で電車を降りて、彩姐さんに天野が連れて来られたのは、『酔道』という店名の看板が掲げられた普通の大衆居酒屋であった。二階建ての店舗で、敷地はかなり広く、また随分と繁盛しているようで、ひっきりなしに客の出入りがある。
「ここですか?」
「そうさ。ここはこう見えて、うちらの御用達の店でね。」
彩姐さんは天野の耳元に唇を近づけ小声で囁く。
「表向きは民間企業の経営ってことになってはいるが、ここは防衛軍の所有物だからね。」
内通者や諜報部員同士の情報交換の場として、最適な環境をつくり出すため、防衛軍関係者が店舗を買い取り、徹底的に盗聴、盗撮等に関するセキュリティ対策を施して改装したのがこの大衆居酒屋であった。経営のみならずビル管理会社や清掃会社すらも表向きは民間企業だが、その実すべて軍関係者達であり、毎日入念な施設内の検査が行われていた。
この手の仕事は『チームGOKUDOU(極道)』の不動産担当の専門家達が得意としており、物件の手配からダミー会社に至るまで、すべて彼等の手筈で行われた。防衛軍はこうした特殊施設を全国にいくつも持っていた。
「『木を隠すなら森の中』ってよく言うだろう。」
「人目につかないところは逆にうまくないってもんさ。」
「人目につかないところに居るって時点で、怪しいと言っているようなものだからね。」
「逆に人の出入りが多過ぎるぐらいのほうがいいのさ。」
「ここで誰かに見られたところで、あんたとあたしが逢引きして、仲良くしっぽりよろしくやってました、って言えば済む話なんだよ。あんたとあたしだって、男と女なんだから何があっても不思議はないしね。」
「別にあたしはあんたとそういう仲になってもいいんだよ。」
虚と実を交えて、繰り広げられる謀術。どこまでが嘘でどこからが本当かはわからないが、実害がなければ、それはそれで楽しいものでもある。例え嘘でも、美女に色良いことを言われればいい気分になるものだ。それすらも彼女の術中ではあるのだが。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると、広いフロアにぎっしりとテーブルが詰められており、客でほぼ満席の状態だった。
人が多いせいか店内はやたらとざわめいているように感じる。
他人の話し声でうるさいから、客は余計に大きな声で話す。するとさらに店内はざわめきを増す。
それが店内の喧騒を生んでいるのだった。
彩姐さんは天野の耳元に近づき囁いた。
「こういう煩さも計算されてんのさ。この中から特定の音声を拾うなんて無理ってもんだろ。」
普通の客から見たらまるで入店早々、耳元で囁き合っていちゃつくカップルのようだった。
「お待たせいたしました」
店員が来ると二人席が空いているのに、なぜか四人席に案内される。
天野はこのままでも不自然かと思い、注文をしようと店員を呼ぼうとするが、彩姐さんに止められる。
「坊や、何注文しようとしてるんだい。本当に飲みに来てるわけじゃないんだから。」
向いに座っていた彩姐さんは身を乗り出して、また天野の耳元に近づき囁いた。
「今、尾行がいないか確認してるんだから、このまま待ってりゃいいんだよ。」
「申し訳ございません、お客様。四人様のお客様がお見えになりまして、席の移動をお願い出来ますでしょうか?」
しばらくすると店員から声をかけて来た。
「ええ、構いませんよ。そうだね、地下の方がいいね。」
このやりとりはおそらく合言葉のようなものであろうと天野は思う。
店員に案内され地下に続く階段を降りて行くと、地下フロアの人目につきづらい場所に『従業員専用』の扉があり、姐さんはそこから中に入って行く。そこからさらに幾つかの扉を通り、ようやく目的の部屋へと辿り着く。
「毎回ここまで来るのが面倒だね。まぁ仕方ないけどね。」
「ここで着替えだよ」
「着替えは手配させておいたから、坊やも着替えるんだよ」
「着替え?このままじゃダメなんですか?」
彩姐さんはいつもよりやや強い口調で天野を叱った。
「何言ってんだい。いいかい?そりゃ今のあたしでも十分に魅了出来るだろうがね。
こういうのは雰囲気づくりが大事なんだよ。演出って言ってもいいかね。」
「容姿、香り、声、体温、メンタル、演出、あたしの魅力を存分に引き出せる、すべてが完璧な状態で臨んでこそ、最高の結果が出せるってもんさ。」
『この人の色仕掛けに対する職業意識の高さは一体なんなんだろうか』
