表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/50

15 青い闇の果て 1

 はあ、はあ、はあ――。

 息が上がる。自分の心臓の音しか聞こえない。

 茜は、ひたすら走った。辺りがだんだん濃密な『青い闇』に支配されると、今度は、手探りで歩いた。

 洞窟の奥――。

 そこは紛れもなく、あの『青い闇』だった。

 途中までは確かに普通の薄暗い洞窟だったが、あるところを境に、空間が変わった。

 丁度そう、鬼隠れの里に入る石の鳥居をくぐった時に感じた違和感。茜は、あの時に似ていると思った。

 岩肌は見えなくなり、歩いている地面しか認識出来ない、まるで無限の闇――。

 不安に駆られ後ろを振り返ってみても、同じように暗闇が広がっている。

 茜は一瞬にして自分がどちらから来たのか、分からなくなった。

 ゾクリ、と恐怖感が沸き上がる。

「ああ、もうっ!」

 後ろなど振り返った、自分のドジさ加減と方向音痴を呪ったが、そんなことをしていてもどうにもならない。こうしている間にも敬悟は戦っているのだ。

 ブルブルと頭を振り、気持ちを切り替えると、おもむろに着ている白装束の裾を『えいっ』とめくり上げ、地面に四つんばいになった。両の手のひらで、微かな振動音を必死で手繰って行く。

「ううっ。私って、とことん進歩がないなぁ……」

 恐怖感を紛らわせるように、そんなことを呟きつつ這い進んで行く。と、突然、出した右手の下の地面が無かった。

「きゃあっ!?」

 右手を踏み外して、ぐらりと体が傾く。左手を必死に踏ん張ったが、勢いが付きすぎて踏み止まれない――。ぐるん、と天地が逆転する。

 ――ダメだ、落ちる!

 茜は反射的に、両手で頭を庇った。

 ぱあっ――と、青い閃光が走ったような気がした。

「あ……れ?」

 痛くないぞ?

 そんなに大きな段差じゃなかったのかな?

 たいした衝撃も無いことを不思議に思いながら、頭を覆っていた手をゆっくり外し、恐る恐る目を開けた。

 周りは、ほの青い光で満ちていて視界が開けていた。遥か下の方に、何か金属質の妙にこの場にそぐわない物が見える。

 え、下の方……?

「あ、あれ?」

「ドジもここまで行くと、もう何も言う気が起きないな……」

 誰かが、茜の右足首を掴んでいた。と言うより、落ちていく茜の足を掴んで助けてくれたのだ。茜は血が上りつつある頭を、聞き覚えのある声の主に向ける。

「敬にぃ!?」

 敬悟が崖っぷちに身を乗り出して、茜の右足首を掴んでいた。

 もちろん、着物でそんな状況になれば、見事な姿になる。腰の所まで捲れ上がった裾。むき出しの腿――。

……丸見え?

「きゃぁ!?」

 一瞬の空白の後、短い悲鳴が上がった。

 自分がどんな格好になっているか理解した茜が、着物の裾を持ち上げようとワタワタと身じろぎをする。

「ばっ、ばかっ! 暴れるなっ。今、引き上げるから暴れるんじゃない!」

――そんなこと言ったって!

「お前、少しダイエットしろ……」

「失礼ね! これでも標準体重よっ」

 片膝を付いて少しうんざりした様子で呟く敬悟の言葉に、ぺたんと地面に座り込んだ茜は、着物の裾を掻き合わせて、ぷぅっと頬を膨らませる。が、すぐにツンと鼻を突く生臭い鉄の匂いに気付き、慌てて敬悟に視線を走らせた。

 こんな匂い立つような量の出血なんて、尋常じゃない。薄青い光の中でははっきりと見えないが、敬悟の全身は明らかに血で染まっている。

「け、敬にぃ、ケガしてるの!?」

 泡を食った茜は膝立ちで敬悟ににじり寄ると、あたふたと手を伸ばして敬悟の傷を点検し始めた。

「お、おい、茜!?」

 茜の行動にぎょっとして固まる敬悟に構わず、パタパタと全身に手を這わせる。

 肩、腕、胸。どこもかしこも傷だらけで、血に濡れている。

 でも、違う。もっと大きな傷があるはずだ。

 抱きつくように背中に回した茜の両手が、背中いっぱいに何本も走る抉られたような大きな傷跡に触れた。

「痛っ」

 鋭い痛みが走って、敬悟が思わず呻き声を上げる。

「そこは、ちょっとタンマ」

 敬悟は心配させまいとおどけてみせるが、茜は一瞬触れた傷の深さに心の芯が冷えるの感じた。

「酷い……」

 茜はそのまま傷に触れないように腕を浮かせて目を瞑ると、『治って!』と念じながら手のひらをかざしてみた。白鬼がしていたように、自分にも傷を治すことが出来るかも知れないと思ったのだが、効果があるのかどうか茜には分からない。

――私のせいだ。

 私がもっと上手に守りの石をコントロール出来ていたら、自分の力を使えていたら、こんな酷い怪我をしないですんだはずなのに。

「大丈夫だ。見た目ほど大した傷じゃないし、もう、ほとんど塞がってるよ」

「……ご……めんなさい」

 大切な人を守れない力なんて、意味がない。

 そんな力なんて、いらない。

 茜は、自分のあまりの不甲斐なさに悔し涙が滲んできて、敬悟の胸に顔を伏せた。

「茜?」

「私のせいで、ごめんなさい……」

 ポロリと、一筋、涙の粒が瞳からこぼれ落ちる。それが呼び水となり、次々と涙が溢れ出して行く。

 普段の茜はこんなに涙もろくはないはずだが、休まる暇が無い神経の緊張の糸が、ここに来て切れてしまったのだろう。ポロポロと溢れ出す涙が、敬悟の胸にほのかな熱を伝える。

「違うよ」

 声を震わせる茜の頭をポンポンと叩いてそう言うと、敬悟は茜の背にそっと両腕を回した。

「俺は、自分がしたいと思ったことをしているだけだ。茜のせいじゃない」

 ギュッと腕に力を込めると、小刻みに震える茜の肩にコツンと額を付けて、諭すように穏やかな声で囁く。

「だから、泣くな」

 この温もりを守るためなら、失って惜しいものなど何一つありはしない。

 実際、あれほど酷かった出血は止まっていた。さすがに触れられれば痛みはあるが、上総の鬼の爪で引き裂かれたはずの深い傷は、あらかたが塞がっていた。

 四分の一、体に流れている鬼の血のなせる技か――。腕を変化させたことで、その血を活性化させたのかも知れない。

 一度目覚めてしまったものが、果たして大人しく眠っていてくれるものだろうか?もしかしたら、全てが上手く行っても、もう元のような普通の生活には戻れないかも知れない。

 悟の胸を、そんな苦い予感がかすめる。

 それでも、最後まで諦める訳にはいかない。

 何としても、茜だけは元の生活にもどしてやらなければ。

 そのためにまずやるべきは、この里を守る結界を解くことだ。

「敬にぃ。上総は……?」

 黙り込んでしまった敬悟に、茜がためらいがちに尋ねる。

「……死んだよ」

死んだ――。

上総が、あの残酷な恐ろしい鬼が、死んだ――。

短く答えた敬悟の声は、変わらず穏やかだ。でも。茜は、敬悟が泣いているような気がして、両の手のひらでその頬にそっと触れてみた。

「茜?」

 涙が流れているわけではなかった。でも敬悟は、『神津敬悟』という人間は、相手が例え半分が鬼だとしても人を殺めて平気な人間じゃない。

 茜は敬悟の頭を抱えるように、両手を伸ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