対決 2
「私どもは、これより先には入れません。茜様お一人でどうぞ――」
そう言って、行ってしまったお付きの女性達。その姿が消えたのを恨めしげに見詰めていた茜は、意を決したように、洞窟の奥を睨んだ。
ごくり――。
つばを飲み込む。
手にしているのは、渡された蝋燭の頼りない灯りだけ。それはむき出しのごつごつした岩肌に、ゆらゆらと不気味な影を刻む。
「怖くない。怖くない。なんて言ったって、私は100パーセント、エイリアンなんだからっ」
ぶつぶつとそんなことを呟きながら、怖々、進んで行く。
幼い時から、暗闇が無性に怖かった。いつもなら、こんな時はすぐに敬悟を呼んだ。怖いと泣く幼い自分を、いつだって優しく包んでくれた、大好きな従兄。
繋いだ手の温もりが、いつだってそこにあった。
でも――。
今は、頼れない。頼ってはいけない。
「でも、何だかあの時を、思い出すなぁ……」
初めての異変があったあの夜――。
赤鬼に変化した上総にペンダントを取られそうになって、飛ばされた青い闇。あれは、ここではなかったか?
分からない。
あの時は、岩肌は見えなかったし、限りの無い空間のように感じた。あれ自体が、現実だったのか、夢だったのかもそれすら確信がなかった。
と、行く先がほの明るくなって行く。
「うわぁ……。こんなトコも、あの時と一緒だぁ……」
これであの振動音が聞こえれば、そっくりそのままだ。でも行き着く先にいるのは、鬼部の惣領、自分の父親のはずだ。
母に似た鬼女……。そんなモノがいるはずない――。
茜は、震える手で母のペンダントをぎゅっと握った。
視界が急に開け、そこは、ほのかに淡い青い光で満たされていた。
不思議な、青い光。
光源が何処にあって、何なのか分からない。岩自体が発光しているのかも知れない。
どれくらいの広さだろうか?
端から端まで五十メートルくらいかも知れないし、二百メートルあるのかも知れない。ただ、とてつもなく広いと言う事だけは分かった。
ゆっくりと、視線を巡らす。
男が、いた――。
その『広場』の中央あたりにある、ちょうど能の舞台のような場所。そこにその男は、胡座をかいて座っていた。
茜の着ている白い装束とは正反対の、黒い装束。
母や茜と同じ、色素の薄い茶色の明るい髪。
肌の色も男にしては白皙の、あまりに白い肌。
それが、鬼部一族の、『エイリアンの末裔』の身体的特徴なのだろうか。
まるで瞑想をしているかのように、両目を堅く瞑って微動だにしない。茜の気配に気付いているのかいないのか、ただ、静かに座っている。
茜は、意を決して声を掛けた。
「あ、あの……。木部さん、ですよ……ね?」
緊張の余り、声がかすれる。
反応が無い――。
「あのっ! 木部さん! 私、茜です!」
聞こえなかったのだろうと、今度は大声を上げる。それが広い空間の中で、うゎんうゎん反響した。
が、やはり何の反応もない――。
茜は怖々近付いてみるが、やはり目の前に来てもその男は動かない。
――まさかこの格好のまま、眠っているとか?
不安になって触れてみようと、手を伸ばした瞬間、男が消えた。
「ええっ!?」
びっくりして手を引っ込める。すると又、何事も無かったかのように男が現れる。
「な、何これ……!?」
触れようと手を伸ばすと男はかき消すように居なくなり、手を戻すと又現れる。茜は、前に見たSF映画を思い出した。
「ホ…ログラフィ……てヤツ!?」
「おや、早々とバレてしまいましたか。駄目ですよ、若い娘が気安く男の身体に触っては」
笑いを含んだ声が後ろから聞こえて来て、茜は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。慌てて振り返ると、そこには上総が立っていた。
「上総!?」
外では雨が降り出したのか、全身がずぶぬれで水が滴っている。
そしてその手は、深紅にに染まっていた――。
「な……に、それ?」
――血……?
茜は嫌な予感がして、声が震えた。
上総は、儀式が終わるまで敬悟と一緒に洞窟の入り口で待っているはずだ。その上総が、ここに、いる。
「ああ。これですか?」
上総が右手をかざすと、指先からしたたる赤い液体を目を細めて『ぺろり』と舐め上げた。
「そこに転がっている者の、血ですよ」
楽し気なその言葉に悪寒を感じながら、上総の指さす先に、ゆっくり視線を巡らす――。
思ったように、身体が動かなかった。
自分の目に映っているものが何なのか、すぐには理解が出来ない。
「け……いにぃ?」
そこには人間が転がっていた。
一目でそれと分かる、赤い血。
その全身がおびただしい血で染まっている――。
「敬にぃっ!?」
呪縛が解けたように、茜は駆け寄った。
生きているようには、見えない。顔色は、青いのを通り越して紙のように白い。血が全て流れ出してしまったかのように、生気が感じられない。
茜は座り込むと、血まみれの敬悟を抱きかかえた。
「敬にぃ!」
雨と血で濡れそぼり、ヒンヤリとした身体。その余りの冷たさに戦慄が走る。
「敬にぃっ!?」
茜の必死の声に、微かに敬悟が反応をした。堅く閉じていた瞼が、辛うじて開く。
「……」
だが、言葉すら発することも出来ずに、力尽きたようにまた目を閉じてしまった。
「何を、したの……?」
声が、震えた。
「敬にぃに、何をしたのっっ!?」
言い放ち、上総を見上げ睨み付ける。
それは、恐怖の為では無かった。敬悟を傷つけられた、そのことに対する純粋な怒り――。
その爆発しそうな激情に茜は、心の奥底に眠っていた膨大な精神エネルギーが渦を巻き、外に吹き出そうとしているのを感じていた。