道を極めたプロはさすがに言うことが違う、職業意識の高さも実は真面目な彩の人柄の現れであろうか、と天野は着替えをしながら思い直す。
彩姐さんもどうやら隣室で着替えているらしい。
先に着替えを終えた天野は、そのまましばらく待たされた。
隣室から出て来た彩姐さんはいつもの藤色の着物姿だった。
「いいじゃないか。坊やはやっぱり制服がよく似合うよ。シュッとして見える。」
彩姐さんは上機嫌だった。いやテンションを上げてつくってきたのかもしれない。
「さぁ、ここからが本番だよ」
着替えをした控え室を出て移動すると、個室居酒屋のような作りになっていた。
彩姐さんはその内の一室の前に立ち、襖をすっと引いて開けると、中に入って行く。
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「ご無沙汰ですねぇ、魚住さん」
「おー、彩ちゃん」
「相変わらず綺麗だねー」
「あれ、今日は一人じゃないの?」
「はじめまして、防衛軍の天野正道です」
天野は手短に挨拶を済ませた。
「すいませんね。あたしも魚住さんと二人きりがよかったんだけど、うちの野暮助がどうしてもって言うもんだから。」
「そうかい、まぁ今日は大事な話だから、仕方ないかね」
「じゃぁ彩ちゃんとは今度ゆっくり二人きりでね。」
「なんだったら一緒に温泉旅行でお泊りしちゃう?」
「もうやだぁ、魚住さんたら、面白いんだがら」
彩姐さんはいつもとは打って変わって、終始笑顔を絶やさずまるでテンション高めのキャバクラ嬢のようである。昔からの馴染みだから気心が知れた仲なのか、魚住さんの好みに寄せてキャバクラ嬢風に演じているのかはわからないが、いくつもの顔を持つ彩姐さんに素直に感心する天野。
魚住さんは、恰幅のいい、白髪の初老男性で、どこか垢抜けていない純朴さを残していた。天野は魚住さんを見て、田舎の町内会の会長さんを思い出した。
「はじめての兄さんには、自己紹介しなくてはいけませんな。」
「『海底王国・魚人族』の子孫になります、魚住です。」
魚住さんは確かに目と目の間が左右に離れたヒラメ顔ではあるが、それ以外は特に魚人族を連想させるような容姿ではなかった。むしろどこからどう見てもその辺りにいる普通の気のいいおじさんだった。
彩姐さんの雰囲気づくり、演出が効を奏したのか、顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばしながら彼女にデレデレしている魚住さん。彩姐さんとの軽妙な掛け合いでひとしきり世間話が繰り広げられた後、話は本題に入る。
魚住さんは年配の男性らしい落ち着いた口調で語りはじめる。まるで世間話の続きでもしているかのように。
「儂らの遠い昔のご先祖様が、『海底王国』」から、スパイとしてこの世界に送られてきましてね。そのままこっちに住みついて、もうすでに何百年も何世代も経っているんですが、儂らは今でも時々故郷に情報を提供しているんですわ。儂らは潜入して土着民に紛れ込んで生活を送っていた間者や草の子孫みたいなもんですわ。」
「昔はそういうのも結構多かったみたいでね。『半漁人』とか『人魚』とか今でもこの世界に伝説が残ってるじゃないですか。あれみんな儂らのご先祖様ですわ。他の異世界人も混じってるのかもしれないですけど、あまりに昔のことなんでよくはわかりませんがね。」
「こちらの世界に暮らすようになって、そのうち地元の人間と子供をつくってね。そういうのが何世代も続いたのが儂らなんですわ。そうやって代を重ねるごとにどんどん『魚人族』の血も薄くなってきますからね、もう何世代前からか、見た目も全く普通の人間と変わらなくなったんですよ。」
「たまにテレビで、水泳のオリンピック選手とか見ると、あ、こいつ『魚人族』の出身だなとかわかることもありますけどね。」
彩姐さんにとってはすでに何度聞かされた話なのであろうが、大きな瞳を真剣に輝かせながら魚住さんの目を見つめて、頷きながら話を聞いている。魚住さんと長い付き合いである彩姐さんがこのスタンスということは、魚住さんに対してはこれが最良の話の聞き方なのであろうと思い、天野も真似をして頷きながら話を聞く。
「今はこうして彩ちゃんみたいな防衛軍の方にもね、『海底王国』のネタを提供させてもらってるんですよ。」
「仲間を裏切るような真似をして、一体どんな了見だって思われるかもしれませんがね。」
「遠い昔の儂らのご先祖様は、大事な使命があってこの世界にスパイに来たんでしょうが。
