不定期イベント『祭り』開催中
その時、地上は巨大な影に覆われ、空は未確認飛行物体に覆い隠された。
世界各国の上空に現れた未確認飛行物体は、各地の軍事拠点を攻撃、各国政府機関の主要施設を破壊した。
国連指揮下の地球防衛軍日本支部に所属していた『進士直道』は、事前に接触していた地球外生命体の亡命者『ドクターX』の協力を得て、日本上空の未確認飛行物体を撃墜する。
しかし、その影響で未確認飛行物体に搭載されていた次元干渉装置が暴走、数多ある三次元の平行世界同士が衝突を起こし、時空の混乱が引き起こされた。その結果、未確認飛行物体群は姿を消したが、地球は様々な平行世界がつながり合う時空が混乱した世界へと変貌を遂げることになる。
そして、本来別世界であったはずの地底帝国、海底王国、ファンタジー異世界(仮)、魔界、天界、電脳世界、といった並行世界の住人達が次々と名乗りを上げ、地球防衛軍に対して宣戦布告を行った。
現在、地球は未曾有の危機に見舞われていた……
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目の前にある高い外壁を眺める青年、天野正道。壁のはるか向こうにはいくつかの高層建築物が見える。本来、国防軍の所属であった彼は、自ら地球防衛軍日本支部へ転属を願い出、今日がその着任日であった。
「ここが今日から俺の職場か」
地球防衛軍日本支部の基地は、中央に位置する高層建築物のまわりに、各種施設や兵士達の居住区が設けられている。さらにその周囲には高い外壁が設置されており、外部からの侵入者対策が施されていた。
同時に、軍の最重要機密の漏洩を防ぐため、内部から外部に出ることも容易ではなく、いくつもの検査区域が設定されている。基地内部に兵士達の居住区が置かれているのも機密漏洩対策の一環であった。その刑務所のような外観も相まって、兵士達は基地敷地内のことを『ムショ』もしくは『カンゴク』と呼び、壁外の世界を『シャバ』と呼んでいた。
天野は検問で生体認証をはじめとする厳重な検査を何度も受け、ようやく基地敷地内に入ることが出来た。
「これはまるでちょっとした街じゃないか」
基地敷地内に入ると、そこはまるで街のようであった。兵士達は基本的にはこの敷地内から外に出ずに生活を送っているため、敷地内にはコンビニなどの店舗も見られた。
ただ、どうも見ても普通の街並みと異なるのは、異様に目をギラギラと血走らせて、ナイフや銃を手に、殺気を放つ、柄の悪い兵士達がいたるところに群がってたむろしていることであった。兵士達は天野が通ると「グヘヘ」「へへへ」と下卑た低い笑い声を発しながら鋭い眼光を投げかけてくる。
気にせずに進む天野の目の前を猛スピードでナイフが横切った。ナイフは壁に突き刺さる。
「おぉ悪ぃ悪ぃ、思わず手がすべっちまった」
ナイフを投げた男が薄ら笑いを浮かべながら言った。
「すまねぇな、へへへっ」
男は新たにナイフ手にし、その刃を自分の長い舌で舐めまわす、狂気じみた威嚇行動。
周囲の兵達も薄気味悪い笑いを浮かべている。
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「話には聞いて来たが、まさかここまでとは思わなかった」
突如現れた未確認飛行物体の攻撃により大打撃を受けた日本は、経済力、生産力といった国力回復、復興を第一としていた。そのため生産的な産業に従事する人々を兵力として使うことは避けなければならなかった。
新たに地球防衛軍日本支部の司令官となった『進士直道』は、国の方針を受け、兵力増員策として、反社会的勢力や団体、アウトローに無法者、社会不適合者、社会的弱者等々の人々を大量採用して人員を増強してきた。故に通常の軍事組織であれば有り得ないようなことが、ここでは日常茶飯事であった。
この乱れた風紀も秩序も、正規軍である国防軍からは考えられないものであったが、現状の防衛軍の人員構成を考えれば当然なのかもしれなかった。
「郷に入っては郷に従え、と言うしね」
天野が気を取り直してさらに進むと、露出度がやたらに高い女達が路上に多数群がっていた。
『ここは女性兵専用の区画なのだろうか』
天野がそう思っていると、またしても目の前をナイフが横切った。
「またか」「早くも2回目だ」
ナイフが飛んできた方を見ると、なんとも露出度の高い服装の女が笑みを浮かべていた。
「どんな新入りが来るかと思っていたら、随分可愛い坊やじゃないか」
周囲の女達も一斉に笑い声をあげた。
確かに天野は非常に童顔で10代の少年に間違われることも珍しくはなかったが、こう見えて20代半ばであった。
「坊や、こんな所に一人できちゃだめじゃないか」
女達から次々と冷やかしの声があがった。
「ママのおっぱいが恋しいんじゃないかい?」
「早くママのところにお帰りよ」
「なんだったらあたしのおっぱい貸してあげてもいいんだよ」
声の主をチラ見すると、乳房を上下に揺らし、豊満な胸の谷間を眩く輝かせる女の姿があり、天野は赤面した。
そんな女達の冷やかしを制する声。
「あんたたち、およしよ」
「そんなにからかうもんじゃないよ」
