異世界難民孤児Ⅱ
「ここにいる女衆全員が、今日からみんなのおっかさんだよ。」
「あたしのことは彩おっかさんと呼んでおくれよ。」
僕等はムショで暮らすことになった。
本当のお母さん、お父さんの顔さえ知らない僕等に、
一気に何十人もおっかさんが出来てしまった。
なんだかすぐに馴染めなかった僕は少し離れていたけど、
年下の弟アクトはおっかさんにすぐ抱き着いて甘えた。
そんなアクトがなんだか羨ましかったけど、
自分からおっかさんのところには行けなかった。
そんな僕を見つけると彩おっかさんは僕を抱きしめてくれる。
「こういうのは嫌かい?」
彩おっかさんは僕の顔を目を見つめた。
僕は俯きながら首を横に振った。
「そうかい。あんたは少し照れ屋さんなのかね。」
「気にしないで、本当のおっかさんだと思って甘えてくれていいんだよ。」
僕が今まで全く知らなかった、ぬくもり、柔らかさ、優しさ、いい匂い、これがお母さんというものなのだろうか。
お母さんがいる子はみんなこうしてもらっているのだろうか、そう思うとなぜだか自然に涙がこぼれていた。
「あんたも苦労してきたんだね」
彩おっかさんは少し涙声でそう言うと、
僕の頭をずっと撫でていてくれた。
僕等の面倒はおっかさん達が交替で見てくれた。
当番で係が決まっていたけど、おっかさん達はみんな任務の合間を縫って僕等を世話してくれていた。
任務でしばらく会えなくなるからと顔を見に来るおっかさんも居た。
ムショには、この世界の人間の子供も居た。名前は龍之介。
龍之介は僕達よりも年下で、いつも僕達の後を追いて回って来る。
今までここには子供がいなかったから、遊び仲間が出来て嬉しいのだろうと、おっかさん達は言っていた。
僕は本当のお母さんと一緒に暮らして来た龍之介を少し羨ましく思ったが、龍之介もしばらくお母さんと離れて暮らしていて、最近ムショに来たのだと聞いて少し申し訳ない気持ちになった。
ムショの中にはいろんな人が居た。
もちろんこの世界の人間が多かったけど、
それでも半魚人や人魚、エルフ、翼人、
ゾンビ兵と呼ばれるアンデッド、魔族もかなりいた。
だから外見で差別されることは全くなかった。
どちらかというと、今まで子供がいなかったから子供の方が珍しいらしい。
時々僕と同じ異世界出身の人に声をかけられた。
「そうかい。首都も戦争で、もうそんな状態なのかい。」
「まぁ、ここに居れば食べる物に困ることはないよ。
俺も元の世界に居た頃は酷い奴だったと自分でも思うぜ。
やっぱりな、食う物がなくて、いつも腹が減ってるってのがよくないよな。
腹が満たされれば、それなりに気持ちも満たされて、余裕が出てくるってもんだよ。」
確かに僕と同じ世界の出身者とは思えないような優しい人だった。
僕が知る限り、あの世界にそんな優しい人はいなかった。
食事は、僕等にとって最高の楽しみ。
この世界の食事はとても美味しくて、
お腹いっぱいになるまで食べさせてもらえた。
いつも僕等はお腹いっぱいになるまで食べた。
僕等全員に、何日もお腹を空かせて過ごした嫌な思い出がいつもあったから、ついつい食べ過ぎてしまうのじゃないだろろうか。
「いい食べっぷりだねえ」
おっかさん達はいつもそうやって褒めてくれた。
「残さず食べて、好き嫌いがなくてエライねえ」
そういうおっかさんも居たが、僕等からすると好き嫌いの意味がわからなかった。
いつもお腹を空かせていて、口に入るのならなんでも食べるのが当たり前だったから。
もちろん食事の準備は僕等も手伝った。
そういうことも出来るようにならないとダメだって、
彩おっかさんはいつも言っていた。
彩おっかさんは食事のマナーには厳しかった。
ただこれは僕等子供達だけではなくて、他のおっかさんにも厳しかった。