もうそれから何百年も何世代も経っているわけですし。
儂らもすっかりこの世界に慣れ親しんで暮らしているわけですから。
今さらこの世界に滅亡されてしまっても、故郷に帰るわけにもいきませんので、儂らも正直困ってるんですわ。」
「今さら、この世界を滅ぼすから、故郷に帰って来いと言われましても」
「もうすっかりエラ呼吸の仕方も忘れてしまいましたわ」
「まぁ、とっくにエラなんて無くなってるんですけどね」
「もうやだぁ、魚住さんたら、面白いんだがら」
『しまった!ここは笑うところだったのか』
『異世界住人あるあるネタはよくわからん』
突然起こった笑いに天野はついていけず、なんとか相手に不信感を抱かれないようにしようと焦った。
「日系の二世三世の方も日本人の血は流れていても、日本で一度も暮らしたことがなくて、日本のことを
良く知らないという方が多いですからね。同じような感覚なんでしょうかね。」
相手に合わせていいことを言った風にしたかったのだが、今一つすべった気もして天野はさらに焦る。
「そうですね」
「それじゃあ、儂らは魚系日本人ですかね」
「もうやだぁ、魚住さんたら、面白いんだがら」
『しまった!ここも笑うところだったのか』
『完全に親父ギャグじゃねぇか』
「でも『魚人族』がこの世界にやって来た当時は、見た目も『魚人』のまんまで、女にもてるはずもありませんから、人間の村の女さらったり結構悪さしてたみたいですよ。」
「儂も彩ちゃんさらって悪さしちゃおうかなー」
「もうやだぁ、魚住さんたら、面白いんだがら」
『全然笑うところがわかんないよ』
『頼むからいい加減、このゆるーいキャバクラみたいな流れなんとかしてくれ』
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「で今日彩ちゃんに来てもらったのはですね。故郷のほうの動きが慌しくなっているようでして。」
「あたし達もそんな動きを掴んでましてね、魚住さんに話を聞かなくちゃならないと思ってたとこなんですよ。」
「やはり、戦争になりますかね?」
彩姐さんはせつないような、悲しいような顔をしていた。だが彼女に限ってはその表情すべてがつくりものである可能性が高いため、本当はどう思っているかは定かではない。
「昔から儂らのご先祖様を送り込むぐらいですからね、この世界に興味はあったと思うんですよ。」
「ただ異世界からこっちの世界に兵隊送り込むってのも、移動とかにいろいろ条件があったりして簡単ではなかったらしく、とりあえず情報だけは集めてたらしいんですよね。」
「故郷以外の他の異世界の人達も大勢来ていたみたいでしてね。昔から異世界人同士の交流も結構頻繁に行われていたと聞いていますよ。」
「ですが交流の最盛期だったのが割りと最近の話でしてね。
昔よくテレビでロボットアニメとか特撮とかやってたじゃないですか。それが異世界人同士のコミュニティでも流行しましてね。
さらには、それを録画して故郷に送ったやつがいたんですが、それが故郷でこっちが驚くらいに大ヒットしましてね。故郷のみんなはそうれはもう病みつきになって見まくっていたそうなんですよ。次回分はいつ届くのか故郷から催促が来るぐらいだったらしいですよ。
もともとこちらに比べると娯楽もほとんどないようなところですから、よっぽど刺激的だったんでしょうね。
他の異世界人達も同じように故郷に送っていたんですけどね。ビデオもないような時代でしたから、海賊版のフィルムつくったりするのが結構大変でしてね、異世界人同士協力し合って作業してたんですよ。今から思うと懐かしいですわ。」
「で結局当時の作品がほとんど全ての異世界で大ヒットしましてね。そりゃもう世界的ヒットどころの話じゃないですよ、全異世界でも大流行だったんですからね。『全異世界が泣いた』なんてコピーが出るぐらいすよ。」
「だからその当時のロボットアニメや特撮ってのは、異世界人にしてみれば聖典やバイブルみたいなもんなんですよ。当然我々の立場からすると感情移入して人気が出たのは、主役のヒーローじゃなくて悪役でしてね。『侵略者の作法』なんて本も出版されまして、これがまた全異世界で大ベストセラーになったんですよ。『侵略者のすすめ』、『侵略者の掟』なんてシリーズも続々発売されましたね。」
『これ絶対一条さん読みたがる奴だわ』
『てか、なにか?著作権無視して違法海賊版を全異世界にばら撒きまくって、挙句の果てに、聖地巡礼と称して異世界中から異世界住人が日本の侵略にくるってことか?なにしてくれちゃってんだよ!』
