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41、麻実の結婚(ヤスシSide)

「・・・そうだ。」


どう言おうが、それは事実で。

だから、俺の口からは肯定しか出なかった。


だけど、その後どう続けるべきなのか迷い、俺は時間稼ぎに先程皿からつまみアイスコーヒーのコースターに置いていたカツサンドを頬張った。


ジョーはそんな俺を見つめると、自嘲した様子で口を開いた。


「ハッ・・・結局、親父さんの見極める目か。親父さん・・・麻実が惚れた青山の男らしい性格も気に入ってはいたが、尖がった気質にも一抹の不安があるって言ってたんだよ。それに対して、麻実自身をよく見てその上で気遣う広瀬の包容力と行動力に、親父さんは信頼を置いていた。殺られたあの日・・・やっぱ何か感じるもんがあったんかな。銀座で別れ際に広瀬に滅茶苦茶しつこく麻実の事頼んでた。俺じゃなくて・・・広瀬に頼んだんだ。だから・・・親父さんが殺られた後・・・俺は広瀬に連絡して、麻実の事、後の事・・・頼んだんだ。だけど、まさか・・・結婚は想定外だったけどよ。」


そこまで話をすると、再び店内に『紫陽花ブルース』が流れ始めた。

何組もの客が、もう一度かけてくれと奥のカウンターの中のマスターらしき男に言っているのが見えていた。

どうやらここは、音楽喫茶だったようで。

カウンター横の壁一面にレコードがずらりと並んでいる。

客のリクエストで、曲をかけるシステムらしい。


ジョーは再び流れ出したノリコのブルースに一瞬グニャリと顔を歪めると、おもむろにバナナジュースに口をつけ甘ぇと呟いた。


俺はどう話をしていいか迷い、広瀬の名前が出たということでまず気になったことを聞いた。


「つうか、おめぇ・・・俺と広瀬の接点ねぇのに、俺が広瀬を知ってる前提で話してるけどよ、何でだ?」


「ああ、大体の話をミコトから聞いたんだよ。おめぇの腕のこともな・・・ミコトのやつ、俺がアキんとこいるって一発であてやがって、連絡してきたんだよ。」


ジョーの返答に、やっとわかった。


「ミコトか・・・。」


ミコト・・・神崎命は、叶の親父さんが殺られた時にドスで犯人に応酬しようとして、警察に捕まっていたが、半月くらい前に釈放されていた。

広瀬が優秀な弁護士をつけてくれたおかげだ。

ミコトはツトムのダチで、麻実のダチのアキとも仲がよかったから、元々連絡先を知っていたのだろう。


「で、おめぇどうすんだよ?横須賀帰ってこねぇのか?」


一番聞きたかったことを、やっと口にした。


「親父さんは死んじまったし、麻実も嫁に行っちまったし・・・俺、帰る意味なくね?」


軽い口調だったが、それがジョーの本心だと思わせる何かを俺は感じた。

だけど、ジョーは俺にとってガキの頃からのダチで。

俺にとって、ジョーの代わりになるような奴はいねぇ。

大事な、かけがえのないダチだ。


「おめぇには俺がいるだろうが・・・俺んとこ、帰ってこい。」


思わず、言葉にしていた。

だけど、それはあまりにもクサい言葉で。


「ブハッ・・・おめぇは俺の彼氏かよっ!?」


ジョーが、バナナジュースをふきだした。


そういう意味じゃねぇし。


「・・・おめぇのケツにはこれっぽっちも興味はねぇが、俺にとっておめぇは大事な男だ。だから、帰ってこい。帰ってくれば、おめぇの好きなイカの塩辛、いつでも好きなだけ食わせてやるぞー。」


やけくそな上、かなり棒読みになったが、ジョーの好物で釣ってやった。

ジョーは俺んちのイカの塩辛が好物で、俺んち来るとあるだけ食いやがるから、最近は出し惜しみしていた。

イカの塩辛は母ちゃんの好物でもあって、母ちゃんの食う分がないと父ちゃんがうるせぇからだ。

ジョーはそこら辺の事情もわかっているが、やっぱ好物を前には我慢なんねぇようで、俺んち来るたびイカの塩辛食わせろとうるせぇ。


「何だよ、大事な男って言う割には、釣りがイカの塩辛って・・・クククッ、そういうの、ホントおめぇらしいよなぁ。」


俺はマジな話してんのに、笑いながらジョーが返しやがるからムッとしたら。


「おめぇが広瀬だったら・・・麻実を奪うなんてことはしなかったよな。」


突然、そんなことを言い出した。


「あ?・・・俺が広瀬って・・・いや、その前に俺、別に麻実に惚れてねぇから、奪う気なんて元からねぇし。」


「いや、そういう話じゃねぇ。もし俺が青山で、おめぇが広瀬だったら・・・俺がいねぇ間に例えどんなことがあっても、麻実の事奪わねぇだろって話だ。きっと、青山も・・・どんなに麻実に惚れていようが反対の立場だったら、ダチを裏切るようなことはしねぇ。そういう男だ。なのに、広瀬は・・・。」


