2、I was born(ノリコside)
私、ノリコ。
親はいない。
何でも叔母ちゃんの話では、父ちゃんと母ちゃんが育てられないって、ナンバー1ホステスで羽振りのよかった叔母ちゃんちに、私を置いていったらしい。
私は父ちゃんと母ちゃんにとって、いらない子。
だからおいて行かれたんだと思う。
だけど、叔母ちゃんはそんな私を滅茶苦茶可愛がってくれた。
私より5歳上の1人っ子だったエミ姉も、私を滅茶苦茶可愛がってくれた。
だから、私は叔母ちゃんちではいらない子じゃないって思えたし。
いらないって言われないように、手伝いもすすんでした。
叔母ちゃんには旦那はいなくて。
なんでいないかは聞いてはいけない暗黙の了解で、だれも教えてくれなかったけど。
彼氏は何人もいた。
それも、外人ばかり。
そのうち、外人向けのバーを持って。
その頃にはエミ姉も中学を卒業していたから、店を手伝って。
私も小学生だったけれど、掃除とか皿やグラス洗いを手伝った。
私は店が好きだった。
店にはいつも心を揺さぶるような切ない洋楽が流れていて、それを聴くのが楽しみだった。
最初、覚えた歌をまねして口ずさんでいたら。
叔母ちゃんが、店のステージで歌ってみろと言い出した。
店のステージといっても、2畳ほどのお粗末なステージだったけれど。
客のサムがピアノの伴奏を買って出てくれて、初めて人前で歌った。
皮肉なもんで、英語の意味なんて分からず、耳で覚えた歌は。
『I was born』――
意味なんて分からなかったけれど、何となく通じるものが私にあったのかもしれない。
歌い終わった後、店中の客が立ち上がって物凄い拍手をくれた。
それが、小学校6年生だった私の初ステージだった。
それから、5年。
私は中学を卒業して、叔母ちゃんの店でエミ姉と一緒に働いていた。
叔母ちゃんは去年肝臓を悪くして、店には出ていなくて。
エミ姉がママとなっていた。
そして、私は店を手伝いながら、相変わらず歌も歌っていて―――
『私は、生まれてきたの
あんたと出会うために
あんたに愛されるために
あんたの笑顔が私の胸を焦がす
焦れる気持ち
唇からもれる吐息
感じるために
私は生まれてきたの
I was born・・・・
だけど
あんたがいなくなって
あんたに愛されなくなって
届かない思いが私の胸を焦がす
失った気持ち
心からあふれる涙
悲しみのために
私は生まれてきたの?
I was born・・・・』
久しぶりに歌った、『I was born』・・・誕生日が近いせいか。
何となく、考えても仕方のない自分のルーツに思いをはせながら歌った。
店は流行っていて。
有難いことに私の歌を聞きに来てくれる常連さんもたくさんいて。
これ以上望んだらバチが当たるんじゃないかって・・・そんな風に思えるほど・・・。
今日もたくさんの拍手をもらった。
「ノリコ。今日もきてんぞ?『不死身のヤスシ』・・・うわっ、こっち見てる・・・こえぇぇ・・・。」
幼馴染のマサルが、ステージからおりた私に耳打ちをしてきた。
『不死身のヤスシ』――
先日この店で大暴れした手が付けられない、ここらでは有名な暴れん坊。
だけど、その暴れ方は異常で。
どこか・・・誰かに止めてほしいと、叫んでいるようにも見えた。
案の定、銀色の堅いトレーで2度殴り、思っていることを言うと。
大人しくなった。
それから何故か。
1週間に1度は私の歌を聞きに来るようになって。
ずっと、何かを考えている。
ヤスシ・・・
世間では、手が付けられない暴れん坊と言われている。
そして、とんでもない女好き。
だけど、それだけなのだろうか――
私のブルースを聞いて、目を閉じる横顔は・・・。
何かを感じているのだろうか・・・。
『I was born』―――




