55、名前の由来(ノリコSide)
「保の志・・・か、そりゃぁまた、重みのある名前だねぇ。」
ヤスシの家の話を聞き、ヤスシの名前について思ったことをそのまま口にした。
「重みって言うか、重いんだよ。勝手に顔も知らねぇ伯父さんの志なんて押し付けられたってよぉ。」
余程の苦痛だったのか、吐き出した言葉は冗談めいていたが、その表情は暗い。
人の心の中なんて全部見えるわけじゃないし、ヤスシが苦悩してきたことがどれだけなのかなんてわかるはずもない。
だから、ヤスシの言葉を否定するようなことも言えず。
「私の名前の由来なんて、典物だよ?まったく、酷いもんだよ。」
自分の名前の由来を話してみた。
これは、叔母ちゃんにもエミ姉にも話したことはない。
だけど、ヤスシはその言葉の意味が分からないようで、首をひねり言葉の意味を訊ねた。
「典物ってなんだよ?」
そうかヤスシはやっぱり大事に育てられたんだと、それでわかってしまった。
私は苦笑しながら、散々たたきつけられるように言われた言葉を思い出していた。
「・・・・ノリコ?どうした?」
ヤスシが黙り込んで考えていた私の顔を覗き込んだ。
ハッとして、慌てて口角を上げたけれど。
多分、苦笑にしかなっていないだろうなと自分でもわかるくらい、今思い出してもあれはクズ発言だ。
「あのね、私の典に物質の物で典物なんだけど。つまり、質草・・・あー、質に入れてお金にかえてもらう物の事だよ。えーと、じいちゃんと父ちゃん・・・私が生まれた日に、競馬で大負けして、すっからかんになっちゃったんだって。アパート戻ってクサッてたら、そこへ私が生まれたって連絡が来て。生まれた子を質に入れられるんなら、今度は大穴狙えるかもしれないのに残念だなって、笑ったんだって。それで、『質子』じゃそのまんまだから、典物の典で『典子』でいいだろって。ホント、クズだよねぇ。」
内容が内容だけに、何の感情も込めずにさらりと答えたのだけれど、ヤスシの顔が怖いぐらいに強張ったのが見て取れた。
「生まれたばっかの自分の子供・・・孫に、なんてこと・・・つうか、おめぇ何でそんな話詳しく知ってんだよ?」
「だって、つけた本人たちがしょっちゅう私に言ってたからね。生まれたばっかじゃ金は稼げなかったけど、稼げるようになったらちゃんと家に金入れろ。お前の名前は、典物だから・・・って。」
「はっ!?まだちいせぇガキのお前にそんなこと言いやがったのかっ!?」
「うん、だから、クズだって言ったじゃん。マジありえないけど。でも、叔母ちゃんに引き取られてからは、本当に地獄から天国だったから自分が質草なんて思ったことない――「あたりめぇだっ!おめぇはかけがえのねぇ女だっ!」
私が言い終わらないうちに、ヤスシが私を大切に思ってくれる言葉をくれ。
そして、ガッと抱きしめられた。
まるでヤスシがその言葉をぶつけられ、傷ついているかのように。
何故か、それだけで・・・あの時の悲しみが癒されるようだった。
「ヤスシ、ありがとうね。」
私はヤスシの背中に手を回すと、心を込めてそう言った。
すると、ヤスシは私を抱きしめながら大きなため息をついた。
「何かよぉ・・・おめぇの話の前じゃ、俺の名前の事なんてちっぽけな話に思えるよなぁ。」
私はヤスシの言葉に驚いた。
そしてヤスシの胸から顔を上げ胸を押し、正面からヤスシを見つめた。
「いや、そうじゃないよ。私はそんな風に思ってほしくて、質草の話をしたんじゃないよ。」
「え?」
「ただ、私の名前の由来はこういう風だって話だよ。本人たちから嫌って程聞いたからね、間違いない。つまり、ヤスシの場合は・・・忌の際に、じいちゃんから店を頼むって言われたのはわかったけど。保志の名前の由来は、今のヤスシの話だと直接聞いたわけじゃないんでしょう?その伯父さん・・・保さんだってどんな人で、本当はどんな夢があったかなんて、ヤスシはその分じゃちゃんと聞いていないんじゃないかい?健在なあんたの両親や、伯父さん・・・近所の人に聞いて自分なりに『保さんの志』と向き合ってみてから、重いとか押し付けられたとか言うならわかるけどさぁ。今現在はほとんどヤスシの想像でしかないんだし。ちゃんと真意がわかったうえで、悩む方がいいんじゃないの?」
私がヤスシの話を聞いてまず思ったことを、指摘したら。
ヤスシは目を見開き、そうだな・・・直接きいてねぇやと頷いた。
そして、ヤスシはもう一度ため息をつくと私を抱き寄せた。
ヤスシの腕の中は不思議と落ち着くけれど、胸はドキドキしっぱなし。
でも、それが嫌じゃなくて――
って、一番大事な話を忘れていた!と我に返り、私は再びヤスシの胸を押した。
「・・・何だよ。せっかくいい雰囲気だっつのに。」
舌打ちをして、恨めし気に私をみたヤスシ。
でも、そんなことに私は怯むわけもなく。
「あのさ、私・・・叔母ちゃんにもエミ姉にも担任の先生にも、高校行けってしつこくいわれたんだよね。だけど、エミ姉が中学卒業して店手伝ってんのに、私だけ高校行かせてもらうのが悪くて・・・結局、高校に行かなかったんだけど。」
「はっ?悪いって・・・絶対におめぇの叔母さんや姉ちゃんはそんな風に思ってねぇだろっ!?それよりも、おめぇが進学しなかったことを残念に思ってんじゃねぇのかっ!?」
私の言葉にヤスシが驚いた顔をした。
ていうか、ヤスシにでさえそんなことわかっているのに・・・。
私は、ため息をついた。
「うん・・・実は、この間ミッチーと雑談の中で、叔母ちゃんも姉ちゃんも私を無理にでも高校に行かせればよかったって、未だに後悔してるって聞いて・・・私の1人よがりだったって、思い知ったところなんだけど。ヤスシもさ・・・ちゃんとご両親と話をした方がいいと思う。おじいちゃんの遺言的なものはあるけど、修行はダメって言われたわけじゃないんでしょう?ヤスシ、本当は板前の修業をそのあこがれの料理長さんのもとでやってみたいと思っているんじゃない?私と状況も責任も全然違うけど、勝手に1人で決めなくても一度相談して、お互いの気持ちを確かめた方がいいんじゃないかな?もし、ヤスシが責任感だけで決めてしまって、後からご両親が断った話を聞いたら・・・叔母ちゃんやエミ姉みたいに後悔させるかもしれないよ?まず、話をしてから断っても遅くないんじゃない?」
ヤスシにどうしろこうしろとは言えないけれど・・・私自身の後悔を、ヤスシにはしてほしくないなという気持ちで一気に話した。
すると、ヤスシが私をもう一度抱きしめ、確かにそうだな・・・と呟いた。
私もヤスシの背中にもう一度腕を回し、そうだよ・・・と呟くと、ヤスシがクスクスと笑い出した。