そう言いながら天野の前に一人の女が立ち止まった。
透き通るような美しい白い肌、ショートの黒髪、藤色の着物を妖艶に着こなすその容姿。およそこのような場所にはまるで相応しくない、美しく気品あふれるオーラを纏ったその女の姿に天野は思わず見惚れた。その女の今までかいだことがないような甘美な匂いに、脳が痺れたような感覚に陥り、天野は思考を停止しかけた。
「すまないねぇ」
「あんたがあまりに可愛いもんだから、みんな気になってそわそわしてるのさ」
「堪忍しておくれよ」
耳元で囁くような女の声もまた甘く切なく、天野はまるで催眠術でもかけられたかのように我を見失いそうになった。
「あたしは『チームSHIKIDOU(色道)』の世話役、藤彩香。彩って呼んでおくれよ。」
「あんた、聞いた話によれば新しい幹部さんなんだろ」
「これからひとつよろしくお願いするよ」
女は笑みを浮かべながらそう言った。
「あぁ、新任特務官の天野正道です…だ」
相手の色香に圧倒され思わず素で『です』と言ってしまったが、自分が上官であることを思い出し、慌てて口調を変えた。天野はそう返すのが精一杯であった。
「ほら、あんたたちもいつまで油を売ってるんだい、さっさと仕事するんだよ」
女は大きな声で周囲にたむろしていた女達に向かって発破をかけた。
「姐さんばっかりずるいよ」
女達は口々に不平を言いながらその場を解散して行った。
そして女は天野に笑みを浮かべながらその場を去って行った。
『あぁ、あれが女だけで構成された最強のお色気諜報機関と噂のチームSHIKIDOU(色道)か』
『世話役とか言う人、あれはまるで存在自体が催眠術か幻術のようではないか』
天野は呆けた姿を女性達の前で曝け出してしまったことを恥じ入っていた。
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その後もいろいろな人間に絡まれ、なかなか目的地までたどり着くことは出来なかった天野。ステテコ姿に腹巻をした禿とアロハシャツにサングラス、リーゼントという明らかに昔風の三下チンピラ二人組に絡まれている時に助けが現れた。
「お前ら、いい加減にしておけ」
「こんなんところにおられたか、天野殿、探しましたぞ」
一人は黒髪ロングで細身の背が高い女、白の軍服の背には日本刀を背負っている。
もう一人は小柄な茶髪の童顔の可愛らしい女。
二人の姿を見て三下チンピラ達は尻尾を巻いて逃げ出した。
「こんなことではないかと思い、迎えに来てよかった」
「地球防衛軍日本支部、司令官補佐の財前薫だ」背の高い女が名乗った。
「同じく司令官補佐の一条遥ですー」小柄の女は思った以上に声が高かった。
「いやぁ助かりました、新任特務官の天野正道です」
天野は二人と交互に握手を交わした。
「ここの輩は新入りが来ると、毎回ああやって絡んでいるんですよー、困ったもんですー」
一条女史はどうやら語尾を伸ばして喋る癖があるようだ。
「彼らはおそらく天野殿を値踏みしていたのだろう。」
「もちろん天野殿にとっては失礼極まりないが、彼らは相手の力が自分より上か下か、そうしたところに非常に敏感で、常に気にしているようだからな。
実際そういうことを見抜く嗅覚には長けているし、自分より力が強い者と自分より力が弱い者の間で、絶妙なバランス感覚で上手いこと世の中を渡り歩いてきたような連中だしな。」
「そいうものですか。では自分は随分弱く見えたのでしょうね。助けてもらうまでに随分と絡まれましたから。」
天野は自虐的に苦笑した。
「仕方ないですよねー、天野特務官は十代の若者にしか見えないですからねー」
一条は自分の童顔を棚に上げて、容赦なく天野に追い打ちをかけた。
道すがら財前は天野に説明をはじめた。
「既にご存じかもしれぬが、地球防衛軍日本支部は、幹部連の下に『九頭』と呼ばれる組織があり、『九頭』は専門分野に特化した九つのチームで構成されている。例えば、戦闘実務部隊の『チームGEDOU(外道)』、戦略・戦術部隊の『チームHIDOU(非道)』、女諜報機関の『チームSHIKIDOU(色道)』といった具合に。」
『チームSHIKIDOU(色道)』の名を聞いて天野の頭には先刻の世話役の女のことが頭をよぎった。
「幹部と各チームの責任者クラスの人間以外には、階級が存在せずにフラットな組織となっている。各チーム内での序列はあるのだろうが、その辺りはチーム責任者の管理に任されている。」
「階級のないフラットな組織と言えば聞こえはいいが、未確認飛行物体の襲撃以降、急激に増員した組織で、無法者達の寄せ集めだからな、下手に階級などつくると内部抗争の火種になるだけ、というのも正直なところだ。」
「なので秩序も最低限、風紀も乱れまくり、先ほどのような連中が野放図にされているという訳だ。」
「あれー、それなんか組織批判ぽく聞こえるけどなー」
「ばっ、馬鹿を言うな、私は天野殿にありのままの現状をお伝えしているだけだ!」
財前女史はそれまで丁寧であった語尾を荒げ、ムキになって反論した。
「それにだ!私が司令官殿の方針を批判するようなことがあるわけなかろう!」
「あのお方の崇高な孤高のお志を理解できるのは私だけなのだぞ!