何となく、ジョーの言いたいことがわかった。

そしてそれで、麻実の彼氏じゃなくてジョーでもなくて何故広瀬に麻実を頼んだか・・・叶の親父さんの気持ちが何となく理解できた。


「つまり、広瀬のやり方が気に食わねぇってことか?」


「ああ・・・ミコトはホッとしたよかったって、ふざけたこと言ってたけどよ。あいつは、いい弁護士つけてもらって世話になったしな。だけど、俺は・・・広瀬があんな、小ズルい真似するなんて・・・麻実も、信じてる青山裏切って、広瀬と一緒になるなんて・・・あの卑怯なことが死ぬほど嫌いな麻実が、マジ信じらんねぇんだよ。だけど、結婚しちまったのは現実で・・・今まで、俺の見てた麻実や、一度は信じた広瀬が・・・嘘だったのかって思えてきてよ・・・。」


ジョーが傷ついている様はよくわかったが、俺は何が一番大事なのかを見落としていると思った。

いや、ジョーがこれまで大事にしてきたものを、嫉妬で見落としていると思った。


俺はそんなことを考えながら、氷で薄くなったアイスコーヒをストローの音をさせ、飲み干した。


「それが、叶の親父さんが広瀬に頼んだことの理由だ。」


「あ?何だそれ。」


俺の言葉に、ふざけんなと言いたげな目を向けてきたジョー。

だけど、俺はそれには取り合わず言葉を続けた。


「信じてたとか、卑怯とか、小ズルいなんてことは、くだらねぇってことだ。」


「あぁっ!?」


「叶の親父さんが広瀬に頼んだのは、麻実が何よりも大事で、麻実のことを心配したからだ。」


「そんなの、俺だって、青山だって同じだっ!」


「だったら、おめぇの腹ン中にあるその怒りは何だよ?」


「は?」


「おめぇがガキの頃から、体の弱い麻実を何よりも大事に守ってきたのは俺が一番知ってる。おめぇが必死で守ってなきゃ、麻実は死んでたかもしれねぇ。今回、親父さんが殺されたんだ。兄貴のおめぇは消えて、彼氏も外国で駆けつける気配も、いや連絡さえとってねぇ。まぁ、それぞれの気持ちとか事情があるんだろうけどよ。だけど、強いのは気ィばっかで、いくら金があろうと、生活の介助なしじゃ生きていけねぇ麻実はどうするんだよ?彼氏を信じて、卑怯なことや小ズルいことしねぇで頑張って生きて行けって、できんのか?つうか、何で麻実を支えようとする広瀬や彼氏の夢を邪魔しないように頑張った麻実を責めんだ?ちょっと無理すりゃ入院、下手すりゃ死にそうになる麻実置いて外国行って連絡もよこさねぇ、無事でいると勝手に思い込める能天気で無神経な彼氏の方が、クソ野郎じゃねぇのか?おめぇもそのクソ野郎の思考だけどよ。」


「・・・・・・。」


俺の言葉に目を見開き、無言になるジョー。

そして、またリクエストがあったのか、不本意なタイミングでかかる『I was born』。


「麻実、つらくて我慢できなくて、ハワイに研修に行ってる彼氏に会いに行ったんだと、1人で。あの体で。で、連絡なしに行ったからホテルのロビーで6時間待って彼氏と会って・・・もう彼氏とは無理だって思ったらしい。」


「・・・・・・。」


「麻実の気持ち全部はわかんねぇけど・・・彼氏は麻実と会って、親父さんと旅行で来たのか?って言ったらしい。」


「!?」


流石に今の話には、ジョーも信じられねぇという表情で。


「それで、麻実は何も言わず帰ろうとして、ハワイの空港で倒れた。丁度、広瀬が麻実を捕まえた時だったからよかったけどよ。でも、麻実の帰国のチケット・・・千歳行きだったらしい。つまり、もう生きる気力がなくなってたんだろ。誰もいねぇとこ行って、誰にも迷惑かけねぇで死にたいって思ったんじゃねぇか?」


「麻実・・・っ。」


「何で、俺がここまで詳しく状況知ってるかっつうと。広瀬から電話があったんだよ。運ばれた病院で、麻実があんま長く生きれねぇことも知っちまったみたいで。だけど、広瀬が麻実を思う気持ちが電話越しでも伝わってきてよ。大の男が、しかも普段あんなスカした野郎が電話口でわんわん泣くんだぜ?ジョー・・・もう一回言うけどよ、信じてたとか、卑怯とか、小ズルいなんてことは、くだらねぇってことなんだよ。俺は麻実の彼氏のダチじゃねぇ。おめぇのダチだ。ガキの頃からおめぇが何よりも大切にしてきたものを、俺も大切に思ってる・・・だから、俺は後ろめたく思う広瀬の背中を押した。直接知らねぇけど麻実の彼氏じゃダメだと思ったから。仁義とか筋とかそんな男の意地みてぇな事優先してたら、麻実は死んじまうぞ?多分、叶の親父さんは、最終的に男の意地を優先するんじゃなくて麻実を優先できるやつだと、広瀬の事を見極めたんだろうな。」


俺の話を理解したのか、ジョーの目にはもう怒りではなくて後悔の色しか映っていなかった。

そして、ノリコのブルースがすべてを覆うようにただ流れていく。



『届かない思いが私の胸を焦がす  失った気持ち


心からあふれる涙  悲しみのために


私は生まれてきたの?  I was born・・・・』




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