「前々からあんた達の食事作法は気になってはいたんだけどね。
いい機会だから、あんた達も子供達と一緒にマナーを直しな。」
「ああ、姐さん、いいとこのお嬢様ですもんね」
「いいかい、食べ方ってのは大事なんだよ。
いくら惚れた相手でも、食べ方一つ見てげんなりしちまったら、百年の恋も一気に醒めちまうってもんさね。
そういう意味ではあたしらの任務に差し障りがあるからね。
最初の教育プログラムでやったはずなんだけどねえ。」
おっかさん達も子供達と一緒に、彩おかっさんに怒られながら、ワイワイ食べるのは楽しかった。
「いいかい。食べ方を気にしないのは犬猫と一緒なんだよ。
そりゃ飢えて死にそうな時は仕方がないさ。
でもね、余裕がある時は人として最低限はちゃんとしてなきゃいけないよ。」
彩おっかさんは子供達に向かってそう言った。
「食べ物の有難みなんかは、あんた達には釈迦に説法だろうから、言わなくても大丈夫かね。」
その後、彩おっかさんは人と食べ物を分け合う気持ちとかを教えてくれた。
僕はいつもマトと食べ物を分け合っていたから少し誇らしかった。
お風呂はいつもおかっさん達と一緒に入っていた。
毎日日替わりでいろんなおっかさん達とムショ内にある大浴場に行っていた。
半魚人と人魚は熱めのお湯が苦手なので、いつも水風呂だけだ。
僕は朱美おっかさんと風呂に入るのが苦手だった。
嫌ではないのだけど、とにかく恥ずかしかった。
「アクトは、デカいちんちんしてんなあ、こりゃ将来女泣かせになるぜ」
毎回僕のちんちんを見ながらそう言うからだ。
でもおっかさん達が毎回体を洗ってくれて、僕はなんだか王様になったような気分だった。
お京おっかさんは、九九を最後まで言えないと、湯船から上がらせてもらえなくて、お多恵おっかさんは風呂上りの牛乳が大好きだった。
人がいない時に水かけっこをするおっかんもいたし、浴場で泳ぐおっかさんもいた。
どのおっかさんと入るのも嬉しくて、お風呂に行くのも楽しみの一つだった。
勉強は『チームGAKIDOU(餓鬼道)』の教員資格免許を持っている人達が教えてくれた。
この世界の文化・歴史、特に日本の文化・歴史はいっぱい時間があった。
日本の習慣・因習というものまで教えてもらう。
「これはね、あんた達が本当の日本人になるために必要なことだからね。
ちゃんと聞いておかないといけないよ。」
彩おっかさんはそう言っていた。
僕はその時まだその言葉の意味をよくわかっていなかったけど、後になって思えば、日本に馴染んで暮らすには本当に必要なことだった。
そして日本国籍を取るためにも必要なことだったらしい。
僕は勉強は結構出来るほうで、彩おっかさんはいつも頭を撫でて褒めてくれた。
「アクトは賢いんだねぇ」
それから、防衛軍の仕事を手伝ったりもした。
掃除や洗濯、荷物運びなんかを大人の人達と一緒になってやった。
「そういうことも大事なことだからね。」
彩おっかさんはいつもそう言っていた。
頑張るとおっかさん達は頭を撫でて褒めてくれた。
それ以外の時間は自由に使っていいことになっていた。
ムショ内の公園や娯楽施設は自由に出入りしていいと言われていた。
そんな時はよく、多古さん、伊香さん、魚人さんが一緒に遊んでくれる。
僕等はいつも一緒に遊んでくれる三人が大好きで、おっかさん達に、多古さん、伊香さん、魚人さんがおとっつあんだったらいいのにと言ったことがあった。
「さすがにそれはないわあ」
「いくらあんた達の頼みでもそれはちょっと」
おっかさん達は口を揃えてそう言った。
でも僕等は仕事で忙しくしている天野の兄ちゃんや他のおいちゃん達より、
一緒に遊んでくれる三人のほうが好きだった。
「なんだお前ら、カブト虫とか捕ったことないのか?」