その私があのお方のやることに不満を漏らすなど、あろうはずもないではないかっ!」
高揚する財前女史、それは必至になって弁明しているというよりは、何か別の熱い想いを特々と語っているようでもあった。
「財前ちゃんはね、司令官にご執心なんだよねー」
一条女子は小声で天野に語った。
「本人はリスペクトとか言ってるけど、もうストーカーとかヤンデレってやつなんじゃないかと思うぐらい」
「はぁ」
財前女史は司令官への熱い想いを語り続けた。
そんな財前女史を他所に天野と一条は会話を続けた。
「ちなみに各チームの肩書のない構成員は『下衆』と呼ばれてるんだよー」
「なんか、『クズ』とか『ゲドー』とか『ゲス』ってすごいネーミングですね」」
「そうかなー、私はかっこいいと思うけどー」
「まるで悪の組織的な地球防衛軍って感じ?」
一条女史は目を輝かせてそう言った。
「とにかくね、組織内で相手に階級をつけて呼ぶ人は誰もいないし、私達二人のことも適当に呼んでもらっていいから、ねー」
二人のくだけた姿を見て、天野もリラックスしてだいぶくだけはじめていた。
「『一条さん』も『財前さん』もお名前からして、国防軍の名門閥のご出身ですよね?」
「そうだよー」
「どうしてここに来たんですか?名門閥の出ならわざわざここに来なくてもいくらでもよいところがあったでしょうに」
「そうだよねー、普通はなんでこんな掃き溜めみたいなところに来たのって思うよねー」
「私はもちろん司令官殿のお力になるためだ!あのお方に全身全霊を以てお仕えする、それこそが私の至上の喜びなのだ!」
財前女史が天野の発言を聞きつけ割って入る。
「私はねー、家が家だけに、小さい頃からかなり厳しく躾けられてね。その反動なのか頭の中で、いろいろと悪いことを妄想して楽しんでたんだよねー。よく親に隠れて特撮やアニメを見たり、ゲームをやってたんだけど、主人公側のヒーローより悪役が大好きで、この組織の話を聞いた時は、もう本当にここしかないっ!って感じだったよー」
「こんな可愛らしい見かけと話し方をしているが、こいつこそ真正のど変態だぞ」
財前女史が辛辣で過激な突っ込みを放つ。
「もうひどいなぁー、そんなことないよー」
「ただ、人体実験とか改造人間とか拷問とか処刑とか、昔からいろいろと頭の中で妄想してただけだよー」
その発言に天野がドン引きしているのを察した一条女史は慌てふためく。
「ほんとそんなんじゃないんだってばー」
「私の夢は、いつか改造人間をつくることなんだからねー!」
ここまで突っ込みをためらっていた天野も思わず突っ込みを入れざるを得なかった。
「いやっ、この流れでそんな夢語られても全く共感できないっすよ」
「むしろ一般市民拉致して改造する悪の組織しかイメージ湧かないっす」
「殉職しそうな刑事が、改造手術受けて超パワーを手に入れる的なロボ刑事みたいなやつでもいいしー、改造人間でも全然オッケーなんだからねー!」
「それってまだ死んでない人間の体を機械に置き換えたり、メカのボディに脳移植する類のやつですよね」
「正義のヒーローぽく話してますけど、この流れだと非人道的にしか聞こえないですって」
「うーん、なんで改造人間って悪の組織がつくることになってるんだろうねー」
「やっぱり正義の味方がやると倫理的にアウトなのかなー」
天野はこの時思った『この二人はまともな人達だと思っていたけど、もしかしてダメな人達なんじゃないだろうか』と。
「それより貴殿こそ、なぜここに来ようと思ったんだ?なんでも志願して来たと聞いているが。」
財前女史は比較的落ち着きを取り戻していた。
「国防軍からこちらに移動では、向こうの人間の考えからしたら左遷の扱いだろうに」
「国防軍は、他国からの侵略に備えるというのが、本来の役割じゃないですか。でもあの未確認飛行物体の侵略攻撃以降、どの国も他国を侵略するどころの話ではないですからね。そもそも国連に参加している国同士の侵略戦争なんてもう何十年も起こっていませんから。
それよりも今は異世界住人達から地球を守ることが最優先ではないかと思いまして。
国防軍の人間は異世界との戦争に対して、どこか他人事なんですよね、地球存亡の危機だというのに。それは自分達の役割ではないという雰囲気が蔓延してますし。」
天野は軍人らしく真面目な締まった顔で語った。
「すごーい、模範解答のようだよね、面白味はないけどー」
辛辣な一条女史。
「いやぁ、感動したよ。やはり軍人たるものこうでないとな。司令官殿も貴殿のような方に来ていただけたら、さぞ心強いであろう。」
「なにせここは非常識な輩ばかりで、私達以外に常識人がほとんどいないからな。常識的な考えを持った人間は大歓迎だ。」
『この二人は常識人ということで本当にいいのだろうか』と天野は疑念を抱いたが、そこは敢えて口には出さなかった。
「この度は司令官から私が天野殿の指導係を仰せつかっていてな。」
「確認なんだが、同意書や契約書の書類はもう提出してもらっているだろうか?」
平静を取り戻した財前女史は天野に尋ねた。
「はい、提出しました」
やや険しい顔をしながら天野は答えた。
「しかしすごいですね、正直驚きましたよ」
「機密情報漏洩防止の措置は当然かと思いますが、この敷地から出るには厳重な審査による外出許可証が必要で、場合によっては記憶消失処置、記憶改竄されることがあるとか」
「極めつけは『鉄の掟』ですかね……」
天野は周囲に人がいないことを確かめてから続ける。
「『内通者やスパイであることが判明した場合はその場で殺されても文句は言わない、
さらに確たる証拠がなく嫌疑をかけられた場合でもその場で殺されても文句は言わない』、あの内容にはさすがに開いた口が塞がりませんでしたよ。」
「普通は『疑わしきは罰せず』なんだけどねー『疑わしきは罰』ってことだからねー」
一条女史の声は緊張感ある場面にやや水を差す。
