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二、

 そう、一番はじめは六歳の時でした。ご学友選考の一貫(いっかん)で高位貴族で年齢の近い子供たちが王妃のお茶会にお呼ばれしたときのことでした。私も宰相公爵家という高位且つ有能者に連なる伯爵家令嬢ですから参加が義務づけられておりました。はじめてのお茶会、はじめての王宮にどれだけ胸をときめかせたことか。私が教えられた通りに王妃へご挨拶をし、続け様に悪魔へと顔を向けたとたん、言い放たれたのです。


「堅苦しい上に不細工な顔だな」


 そう、吐き捨てるようにです。直後にスパン、と素敵な笑顔の王妃の扇子が頬に直撃しておりましたが、もう遅かったのです。

 あの言葉のために、お茶会に参加していたどこぞの男児子息達からは不細工だとからかわれ続け、女児令嬢達からは見下した視線を受け続けたのです。二度と行きたくないとその場に居合わせた両親に泣き付いたのですが、そこは貴族。何故か王妃に気に入られたようで、あのお茶会から間をおかずに何度も私だけ王宮に呼ばれ続けたのです。何故かその度に悪魔が必ず同席し、どれだけ居心地が悪かったことか。王妃に分からぬように蛙や蛇をけしかけられたけれども、私には効きません。領地はほとんど森に囲まれたところなので、馴染みのある生き物だったのです。

 そのような細々した嫌がらせは通用しないと理解したのか、精神攻撃に移行しました。私も成長してくると、他の貴族に漏れず政略結婚が持ち上がります。高位貴族にあやかりたい家は多く、成人前だというのにたくさんの話が舞い込みました。その頃です。急に私に関する悪い噂が囁かれはじめたのは。顔形のキツさも相まって、どんどん加速していく噂に私は傷付き、王妃からのお茶会のご招待もすべて体調不良でお断りし、屋敷に引き込もって才能を生かし、茶葉を混ぜ合わせ、美味しさを引き出すことに大半の時間を費やしていました。

 そんな中、一通の手紙が届きました。宛名は無し。いつの間にか自室とは別に作った調合室の実験台に置かれていたのです。そう、封蝋はあの悪魔の御花。まさか、と動揺しながらも勝手に開封は出来ず、急ぎ父へと知らせて父に開封してもらいました。中をあらためた父がうなだれて頭を抱えながら私に手紙を差し出すのを、震える手で受け取る。文字を見つめる。



薬室へ入り一生涯を我に捧げよ

それとも、相手をしてくれる男がいるなら考えてやっても良いぞ

すべて潰してやったから居ないとは思うがな



 未だに思い当たる事例はない。ここまでして嫌われることがあっただろうか、顔ひとつで。


「おねえさま」


「あら?あらあら」


 呼ばれて瞬きをすると涙が頬を伝いました。あの所業の数々はどれだけ傷になったのかを思い出し、こぼれ落ちてしまったのでしょう。


「ふふ……容姿を(けな)し、縁談を潰し、王宮の片隅で生涯働くことを強いた方を恨む気持ちは決して無くならないのね……政略とはいい気味、いえ、政略とはいえご結婚出来るだなんて羨ましい」


 天使の前でこんなことを呟いてしまうなんて、私もずいぶん動揺しているのね。ほら、天使が困った顔を、いえ、とても可愛らしいと思います。


「大丈夫よクリームヒルデ、仕事は仕事だものしっかりと調剤するわ」


 何か言いたそうにしている天使を笑顔で避けて、私はドレスの上からローブを被り準備を始めました。それを見て、邪魔になるだろうからと天使は帰っていきました。

 媚薬を調剤するとは言えど、効果はよくわからないというのが私の現状です。催淫について天使は説明していたけれど彼女とて知識としてあるだけで使用したことはないでしょうから、どうなるのかさっぱりわかりません。私が調剤した場合、とてつもなく効果の高いものが出来上がってしまうことを考えると、隣国の王女は毎日のように愛を囁かれ、寝台に身を投げ―――いえいえ、そうです、それでいいのです!効果が目に見えてわかれば一生をこの王宮の片隅で過ごすこととなる私の今後も安泰であり、家族や公爵家の面目も保たれるというものです。

