14 対決 1
シュッ、と風が鳴った――。
そう思った瞬間、敬悟の身体は、後ろにはじき飛ばされていた。五メートルほど斜め後方に頭から突っ込んだ敬悟は、呻く事すら出来ない。
「どうした? それでも鬼部の血を引く者か? 少しは、手こずらせてみたらどうだ? もたもたしていたら、茜は助けられぬぞ」
鬼に変化した上総の声は、通常のそれより低く、くぐもっている。
地の底から響くような冷酷な声――。
正にそれは、上総という人間の皮を脱ぎ捨てた鬼の本性を表していた。
「くっ……そっ!」
痛みに軋む身体をなんとか引き起こすと、敬悟は立ち上がった。はあはあと肩で息をしながら、反撃しようと身構える。
トン――。
何の前触れもなく、目の前に鬼が現れる。
「うっ!?」
避ける間も瞬きをする間もなく、今度は、左腕を無造作に掴み上げられた。
重さなど無いように片手で軽々と、まるで子猫を掴み上げるかのような手軽さで敬悟を持ち上げる。その鋭い爪が、ギリギリと腕の皮膚に食い込み突き刺さり、鮮血が身体を伝って地面にしたたり落ちて行く。
「ぐっ……がっ……」
痛みに呻く敬悟の眼の奥に、赤い炎が灯った。
それは、ゆらゆらと揺らめきながら、その光を強めて行く。
「変化してみたらどうだ? でなければ、我には勝てぬぞ?」
嘲るように、鬼が嗤う。
――出来るものなら、とっくにそうしている。
だが、敬悟にはその経験も無く、方法も分からなかった。
――なら、今の自分の力で戦うしかない。
敬悟は、掴まれている左腕を基点に己の身体を振り子のように後ろに振った。その反動を利用して、鬼の腹に渾身の力を込めて蹴りを入れる。
どん。
肉と肉のぶつかり合う、鈍い音が夜の静寂に響いた。
――が、鬼の表情には、何の変化も起こらない。
ますます深く食い込んだ爪が、更なる出血を促し、敬悟と鬼の身体を赤い筋となって伝い落ちて行く。
「話に、ならぬな」
鬼が、空いている手を振り上げ、ぶら下がったままの敬悟の身体を、斜めに叩き飛ばした。
どさっと、音を立てて敬悟の身体が地面に転がり落ちる。
叩き飛ばされた右肩から腹部にかけて、爪の形に肉がえぐり取られていた。どくどくと音を立てて、血があふれ出し、敬悟を赤く染めて行く。
殺される――。
朦朧とした意識の下で、敬悟は自分の無力さを呪った。
何のために、危険を承知で茜をここまで連れて来たのか。
守りたかった。
例えどんな犠牲を払おうと、
あの笑顔を守りたかった。
いつも何処かで感じていた、孤独感――。
学校にいても友人とバカ騒ぎをしても、ガールフレンドと付き合っていても、それはいつも付いて回った。
優しい伯父夫婦。その生活に何の不満も無かった。
温かく、平穏な毎日。
それでも感じてしまう、どうしようもない孤独感に押しつぶされずにいたのは、茜がいたからだ。
『敬にぃ!』
自分を呼ぶその声が好きだった。
「茜……」
すまない――。
敬悟は、自分の意識が遠のいて行くのを感じた。
「……これが、我が血を受けた者か。非力過ぎて興ざめだ――。まあ、良いわ。最後の役に立って貰うぞ」
鬼はそう言うと、敬悟を軽々と担ぎ上げ、茜のいる洞窟へ足を向けた。
一際大きく響く雷鳴と共に降り出した土砂降りの雨が、敬悟の流した血の後を洗い流して行った。