「機密情報には細心の注意を払っているのだがな。それでも内通者やスパイはどうしても現れる。我々も同様の策を取っているのだからそこは仕方ないことではあるのだが……」
「むしろ今最も注意しなければならないのは国内の『ピース9』なのだよ。」
財前女史の顔もやや険しさを見せている。
「非戦派ですか」
「『ピース9』は、非戦派を中心に人権擁護団体、環境保護団体、動物愛護団体などの各種組織を取り込んで、発言力を増して来ていてな。今やマスメディアも巻き込んで大きな力を持とうとしている。」
「国力の回復、復興を優先する国策も『ピース9』の根回し工作や世論操作に拠るところが大きいとも言われている。現在、我々の国内最大障壁は『ピース9』と言っても過言ではない。」
「ここでの実情が知られれば、世論を味方につけて弾劾しまくるだろう。そうなれば最悪ここが解体される可能性もある。」
「この非常事態にですか?今ここを解体するなんて人類の自殺行為ですよ」
「普通に考えればそうなんだけどねー、相手はあの『ピース9』なんだよねー」
「先の未確認飛行物体出現の際には対話を訴え、相手が侵略攻撃を開始した際にも対話姿勢が足りないと政府を糾弾するような連中だ。こちらの話が通じるとはとても思えん。」
「まさにこちらとは対極にあるような非常識ですね」
「連中の恐いところはその非常識を、世論を使ってさも正論のように突き付けてくるところだな」
「今我々は連中に目の仇にされているからな。なんとしてでもここの秘密は守り通さねばならん。」
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雲ひとつない青空。運動会をやるにはちょうどよいぐらいの天候である。
一行が敷地内の居住区画から施設区画に移動した時、突如としてサイレンが鳴り響く。
「敵襲?」
警報に咄嗟に反応する天野。
しかしなぜか施設内からは大歓声が湧き起こっている。
「いや、この音は『祭り』だな。余興のようなものだ。」
「天野殿はちょうどよい時に来られようだな。」
「祭りだー、祭りだー」
居住区から施設内に向かって兵達が慌ただしく走っていく。
それ以外の兵もなにやら集まりはじめている。
施設外壁にある指示連絡用の巨大モニターに基地内の映像が表示されると、音声が流れる。
「S区画のプラチナカードが何者かによって持ち出される事案が発生しました。犯人は未だ逃走中。本件はただいま第21回逃亡者捕獲イベントとしてこれを認定、イベントの開催をここに宣言いたします。総員は直ちに犯人の確保にあたってください。
なお、犯人確保にあたりその生死は問いませんが、報酬には影響がありまますのでご注意ください。その他は通常のイベントルールに則るものとします。
以上、各員の健闘を祈ります。」
巨大モニターには基地内部を走る逃亡犯の姿が映っている。
「一体これはなんなのでしょうか?」
困惑した顔の天野の問いに、財前女史は答える。
「厳重なセキュリティ体制のこの基地にも、一か所だけ警備がザルになっている部屋があってだな。S区画の一室には鍵もかかっておらず、アナログなダイヤル式の金庫だけが置かれている。根気よくダイヤルを回し続ければそのうち開くような代物だ。まぁ当然わざと手薄にしてるのだが。」
「その金庫の中には人一人が一生遊んで暮らせるぐらいの金が自由に使えるプラチナカードが入っていて、そのカードを盗み出した窃盗犯を生け捕りにした者には、カードの額の一割が報酬として与えられる。死亡の場合はその十分の一が貰える。これが祭りのだいたいのルールだな。」
「豪華賞品がかかっているからねー、逃げる方も捕まえる方も必死だよねー」
「なぜわざわざ、そんな盗んでくださいと言わんばかりの状況をつくって、こんなことを?」
「知っての通り、ここは反社会的勢力や社会不適合者、無法者やアウトローを兵力とした寄せ集め集団だ。
もともと反体制側の人間だったものが、素直に体制側に与する訳もなく、入隊前に一応本人の同意を得てはいるが、入隊した者には洗脳や人格矯正と言った再教育プログラムを徹底的に施している。もちろん元正規軍の人間は対象外だがな。」
『もともとグレーな組織だという噂は天野も聞いていたが、ここまでとは思っていなかった』というのが天野の本音であろう。ともあれ天野は自分が再教育プログラム対象外だと知って胸をなでおろす。
「事前の同意も他に選択肢がないような状況でサインさせるんだけどねー」
「そりゃ人権擁護団体にバレたらエライことになるよねー」
「しかしだ、徹底的な洗脳、人格矯正の再教育プログラムを施してもなお、己のことだけに執着して、私利私欲を捨てきれずに、洗脳に打ち勝つ者がやはりいるのだよ。」
「S区のアナログ式ダイヤル金庫は、そういう者達をあぶりだすための、踏み絵のようなものなのだよ。」
「しかし、これ普通に考えれば夜間に犯行に及んだほうが逃走しやすいように思えますが?」
「ここの夜間自動警備システムは相当にヤバイからな。」
「夜間警備員さんが何人も脱獄囚…もとい侵入者に間違われて死んでるよねー」
「自動だから事故とか気にせずガンガンレーザー光線乱射してくるからな。」
「天野殿も夜間出歩かれる際は気をつけられることだ。」
「しかし報酬が豪華ですね。一生遊んで暮れせるだけの額の十分の一がいくらなのかはわかりませんが。さっき21回目とアナウンスしていましたが、コストも相当のものでは?」
「イベント報酬は退役時に渡されることになっているからな。
ここでの生活で極端な貧富の差が生まれてしまっては碌なことにはならんだろうし。
まぁそもそも今までここで退役まで無事勤め上げた者はいないから、報酬が支払われたことは一度もないがな。」
「平和になった暁には金ぐらいいくらでも払ってやろうというのが司令官殿のお考えなのだよ。ただその頃には紙幣の価値は紙屑同然になっているかもしれないが。」