 睡眠薬として重宝する『青くたなびく小花』と集中力を高める『白き五香』の葉っぱを薬研(やげん)で切り刻んでいきます。何度も何度もごりごりと刻んでいくと無心になっていって、気が付けば粉になっていることがほとんどです。粉にすると乳鉢で練りやすくなるのでいいのですが、粉になったものを見たときに毎回思うのです。

 あぁ、こうやって時間は消えて無くなっていくのね、と。

 私の大事な時間は混ぜ物のためにあり、恋愛や結婚、子育てには使われないでいます。もちろん、混ぜ物の才能を皆様のお役にたてられて大変嬉しくはあるのですけれど、私は幸せなのかしらと考えてしまうのです。人並みには結婚に憧れもありますし、同じ年頃の令嬢はすでに子育てをしている方もいると思うと、(ねた)(そし)りも感情の一部として頭をもたげてくるのです。

 何をもって幸せとするのか、という難しい問題は貴族という身分をいただいている父を持つ私には公私を使い分けにくいのかもしれないと考えるのを放棄することもしばしばです。

 『赤き手まりの女王』の蜜と花びらを乳鉢ですりつぶし、うっとりとする香りに包まれながら薬研で粉にしたものを加えていきます。だんだんと固くなり、赤い団子のようなものが出来上がります。これを型にはめて、小指の爪先ほどの大きさの錠剤にします。

 つぶし加減も、粉の量もすべてが私の感覚で決めています。計量をせず、適量を導き出すのです。そして、混ぜこむ時機や、天気や使用する器材にも感覚が違うことがあります。この量を計り、まとめたものを論文とし、薬学博士となりました。数多の論文は書籍として大学の医学部に納められていますが、それを見ながら調合しても私ほどのような効果は得られないそうです。他の方に譲れないというのは、まったく不便な才能です。


「渡しに行かないと」


 何故か私は呟いていました。私の作ったもの、調味料や薬剤は価値が高いためおいそれと他人には預けられないのです。天使のような彼女の素晴らしい薬草を使用することもさらに価格が跳ね上がる一因です。横領されることを防ぐために必ず近衛騎士が同行します。

 騎士団の詰め所は目と鼻の先で、王家の方々が住まう奥の宮の隣です。つまり、私は散歩がてら届け物が可能な場所に薬室をいただいているのです。天使の薬草園は大学の敷地内なのでどうしても一度城から外へ出なければなりませんが、やはり有事に備えて城に近い場所にあります。

 つまり、私もすぐにでも届けることができるのですがいつも以上に気が重たく、調合用のローブを脱ぐとソファーへ座り込んでしまいました。

 第一王子に渡す時は必ず絡まれるのがわかっているからかもしれません。今日もまた、同じなのでしょう。媚薬だろうが、何も変わらずいつもと同じ対応でしょう。憂鬱にもなるというものです。

 トントントン、と扉が叩かれました。

 こんな時間に誰でしょう。今日は急ぎの仕事である媚薬で終わろうと思っていたので、困りました。扉に向かってたずねます。


「どなた?」


「クリスと妖精姫以外だ」


 ぞくりと背筋が凍りました。何故、と言う言葉が頭を支配します。


「遅い」


 不機嫌な声に慌てて服の乱れを確認して入室を許可する。


「どうぞ、開いております」


 そうなのです。この部屋へ訪れる方は少ないのです。週に数回顔を出してくださるのはクリスお兄様とクリームヒルデ、もう少し頻度が下がって父や王妃くらいなのです。


「俺の声色を使った悪漢だったらどうするつもりだ?」


「あら、悪漢ですわよね王子は……近衛はどうなさいました?」


「置いてきた」


 さも当然とでもいうように、ソファーをすすめてもいないのに座ってしまった。こうなっては仕方がありません。


「出来たのだろう?」


 お茶を出し終わるのを待ってかけられた声にごくりと大きく喉が鳴ってしまった気がしました。うるさいくらいに耳に響く心臓の音を無視しながら、実験台に置いたままとなっている丸薬が入った小袋を手に取るとカップの隣へと置き直しました。


