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15、場違いな街(ヤスシSide)

先日亡くなった母ちゃんの姉ちゃん・・・俺にとっちゃ伯母の納骨と形見分けの為、店を休みにして東京の母ちゃんの実家に一泊で出かけた。


俺の母ちゃんの実家は、母ちゃんのじいちゃんが株で大儲けして財を成した。

でも、母ちゃんの父ちゃん・・・俺のじいちゃんは相場師という不安定な仕事を嫌い、元々真面目で頭が良かったこともあり、T大から財務省に入省し官僚となった。

だから母ちゃんは、渋谷の松濤にひいじいちゃんが建てたバカデカいクラシックな洋館に則わない、堅実な家庭で育ったらしい。


母ちゃんは姉ちゃんと2人姉妹で、歳が15歳離れていた。

実は母ちゃんと姉ちゃんの間に子供が2人いたらしいんだけど、1人は腹ン中で、もう1人は生まれたけど小さい頃に亡くなったらしい。

で、結局母ちゃんの姉ちゃんが女学校を卒業した後、婿をもらって家の跡を継いだ。


母ちゃんの姉ちゃん・・・伯母ちゃんは、すんげぇ朗らかで優しい人だった。

小さい頃はよく母ちゃんについて実家に遊びに来ていたから、可愛がってもらった。

俺が広い家に興奮して、走り回って大窓のカーテン破っても、飾ってあるもん壊しても、伯母ちゃんは怪我の心配だけで全く怒らなかった。

流石に俺もガキながら、高そうな皿割っちまった時はビビッたんだけど。

伯母ちゃんは、小さい頃の母ちゃんそっくりだと笑い飛ばした。

母ちゃん、男勝りで近所ではガキ大将だったって・・・心配したじいちゃんが、幼稚園から大学までエスカレーターのお嬢様学校に入れたら、やんちゃすぎて小学校途中で退学になった話まで聞いた。

その後母ちゃんが実家に用がある時俺を置いて行くようになったのは、自分の黒歴史をこれ以上バラされたくなかったからだろうな。

でも小学校退学理由が、イジメを止めるためだったから恥ずかしい事じゃないんだと、そっと後で伯母ちゃんが教えてくれた。


こんな突然亡くなるなんて、別れがこんなに早いなんて、もっと伯母ちゃんと会って話をしておけばよかったと思った。




「ヤスシ君、今日まだゆっくりできる?帰るの夜でもいいなら、僕と遊びに行こうよ。お葬式の時、あんまり話せなかったし。」


納骨の翌日、伯母ちゃんの内孫の浩之が朝飯の時に俺を誘ってきた。

今日は日曜日だしな。

どうせ店は休みだゆっくりして来いという父ちゃん母ちゃんに俺の荷物を預け、久しぶりに東京の街にくり出すことにした。


浩之は俺より5つ下で大学2年だ。

頭の良いといわれる有名私立大学の医学部に通っているお坊ちゃんだ。

魚屋で喧嘩ばっかの俺に何故か懐いていて、たまにふらっと横須賀に遊びに来たりする。

環境が全然違うが、波長が昔から合うし気のイイやつだから、横須賀に来た時は遊びに連れて行ったりしてる。



「何か・・・俺、場違いじゃねぇか?」


洒落た街並みに、洒落た店、洒落た格好した奴らばっか歩いている通りに連れてこられた俺は、どう見ても場違いなスカジャン姿の自分自身を見下ろした後、浩之をギロリと睨んだ。

黒のスカジャンの背には鷹竜の刺繍が入り、そのスカジャンの下は、地元のおっさんがやってる『ネイビブルー』って店で買った、ただの白いTシャツにブラックスリムのジーンズだ。


「うーん、確かに六本木の街とテイストは違うけど、そのやんちゃな横須賀スタイルがヤスシ君にすごく似合っているから格好いいよ?・・・何だろうなぁ、ヤスシ君って背も低いし、全然ハンサムってわけじゃないのに、何か格好いいんだよねぇ、何気にモテるし。僕なんか身長もそこそこあるし、それなりに服装も気を付けてるし、顔立ちだって悪くないと思うんだけど何でモテないのかなぁ・・・世の中変だよねぇ。」