「それではまるで茶番ではないですか」
「いくら彼らといえどもさすがに茶番に気づくでしょう。彼らの場合、高額報酬が手に入るからこそ命を懸けて参加するのでしょうし。」
「そうかもしれんが。無法者の血が騒ぐのであろうよ。奴らもこんなところに閉じ込められて鬱憤がたまっているだろうし。だから余興、もしくはレクリエーションなのだよ。」
「運動会でもいいよねー」
天野は先ほどから感じていた違和感の原因を理解した。天野は今まで、この組織には反社会的、反体制の人間が所属しているだけで、組織自体は真っ当な組織だと思っていた。だが本当はこの組織自体が反社会的なのだ。そして驚くべきは反社会的でありながら、社会を守る体制側の組織として成立していること。この構造をつくり上げた司令官の『進士直道』とはどのような人物なのか、天野は好奇心を抱かざるを得なかった。
兵達が集まっていた場所では即興で賭場が開かれている。
先ほど天野が絡まれたステテコ姿に腹巻をした禿とアロハシャツにサングラス、リーゼントの三下チンピラ風な二人は賭場を仕切っていた。
「さぁさぁ!張った!張った!今回逃亡犯を捕まえるのはどこの誰だ?」
「今までは『チームGEDOU(外道)』のリーダー石動不動の七回が過去最高だ」
「今回のオッズは……」
三下チンピラ風二人組が大声をあげると、兵達は思い思いの人物に賭けた。
「今回こそは『チームSHIKIDOU(色道)』の彩姐さんに一本だ!」
「ここは手堅く『チームGEDOU(外道)』の親父に三本!」
確かにチンピラ二人組もその賭場に群がる兵達も活き活きしている。
『なるほどさっきの二人組のような輩にも、自分を活かせる場はあるということか』
天野は妙なところに感心した。
「確かにこれはレクリエーションですね」
「しかし細かいことを言いますが、賭け事は?」
「『祭り』だしな、多少は目をつぶるさ」
「レクリエーションだしねー」
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巨大モニターに映し出される逃亡犯の男は基地内を走っている。
目の前に『チームSHIKIDOU(色道)』の世話役を名乗る藤彩香が現れると、男は慌てて立ち止まる。
美しく気品溢れる佇まい。まるで光輝くオーラを放っているかのような美しさ。
男も思わず立ち止まって見惚れてしまう。
「へぇ、あんたやるじゃないか」
「あんたにこんなことする度胸があるだなんて、あたしゃあんたのこと見直しちまったよ。」
男とてこの組織に居る以上、『チームSHIKIDOU(色道)』の姐さんを知らないはずがなかった。その色仕掛けを使ったやり方も十分に承知している。
だが、そんなことを頭で分かっていても、それすらも凌駕して理性を失わせる魅力が彼女にはあった。
心臓の鼓動が早くなり、高揚し、興奮しているのが、男は自分でもわかった。体は熱く、頬は紅潮し、口の中はからからに乾いていた。
「チ、チ、『チームSHIKIDOU(色道)』の姐さんじゃねぇか、そこをどいてくんな」
彼はそういうのが精一杯であった。
女は潤んだ瞳で逃亡犯の目を見つめ、体が密着するぐらいに距離を縮めた。
「なんだい、つれないことを言うじゃないか」
「あたしゃあんたについて行こうと思って、ここでこうして待ってたんだよ」
「あたしだっていつまでもこんなところに居たい訳じゃないんだよ」
「お願いだよ、後生だから、あたしも一緒に連れて行っておくれよ」
耳元で囁くそのせつない声、距離が近いからこそわかるその甘美な匂い。そして、触れるか触れないかのぎりぎりのところで伝わってくる相手のぬくもり。
男の心臓の鼓動は激しく乱れ、過呼吸で息が出来なくなるのではないかと思われる程だった。
『だめだ、この女の言っていることはすべて出鱈目だ、信じちゃいけない、信じちゃいけない』
男は必死で自分に言い聞かせたが、体はこの上なく熱く硬く反応してしまっている。
『これがこの女のやり方だ、すべては嘘、すべて罠だ!』
何度も繰り返し自分に言い聞かせるが、目の前の女に視覚、嗅覚、聴覚、体温のすべてを奪われ、男の脳の奥は焼きついて思考停止目前であった。
「もちろん、一緒に連れていってくれたら……」
「あんたの言うことならなんでも聞くよ」
「なんだったら一緒に夫婦になったって構わないさ」
「あたしだってあんたのことはずっと気にかけていたんだから」
男の頭はもはや爆発寸前であった。
『確かにたまに会うと俺に気のあるよう素振りで、憂いを含んだ眼差しでこちらを見ていた』
『だが、この女はここいる男全員にそれをやっている、それもわかっている』
男の心と体の葛藤は限界を迎えつつあった。
「あたしのこと、好きにしていいんだよ、あんたの好きなように、好きなだけ……」
男は生唾をゴクリと飲み込む。遂に我慢の限界を突破した。
「あぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーーー」
男は頭を抱えて絶叫する。女はこの瞬間勝ちを確信した。
しかし男は女を突き放し、持ち歩いているナイフを取り出し、自らの左足を何度か刺した。
ナイフが刺さる度に激痛で声をあげる男。
いや男から逃亡犯に戻った瞬間でもある。左足からは血が流れ落ちる。
「驚いたねぇ、あんたのこと本当に見直したよ」
「まさか、あんたにそんな根性があるとは思ってなかったからね」
女も、女から『チームSHIKIDOU(色道)』の藤彩香に戻っていた。
「あたしの魅了で散漫になった意識を、痛みで取り戻して、あたしのコントロールから逃れるとは、たいしたもんじゃないかい」
「あたしの魅了が通じない相手はここの司令官ぐらいなもんなんだけどね」
「姐さんのやり口は知ってたからな、それでも相当キツかったぜ、もうちょいで落ちるとこだった」
「ただね、足ってのはまずかったんじゃないかい?
