99、理由(ヤスシSide)
「悪ぃな、呼び出して。ちょっと聞きたいことがあったんだ。お、ちょっと肉ついたか?顔色もいいじゃねぇか。」
広瀬に頼んで、麻実を『グランドヒロセ鎌倉』まで呼び出した。
といっても、広瀬のプライベートルームだが。
麻実はこの間会った時より少しは落ち着いたのか、顔色も良く表情も明るかった。
そして、ミチルが穴をあけたソファーも、そっくりそのまま新品になっていた。
「広瀬も、忙しいのに悪かったな。詫びっていったらなんだけどよ、ちらし寿司作って来たんだ。麻実も食えるんならちょっとでも食ってくれ。」
店が終わってとんできた俺に気を遣って、広瀬は部屋でランチを頼もうとしていたが、俺が風呂敷を開いて重箱を取り出すと、2人が目を見開いた。
「えっ、ヤスシさんのちらし寿司!?うわぁ、小学校の運動会の時に作ってくれたやつだよね?ジョーが運動場の場所取りに行くから、お弁当はお昼にヤスシさんが作って届けてくれたやつ!?めっちゃおいしかったやつ!?食べる食べる!!」
麻実がそんな昔の事を覚えていたとは驚いたが、旨いと思って食ってくれたことが素直に嬉しかった。
朝から持って行った弁当では麻実が腹壊すかもしれないと、できたてのものを届けてくれとジョーに頼まれて作ったものだった。
それでも入院していたり体調を崩していたりで、6年間のうち作ったのは2回だけだったが。
麻実の楽しい思い出の1つになっていたことに、俺は安堵した。
「よく覚えてるな。だけど、あん時は10月とはいえ炎天下で、生ものは入れなかったから、今日のとは違うぞ?」
そう言って蓋をあけて見せると、麻実が歓声をあげた。
「うわぁ・・・綺麗。すっごい豪華!ねぇ、先に食べていい?」
そう言って、錦糸卵を摘まもうとしたから、先に手を洗ってこい!と注意したら、暴れん坊が珍しく素直に言うことに従った。
俺も手を洗って皿に3人分盛り付け、ポットに入れてきた吸い物を3人分のコーヒーカップに入れ、テーブルに置くと。
待ちきれないと言わんばかりに手を合わせ、いただきますっと麻実が声を上げた。
「はぁ・・・めっちゃおいしかった。ヤスシさん、これ残った分って――「誰も取らねぇよ。置いていくから、後で食え。但し冷蔵庫に入れて、今日中に食ってくれ。」
俺がそう言うと、麻実はパアッと明るい顔になり、いそいそと隣の部屋へ重箱を持って行った。
「富士見、ありがとうな。麻実ちゃん、今日はたくさん食べられて安心した。やっぱ、富士見の店の魚と富士見の料理は格別だよな・・・俺も、すげぇ旨かった。」
広瀬が笑顔でそう言うと、スッと頭を下げた。
こいつは、育ちなのか職業柄なのか性格なのか、こういう所作が堂に入ってスマートだ。
つくづく、叶の親父さんがこいつに麻実を頼んだ気持ちが手に取るようにわかる。
こういうことが照れもせず、きちんとできるかできないかで、人間の信用とか人間関係が変わってくると俺は思っている。
思えば叶の親父さんも、普段はあんな偉そうなガハハ親父だったのに、人に頭を下げるべきだと思った時は躊躇いもなく真っ直ぐな気持ちで下げていた。
それは、雰囲気でごまかせるようなものではく、人間の芯の部分の問題だと俺は思っている。
「広瀬、今日は麻実に確認したいことがあって来た。その詳細は、後で連絡する。だから、麻実の前では深く聞かないでくれ。」
隣の部屋にいる麻実を意識して、声を潜めて広瀬にそう告げると。
広瀬は一瞬眉を寄せ、目の前のメモ帳に電話番号を手早く書き込むと、俺に渡した。
「このホテルの副社長室だ。16時から18時くらいまではここにいるから。」
