6、人生はわからない(ノリコSide)
横須賀でヤスシと茶髪の女を見た時は胸が張り裂けそうになったけど、夜眠れなくて何度も何度も寝返りを打つうちに、何だか無性に腹が立ってきた。
そして何故かわからないけど、ムカムカして余計眠れなくなった。
結局、何がどう転ぶかなんて人生はわからないとつくづく思った。
その日、コリーレコードに私を入れて3人がテストで呼ばれていた。
男1人に女が2人。
受付で昨日もらった名刺と自分の名前を言ったら通された会議室みたいなところで、他の2人と対面した。
「・・・・・・。」
そう言えば、歌手って芸能人って事だったと今気がついた。
今まで店で好きな歌を歌っていたからそれがすべてだったけど、レコード会社に所属する歌手ってことはテレビに出る芸能人って事で。
目の前の男女はそういう感じで、男の方はハンサムで長身、足が長くて顔も小さいし、女の方は華奢で小作りの顔に目がぱっちりだし、その上2人ともとてもオシャレだった。
それに引き換え私は、いつもと同じポニーテールで、ジーンズに綿シャツに穿きなれたスニーカー。
何だか、結果がもう出ているような・・・と、がっくりと項垂れかけたけれど。
まあいいや好きな歌だけ歌って帰ろう、そんな風に開き直った気持ちになったら、まったく気負うこともなくなった。
しかも、ヤスシに対する怒りも腹の底にあって、スタッフの人にテストに歌う曲を聞かれて思わず予定していた曲を変更してしまった。
「『鎌倉大仏音頭』でお願いします。」
ミス鎌倉ガールに選ばれたエミ姉が、その年のいくつかの地区の盆踊り大会に呼ばれた時にくっついていって一緒に踊った曲だ。
散々盆踊り会場で聞いたから、ばっちり覚えている。
与謝野晶子の歌碑を使った「釈迦牟尼は美男におわす~!」の歌詞から始まる、ノリがよくてめちゃくちゃ元気になる曲だ。
もうこの際、レコード会社の意向なんて考えても無駄だと思ったし、楽しんで帰ろうと思った。
ただ、アメリカでヒット中のバラード曲を選んだハンサムな男と、トップアイドルの曲を選んだぱっちり目の女は、私の選曲にドン引きだったけれど。
まぁ結果、ノリノリで元気になったからいいけどね。
ただ、レコード会社側は私の歌の出だしから大爆笑で、歌い終わっても息も絶え絶えで何の感想ももらえなかったのが、少し残念だった。
「ちょっと、君!待って!」
テスト終了後、結果は後日ということで解散になり、私はレコード会社を出て駅に向かいだした時後ろから声がかかった。
振り向くと、ジミーの友達のサングラスのひげのオジサン。
私に何の用だろうと首をひねると。
「ちょっと来て!」
そう言って、私の腕をとりもう一度今出たレコード会社に連れ戻された。
頭の中に?が浮かぶだけで状況が飲み込めず、ただひっぱられるがまま連れていかれたところは会社内にあるスタジオで。
そのまま知っている曲を何曲か指定されて、戸惑いながらも生演奏で歌える機会なんて貴重だと思いっきり歌ったらいつの間にか楽しくなってきて、ヤスシへの怒りもいつの間にか吹っ飛んで、その上その場でなぜか合格をもらってしまった。
本当に、何がどう転ぶかなんて人生はわからない。




