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   裏切りの夜 2

「一つだけ教えて。真希はどうなるの?」

 涙に濡れた瞳で、茜はキッと敬悟を見据える。敬悟はその強い眼差しを真っ直ぐ受け止めると、静かに口を開いた。

「……今頃は、目を覚ましているはずだ。元々あれは、軽い暗示をかけただけだ……」

「暗示?」

 訝しげに眉を寄せる茜に、敬悟がゆっくりと頷く。

「彼女には、ごく薄まってはいるが、この木部きべ一族の血が混じっている。暗示でその血を刺激して一過性の鬼人化現象を誘発したが、そのまま元に戻れないと言うことはない」

「木部一族の……血?」

「ああ。そうだ」

「そして、茜様。貴方はその正当な血を受け継いだ、最後の一人なのですよ――」

 不意に割り込んできた声にぎくりとして、二人が声の方を振り返る。

 敬悟が入ってきた襖の所に上総が立っていた。

「立ち聞きとは、いい趣味じゃないな」

 敬悟が声の主、木部上総を睨め付けるが、上総は動じる風もない。

「儀式前の大切な、お姫様ですからね。何かあっては、こちらの首が飛んでしまいます」

 クックックッと、目を細めて楽しげに嗤う顔が、蛇を思わせた。 

 茜たちの方に歩み寄って来た上総がすっと、落ちていたペンダントに手を伸ばす。

 瞬間、青い閃光が走り、『じゅっ』と異音が上がる。肉の焦げたような鼻をつく嫌な臭いが辺りに立ちこめた。

「やはりダメか。忌々しい。これさえ無ければ、事は簡単だったものを……」

 上総の右手は、焼けただれて色が変わっている。

 初めて嗅ぐ人の肉の焼ける臭いに、茜は吐き気がこみ上げてきて、思わず口を両手で押さえた。

「ご心配なく。これ位の傷はすぐに治ります」

 上総はそう言って左手を焼けた右手にかざすと、何やら念じた。すると、見る間に傷が治って行く。

 それはまるでマジックでも見ているようだった。

「ほらね」

 と上総は右手をひらひら振りながら、にっこりと笑う。

 白鬼ビャッキも治癒能力を有していたが、これ程鮮やかな効果をもたらすことは出来なかった。長い時間をかけて少しずつ傷を治していくのではなく、瞬時に傷つき壊れた細胞を再生させてしまう。そしてそれによる精神エネルギーの消耗は殆どみられない。

 これが赤鬼シャッキ能力ちから

 いや、その能力ちからのほんの一端に過ぎないのだろう。 

 茜は、あまりの事の成り行きに何も言えずに、ただ呆然とそれを見ていた。

「そのペンダントは、貴方に任せますよ『敬悟』君。元々、それだけが目的では無いですからね」

 上総が、無表情の敬悟の耳元でささやく。

「せいぜい、焼かれないように気を付けるのですね。貴方では、自分の傷を治せる力は無いでしょう?」

 ポン、と揶揄やゆするように、上総は敬悟の肩を叩いた。

「儀式は、明日の夜です。それまでせいぜい別れを惜しんでおくのですね」

 すれ違いざまそう敬悟に耳打ちすると、嘲るような笑いを浮かべて上総は部屋を出て行った。

 落ちたままのペンダントに敬悟が手を伸ばすのを見て、茜は先刻の上総の様子が脳裏に蘇り、思わず目をつぶった。

 だが、茜の予想に反して、躊躇うこともなくペンダントを拾い上げた敬悟には、何事も起こらない。

「どうして……? 上総は、酷い火傷をしたのに……」

「……外さないで持っていろ。これは大切な『守りの石』だろう?」 

 答える変わりに敬悟はそう言って、茜の首にペンダントを掛けて微笑んだ。

 上総の前では表情を消してしまい、決して見せる事のない柔らかい笑み。

 そのいつもと変わらぬ笑顔に、茜の心が揺れた――。

「ずるいよ……」

「うん?」

「憎ませてもくれないなんて、ずるい……」

「……そうだな」

 敬悟は穏やかな声で呟くと、茜の頬に残る涙の後をそっと親指の先で拭った。


 その夜、敬悟から聞かされたことは、信じ難いことだった。

 それは、神津茜にとって、今までの自分の存在の根幹を揺るがすような、そんな事実だった――。



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