25、良い方向に変わったはずだったのに(ヤスシSide)
遅くなりました。宜しくお願い致します。
昼間ラブホの前で、東が絡んできた奴から抜いたサイフの中身は、免許証と診察券2枚、床屋のスタンプカードと無料券だとかサービス券、馬券の半券、金融会社のカード、そして3,251円とシケた金だった。
「木内 一夫、28歳。現住所は川崎市・・・本籍地は東京都港区六本木・・・。免許証の他は、内科と、皮膚科の診察券・・・金は、たいして入ってねぇな。お、あと・・・床屋のスタンプカードに、居酒屋のホッピー無料券に、定食屋の豚汁半額券、・・・あぁ、期限切れだ、何でこんなん後生大事に持ってんだよ・・・それと馬券の半券、おっ・・金融会社のカードだ。街金か・・・こいつ、金困ってんのか。」
東がバイクで走り去った後、俺とジョーはキャバレーの事務所に場所を移して、小汚ぇサイフをひっくり返した。
「街金に手ぇ出してんのか。馬券が入ってんなら、ギャンブル狂か?街金ってどこだ?ニュービレッジリース?・・・あー・・・どっかで聞いたな・・・あー・・・思い出せねぇ・・・・・本籍地が六本木って実家か?だから、東のツラ知ってたのか。」
俺が事務机の上にひとつずつ出したカードや紙切れを念入りに見ていた咥え煙草のジョーが、サラ金のカードを手にした時に、考えこむように呟くと深く煙草を吸い込んだ。
だが、そのまま暫く考えていたが思い出せず、ジョーはため息をつくと立ち上がり。
「ダメだ、思い出せねぇ。ヤスシ、これミコトんとこ持って行って事情話して、『神崎組』のルートで至急調べてもらってくれるか?俺、そろそろ親父さんを銀座まで送んねぇといけねぇから。急がせて悪ぃけど、余所もんがいよいよヤベェんだよ。さっきのアレやちょっとしたイザコザだけじゃなく、昨日はとうとう麻美を拉致ろうとしやがった。」
そう言いながら、机の上のアルミの灰皿にきつく煙草を押し付けた。
『神崎組』はいわゆる地元のヤクザの組で、ミコトが跡取りとなる実家だ。
「麻実が、拉致?」
麻実は叶の親父さんの娘でジョーとは兄妹同然で、今もジョーは麻実と一緒に住んでいる。
確か、俺より7つ下の小学校、中学校の後輩だ。
7つ下だと普通は交流もねぇが、麻実より2つ上のツトムという奴が麻実の幼馴染で、俺に妙に懐いて会えば話や喧嘩のやり方教えてやったり、ジュースやアイスくらいおごってやった関係で、麻実もそんなに付き合いはねぇが顔見知りだった。
離婚しちまったが、母親はフランス人でその血をひいた麻実は絶世の美女なんだが・・・。
「いや、いつものパターンで応戦しやがった。あいつ、食ってたチョコレートサンデーを相手の顔に押し付けて、持ってたフォークで躊躇いもなく相手の目を突こうとしてたらしい・・・知り合いが間一髪で止めて、はぁ・・・今そいつに頼んで銀座で預かってもらってる。」
「ブハッ、やっぱなぁ・・・あの麻実だもんな。だけど、体調は大丈夫か・・・ああ、知り合いに見てもらってんのか。まぁ、今はこっちにいない方がいいよな。」
麻実は見てくれは絶世の美女だが、性格はぶっ飛んでて・・・兄のように育ったお目付け役のジョーはいつもハラハラして、説教ばかりしている。
麻実の性格はとんでもねぇ暴れん坊だが、実はガキの頃からびっくりするくれぇ病弱で、体がついていかないのが現状だ。
納得している俺に、ジョーは時間が無いのかとにかくミコトに頼んで早く調べてもらってくれと言うと、あわただしく事務所を出ようとしたが。
「ジョー、叶の親父さんのこと、ガキの頃の呼び方に戻したんだな。」
高校を卒業して、叶の親父さんの仕事を手伝うようになってから、ジョーはまるで一線を引いたように『社長』と呼び方を変えていた。
態度もどことなくそれに伴うように、距離ができた。
だけど、今日ラブホの前であった時に、会話の中で叶の親父さんの事を自然と『親父さん』と呼んでいて、ジョーの中で何かが良い方向に変わったんだと思っていた。
俺のかけた言葉にジョーはピタリと立ち止り、何とも微妙な顔をしてこちらを振返った。