逃げ足って言うぐらいだからね、逃げるには足は大事だろ。」
「動きが鈍ったあんたなら、力づくでも仕留められるさね」
姐さんが手で合図をすると『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆が物陰から瞬時に姿を現す。上半身ビキニにホットパンツレベルで露出度の高い女衆は機関銃や日本刀やらの獲物をその手にしている。
「さすが姐さんだぜ!胸の谷間の一つも見せずに男をたぶらかすなんて、あたい達には到底真似出来っこねえぜ!」
血気盛んな女衆の準備は万全のようだ。
「残念だね、あんたもあたしと夢を見ていたほうが、幸せだったろうに」
芝居が終わってなおも、さも相手に未練があるかのように、相手の心に言葉の楔を打つ。
次の機会の為に、その真偽の境界線を曖昧に不明瞭にしていく、藤彩香の常套手段である。
「あんた達、やっちまいな」
姐さんが再び合図を出し、機関銃の引き金が引かれようとした時、逃亡犯は煙幕弾を地面に叩きつける。辺り一面が煙幕で隠され、視界が奪われる。
煙幕の中、機関銃が乱射される。
「お止め!同士討ちになる」
姐さんの声で銃声は止む。
「生憎俺は敵地潜入のスペシャリストでね、窮地からの脱出はお手のもんさ」
逃亡犯はそう言い残すと、足音だけを残して去って行った。
「ちっ、少し舐めて掛かっちまったかね」
「あんた達、追うよ!」
逃亡犯は『チームSHIKIDOU(色道)』をかわし、逃走を続ける。
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巨大モニターで逃亡劇を見つめる天野一行。
藤彩香が映し出されると、天野は顔を赤らめ、鼻の下を伸ばして見ていた。
「見目麗しくていいですよね、藤さん」
「お、彼女とすでに会っていたのか?」
「おぉー、すでに魅入られているようですなー」
「男はみんな彼女の虜になるのだがな。あれは別名『傾国の美女』だぞ」
「『傾国の美女』?」
「その存在が原因で国を傾けてしまうレベルの美女ということねー」
「一応、幹部連は部下の素性を知っておかなければならんし、話をしておくが」
「旧華族の家柄、良家のご令嬢として生まれ育ち、その血筋からか容姿端麗、溢れる気品も完璧だな。幼い頃から日本舞踊などを習ってというから、所作、立ち居振る舞い、佇まいも見事なものだ。
だが、父親の事業が失敗して以降は極貧生活を送っていたらしく、欲に対する物凄い執念はその頃に身に染み付いたのであろう。その後、彼女自身もパトロンを見つけて事業を起こすが、これも失敗に終わったらしい。それから大富豪や石油王を相手に結婚詐欺を繰り返し、最終的には、ヤクザの大親分の愛人になるが、その大親分を骨抜きにした挙句、組の有り金すべて巻き上げてトンズラしたようだな。組員達に恨まれて追われていたところを我々が保護し、その組の構成員も我々が取り込んだ、というところかな。あれは正真正銘のあばずれ女だな。」
「マジですか?」
「彩さんがあばずれ女だなんて、そんな」
「ショックで女性不信になりそうですよ」
「まぁ、そう気を落とすなよー、どうせ高嶺の花で相手になんかされないんだからー」
一条女史は常に人の傷口に塩を塗り込んでくるスタンスである。
「それにどうせまたすぐに騙されるんだからー」
「あれのすごいところは頭では分かっているつもりでも、男は本能的に抗えないというところだな。だから同じ男が何度も繰り返し騙されたりもしている。」
「あの大きな瞳を見つめ返すと催眠にかかるとか、肌のつやとテカリに自然光が反射して催眠効果が生じているとか、あのいい匂いには媚薬成分が含まれているとか、根も葉もない噂が次々と流れているくらいだからな。」
モニターには銃を構えた女衆の姿が映る。
「生死は問わないとは言え、基本は生け捕りでしょう。
基地内でむやみに機関銃乱射して大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫ー、『ドクターX』からの技術供与でここの再生医療はすごいことになってるからねー、致命傷ぐらいじゃ死なないよー」
「ただちょっと即死だとまずいからねー」
「だから基本はみな脳を守るヘルメットと心臓を中心とした胸アーマーという装備で、そこ以外は割と軽装なんだよねー」
「『チームSHIKIDOU(色道)』のお姉さん達は露出度高いからしてないけどねー」
「胸の谷間と肌の露出は彼女達のアイデンティティーだから仕方ないよねー」
-
逃走を続ける犯人の前に、次に現れたのは白衣を着た集団であった。
「私は、この時を待っていた!待っていたのだよ!」
「天才科学者である私『チームMADOU(魔道)』主任の本田秀次が、『ドクターX』から技術供与を受けてつくりあげた試作品の数々を実戦で試すこの時を!」
先頭の主任を名乗る男以外は、おそらく助手であろうか、荷物を高く積んだ台車を手で押している。
「まずはどれからいくか」
主任は台車から適当に武器や装置を漁って引っ張り出す。
「これはどうだ、分子破壊砲!デザインテグレーター!」
「主任、施設内の構造からしまして、今使うと確実に施設全体が瓦解・崩落して、我々も全員死にますので、絶対にお止めください。絶対に。」
「ぐぬぬっ!」
「ではこれではどうだ、大出力音響兵器!スクリーマー!」
「主任、通路のこの狭さですと反響して、我々も全員死にますので、絶対にお止めください。絶対に。」
「ぐぬぬっ!」
「ではこれではどうだ、細菌兵器!アンノウンウィルス!」
助手達は一斉に防護マスクを着用した。
「主任、施設内での細菌兵器の使用はどうかと思いますが、主任がどうしてもおっしゃるのなら引き止めはしません。後、些細なことですが、主任の分の防護マスクはありませんので、主任は確実に死にます。そこは主任のご判断にお任せします。」
