8、ミッチー(ノリコSide)
ホームに降りて、見慣れた景色にホッと息をついた。
マジ、疲れた・・・。
家の事や店の事ならどんなに忙しくても、ここまで疲労を感じることはないのに。
「俺、鎌倉に初めて来たけど・・・想像してたのと全然違うなぁ。」
東京からどうしてもとついてきた男が、キョロキョロと周りを見ながらのんびりとした声でそう言った。
ハンサムな上に長身でスタイルも良くここら辺では見ないシャレた身なりをした男は、閑散としたホームでも注目を集めていた。
「想像より、田舎だと思った?そりゃぁ、六本木とは違うさ。」
周りの目が気恥ずかしく、改札へ向かう足を速めながら、今日真っ黒なサングラスにヒゲのオジサン・・・結城 一雄プロデューサーに連れていかれた街を思い出した。
歌のレッスンもそこそこに私がイモ臭いからと、午後から結城さんの知り合いの六本木にある美容院に連れていかれたのだった。
確かに六本木は、シャレた人たちであふれていた。
面白そうだからと一緒に美容院についてきたこの男も、聞けば地元が六本木で成程・・・と納得してしまった。
しかも何故か美容師さんに私のカットについて口出ししていたし。
まぁ確かに、カットも初めての毛染めの色もすごく気に入ったけど。
だけど、女の髪形や色をアドバイスできるって、都会の男ってすごいもんだと思ったよ。
「いやー、閑静な住宅地だなって。電車から見えた家も、大きい家が結構あったし。高級住宅地って感じ?いい街だよなぁ。俺の鎌倉のイメージって、衝撃の『鎌倉大仏音頭』だったし・・・ププッ。」
男が私の地元に対する好印象を語りながらも、最後は既に黒歴史となりつつある初対面の出来事をいじり出した。
結局レコード会社のテストに合格したのは、私とこの男・・・東 満だった。
オシャレでシュッとしたハンサムで、テストの日は緊張のせいか無表情で殆ど喋らなかったから、クールなタイプかと思ったのだけれど。
彼は兄1人、姉が3人いる5人兄弟の末っ子で、実はとても人懐っこい性格だった。
テストの翌日、レコード会社で改めて対面し自己紹介をした途端、それまでクールだった表情を崩し人懐っこい笑顔で、色々と話しかけてきた。
何でも私がテストで歌った『鎌倉大仏音頭』が、彼にとっては衝撃だったようで。
普段からああいった民謡を歌うのかとか、他にはどんな曲が好きだとか、どんな歌を歌うのかとか、声の音域だとか、何歳くらいから歌をはじめたのかとか・・・やつぎはつぎに質問をされた。
だから、普段は洋楽ばかりで小さいころから店で流れていたアメリカの曲が好きで、今は店で歌っている事とかをありのまま話したら・・・彼も洋楽が好きで、小学校の頃に兄が使っていたギターをくれたのがきっかけで歌うようになったとか、自分の好きなアメリカ人の歌手の話をし出して、それが私も好きな歌手だったから話が滅茶苦茶盛り上がって・・・結果、彼に懐かれた。
仕舞いにはうちの店に行って歌ってみたいと言い出して、実際東京のオシャレなバーを想像されていたら困るし、こんなハンサムな男を連れて帰ったら面倒なことになるから嫌だとハッキリ伝えたのに、2週間以上ごねられて・・・とうとう根負けした。
まぁ、美容院に連れていかれていじった事の無い眉をカットされ、指導を受けながら化粧をされて、この男のアドバイスとはいえオシャレな髪形にされて、元が元だから決して美人になったとはいわないけれど、少しはイモっぽさが抜けたと思えたからということもあるんだけど。
だって、こんなハンサムな男つれて電車に乗るのって、勇気がいるじゃんか。
「店がある方は、全然住宅地じゃないけどね・・・あ、こっち。」
切符を駅員に渡し改札をぬけ、住宅地とは反対側のネオンがきらめく方へと彼を誘導しながら歩き出した。
やたらと視線を感じるのは、ハンサムな上に長身でスタイルも良くここら辺では見ないシャレた身なりをした男を連れているからだと、その時はただそう思っていた———
案の定、こんなハンサムな男を連れて帰ったら面倒なことになった。
いや、想像の上を行く大騒動になった。
つまり、エミ姉が・・・。
「きゃー、満君っていうのぉ?じゃあ、ミッチーって呼んでいい?よろしくー。こっち、座って!何飲む?お腹空いてない?何か食べる?・・・ホント、ハンサム!ノリコ!グッジョブ!こんなハンサム、連れて来てくれてありがとう!いやー、姉ちゃん嬉しい!店やってて良かったーーー!!」
うん、周りがドン引く程、1人で盛り上がってる。
私の髪、色が変わって、ポニーテールからショートカットになったんだけど・・・それにも気がつかないくらいミッチー(笑)に視線がくぎ付けだね。
私、今までエミ姉は叔母ちゃん譲りで外人が好みなんだと思ってたけど、顔のイイ男が好きだったんだ・・・確かに今までの彼氏は、日本人でもアメリカ人でも顔だけは良かったよね。
エミ姉の暴走に大丈夫かと心配になりながら彼を見たら、いつもの人懐っこい顔でコーラとフードはエミ姉に勧められるがままピザとフライドポテトを頼んでいた。
その上、ニコニコしながら。
「ミッチーって、初めて言われた!嬉しいなぁ、なんかカッコいいよね!!」
なんて言い出す始末。
ていうか、あれ?
何だか、彼の顔が赤い???