俺と同様に声を潜めてそう言った広瀬に俺は頷くと、渡されたメモを革ジャンの内ポケットにしまった。
「それで、何だよ。アタシに聞きたいことって?」
すっかり腹も膨れ、ご機嫌な顔で広瀬が淹れた紅茶をゴクリと飲んだ後、麻実が俺に向き直った。
「麻実、叶の親父さんの知り合いで久住さんって画家知っているか?」
俺が前置きもなくそう言うと、麻実は目をパチクリとさせ、気が抜けたようにはぁ・・・とため息をついた。
「何だよ、改まってくるから、ジョーのヤバい話かと思ったじゃねぇかっ。」
「いや、ジョーの話じゃねぇよ。最近、久住さんって人に、銀座の店で色々世話になってて、何でも叶の親父さんと銀座で良く飲んだとか言って、俺にも親切にしてくれるからよ・・・どんな人かと思って。あんま疑いたくねぇけど、親切にされ過ぎると不安になるだろ?地元だったらいいけどよ、銀座でそう暴れるわけにもいかねぇし。ヤバイやつは最初からさけて通りたいんだよ。」
俺がそう説明すると、麻実は成程ねぇ・・・と呟き、少し考えてから口を開いた。
「別に、何にもされてないのにこういうこと言うのって、よくないかもしれないけど。アタシ、あの人あんまり好きじゃないんだよね。いや、生理的に嫌い。つうか、口ばっかのオヤジ?」
麻実の身も蓋もねぇ言い方に、流石にあっけにとられた。
そんな俺に麻実がゲラゲラと笑って、そして少し眉を下げて喋り出した。
「アタシさー、こんな体で、昔からベッドに縛り付けられた生活じゃん?だから、多分・・・普通に生活している奴よりも、考える時間はたっぷりあるし、匂いと一緒で他人の持ってるマイナスな気持ちとか、裏と表とかなんとなーく感じることが多いんだよね。だからさ、あのオヤジ・・・一見優しい紳士面してたけど、パパのこといつも羨んでたんだよ。パパにそれ言っても、アタシ普段から人の好き嫌いが激しいから、単にいつもの好き嫌いで言ってるって思ってたみたいだけど。パパがママと知り合ったのって、あのオヤジを通してだったんだよ。ママがフランスから歌手として来日して、銀座のクラブでも歌ってた時に、あのオヤジから懇願されて絵のモデルをやって。偶々その作品を見たパパが一目惚れして。ママもパパのこと好きになって・・・あっという間に結婚したらしいんだけど。あのオヤジ、アタシに自分はパパとママのキューピットだなんて、笑いながら言っていたけど、嘘。未だに悔しくて・・・パパとママが離婚したって話、残念だって言いながら口元が笑いそうになって引きつってたからな。これ、言っても、誰も信じないんだけどな。ジョーでさえ、アタシが物事を捻くれて取り過ぎだって、説教しやがって。ヤスシさんもそう思うか?」
もしかしたら、昨日ノリコから電話で話をきかなかったら、俺もジョーと同じことを考えていたのかもしれねぇ。
だけど、ノリコの話を聞いてから、今迄あったことを考えれば、全くその通りで。
いかに男が鈍感かって話だ。
いや、違ぇな。
そんだけ、俺やジョー、叶の親父さんが能天気だったってことだ。
ノリコも麻実もそれだけ神経を研ぎ澄ませた環境にいるってことで。
「俺は、麻実が捻くれてるなんて思ってねぇよ。捻くれた奴はあんなに旨そうに飯はくわねぇよ。それに、おめぇの周りはいい奴ばっかで、捻くれてるのがバカバカしくなるだろ?」
俺がそう言うと、麻実は確かに!と笑った。
「じゃあ、俺も何もされてねぇけど、久住さんには注意すっかな。麻実が口ばっかのオヤジっていうくらいだからよ。面倒くせぇしな、そういうの。ありがとよ、今日話がきけてよかった。」
俺の言葉に、麻実はアタシの方こそチラシ寿司サンキューと、極上の笑顔で応えてくれた。