「……薬草から考えて即効性かと思われますので、ご行為の直前に飲み物で流し込んでくださいませ」


「水に溶けるのか?」


「いえ、溶けにくいのですが、喉に留まると腫れて声が出なくなるでしょう」


 第一王子は小袋を手に取ると、まじまじと見ています。早く出ていっていただけないかしら。


「お前、ここで寝泊まりしているよな?」


「は?え、えぇ」


 あなたのせいでこの部屋を与えられたのよ、どこまで馬鹿にされるのでしょうか。怒りも呆れも通り越すと、感情というものは無くなりますのね。第一王子は立ち上がると戸惑うことなく隣の私室、寝室へと続く扉を開け放ちました。


「え?ちょ、殿下!」


 未婚の女性の寝室へと許可なく立ち入るという考えられない行為に反応が遅れてしまいました。中へと消えていった背中を慌てて追いかけます。


「お待ちください!」


 部屋へ飛び込むと、居るであろう人影がありません。ばたん、と後ろで扉が閉まりました。振り向くと、かちゃり、と鍵を閉める第一王子が居ました。唖然としながら、閉まった鍵から顔をあげた第一王子と目を合わせました。


「もう少し『王子』である俺よりも『男』である俺を警戒しろ」


「殿下?」


 何を言ったのか―――聞こえはしても意味が汲み取れない言葉に訝しげに呼べば、苦笑、いえ、嘲笑が返ってきました。たった一歩で私の目の前へと間合いを詰められ、思わずのけぞります。


「媚薬の調合ご苦労だった」


 はい、とも言い難く声が出ない私などお構いなしに、第一王子は話し続けます。


「流石は妖精姫、こちらの要望通りに早く効くものを作らせてくれて助かる」


 そして、小袋の口を開いて丸薬を一粒口へと放り込みました。放り―――え?


「んー?!」


 こくん、と私の喉が鳴りました。知らぬうちに頭と腰へと腕が回され、口付けというよりは口移しに薬を飲まされたのです。何故、と思う間もなくそのまま口付けが続きます。ここまで、こんなにも嫌われていたのかという思いが胸の奥からせり上がってきました。もう、無理です。私の小さな誇り、第一王子の前では決して涙を見せないというものも、もう、無理です。


「………きれいだ」


 喉がひきつって、涙が止まりません。口を離した王子が何をきれいだと思ったのかわかりません。止まらない涙を王子が舐め取っていくのも、抵抗する気力がなくされるがままです。ふと身体が軽くなりました。


「何を!」


「騒ぐと気付かれるぞ」


 背中のぼたんとリボンが解かれたことがわかり身をよじると、耳元で静かに指摘されました。これは、脅迫でしかありません。もし助けを呼んだとして、ここへたどり着いた方が助けてくださる方ばかりとは限りません。王子の愛人と言われることなど家族に迷惑がかかるのであれば、死を選びます。

 そうです、死を選びましょう!


「!な、おい!何を!くそ!」


 思いきり噛んだ舌は痛くて、気が遠くなりそうです。血の、どこか冷たい感じがする味が口いっぱいに広がります。

 目の前には悔しそうに青くなった顔を歪ませる王子がいますね、よかったです。

 これで、私の、そして家族の名誉は守られます。安心、しました。視界が暗くなっていくのに不安はなく、とても幸せな気分に私は興奮していました。


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