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57、スタンスの変更(ノリコSide)

急な展開だったにも関わらず、私のディナーショーのチケットはあっという間に完売した。

11月30日と12月1日に『グランドヒロセ銀座』で、12月3日に『グランドヒロセ鎌倉』で開催予定だ。

どの日も昼の部、夕方の部、夜の部で1日3回公演となっていて、僅か3日間といえども平日のチケットが瞬く間に捌けたことに私は驚いた。

まぁ、グランドヒロセが新聞広告を1度出したことと、春川さんがパーソナリティを務めるラジオ番組で宣伝をしてくれたことも大きかったようだ。

そして、時間が無いながらも着々と準備は進められて行った。



「もういっそのこと、うちの事務所入ってくれませんか?春川さん。」


事務所で打合せを重ねるうちに、何度か春川さんにも出席してもらう事になって。

その上、来春の私のコンサートの企画も持ち上がり、また春川さんに司会をやれとミッチーが命令口調で依頼をしたことから、真矢さんが慌てて多忙な春川さんとのスケジュール調整をしなければならなくなって。

とうとう、真矢さんが春川さんに泣きついた。

聞けば春川さんは今までどこのプロダクションにも所属していなくて、フリーランスで仕事を請け負っていたらしい。

だから、ミッチーが私のディナーショーの日程とバッティングしていた仕事を断われと言っても、簡単にわかりましたと答えられたのだろう。

先に決まっていた仕事を断わるなんてとんでもない事だけれど、仕事を請ける請けないについては、どこにも所属していないのだから自分で判断すればいいだけの話だ。


「他人と深くかかわらないっていう俺のスタンス、真矢知っているだろ?」


いつもは柔らかく丁寧な言葉遣いの春川さんが、ぞんざいな口調で真矢さんにそう言った。


「ですよねぇ・・・うちの事務所入ってくれたら、これから先の仕事で俺が一気に楽になるってことでお誘いしたんですが・・・まぁ、うちは芸能プロダクションって言っても名ばかりで、元々文化人のプロダクションですから、春川さんの仕事にプラスになるかというと微妙ですしねぇ。でも、東さんがこんな風に人格崩壊しちゃいましたからねぇ、春川さんもそのスタンス変わるかなぁと、一応言ってみたんですけど。やっぱ、無理っすよね。」


どうやらダメもとで誘ったらしい真矢さんが、頭を掻きながらあきらめ顔でそう言った。

だけどそれまで無言でアップルパイを食べていたミッチーが、パイのカスを口の端に着けながら、何でもない事のように、十夜誘うなら先に俺誘ってよーと言い出した。


「はい?」

「東さん、それってうちの事務所に入りたいってことですか?」


真矢さんが目を瞬かせながら裏返った声でミッチーの言葉を聞き直したけれど、南川社長は反応が早くすぐさまミッチーに言葉の真意を確認した。

私もミッチーに口の端を手で示しながらティッシュを渡し、頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ねぇ、それって演者として?スタッフとして?どっち?」


ミッチーはティッシュで口を拭うと何言ってんのと一言私に返し、コーヒーをゴクリと飲んでから、改めて口を開いた。


「俺は顔出しNGだから、演者になる気はないよ。若い頃、かなりヤバいことしたからねぇ。各方面恨みも買ってるし、俺の過去調べられたら芸能人としては終わりって感じ?それに、俺の親・・・産みの親も一般人じゃないし、スキャンダルな感じだったから今更それで騒がれるのもウザいし。何よりも俺は演じ手より作り手の方が好きなんだよ。だから、スタッフとして・・・ていうか、プロデューサー?エミちゃんにノリコのこと頼まれてるし、ノリコと音楽作っていくの楽しいし。あー・・・でも、ここの事務所に所属するなら、他のアーティストの相談も乗るよー。報酬は月給じゃなくて、歩合制でいいからー。それから、ノリコのコンサートやら色々これから規模の大きい興行を企画するなら、会社の枠少し大きくしたほうが良いんじゃない?よかったら、俺出資するよー。」


普段あまり自分の生い立ちを語ろうとしないミッチーが、さらりとではあるけれど自分について話したので私は少し驚いていた。

だけどやはり経営者である南川社長は、直ぐに本当ですかお願いしますと頭を下げミッチーの気が変わらないうちに契約をしてしまおうと、事務所に所属している弁護士に連絡を入れ出した。

