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118、雪(ヤスシSide)

「悪ぃ・・・皆疲れているだろうが、後片付け、頼めるか。俺の雑炊食も食ってくれ・・ミチル、直ぐに着替えてくる。」


ミチルのただならぬ様子に、俺はそう言って立ち上がった。

今日の状況もあって、皆も何となく察したのだろう、俺の言葉に頷いたが。


「富士見。さっき大まかに事情は聞いたから、大変な状況なんだろう。だが、俺たちは『ひろ瀬』の板前だ。明日も予約が入っている。何があったって、店をあけなきゃならない。橘さん、水谷、本山も抜けてる。料理長は責任者で呼ばれてこっちに出られない可能性もある。いいか、約束しろ。何があったって、どんな状況だって、絶対に明日お前が必要なんだ。明日ちゃんと店に出て来い。」


正木さんが真剣な顔で、俺にそう言った。

それは、本当にそのとおりで。

だから俺は、ミチルに事情を聞く前に、わかりましたと約束をしてしまった。




「少し前まではさ、この『スパイダー』だけが俺の大切なもので・・・絶対に誰も乗せいないって思ってたのに・・・ノリコと出会って、どんどん大切な人やものができて。絶対に誰も乗せないはずだった助手席に、ヤスシまで乗せるようになって・・・大切なものがなければ楽なのに、大切なものが増えるとそれを失うまいと必死になるから大変なんだよね。だけど、大変なのに、俺・・・昔にはもう絶対に戻りたくないって思う程、今・・・幸せなんだよ。その幸せを守る為なら、どんなことだってする覚悟もあるんだ。」


俺は急いで着替え、ミチルが先に行って待っていると告げた地下の駐車場で合流した。

明るい青色のスポーツカーに乗り込むと、ミチルはエンジンをかけいきなりそんなことを言い出した。

それでこのスポーツカーが『スパイダー』っていう車なのだと、初めて知った。

確かにめったに見ない外車で、以前横須賀に来た時にヘルメットやライダースジャケット、バイクのアクセントがこの車と同じ色だったことを思い出し、思い入れのある車なのだと理解した。

ただ、脈絡もない話にどう返していいかわからず、俺はそうか・・・と相槌を打つだけだった。


そのまま地上に出ると、街は一面の白で。

館内は温度調節がされており外気温なんてわからないが、地下駐車場に降りた時に何となくいつもより底冷えがすると感じたのは、雪の所為だったのかと今更ながら納得した。

日が暮れてから降り始めたのか、雪が街を覆っていた。


「それで、どこに向かってんだよ?行先ぐらい教えろよ。」


何があったか話さないのは何か理由があるのかもしれないが、行先ぐらいは聞いてもいいだろうと俺はそう言ったのだが。

その瞬間、慎重にハンドルを握っていたミチルの顔が、グニャリと歪んだ。

そして、奥歯をキツくかみしめ暫く沈黙をした後、ミチルは絞り出すように俺に告げた。


「もうすぐ着く。銀座総合病院だ・・・・神崎命がっ・・・ピストルで撃たれた。」


「えっ!?」


凍り付く俺に、ミチルが震える声で続けた。


「広瀬君の奥さん・・・麻実さんを乗せた戸田君の車に、巴組の車が攻撃しようとした事に神崎君が気がついて。神崎組の車と別で神崎君は自分の車で来ていたから、車を使って道を塞いでそれを阻止したんだ。雪が積もり始めていたから、それを使ってスリップしたようにして・・・それで、戸田君の車と組の車が走り去ったのを見届けてから・・・神崎君が車から降りて、乱闘になって・・・神崎君運転も上手いし、喧嘩も強いんだね。あっという間に1人で3人を倒したんだって。うちの『六本木スパイダース』の若い奴を1人バイクで付けさせてたんだけど、そいつがバイクを停めている一瞬にだって・・・だけど、倒れていた年かさの男がいきなりピストルを出して神崎君を撃って・・・雪の中、血で真っ赤に染めながら・・・神崎君お腹から大量に血を流してたのに、ピストルを持ってた奴を蹴り飛ばしてピストル奪って3人撃ってから・・・倒れて、救急搬送されたんだ・・・だけど、救急車の中で心肺停止になって、病院についてずっと心肺蘇生をしてるって、さっき、うちの若い奴から連絡があって・・・浜田君は、先に病院に向かった。」



受付で場所を聞き向かうと、そこに何人もの警官の姿があり、ミチルの話が本当なんだと今更ながら思い知った。

その途端膝が震え、咄嗟に奥歯をかみしめるが、目の奥が熱くなり涙があふれた。

くたびれたスーツ姿の男2人に話しかけられ俯くジョーを見つけ、泣いている場合じゃねぇと涙を拭って足早にそちらへ向かう。


「ジョー、ミコトはっ・・・。」


震える俺の声に、ジョーが色のない顔を上げた。

そして、俺の方に向かって、2歩歩き。


「死んじまった。」


放りなげるように、そう言った。

だけど、俺はその言葉がまったく理解できなくて。


ただ・・・ただ。


あの日の虹と。


―――そのシート、直しません。大事にします・・・。


と言った、今迄見たこともないような美しいミコトの笑顔だけが何度も俺の脳裏に浮かび。

滝のように、俺の目から涙があふれた。






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