夏のある日僕等は、伊香の兄ちゃんにカブト虫の捕り方を教わった。
食べるため以外に虫を捕まえるというのが僕等には不思議で仕方なかった。
「なんや自分ら、川で魚捕ったことないんか?」
魚人さんが川魚の捕り方を教えてくれると言い出して、みなで近くの川までキャンプに行くことになった。
「よく考えたら、わし淡水魚違うやんけ」
言い出した本人の魚人さんは川で大騒ぎしていたが、
みんなで食べたバーベキューは楽しかった。
「多古です。」
いつも多古さんはそう言ってボーっとどこかを眺めていた。
春は、お花見をして、ムショの外に遠足に行って、運動会なんかもあった。
夏は、花火大会や夏祭り、海やプール、キャンプにも連れて行ってもらった。
秋は、紅葉狩りやハロウィン、
冬は、クリスマス、大晦日、お正月、スキー、バレンタインとイベントがいっぱいだった。
クリスマスには博士がサンタクロースの恰好をしてプレゼントをくれたし、スキーは元の世界の寒冷地を思い出したけど、楽しくて全然違った。
毎年毎年、おっかさん達とそんな楽しい一年を過ごして本当に幸せだった。
こちらの世界は毎日が夢のようで、元の世界のことがだんだん遠い昔のように思えて来た。
もしかしたら元の世界のほうが夢だったのではないかと思いはじめるほどだ。
この幸せな日々がずっといつまでも続く。
おっかさん達と一緒にずっといつまでも暮らしていられる。
僕等はそう思いはじめていた。
あの事件が起きるまでは。
-
それは僕等にしてみれば突然の出来事だった。
大人達からすればそうではないのかもしれないが。
ロボット兵の軍団が攻撃を開始して、ムショが襲撃を受けた。
ムショ内のそちらこちらにロボット兵が現れて、大人達は戦っていた。
彩おっかさんは僕等をシェルターまで連れて来た。
「いいかい。あたし達がここを開けるまで、絶対ここから出てきちゃいけないよ。」
「ここはこのムショの中で一番頑丈なところだからね。」
彩おっかさんはそういうと部屋をロックして行ってしまった。
僕等は元の世界居た頃を思い出した。
人々が戦争に明け暮れて、住むところも食べる物もなくし、わずかな食料を奪い合って生きていくあの惨めな生活を。
マトは震えて泣き出した。みんな震えて泣き出した。
僕等が行くところに戦争がないところはないのじゃないのか。
僕等はずっと一生戦争から逃れることは出来ないんじゃないか、そんな気さえして来る。
何より心配だったのはおっかさん達だった。
本当のお母さんお父さんが死んでしまった時のことは何も思えていなかったが、
おっかさん達を失うことは考えたくもなかった。
あんなに優しいおっかさん達がなぜ死ななくてはならないのか。
戦いが終わってシェルターが開いた時、
僕等はおっかさんに抱き着いて泣いた。
僕も彩おっかさんに抱き着いて泣いた。
彩おっかさんも泣きながら僕の頭を撫でてくれた。
-
それからしばらくはムショの機械が全く使えなくなって、
機械を使わない生活を送ることになった。
大人たちがみんなで水や食料を確保するのに必死だった。
僕等子供も大人を手伝う。
半魚人と人魚は大人達と魚を捕りに海に行った。
僕とマトも大人達と一緒にドラゴンの背中に乗って、水の調達について行った。
夜寒い日は、お竜さんが大きなドラゴンになって、女の人と子供はみんなでくっついて寝る。
お竜さんは火のドラゴンだけあってとっても暖かかった。
元の世界に居た時は、戦争が終わった後はこんな感じではなかった。
みんなが売り飛ばせそうな金目のものを探し回ったし、食べ物を奪い合った。
それで殺し合いが起こったりしていた。
でもここではみんなが一緒になって、なんとかしようとしていた。
「すまないね、また戦争に巻き込んで、こんな苦労をさせちまって」
そう言うおっかさんも居たが、元の世界とは全然比べものにならなかった。