真矢さんは、とても信じられないと言った顔でミッチーを見ていたが。


「これでは、事務所に入らなければ私だけのけ者になってしまいそうですねぇ。」


黙って事の成り行きを見ていた春川さんが、ため息をついた後そんなことを言い出したので、更に驚愕の表情となった。


「何だよ、のけ者って。それお前のスタンスだろ?」


ミッチーがもう一つアップルパイを食べようかどうか迷いながら、春川さんに酷い事を言った。


「ミッチー、誰も自分からのけ者になりたい人なんていないよ。自分で輪に入らないのと、輪に入れてもらえないのとでは、全然違うよ・・・・・それに、そのアップルパイもう一個食べたら、お弁当食べられないかもしれないから、止めといたほうがいいよ。」


「そうだっ、エミちゃんのお弁当!・・・もう、11時過ぎだもんな。うん、今もう一個食べちゃったら、エミちゃんのお弁当美味しく食べられないよね?フフフッ、今日のエミちゃんのお弁当なんだろうー。楽しみだなぁ・・・ノリコ、教えてくれてありがとう!よし、十夜。仕方がないから、俺が食べようと思ってたアップルパイやるよ。『グランドヒロセ銀座』の限定アップルパイだぞ?もったいないけど、お前にやるよ。ノリコ、俺、十夜のことのけ者にしてないからね?」


いや、別にアップルパイをミッチーが独り占めしてたからじゃないんだけど。

何だか話がそれてきてしまったので、ミッチーは無視して春川さんに私は視線を向けた。

するとバチリと春川さんと目が合ってしまい、丁度春川さんがあきれ顔だったこともあり。


「春川さん、ミッチーが失礼すぎてごめんなさい。」


思わず謝ってしまった。

すると、春川さんはもうすっかり家族なんですね・・・と、誰に言うともなく呟いた。

誰と誰がという言葉が抜けていたけれど、ミッチーと私の事なんだろうと察し、エミ姉とミッチーがもうすぐ結婚するからと説明しようとしたけれど。


「本当に、信じられないっすよねぇ。まさか、あの東さんがこんな風になるなんて。ずっと、強くて怖くて格好良くて無口で人を寄せ付けない・・・周りの奴ら、東さんは尖ったまんま孤高の人生を貫くと思ってましたからねぇ。」


真矢さんが先にしみじみとした様子で話し出し、ミッチーもそれに答える様に。


「信じられないのは、俺だよー。俺は他人を受け入れられない人間だと思ってたし、ずっと1人で生きていくんだろうなって思ってたけど。初対面からノリコ滅茶苦茶面白いし、受け入れるとか受け入れないとかじゃなくて、ノリコ滅茶苦茶面白いし。弁当は旨そうだし。エミちゃんも話聞いただけで、好きになるだろうなって思ったし。ノリコ滅茶苦茶面白いし。人と話すのが面倒だって思ってたのに、ノリコ滅茶苦茶面白いから、話も弾むし。ノリコんちはスゲェ居心地良いし。エミちゃんと離れられないし。ていうか、以前の俺って何だったのって感じなんだよねぇ、ノリコ滅茶苦茶面白いから。」


と、支離滅裂な説明をし出した。

いや、私が滅茶苦茶面白いって、何回言ったんだろう・・・何かまるで私が面白かったからミッチーが変わったみたいな言い方、かなり失礼すぎる!

私が半目になってミッチーを見ると、それを見ていた春川さんと真矢さんがふきだした。


「ブハッ・・・確かに、面白い・・・クククッ・・・。」

「ブブッ・・・やっぱり、黙っていられないっ。」


心外にも、2人にも面白いと笑われた。

だけど、春川さんのその笑い顔はいつもの作ったような笑顔じゃなくて、素の笑顔のように見えたから、私の膨らんだ頬もしぼみ。

暫くその笑い顔を見ていた。

すると、そんな私の視線に気が付いたのか、春川さんがどうにか態勢を整え。


「それでは、私もスタンスを少し変えてみましょうか。南川社長、私もお世話になりますので、契約書の作成を追加でお願いします。」


と、電話で話し込んでいた南川社長に頭を下げた。





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