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124、野菜カレー(ヤスシSide)

結局、『ひろ瀬』を俺は年末からずっと休めず。

1月第2週目に新しい人員は補充されたが、1月の第3週の火・水・木を店自体休業にして、漸く休みが取れた。

橘の後に俺が二番板となり、その代わり副料理長を正木さんが三番板のまま担うことになった。

今回の事で、正木さんがいかに冷静で判断力に長けているかが評価された結果だった。

ミコトやジョーの事があり、父ちゃんには事情を話しておいたから、店が落ち着くまで横須賀には戻らず、俺は『ひろ瀬』に詰めることになった。



「そういえば、週刊誌で騒がれてますよね。富士見さん、風町リノさんと知り合いでしたよね?」


カレースプーンを手に持ち、ふと思い出したように加藤が俺に、ノリコに関する話を持ち掛けてきた。

既に、野菜カレーに手を付けていた俺は、慌てて口の中にあるニンジンを飲み下すと、何の事だ?と聞き返した。


「年末俺たち忙しくてテレビどころじゃなかったから知らなかったんですけど、なんか『年末音楽祭』の新人賞でひと悶着あったみたいなんですよね。」


寝耳に水という状態で俺は、スプーンをカレー皿に置いた。


「ひと悶着?・・・だって、新人賞は風町じゃなくて宮園ってアイドルの女がとったんだろ?」


「えっ、富士見さん・・・ひと悶着は知らなくて、賞取ったのが宮園さやかって知ってるってことは、前もって誰が取るか知ってたんですか?」


深く考えずに答えてしまい、その結果加藤に確信をズバリ聞かれ、俺は今更ながらしまったと思った。


「いや・・・そうじゃねぇけど。」


我ながら歯切れが悪くて、思わず自分に苦笑してしまった。

そんな俺の反応を大して気にしない様子で、加藤は少し興奮気味に話し出した。


「ホール担当の奴から聞いたんですけど、ノミネート歌手がそれぞれ歌う前に、意気込みとかどんな気持ちとかを司会者が聞いて少し雑談するんですけど。風町リノさんの番になった時、突然、審査員席にいた審査委員長が手を挙げて・・・司会者がびっくりした顔してたらしいんですけど、何でしょうって確認したら『自分的には、ダントツで風町リノだと思う』って言ったらしくて、会場が騒然となったらしいんですけど、ミリオンヒットも飛ばしているし昨年の活躍を見たらみんなそうだろうって思って、拍手が起こったらしいんですけど・・・いざ、発表の蓋を開けてみたら、新人賞は宮園さやかで・・・ブーイングの嵐だったらしいんです。確かに、宮園さやかはソコソコ売れましたけど、実際そうでもない感じでしたし・・・とにかく、当日の風町リノの歌が半端ないくらい迫力があって、テレビ越しでも凄かったらしくて。それで、週刊誌が探って書いたのが、『デキレース』『宮園さやかの枕営業』、『枕営業をしない風町リノ』なんていう内容で・・・富士見さん、どう思います?」


俺は加藤の話を聞いて、思わず顔をほころばせた。

どんな汚い手を使ったって、本物は光るってことだと。


「まぁよ・・・芸能界も、週刊誌も、俺たちにとっちゃ遠い世界だし、うわさもどれが本当か今はよくわかんねぇけど。だけど、1年後、2年後に誰がどうなってるかで、真実がみえるってこともあるんじゃね?」


俺が色んなことを思いながらそういうと、加藤が成程・・・と頷いた。


「そうですね、確かに。俺、今回の『ひろ瀬』の一件も、まさか橘さんが、水谷さんが・・・って思いましたし。本山さんは、まぁ・・・色々性格的にありましたけど、まさかあそこまでやるとは思わなかったですし・・・・そうだ、あの久住さんだって!紳士で、世間で認められた凄い画家だって、思っていましたけど・・・まさか、賞を取った絵が他の画家のもので、それから発表した作品も全て亡くなった画家の絵だったなんて。その上、随分あくどいことをして不動産の買収をしていて、おまけに売春にも関わっていたなんて・・・その時わからなかったことが、真実として後年わかるって場合もありますしね。」


加藤にとっても、橘たちのやったこと、そして久住の犯した罪はかなりの衝撃だったようだ。


ノリコから聞いたミチルの伝言は、正に久住の息の根を止めるに値する内容だった。

久住が他の画家から絵を取り上げてそれを発表したという事実は、灯台下暗しだった。

その絵を取られたという画家が、実はノリコの姉のエミの実父でノリコの叔母の夫だった。

エミの父親は久住の美大の同級生で、学生時代から才能がとびぬけていたという。

ただ体が弱く、それほど無理ができない状態で、活動の場はそれほど多くなかった。

それを知って久住はエミの父親に近づき交流を持ち、時期を狙っていた。

当時エミの父親が住んでいた一軒家に忍び込み、作品をあらかた盗んでおいて、そして家に放火した。

自分の作品が燃えてしまったと思い込んでいたエミの父親は無念で、偶々記録として撮っておいた燃えてしまった作品の写真をせめてもと思い、スクラップブックにまとめておいたのだった。

そして、エミの父親が急逝したのを知り、久住は作品を展覧会に出し賞を取ったのだった。

エミもエミの母親もそんなこととは知らず、今まできたが。

偶々、父親の思い出をエミがミチルにスクラップブックを見せながら語った時に、ミチルが気が付いたのだった。

それが、12月半ばの事で。

年明け早々、ミチルが動き、あっという間に久住が逮捕された。

逮捕されるや否や、今までの悪行が次々と露呈したのだった。

中里も、ビデオテープや録音の音声などで、捕まり・・・巴組も解散となった。


1月も終わりに近づき、一気にいろんなことが解決し。

俺はようやく、先日の休みにミコトに報告のため神崎組に行くことができた。

そして、公判はまだだが、事情が明らかになった今・・・広瀬がつけた弁護士の話によると最短の刑期でジョーは出られるんじゃないかということだった。


ノリコの言う通り。

今俺ができることは、あいつらの為に何ができるかを考えることだ。

それが、泣かしてしまったノリコの気持ちに報いることでもあるのかもしれないと、そんな風に最近思うようになった。


俺は再びスプーンを手に取り、最近人気だというカレー店の野菜カレーを頬張った。

だけど、人気店だろうが何だろうが。


あの日、叶の親父さんが死んで落ち込んでいる俺に、ノリコが食わせてくれたゴロゴロデカい野菜が入ったあのカレーが、俺にとっては一番だと、そう思った。




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