「それ以来、どこの世界の住人も、最初にこの世界を侵略するのは自分達だという想いでやってきましたからね。」
「そこにきてあの宇宙人の奴らの襲撃でしょ」
「『侵略者の作法』も知らないような田舎もんに先を越されたって、全異世界人みんなが怒ってましたよ。」
「今の司令官さんが、日本上空の円盤撃墜した時には、そりゃもうみんなで『よくやった』と拍手喝采だったらしいですわ。『あん時は溜飲が下がる思いだった』って話を儂も何度も聞かされたもんですわ。」
「まぁ異世界人にとっては日本は聖典の中に出てくる聖地みたいなもんですからね。聖地巡礼ってやつですか。いつかは聖地巡礼で日本に行くんだって、そう思ってる異世界人は多いですからね。」
「だからどこの世界も今度こそは聖地日本を最初に占領するんだって躍起になってるんですわ。」
「ちょうど今あの事件以降、異世界同士がくっついちゃってるわけじゃないですか。昔に比べて移動の負担もはるかに少なくて、まさしく好機なんてもんじゃないですよね。どこの世界も我先にと今必死なってるんですよ。」
以前突如現れた未確認飛行物体と地球外生命体は防衛軍では正体不明であるためそう呼ばれていたが、一般人は専ら円盤と宇宙人と呼んでいた。一般人の認識としてはそれぐらいのものであろう。
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「実際、話合いの余地はあるのでしょうか?」
ここまでの話しで一定水準以上の知的生命体であることはわる。原始生物的な本能で動いているのであれ
ば単に野生動物を狩るのとそれほど変わらなかったのだが、こうなると話は全然変わってくる。
「宣戦布告をしてくるぐらいですから、こちらの言語を理解している者がいるというのはわかります。魚住さんのような方もおられますし、対話で解決する可能性もあるのでしょうか?」
いくら荒くれ者がばかりの防衛軍と言えど、戦争が回避出来るものならその道を探るべきだと、少なくとも天野はそう思っている。
「意思疎通が出来るかということであればイエスですね。」
「こっちのアニメや番組を故郷に送っていた時に、最初は我々で台詞とかを翻訳して送っていたんですよ。それも随分と手間がかかって大変だったんですけどね。ほら、こっちはむしろ日本語はわかるけど故郷の言葉がよくわからなかったりするじゃないですか。
でもアニメをずっと見ているうちにあいつらいつの間にか日本語を覚えたようでしてね。日本語学校とかもかなりあったらしいんですけど、今はまぁ魚人族ならほとんどの奴らが日本語喋れるんじゃないでしょうかね。」
日本における英語普及率より、魚人族における日本語普及率の方が高いというのはまず無視できない問題である。日本における英語教育の在り方云々はこの際置いておくにしても、要するに侵略者のほぼ全員が日本語を話す可能性があるのだ。『ピース9』が対話を過剰に要求してくるのもまず間違いない。
「そして、対話で戦争回避が出来るかということでしたら間違いなくノーですかね。」
「故郷はこの世界の人類を殲滅すると言ってますが、別に楽しそうというだけで言っているわけじゃないんです。
今回世界がつながっちまったもんだから、こっちの世界の海洋汚染が故郷にも影響を及ぼしているらしいんですよ。それもこっちの世界で言う海洋汚染とはまたちょっと違うんですがね。そもそも両方の世界の成り立ちも構造も違うわけですから、故郷では全く使われていなかったようなものがこっちの海から粒子レベルで流れてくるとかいう話なんですがね。わかりやすい例えで言うと石油とか核物質のことですかね。
ですからね、もし万一故郷が対話を受け入れたとしても、石油や核なんかのこちらのエネルギーを全面禁止にするという条件しか出てきませんやね。こちらの世界の文明が存在しているだけで、故郷のほうは迷惑してますよってレベルの話ですからね。例えると、こっちの人間が二人居て、相手にお前が息してると俺が死ぬから、お前の息止めろって言って相手の首絞める、みたいな話じゃないですか。対話が出来るとは到底思えませんがね。」
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「もし攻め込むとしたら、まずはどうしますかね?」
「まぁ、まずはやっぱり東京から攻めますかね。」
「富士の麓も人気あるんですけどね。そこには研究所もパリンと割れるバリヤーもないって言ったら、みんな残念がってましたわ。」
