3、何のため生まれて来たか(ヤスシside)
横須賀ほどじゃねえけど、大仏があるしここは観光地だからよ、結構外国人がそこらへん歩ってるわけで。
外国人ってやっぱ肉食ってるだけあって、デケェヤツばっか。
だから俺はこれ幸いと、わざと肩なんかぶつけて。
つまり、喧嘩のネタを作るわけだ。
今日は『Chicago』は休みで。
いや、知らなくて店まで行ったら、定休日の看板がかかっていたんだ。
試しに回した店のドアのノブも鍵がかかっていて、開かねぇ。
そこで、今日はノリコの歌が聞けねぇんだってことに気がついたら。
なんだかむしゃくしゃしてきてよ・・・。
だから、胸倉を乱暴につかむ白くて毛むくじゃらのブッとい腕に、唾を吐きかけた。
まあそりゃぁ、そんなことされたら激怒だよな?
そう、この毛むくじゃらもその通りなわけで、イイ感じでボルテージが上がってきたんだけど。
「あんたっ、またバカなことやって!」
突然、デケェ声がしたかと思ったら、グイッと腕を後ろにひっぱられた。
不思議なんだけどよ、男だろうが女だろうがいきなりこんなこと背後でされたら、いつもの反射条件で殴ったりケリを入れたりすんだけどよ。
何故か、こいつにはそれができねぇ。
されるがまま・・・んで、バカデケェ体型同様、女にしちゃ強ぇ力に引っ張られるまま、俺は地面に尻もちをついた。
驚いて突然現れて割って入ってきたノリコを、俺は立ち上がる事も忘れ見上げていた。
ノリコはブロークンな英語で、白い腕の毛むくじゃらに謝っている。
毛むくじゃらは、尻もちをついたままの俺をバカにしたように見下ろすと、首をすくめた。
その様子にノリコはホッとしたように頭を下げかけたが、白い毛むくじゃらの腕が、ノリコの胸に伸びて。
グニッーーー
ノリコの胸を、鷲掴みした。
その瞬間俺は、頭の中が真っ赤になって、毛むくじゃらにつかみかかろうとした。
だけど、その前に。
ノリコが、毛むくじゃらに胸をつかませたまま、勢いよくひざ蹴りをした。
勿論。
股間めがけて・・・。
「っっっ~~~~!!!!!!!!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまる、毛むくじゃら・・・。
そらそうだ。
バカデケェ体型同様、女にしちゃ強ぇ力だもんな、ノリコ。
そんなことを考えながら、のたうちまわる毛むくじゃらをただ見ていたら。
グイッーーー
腕をスゲェ力で引っ張られた。
「あんたっ、何ボーッとしてんだいっ。逃げるよっ!」
そう言って、手を引っ張られ俺は走り出した。
目の前には、デカい女の揺れるポニーテール・・・。
その揺れる毛先に、なぜか見とれた――
たどり着いたのは、海沿いの公園。
空はうす曇りで、カモメが飛んでいて、海の匂いが濃厚だ。
息を切らす女に、俺は大丈夫か?と聞いた。
「何が?」
首をかしげる女に、胸さわられていたろ、と言うと。
「はっ、生で触られたわけじゃないし・・・ゴリラにさわられたようなもんさ。大丈夫じゃないのは、あのゴリラの方じゃないかい?」
確かに、そう言って噴き出した俺だが。
ノリコの手がかすかに震えているのが目に入った。
それが、この女の純情を物語っているようで・・・俺が今度は何かわからない力に心臓を鷲掴みされた。
「だけど、あんた・・・鎌倉までケンカしにきたのかい?」
ノリコが眉をひそめて問うてきた。
俺が、鎌倉へ何で来たのかって?
「ノリコの歌聴きにきたんだよ。けどよ、店休みじゃねぇか。んで、ムシャクシャしてよぉ・・・。」
俺がそう言うと、呆れたようにノリコが俺を見た。
「はぁ・・・店の入り口にちゃんと、水曜定休日って書いてあんだろ?何見てんだよ、まったく・・・。」
「別に、定休日を確認しにいっているわけじゃねぇよ。俺はお前の歌、聴きにいってんだからよっ。」
呆れたノリコの声にちょっとムカついて、不機嫌に応えると。
ノリコがクスリ、と笑った。
そして。
「じゃあ、あの、みたらし団子で手をうつよ。」
少し離れたところに、みたらしの屋台がでていて、ノリコはそこを指差した。
「は?」
何のことを言っているのか良くわからなくて、俺はノリコを見た。
相変わらず、良い器量といえない顔だったが。
俺にむける笑顔がなんとも、たまらなくて・・・俺は顔を顰めた。
だけど、そんな俺を気にする風でもなくノリコは。
「だから、私の歌を特別にきかせてやるから、あのみたらしおごれって言ってんだよっ。私、昼まだ食べてないんだよっ。」
腹が減っていたらしく、10本おごれと言いやがった。
俺が知っている女どもは。
腹がへったら、レストランやカフェへ行こうと言う。
なのに・・・みたらし、10本・・・。
爆笑しながら買ってきたみたらし20本のうち。
ノリコは、結局・・・15本、食いやがった。
俺が5本しかくわなかったから、残すのはもったいないと言いやがって。
ゲラゲラ笑う俺に、ノリコは。
「食べ物を粗末にしたら、バチがあたるんだからねっ。」
そう言って、残り5本を見事に平らげた。
大した女だ・・・。
こいつには絶対かなわない何かがある、俺はそう思った。
何かなんて、わかんねぇけどよ。
「そんで?あんた、リクエストあるのかい?」
みたらし15本食いきったノリコが、俺が買ってきたラムネを飲みながらそう聞いて来た。
絶対にかなわない、何か――
ノリコに出会って、俺はわかんねぇ事・・・疑問、っていうのか?それがどんどん増える。
最初に持った、疑問・・・。
「俺は、なんで生まれてきたんだろうな・・・。」
ノリコの質問の答えじゃない言葉が、つい口から洩れた。
だけど、ノリコは・・・そんな俺に優しく微笑んで。
「生まれてきちゃったんだから、一生懸命生きろってことさ。」
そう言うと、俺が聞きたかった歌を歌いだした。
『I was born』――
ノリコブルース・・・・。




