47、『喫茶モシカ』にて(ノリコSide)
『喫茶モシカ』でライブ形式の『ミッドナイトスペシャルショー』の当日になった。
本来は2人のゲストを迎えて、トークをはさみ1曲ずつ歌うという内容の45分の番組であるのに。
先日の一件で、今回のゲストは私1人・・・先に2曲歌ってトーク、そして最後に1曲歌うという、新人ではありえない好条件での出演だった。
それは全てミッチーの要望で、番組プロデューサーは渋い顔をした。
しかし、局側はミッチーの曲を今後使えなくなるかもしれないという話をだされ、前代未聞ではあるけれど特別に許可してくれた。
ただ、制作室長という番組を作る部門の一番偉い人が面白がって、プロデューサーを押さえつけてくれたのだった。
オープニングに歌ったのは『紫陽花ブルース』、そして続けて『I was born』。
コマーシャルを挟みその間に息を整えて、トークタイムとなった。
ライブ形式のため最初から盛り上がって、凄い熱気だ。
トークタイムになるからと番組スタッフが、椅子に座るようにお客さんにコマーシャル中に伝え、とりあえず場内は落ち着いたけれど。
ふと後方席を見ると、ミッチー、エミ姉、ヤスシ、ヤスシの親戚の人、戸田さんが並んで座っていた。
・・・・浜田ジョーは来ていないか。
残念な気持ちと、やっぱりという気持ちがごちゃ混ぜになって、叶社長の事を思うと凄く切なくなった。
だけどすぐにコマーシャルが終わってトークタイムに突入したから、集中しなきゃ!と・・・パチンッと、思わず自分に気合を入れたら。
お客さんがドッと笑った。
「・・・凄い音がしましたねぇ。番組始まる時に、自分の両頬両手でたたいた人初めて見ましたけど・・・気合い、入りましたか?・・・フフッ・・・今日のゲストは、再びお越しいただきました、風町リノさんです。」
穏やかな口調の司会者の人が、私の突飛な行動に慌てることもなく紹介してくれた。
「はじめまして、今日はよろしくお願いします!」
その言葉にまたお客さんがドッと笑った。
え・・・面白い事言っていないのに、何で?と思ったら。
「そうですよね、先程僕が『再びお越しいただきました』って言ったにも関わらず、僕もはじめましてですよね。どうしてでしょうか?」
あっ、と思った・・・そうだ、前回はシャウトし過ぎてトークの時間をつぶした挙句・・・。
ここは、余計なことを言わずに『よろしくおねがいします』だけでよかったのに。
自分の考えが至らなすぎて、嫌になる。
そうガックリきていたのだけれど。
「いや、いいですよ。今の会話の方が面白くて。視聴者の皆さんも、ご事情は週刊誌等でよくご存じですから、正直な礼儀正しいご挨拶で大変よろしいと思いますよ?」
穏やかな口調で茶目っ気たっぷりの会話に、お客さんは大喜びで笑いながら大きな拍手をした。
何か調子狂うけど、茶目っ気があって面白いからトークを楽しもうと思いなおし、私はさっきまで歌っていた場所・・・ステージっぽくなっているところに置かれた椅子に勧められるまま座った。
司会者の人の話術は流石で、前回の件は冒頭の茶目っ気のある言葉でとどめ、後は歌の事を中心に話が進んでいった。
そして、この『喫茶モシカ』からヒットの兆しが見えたことに話が及んで、浜田ジョーの置いて行ったレコードを司会者の人が手にした。
「これは、サイン入りのレコードですね?『○○様 ありがとうございました 頑張ります!風町リノ』と書かれてありますが、これは風町さんの直筆ですか?」
率直に質問を受けたから、そのままを答えることにした。
ミッチーには、事件のことと個人名を伏せれば、正直に話していいと許可をもらっているし。
司会者の人も、事前に個人名を出さないという希望が伝わっているようで、今も『○○様』と名前を出さないで話をしてくれた。