「工業地帯なんかも定番の侵略スポットなんでしょうけどね。
ほらうちは水系だから、火を使ってドカーンと大爆発とか無理じゃないですか。
そういうのがないと絵面が地味になっちまうなぁ、なんて嘆いてましたよ。絵面は大事ですからね。」
「絵面は大事ですか?」
「大事ですよ、そりゃ。他の勢力の奴らにも見せつけてやる必要があるわけですからね。」
「いっそ旧埋立地跡にあるロボット像を倒して見せたら、インパクトあんじゃねぇかって話ししてましたわ。あれは異世界の住人からしたら今一番注目されてる侵略スポットですからね。みんなあの像を倒したくてうずうずしてまますよ。」
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その後は、酒が入ったこともあってか魚住さんはほろ酔いで終始上機嫌だった。
魚住さんが帰ることになり、彩姐さんと天野は地下の入り口まで見送った。
地下入り口には運転代行業者が待機していた。
おそらくはそれも軍関係者の偽装であろう。
「とても大事な人なんだから、ちゃんと送り届けておくれよ。」
彩姐さんは魚住さんにも聞こえるように、運転代行業者に向かってそう言った。
運転代行業者が敬礼しそうになって慌てて右手を左手で押さえるというハプニングもあったが、幸い魚住さんには気づかれなかった。
彩姐さんはその大きくつぶらな潤んだ瞳で魚住さんの目を見つめ、
魚住さんの両手を、白く美しい両手でしっかりと握りしめた。
「この後まだ仕事だから、ここですまないんだけど」
「今日は本当に助かったよ。」
「恩に着るよ」
「ありがとね。」
彩姐さんは感謝の気持ちを伝えるかのように、握りしめた両手を軽く上下に二、三度揺らしながらそう言った。
「なぁに、こっちの世界の人間がみんな死んじまうってことは、彩ちゃんも死んじまうってことじゃねぇか」
「彩ちゃんが死んじまうのはさすがの俺も見過ごせねぇなぁ」
酔って多少気が大きくなっている魚住みさん。
「気持ちばかりだけど、お礼をね。いつもの方法で受け取っておくれよ。」
「なんだったら彩ちゃんの体でお礼してくれったっていいんだよ?」
「もうやだぁ、魚住さんたら、面白いんだがら」
魚住さんに快心の笑顔を見せる彩姐さん。
見送りでは魚住さんの姿が見えなくなるまで快心の笑顔のまま手を振り続けた。
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魚住さんを見送った後、彩姐さんは先ほどまで話しこんでいた個室に腰を降ろして煙草を吸っていた。
「今日はさすがに疲れたねぇ。」
咥え煙草で彩姐さんは言った。
『あんた結構楽しんでたでしょ!』
心の中で突っ込みながらも、この人のこういうところは本当にすごいと天野は思う。
「煙草、吸うんですね?」
「普段は吸わないよ。匂いがつくと、任務に支障が出るからね。
相手を篭絡するには五感を、いや第六感まで、すべて活用することが大事なのさ。」
『この人の色仕掛けに対する職業意識の高さは一体なんなんだろうか。』
天野は本来煙草を吸う女性は苦手だったが、それでも彩姐さんがアンニュイに煙草を吸う仕草も、煙吐き出す様も、やはり美しいと思った。
「今日の内容はちょっとヘビーだったからね。気分転換さ。」
そう言われれば、先ほどから彩姐さんの喋り方が少し雑になっていることに天野は気づく。
彩姐さんもこの先の行く末を考えて少し気分がささくれ立っているのか、それともただ単に天野に対しては全くノーガードになるぐらいに心を開いてくれているのかはよくわからなかった。
「坊やもあんな話聞いて血が湧きたってるんじゃないのかい?」
確かに軍人の使命を感じて、自分が多少興奮していることに天野は気づいた。
「なんだったら、帰り一緒にラブホに寄ってやってもいいんだよ。」
最後に相手がドキっとするような一言を付け足して、相手の気を引き、深く印象に残す。
そんな彩姐さんのいつものパターンに天野も段々と耐性がついてきていた。
「とってもありがたいお誘いなんですがね姐さん、帰りも尾行対策班数十人が見張りでついてきますよ」
「ちっ、野暮助が。」
「坊やも段々いい返しが出来るようになってきたじゃないか」
それから彩姐さんは煙草を咥えながら難しい顔で呟いた。
「しかし、『半漁人』にあたしのチャームは通じるかね?」
『ここまできて心配してるのはそれですか!』