このままずっとその笑顔でいてくれたら・・・と、願うばかりだが。
「そうだ。ところで、麻実、久住さんと最後に会ったのはいつだ?」
思いついて、ついでに聞いたという風を装い、今日一番聞きたかったことを麻実に問うた。
「えーと・・・2月かな?・・・ハナが・・・ごめん、マツ――「麻実ちゃん、別にいいよ。俺に隠すことはないよ。全部受け留めて、結婚したんだから。それより、富士見の質問に答えてやって?旨いチラシ寿司食わせてもらったんだからさ。」
ゆったりとした口調でそう広瀬は麻実に話しかけたが。
叶の親父さん絡みで俺がわざわざ麻実に話を聞きに来たことで、多分ただ事じゃねぇとわかっているのだろう、俺の質問に答える様に麻実に口添えした。
前の男の話だから言いにくいのだろうが、広瀬にそう言われた麻実は頷くと、話を続けた。
「ハナって、アタシが前につきあってた奴が2月に留学するんで、最後に『グランドヒロセ銀座』で会ったんだ。空港まで見送るつもりだったけど、遠いし1人残されるのは辛いから、銀座で見送って。そんで、ジョーに銀座まで迎えに来てもらったんだけど、パパも一緒に横須賀から乗って来て。多分、ハナがアメリカに発って落ち込んでるって思ったんだろうな、パパとジョーとアタシでご飯食べることになって。だけど、『グランドヒロセ銀座』で食ったばかりだから他の店がいいってアタシが言ったら、結局銀座にある高級中華の店になって。で、そこで、あのオヤジとバッタリ会っちゃってさぁ。しかも、水入らずで3人でせっかく個室取って飯食ってんのに、割り込んできやがって。アタシのことママに似てるキレイだとかなんとかケツがこそばゆくなるような事ほざきやがって。挙句の果てには、絵のモデルになってくれとかふざけたこと言い出したら、さすがにパパがアタシは体が弱いからそういうのは無理だって止めに入ってくれたけど。」
その時のことを思い出したのか、麻実がうんざりとした顔をした。
「へぇ、久住さんって、結構図々しいな。あ、でも・・・同席したって、会計は別だろ?」
「なわけないじゃんか。ここは自分が払う払うって言いながら、ゆったりしてるから、あのパパだろ?さっさと自分で全員分はらっちゃったよ。ぜってぇあのオヤジ自分で払う気なかったぞ。しかも、親子くらい歳が違う若い女とセコセコしたようなスーツの男つれてて、そいつらの分もパパが払ったつうの。ジョーもドン引きしてたぞ。」
「なんだ、それ。」
「ほんとだよ。だけど、流石にスーツの男がバツが悪いのか、こんな綺麗なお嬢さんがいらっしゃってお幸せですねって見え見えのお世辞言い出したけど、ホラ、パパって完全に親バカじゃん?だから、それ真に受けて。『綺麗で可愛くて頭が良くて性格のいい娘と、親思いで妹思い仕事もできて頼りになる息子がいて、仕事も順調でこのまま息子に引き継げそうだし俺は世界一の幸せ者だ!』なんて、酔っぱらってるし、大声で叫んじゃって・・・はぁ、今度は相手がドン引きっていう最悪の空気になってさー。あれは酷かった・・・・でも、今になっては・・・パパの素直な気持ちが聞けたから、それだけは良かったのかも。」
久住と最後に会った経緯を麻実が詳しく話してくれて、最後はしんみりとした叶の親父さんを想う表情となったが。
俺は麻実の話を聞いて、背筋に悪寒が走っていた。
横須賀の土地の買い占め計画から叶の親父さんが殺られた理由は、多分・・・その親父さんの言葉だったのだろう。
『綺麗で可愛くて頭が良くて性格のいい娘と、親思いで妹思い仕事もできて頼りになる息子がいて、仕事も順調でこのまま息子に引き継げそうだし、俺は世界一の幸せ者だ!』




