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21、優しい男とムカつく男(ヤスシSide)

今朝仕入れた分は、いつものように無事11前には売り切れ、俺は店の掃除にとりかかった。

父ちゃんと母ちゃんは一足先に裏の自宅に戻り、今日の売り上げの計算だ。

まな板、包丁、作業台、木柄、鱗取り、ザル類、ステンレス製のバット類など、一つ一つ汚れと匂いが残らないよう念入りに洗っていく。

そりゃあよ冬の時季には、水の冷たさが身に染みるが、実のところ俺はこの作業が好きだったりする。

いや、洗い清められた店内へと、気ィ入れて一つ一つ戻していくのが好きなのかもしれない。

清められた店を見て、また明日も父ちゃんと俺で仕入れたイキのいい魚でいっぱいにするぞ・・・そんなワクワクした気持ちになるからなのかもしれない。


道具類や台などを洗い終わり、仕上げにホースの水で流した床をデッキブラシでこすっていると。


「えっ、もう店じまい!?まだお昼前だよねぇ。」


色男は、声まで色男なのか・・・とやっかみたくなるような、甘い声が聞こえてきた。


「全部売れちまったんだから、店じまいだ。毎日、こんなもんだ。」


そう言いながら作業していた手を止め顏を上げると、予想通り色男の東。

いつもシンプルだが柔らかい素材の洒落た服を着ている東がめずらしく、細身のブルージーンズに明るい青色のライダースジャケットを着ていた。

手にはヘルメット。

それも誂えなのか、ライダースジャケットと同色だ。

手足の長い長身の上に、この顔だ・・・嫌味なくれぇキマっている。


「何だー・・・ヤスシ君のところのお刺身食べたかったのにー。でも、すごく流行ってるんだねぇ、お店。」


店の中をチラリと見ると、東がそんなことを言った。

何でわざわざ横須賀まで刺身を食いにくるんだよ、鎌倉だってうめぇ刺身食わせるところくらいあるだろうがよ。

そもそもうちは魚屋で、刺身は売るけど食わせる店じゃねぇっつうの。

そんなことを心の中で毒づいたが、東だってわかってて言ってるんだよな。

てことは、つまりはあれか・・・俺に話があるってことだよな。

心当たりがある俺としては、しょうがねぇと腹を決め。


「俺の伯父が、この通りのちょっと行ったところにある『みのり』って小料理屋やってんだ。そこでうちの店から仕入れた刺身を昼の定食で出してんだ。ここ、水流せば掃除は終わりだ。先に店入っててくれ。すぐ行くから。」


と、『みのり』の方角をデッキブラシを持っていない方の手で示しそういうと、東がスゲェ笑顔で頷いた。

って、マジ刺身食いたかったのかよ・・・そう思いかけた時。


「わかったー。じゃあその店で俺の可愛い妹のこと、じーーーーくり話そうねー。」


と、いきなり宣戦布告をしてきやがった。




ゴム製の前掛けを外し、裏に回るのがめんどくせぇから長靴と靴下を脱いだ後、店にあった雪駄をつっかける。

裾を長靴の下に入れていたカーゴパンツはそのまま穿き替えず、汗をかいたTシャツだけを着替えた。


「掃除終わったぞ。でかけてくっから!」


裏に向かってそう怒鳴れば、父ちゃんのおう!おつかれさんという言葉が返ってきた。




それなりに年季の入った菩提樹の引き戸を開け暖簾をくぐると、ナナがうんざり顔の東に自慢の胸を押し付け一方的に話しかけている姿が目に入り、なんとなく気まずい気持ちになった。