同じように戦争が終わった後なのに、みんなが居たからなのか、全然何でもなかった。
-
その後、ムショが元通りになってしばらくして、僕等に疎開の話があった。
この先戦争が激しくなるから、僕等がここにいるのは危ないということだった。
僕は夜眠れなくてトイレに行った時だった。
すると途中の部屋から声が聞こえて来た。
「このままここに居たらあの子達はまた戦争に巻き込まれてしまう」
「そうなればあの子達が元居た世界と何も変わらなくなってしまうんですよ」
その声は天野兄ちゃんだった。
「わかってるんだよ、あたしだって」
「だけどね、あたしはあの子達に約束したんだよ。
あの子達のおっかさんになるって、一緒に居るって。」
彩おっかさんの声は泣いていた。
その後二人はしばらく話しをしていた。
僕は彩おっかさんを責める気にはなれなかった。
みんなが集められてこの話があった時、彩おっかさんは泣きながら謝った。
「本当にすまないね。堪忍しておくれよ。
あたし達だって、あんた達と離れたくはないんだよ。
ずっと一緒に居たいんだよ。
本当だよ、信じておくれ。
でもね、このままここに居たらあんた達はまた戦争に巻き込まれちまう。
今度は難民どころか、あんた達を死なせてしまうかもしれない。
あたし達だって、そんなことになっちまったら悔やんでも悔やみ切れやしない。
あたし達が死んでも、せめてあんた達だけは生き残っておくれ。
あたし達の分も幸せになっておくれ。」
他のおっかさん達もみんなずっと泣いていた。
我慢しきれなくなったおっかさん達が僕等に飛びついて来て僕等を抱きしめた。
おっかさんも僕達もみんな集まり固まって泣いた。
-
そしておっかさん達とお別れの日がやって来た。
僕等は過疎の村にバラバラに送られて、そこで暮らすことになるらしい。
ここと同じように村のコミュニティーの子供として育てられて行くそうだ。
必要なお金は、よくわからないが、この世界の政府と防衛軍が負担してくれるらしい。
龍之介は本当のお母さんの事情でもう少しここに残ると言っていた。
僕等にはまたおっかさんが沢山出来て、今度はおとっつあんも出来るらしい。
みんながおっかさんで、みんながおとっつあん、
親がそんなにいっぱいいる子供は僕等だけなんじゃないだろうか。
それはそれで幸せなことなのかもしれない。
「本当にすまないね。堪忍しておくれよ。」
彩おっかさんは悔しそうな顔で泣きながら、みなにそう言い続けた。
彩おっかさんが僕を抱きしめると、
やはり柔らかくて、温かくて、優しくて、いい匂いがした。
ここで過ごした数年間、彩おっかさんはずっとそうだった。
僕は本当のお母さんを知らないから、本当のお母さんというのは、彩おっかさんみたいなのだろうとずっと思っていた。
このいい匂いの彩おっかさんともうお別れで、もうこうして抱きしめてもらえることは二度とないかもしれない、
そう思うと僕は涙が止まらなかった。
「本当にすまないね。堪忍しておくれよ。」
彩おっかさんは泣きながら、ずっと謝り続けた。
おかっさん達とのお別れは名残惜しく、何時間もかかってしまった。
おっかさん達は、車の後を追って走ってついて来た。
途中で追いつかなくなると止まって、泣きながら。
いつまでも手を振っていてくれた。
車から見えなくなるまで、いつまでも、いつまでも。
ここには、金銀財宝のお宝はなかった。
でもお宝以上のものばかりだった。
おっかさん達とここで暮らした日々は、いつも黄金色に輝いていた。
ここで暮らした数年はかけがえのない宝物だった。
黄金の国・ジパングは確かにあったし、
確かに僕は黄金の国・ジパングにたどり着いた。
おっかさん達との思い出はいつまでも黄金色に輝いているから。