「はい、その方・・・母の古い知り合いで、私のデビューが決まったと知って応援するっておっしゃってたのですが、実は、先日亡くなられて・・・それで、その方の息子さんに代わりに私のレコードを受け取っていただきたくて、友人を介してこの店で渡していただくことにしたのですが・・・お店の方が好意でレコードをかけてくださって。多分、それがきっかけだったのだと思います。」
私の話を真剣に聞き、頷く司会者。
「その方、私がデビューしたら沢山レコードを買って、地元でジャンジャンレコードかけて宣伝してくださるって・・・でも、結局。こうやって、このお店で皆さんが私のレコードを聴いてくださって、ヒットにつながったって・・・何か、偶然じゃないような。いえ、やっぱり、何でも自分1人の力ではどうしようもなくて、たくさんの人の気持ちとか協力とか・・・そういうものに支えられて、この場所に立つことができたんだと思います。今日はこのような分不相応な素敵な番組に出演させていただいて、本当に感謝しています。私の歌を聴いて下さる皆さんにも、ありがとうとお伝えしたくて・・・この間は言えなかったから、それだけは今日絶対に言いたくて。ありがとうございます。」
私は、最後に立ち上がると、お客さんはもちろん司会者の人、スタッフの人、お店の人にも丁寧にお辞儀をした。
そんな私に、司会者の人は。
「風町さん視聴者の人にもお礼ですよね?ほら、あのカメラに向かって!」
と教えてくれたので、私は素直に示されたカメラにお辞儀をした。
なんだかんだで結構話をしたらしく、時間がいっぱいになってしまったようで。
最後の曲のイントロが流れ出した。
といっても、今日はピアノだけの伴奏で。
ただ、前回伴奏予定だった人ではなくて『サザンリバー』に所属するピアニスト。
実は、先日伴奏予定だったピアノ担当の人は、豪徳寺さんのバックで弾いているピアノ奏者だった。
局側で奏者の手配をする予定だったのだが、豪徳寺さんが自分のところのピアノ奏者を使ったらいいとゴリ押しをしたのだそうで。
あの様子の豪徳寺さんだったから、もしかしたら伴奏にも何かあったかもしれないと思うと、ミッチーの判断は正しかったのだけれど。
顔出しNGのミッチーにそこまでさせてしまったことに、申し訳なさも感じていた。
3曲目の歌は『バーボンブルース』という曲で、先日叶社長のお別れ会に行った時に感じた気持ちで作ったという。
本当は別のカバー曲を歌う予定でいたのだけれど、一昨日急にこの曲の楽譜を渡されてこれを歌ってと言われたのだった。
『さよならも言わず 別れが来た
愛しいとも言えず あなたはいない
あなたを思えば グラスを傾ける姿
薔薇のラベル バーボンブルース
寂しいとも言わず 別れが来た
悲しいとも言えず あなたはいない
あなたを探せば キャバレーの片隅
薔薇のラベル バーボンブルース』
失恋の歌のようにも思えるけれど、あのお別れ会で祭壇風の台に置かれていたウイスキーは、薔薇のイラストが描かれたラベルが貼られていて。
確かに、これは叶社長を思って作られた曲だと、そう思った。
だから、心を込めて私は歌った。
歌いながら後方席を見ると、ミッチー、エミ姉、ヤスシ、ヤスシの親戚の人、戸田さんが切ない顔で歌に聴き入ってくれていて。
ああ、少しでも気持ちが届けばいいなと思った時。
店の入り口近くの薄暗い隅のスペースに、長身の男の人が佇んでいるのが見えた。
顔は・・・はっきりと見えないけれど、あれは多分。
そう思った瞬間、その男の人が店を出ようとした・・・あっと、声が出そうになったが。
私の様子に気づいていたらしいヤスシが、咄嗟にその後を追って店を出て行った。
ホッとしたのもつかの間、凄い拍手が沸き起こり・・・番組が終了した。