「おう、ヤス。店終わったんか。昼飯まだだろ、何か食うか?」


父ちゃんの兄ちゃん・・・俺にとっては伯父にあたるこの店の大将が、入り口で立ち尽くす俺を見て、そう言った。


その声に、俺に気がついた東とナナ。


「あら、やっちゃん、ひさしぶり!」


「ヤスシ君、この人と知り合いなの!?」


ナナは、俺がたまに飲みに行くドブ板通りのスナックで働いて、時々体込みで遊ぶ女の1人だ。

東のその表情で、そんなこと既にお見通しのような気がするが、取り敢えずまあなとだけ答えた。

しかし、その俺の返答にナナが過剰反応をした。

いや、ナナについて言葉を濁したからとかそんなんじゃなく―――


「ええっ、やっちゃん、このすっごいハンサムな人と知り合いなの!?ええええっ、ただの魚屋のやっちゃんが、なんでこんな都会の人と!?どういう知り合いっ!?」


興奮したせいか、こんどは俺に胸をおしつけてくるナナ・・・いつもだったら、結構悪くねぇって思うんだけどよ、今はただうるせぇだけだ。

だから、つい・・・。


「ナナ、うるせぇよ。どういう知り合いだっていいだろ・・・伯父さん、俺この人と話あっから、奥の座敷使うぞ。あー・・・それと、刺身定食2つな。」


と、ナナを素っ気なくあしらい、さっさと奥へ引っ込んだが。

それが気に障ったらしく、俺らの後を追って奥の座敷についてきたナナが面倒くせぇことを言い出した。


「やっちゃん、この間ミカとヤったでしょ。ミカ、美味しいご飯御馳走してもらって、欲しかったワンピース買ってもらったって自慢してたんだから。やっちゃん私にはご飯御馳走してくれてもいつも同じようなお店ばっかだし、ワンピーだって買ってくれたことないじゃない!」


その途端、東は俺をジロリと睨んだ。

まぁ、睨まれたって事実は事実だからよ、今更どうしようもねぇし・・・ただ、東と話す前に、これだけは言っておこうとナナに向き直った。


「あのなぁ、お前に頼まれて同伴してるんだから、飯食いに行く店だって決まってくるだろうが。服は買ってねぇけど金はその都度払ってただろ。どっちにしろ、お前もミカもウリやってんだから、おんなじくれぇの額だ。ミカはスナック勤めのお前と違って、売り上げも同伴の必要のねぇ喫茶店で働いてるからよ、単に欲しいっつうもん現物支給しただけだ。」


俺が事実をまんま伝えると、ナナはさっと顔色を変えた。


「なっ、べ、別に私・・・ウリなんてっ・・・やっちゃんにはそんな風に思った事一度もないしっ、だって私っ―――「いや、しっかり金受け取っただろうが・・・はぁ、まあいいや。とにかく、今日はこの人と話があっから、2人にしてくれ。」


まだ言い訳を続けようとするナナの言葉をぶった切り、俺は帰れと閉言わんばかりに閉じた襖の方を顎でしゃくって見せた。


そんな俺の冷たい態度にナナは少し驚いた顔をしたが、仕方がなくため息をつくと襖を開け、無言で出ていった。

それと入れ違いに、伯父さんが刺身定食を両手に一つずつ持ち、座敷に入ってきた。


「おい、ヤス。お前、女遊びもいい加減にしとけよ。今のナナも、喫茶エリザベスのミカもたちが悪ぃって評判だからよ。あの、例の『はま夕』ンとこの孫の悪ガキとどうもつるんでるみてぇだぞ?気をつけろ・・・・あ、お客さん・・・すんませんねぇ、みっともねぇとこ見せちまって。はい、刺身定食おまち!こいつ、こんな女にだらしねぇけど、仕事はきっちりして、魚見る目は若ぇのにあるんでさ。このマグロ、お前の見立てだろ?いいネタだよ・・・あ、すんません。余計なことばっか喋っちまって。どうぞ、ごゆっくり。」