「だってよぉ・・・仕事以外で『社長』って呼んだら絶対に口きかねぇって、ガキみてぇに言いやがってよぉ・・・しかたがねぇだろうが。しかも、お前は息子だ!俺は親だ!って顔見るたびに大声でわめきやがって・・・『Chicago』に詫び入れに行った時にノリコと大ママの関係を見て、自分の接し方が悪かった、もっと子供を信じさせる言葉をかけりゃよかったって・・・お前が信じられるまで、ウゼェくらい言ってやるって・・・はぁ・・・地の声がデケぇから、マジウゼェのなんのって・・・だいたいよぉ、あんな素直で性格の良いノリコと、ヒネまくったこんな俺とじゃ元が違うんだってぇの。」
そう愚痴りながらも、どことなく嬉しそうなジョーを見て、俺はもう大丈夫だと安堵した。
「だよな、おめぇ筋金入りのヒネくれもんだもんなぁ・・・クククッ。」
「うるせぇよっ。ヤスシ、飲み行くなら『Chicago』に行くぞ・・・ノリコにきっちり詫び入れるからよ、お前付き合え。」
「おー、やっと詫び入れる気になったか。だけどよ、ノリコは全く気にもしてなかったぞ。謝りたくないもん無理に謝らせたって意味ねぇつってたし。おめぇ、意味ねぇことはしねぇよな?」
「はぁ・・・きっちり謝るよ。ったく、どこまで胆すわってんだか。理不尽に怪我させられたっつうのに。ったく、ノリコにはかなわねぇよ。じゃな。」
ノリコの気持ちを伝えると、ジョーはガックリと項垂れた後、苦笑いで今度こそ出て行った。
もしかしたら、大人になるにつれ遠慮していくジョーに、叶の親父さんもどうしていいのかわからなかったのかもしれねぇ・・・だけど、今回の事がきっかけで、2人の関係もいい方向に向いたようだし、結果オーライってわけか。
その時の俺は、外から聞こえるジョーのアメ車のエンジン音を聞きながら、そんな風に思っていたんだけどよ。
「ジョー、『ニュービレッジリース』って、『はま夕』の娘の旦那の会社だった!今じゃ社名変更してっけど、3年前までは『中里信用』って名前だっ!」
ポケットベルを打ち、まもなく公衆電話かからかけてきたジョーに俺は叫んだ。
『神崎組』でミコトに事情を話した後、直ぐに調べてもらった内容を見て、俺は嫌な予感が背中からゾクゾクと上がってきた。
こういう時は、必ずいつも何かある。
「・・・思い出した。今、土地売れって親父さんにムチャ言ってる『Nローン』って大手の融資会社・・・その娘の旦那の実家だ・・・Nって中里のNか・・・まさか、『はま夕』が手引きしてたんじゃねぇだろうな。とりあえず、ミコトと一緒に『はま夕』行ってあそこの親父をつかまえておいてくれ。今夜そっち帰るのが夜中になりそうだけどよ、きっちり事情聴くからよ。」
思いもよらねぇつながりに、一瞬声を失ったが。
「わかった、今から行ってくる。取り敢えず、『神崎組』の事務所に連れて行く。何かあったら、ポケベル鳴らす。」
まさかとは思うが今トンズラされたらマズいと思った俺は、ジョーにそう言うと用件だけを伝え、慌てて電話を切った。
横で一緒に耳を寄せて聞いていたミコトが、ヤバいな・・・と呟き、事務所の連中に事情を話し、『はま夕』に車を回せと指示を出した。
「ミコト、ここらずっと一通だろ、それに今帰宅のラッシュ時間はじまってっから、車こんでるだろ。俺ら先に『はま夕』走った方が早い。車と別で行くぞっ。」
そう言って、俺は『神崎組』を飛び出した。
途中、何も知らねぇノリコが尋ねて来てたが、あぶねぇから駅まで送って速攻で帰し・・・ミコトの嫌味な視線を受けたけどよ、そこは優先順位ってもんが俺だってあるしよ。
まぁ、なんだ・・・ちょっと、デートっぽい誘いもしちまったけど・・・東の話を聞いて、ノリコのこと、自分のことをちゃんと考えようと思ったし・・・まぁ、それは明日だ。
こんな非常事態に、そんな甘ぇこと考えてた俺が悪かったのか・・・つかまえた『はま夕』の親父は、のらりくらりと質問をかわし続け・・・そして。
夜中、『神崎組』の前で車を降りた叶の親父さんが、暗闇から突然現れた木内一夫に、ナイフで心臓を一撃された―――
スリ行為は、犯罪です。