「ぐぬぬっ!」
「ではこれではどうだ、重力制御装置!グラビティコントローラー!」
「これで加重力環境を構築して奴を地に這いつくばらせて、動けなくなったところを捕らえるのだ!」
助手達は集まって相談する。
「主任、オッケーでーす。」
主任は、手にした重力制御装置のスイッチを入れる。
逃亡者の体は宙にふわりと浮いた。そして主任と助手達、その他そこにあった大量の荷物が宙に浮いていた。
「いかん!これは一体どうしたことだ!」
予想外の不測の事態に主任は狼狽した。
「主任、それ加重力モードではなく、無重力モードでーす」
助手は普通に考えればわかることをそのまま叫んだ。
主任は宙を漂いながら手にしている重力制御装置のコントロールスイッチを見直す。
「馬鹿者!『加重力』と『無重力』の表記がないではないか!」
確かにコントロールスイッチの部分は赤と青の二色に色分けされているだけであり、どちらが『加重力』で『無重力』かわからない仕様になっていた。
「誰だ!このユーザーに不親切なコントロールスイッチを付けた奴は!」
「それ、主任でーす!」
「ぐぬぬっ!」
逃亡者は宙に浮いた体を器用に動かし、宙に漂う物体を足場にして前へと進んだ。
「お前さん達が間抜けで助かったぜ」
「やっぱ、あんた達には体使った実践は向いてねえな」
「机にかじりついているのがお似合いだぜ」
逃亡者は主任のもとまでたどり着くと、主任の手にある重力制御装置を奪い、その辺りにある武器と思われるものいくつか奪って、その場を逃げた。
「ぐぬぬっ!」
逃亡者の後を追っていた『チームSHIKIDOU(色道)』の女衆が無重力エリアを目掛けて猛然と突っ込んでくる。
女衆はそのまま宙に浮いている物体や助手達に正面衝突。
女衆の非常に露出が高い豊満な胸の谷間や張りのあるヒップに、助手達は激突し、その顔を埋める顛末となる。
「てめぇなに触ってんだ!コメンチクショめー!」
「金払えってんだ!馬鹿野郎テメェ!」
「お前らに触らせてやるほど、こちとら安くねぇんだよ!」
「ふざけんじゃねえよ!このオタンコナスが!」
女衆からは怒号が飛び交い、助手達は散々の罵声を浴びせられる。
「主任、これはもしかしてご褒美でしょうか?」
「主任、ぷるんぷるんです!」
「主任、こちらはたゆんたゆんです!」
「こちらはばいんばいんです!」
普段まず有り得ないようなラッキースケベに助手達は昇天しかかっている。
「てめえら、それ以上言ったらぶっ殺すからな!」
「覚えてろよ!このすっとこどっこい!」
主任の目の前で、身動きを取ろうと体をくねらせていた女衆のハイヒールのブーツが見事な勢いで主任の顔にヒットする。
「馬鹿者!真のご褒美とはこういうものだ!」
M属性の主任に助手からも女衆からも罵声が浴びせられる。
「うわぁ、引くわぁ」
「ないわぁ」
「俺ありかも」
「おぉ!カミングアウト」
重力制御装置の効果が切れ、すべてが地面に落下すると、そこには彩姐さんが怒りの表情で立ち尽くしていた。彩姐さんは効果が切れるまで、適用範囲外で待機していたのだ。
「あんた達、このままあたしに恥をかかす気かい?」
彩姐さんから放たれる怒りのオーラに、女衆だけではなく、なぜか一緒になって主任も助手達も身震いする。
後で主任と助手達が女衆にボコボコにされたのは言うまでもないが、主任にとっては真のご褒美だったかもしれない。
巨大モニターを見ていた財前女史は大きなため息をついた。
「実践投入はまだまだ遠い先になりそうだな。」
「『ドクターX』の技術供与により、技術力は大きな飛躍が見込まれると聞いていましたが。」
「実情はまだまだこれからというところなんだよねー」
「博士がこの世界に持ち込んだ物の約95%がこの世界にはない未知の物質で構成されている。博士の技術理論のほとんどが我々にはまだまだ理解困難なものだしな。」
「それ言うと『この世界は物質文明に執着し、依存し過ぎているから理解出来ないのだ』って怒られるんだよねー」
「なので現時点では、既存の兵器や既に開発や研究が進められていた兵器の、出力と精度の向上など、パワーアップ・性能アップに使われているに過ぎんよ。」
「それぐらいで異世界住人達に通用するといいんだけどねー」
「さっき一条が言ったように再生医療だけは飛躍的に進歩しているから、我々としてはそれだけでも大変助かってはいるがね。」
「再生医療を突き詰めると、改造人間も夢じゃないんだよねー」
「それはもういいですってば」
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逃亡犯はリーダーが不在であった『チームGOKUDOU(極道)』、『チームGEDOU(外道)』を閃光弾などを駆使して出し抜き、いよいよ基地内部から屋外に出てきていた。
「屋外まで出て来たのって久しぶりだねー、全体で見ても過去数人しかいないんじゃないかなー」
「そろそろこの辺りに来そうな感じだな」
「そっかー、あたし達も狙われちゃうかなー、これでも一応幹部だしなー」
「逃亡犯には、幹部を人質に取って逃げようとする卑怯な輩が多いからな。」
「その辺り、手段を選ばないからねー」
「卑劣だろうと卑怯だろうと逃げ切れば勝ちだよねー」
「狙われるかもしれないのに、随分と他人事ですね。」
「まぁ、一応私も薫ちゃんも、家が家だから武芸一般は人並み以上に嗜んでいるしねー」
「私にはこれがあるからな」
財前女史は背中の日本刀に手をやった。
「天野殿はいかがかな?」
「体術には自信がない訳ではないですが、得体の知れない武器を使ってこられると厄介ですね。」
そんな話をしていると、本当に逃亡犯が天野達の方向に向かって走ってきた。だがまだ天野一行には気づいてはいないようだ。