そう言って、伯父さんは東にペコリと頭を下げると、座敷を出て行った。

って、マジ余計なことばっか喋っていったよな。

まぁ、身から出た錆っつうか、自分でやったことだから、いいわけもねぇけどよ。

そう思いながら正面に座る東に目を向け。


「ほら、刺身くいたかったんだろ。今、伯父さんが言った通り、正真正銘うちの店から卸した刺身だ。みそ汁の出汁も、うちの店のいりこ出汁だ。」


そう言うと、箸立てに刺さっている割り箸を一つ抜いて差し出した。





「・・・・すごく、美味しい。本当に、いい魚屋さんなんだね、ヤスシ君。ちらりと見ただけだけど、仕事に対する姿勢も筋が通ってるみたいだし・・・君、そりゃモテるよねぇ。」


色男は食い方まで色男か、というような綺麗な食い方でマグロを飲み込むと、東は一度箸をおいた。


「いや、あんたにモテるって言われても、なんか嫌味だろうが。」


そう俺があきれた声を出すと、東はいや・・・と首を横に振った。


「俺の場合はさ、親からもらった見た目だけを見て、女が寄ってくるんだよ。君はさぁ・・・男っぽいっていうか、自然体なのに何か一本筋が通っていて、ケチじゃないし、その上基本優しいよね?さっきの彼女に対してだって、君の中で超えちゃいけない線を彼女が超えたから、もう彼女の誘いを受けないって思ってたのに、それ言わなかったよね。普通他人の前で、ああいう無粋なこと言われたら、腹いせにもっとひどい事言うよね?俺なら言っちゃうなぁ・・・だけど、君は思っても言わない、他人が傷つくようなことを君は言わない、君はそういう優しい人だ。」


正直、驚いた・・・こいつの洞察力に。

確かに、ナナは商売で俺と付き合い、俺はナナの希望通り客として遊んだ。

最初から金銭ありきの関係で、ナナは他にもそういう奴がいる。

お互い承知の上での付き合いだったはずなのに、一線を越えちまった。

それは、ミカに対しての対抗心からなのか、それとも他に狙いがあったからなのか。

もう理由なんかどうでもいいけどよ、とりあえずナナと遊ぶことはねぇなと内心思っていたが、それを今はっきり言うなんて大人気ねぇと思ったし、事を荒立てる必要もねぇと思った。

ただ、それが優しさというものなのだろうか・・・いや、俺は俺の本心を告げてナナが騒ぎ立てることになったら面倒だと思ったからだ。


「別に優しくなんかねぇよ。ただ、余計な事言って、面倒くさいことになるのが嫌だっただけだ。本当に優しい奴は、最初から金握らせて遊ばねぇよ。」


俺が思ったままそう答えると、東はそうなんだーと気の抜けた返事をして、再び箸を持った。

そして、刺身定食を黙々と食べ始めた。

そんな東に俺はさすがにイラついて、自分から聞かれもしないことを口走っちまった。


「なんだよ、俺に話があって来たんだろ?・・・わかった、悪かったと思ってるよ。こんな女にだらしねぇいいかげんな男が、純情なあんたの妹分に頬とはいえ、うっかりキスしちまったんだ。だけどよ、俺にとってノリコは特別なんだよ・・・なんかわかんねぇけど、あいつには誰にもいえねぇ腹ン中にためてたこととか言っちまったりするんだよ。あいつといると、ささくれた気持ちとか落ち着くんだよ。どうにかしようとか下心なんてなかったんだよ、だけどあいつの笑顔みたら、つい・・・だから―――「へぇ、君と何かあったのかなと思ってたけど、成程・・・ほっぺにキスかー。」


漬物をポリポリと音をさせながら食べていた東が、思わぬことを言い出した。


「はっ!?・・・・知ってたんじゃねぇのか?」


驚く俺に、東はニヤリと嗤いながら。


「今日は君に、ノリコの様子が変だから何かあったのかなって聞こうと思ってきたんだけどね?よかったよぉ、個人的なことだからあんまりデリカシーのない聞き方はできないじゃない?どうやって切り出そうかって思ってたんだけど、手間がはぶけたよ。やっぱり、ヤスシ君って優しいねぇ。」


と、スゲェムカつくことを言いやがった。



次話もヤスシサイドの予定です

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