「おめぇ、俺の事褒めてるようで、褒めてねぇだろ、それ。」


浩之の遠慮のない何時もの物言いに、笑いながら奴の頭を拳骨で小突いた。

軽く小突いただけだっつうのに大げさに痛がりやがって、おまけに涙目になりながら。


「ここっ、今日はここにヤスシ君を連れてきたかったんだ。今話題の、イタリアンレストラン!六本木でお洒落な人が集まる店なんだ!料理も凄く美味しいよ!」


と、ひと際洒落た店の前でとんでもねぇこと言い出した。


「はっ!?何でこの俺が、話題のこのお洒落な奴が集まるレストランに入んなきゃなんねぇだよ?それに俺はイタリア人じゃねぇ、日本人だ。赤提灯のおでん屋でいいだろ?おでん屋で!ホッピー飲もうぜ。おごってやっから。」


「えー、六本木に赤提灯のおでん屋もホッピーもないよ。見たらわかるでしょ?それに、今時日本人だってイタリア料理食べるよ?この間、横須賀の喫茶店でヤスシ君ナポリタン食べてたよね?ナポリタンってナポリのことで、イタリアの地名だよ?」


相変わらず屁理屈だけは一丁前のお坊ちゃんに、俺はため息をついた。

こいつは昔から言い出したら、こっちが折れるまで延々と屁理屈をこねくりまわす。

そして面倒くさくなって、俺が折れるのが常だ。

その様子を、亡くなった伯母ちゃんがいつも楽しそうに見ていた。

俺もこいつも一人っ子だからか、浩之と仲良くしてくれて嬉しいとよく言っていた。

松濤の高級住宅地のお坊ちゃんなら魚屋の俺なんかよりも、医者ばっかの母方の方のいとこ達と仲良くした方が話合うんじゃねぇかと一度浩之に聞いたが、無理、無理!と即答された。

まぁ、俺相手だと気ィ張ることもねぇし、言いたいこと言えるからだろうが。



確かに店の客は洒落た格好をしていたが、気にしなければそれ程気にならなかった。

敷居が高いと思っていたイタリアンレストランは確かに横須賀ではありえねぇくらい洒落ていたが、案外居心地がよかったからだろう。

多分、席の配置に工夫してあるからだ。

客同士が視線を合わすことがないように上手く配置してある。

感心したのはそれだけではなく、浩之が言う通り料理が驚くほど旨かった。


「確かにこの店、流行ってるのわかるな。ピザもパリパリで、スパゲッティーもモチモチのイイ食感で、酸っぱいタレに漬かったサラダに入ってた鯛もメッチャコリコリで鮮度もイイ。それにこの苦ぇコーヒーも何気にうめぇし。ただ、何でこんなにカップがちいせぇんだよ、ケチくせぇな。」


食後のコーヒーを飲み干し、そう言うと。


「もー、美味しいって思ってくれて嬉しいけど・・・酸っぱいタレに漬かったって・・・それ、カルパッチョっていう料理だよ!それにイタリアンではコーヒーじゃなくて、エスプレッソっていうんだよ!カップが小さいのはケチじゃなくて、デミタスっていう種類のカップなの!さっき、店員さんが説明したでしょ。もうっ、ヤスシ君、せっかく来たんだから覚えて行ってよ!」


と、浩之がグタグダと横文字を並べうるせぇことを言いやがる。

それがこいつのモテない1番の理由じゃねえかと腹ン中で納得し、首を回しゴキッと音をさせると。


「わかったわかった、ほら出るぞ?食い終わったのに、あんま長居すると店に迷惑だ。」


そう言って苦笑しながら、伝票をつかみ立ちあがった。

だけど、すぐさまその手を浩之が強い力で掴んだ。


「ヤスシ君、ちょっと待って。今出ない方がいい。」


「あ?なんでだ?」


「いいから座って。外に、『六本木スパイダース』がいるから。ヤスシ君、喧嘩早いしこのまま出たら、絡まれるかも。うわ・・・今日は、タランチュラまでいるっ!?・・・ヤスシ君、本当にヤバいから、絶対に今出ないで!」


いつもはおっとりした口調なのに、珍しく焦った様子で顔色まで変えて話す浩之。

そのことに俺は訝しく思いながら、浩之の視線の先、窓の外を見ると。

そこには、黒のグラサンに黒のライダーススーツを着た柄の悪そうな男たちと、この間鎌倉駅でノリコといたスゲェ洒落た格好の色男が、この間とは全く違う冷たい表情で立っていた。



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