沿道にいる下衆の兵士達ははじめから逃亡犯を捕まえることなど諦めている連中なので、むしろ逃亡犯に熱烈な声援を送っている。もはやその様は単なるマラソン選手を応援する観客のようでもあった。
賭場に群がる兵達は、自分自身の損得に応じて、「頑張れー」だの「捕まれー」だの「金返せー」だの思い思いの声をぶつけている。
逃亡犯は前方に、白い軍服の男二人組が歩いているのに気づき、そちらの方向に進路を変えて行った。負傷していることもあって、そろそろ体力的にも厳しくなってきた逃亡犯は、ここから先は人質を取って打開策をはかりたいと考えているのだろう。
逃亡犯のその手にはテーザー銃が握られている。この逃亡犯の手元に最後に残った武器は人質を取るのにはむしろ好都合であった。武器の射程は四~五メートル。相手が射程に入った瞬間に電極を発射し、死なない程度の電流を流し、麻痺して動けなくなったところを人質にすればよいのである。
逃亡犯が向かった先には、二メートル近くあるのではないかという長身痩躯の男が居た。白の軍服を身に纏い、体型のせいか手足の長さが以上に際立って見える。長い黒髪を後ろで結い、眼鏡の奥からは鋭い眼光を覗かせている。
「司令官殿!」
財前女史はそう叫びながら、背中に背負っていた日本刀をその男に向かって投げた。
それは、天野も今まで気づかなかったが、五尺以上ありそうな大太刀であった。
日本刀を受け取った男は、即座に構えると、向かって来る逃亡犯との間合いを一瞬で詰め、鞘から剣を抜いた。その長い腕と大太刀はまるでひとつであるかのように美しい弧を描きながら逃亡犯の体を切り裂いた。腕の長さと太刀の長さを考えると、リーチは三メートル近くになっていたのではないか。その男は一瞬で数メートルを詰める瞬発力と、さらに腕と太刀の三メートル弱のリーチで、相手の射程四~五メートルの間合いの外から一瞬で逃亡犯を切り捨てたことになる。
「安心してください、峰打ちです。」
かけている眼鏡を軽く押しながら、独り言のように呟く。
「再生医療にかかるコストも馬鹿にならないですからね」
『あれが司令官、進士直道』
天野はその男こそが司令官の進士直道だと悟った。
「お見事です!司令官殿!」
その活躍を見て興奮した財前女史が走り駆け寄った。
「やはり司令官殿には大太刀がお似合いですなぁ」
ここまで徹底的に男前だった財前女史がまるで可愛らしい女子のようにはしゃいでいる。
「せっかくみなが『祭り』を楽しみにしていたのに、水を差してしまって申し訳ないですね」
「真田特務官と次の会議への移動中だったのですが、咄嗟のことでつい手が出てしまいました」
「そう言えば真田殿は?」
二人組だった筈のもう一人が、隠れていた物陰から姿を現した。
やはり背が高く、糸を引くような目をした穏やかそうな顔の男である。
「いやお恥ずかしい、私はこういうのはあまり得意ではないのでね。」
真田は苦笑して見せた。
「本日着任いたしました天野正道であります。」
天野は上官である進士に対して敬礼して挨拶する。
「地球防衛軍日本支部、最高責任者、進士直道です。」
「特務官の真田豊和です、主に交渉を担当しています。」
真田は天野に握手を求め、天野はそれに応じる。
「我々の組織は非常識な人間ばかりなので、常識のある方は大変助かります。」
「さっきも同じことを言われました」
「でしょうね」
真田は常に笑みを浮かべているように見えるが、おそらくはこういう顔なのであろう。
「交渉と言うのは、敵対勢力である異世界住人達との交渉でしょうか?」
「いえいえ、どちらかと言うと国内関係者との交渉ですね」
「真田殿はな、こう見えてこの組織随一の常識人だからな」
「ここの非常識な考えを、さも常識的なことのように語って相手と交渉する手腕は見事なものだぞ」
「随分、微妙な褒められ方ですね」
真田は再び苦笑した。
予想外の結末に賭場は大荒れであった。
「司令官とか、超大穴じゃねぇかよ!」
「ふざんけんな!このタコイカ!」
「そもそも司令官なんて賭けの対象になってねぇじゃねぇか」
「こんなん無効だろ!」
対応に追われる三下チンピラコンビ。
「司令官は『その他』だな」
「『その他』だぁ?そりゃ大雑把過ぎんだろ!」
「金返せー!」
荒れに荒れていたるところで乱闘騒ぎがはじまるが、ここではいつものことであった。
怒号、罵声、喧騒、暴力。すべてがここでは日常のこと。
後に天野はこの二人が多古と伊香という名前で、タコ・イカコンビとここでは呼ばれていることを知る。
「このような場所で恐縮ですが」
「天野特務官に最後の『鉄の掟』をお伝えしておきたい。」
「みなさんもおられますので、是非、改て心に留めておいていただきたい。」
「一人の命を犠牲にして百人の人間が助かるのであれば、私は間違いなく百人の人間を選びます。その一人の犠牲が例えこの中の誰かであったとしても、私は躊躇なく百人の人間を選びます。もちろんその一人の犠牲が私であった場合にも、みなさんには百人の人間を選んでいただかなくてはなりません。」
「それが書面には書かれていない我々だけのもう一つの『鉄の掟』です。」
「人にはそれぞれ役割があります。私の役割は人類存続のためにただひたすら非情に徹することだと理解しています。」
「そしてここは人類存続のためには、いかなる犠牲も厭わない『非人道的な地球防衛軍』なのです。」
財前女史は口を固く結んで何度も司令の言葉に頷いていた。
一条女史は嬉しそうな顔で頭を少し揺らしていた。
真田政務官は穏やかな顔を崩さなかった。
きっと、彼にとっては何度も聞かされた言葉なのであろう。
天野は自らの気分が高揚していることに気づいた。
それは司令官の話に共感した訳ではない。むしろどちらかと言えば全く自分とは相容れない話である。しかし、今の地球と人類を滅亡から救うことが出来るのは彼のような人間であると直感的に感じていた。天野はこの上なく興奮している自分がいることに気づいた。




