110、最後の電話デート(ノリコSide)
「今年も、押し迫って来たな。考えてみると、ノリコと2月に会ってから、マジ色んな事があったよな・・・。」
23時45分過ぎ、久しぶりにのんびりとヤスシの声を聞くことができた。
2人っきりの真夜中のお喋り。
中々忙しくて、顏を見て話せないけれど、こうやって電話で話をするのもすごく楽しい。
「私と2月に会ってからって、さらりと言ってるけど、ヤスシがうちの店で暴れてからだよね?」
私のからかうような突っ込みに、罪悪感のあるヤスシは一瞬口ごもり。
「おっ・・・そ、そうだよっ。俺が、暴れて、ノリコに水ぶっかけられて、お盆で2回もぶん殴られてからだよな?あれは、きいたわ・・・おめぇ、容赦ってもんがなかったよなぁ。」
だけど、逆に私をからかう始末。
「ふん、何さ。友達の浜田ジョーが止めたって聞かなかったのは、ヤスシじゃんか。だったら誰もまともに言ったって聞きゃしないよ。人間ああいう時は、ショックを与えなきゃ止まんないんだよ。」
私がそう言い返すと、ヤスシは一瞬黙り込んだから、おや?と思った。
ヤスシ?と名前を呼ぶと、ヤスシはため息をついた。
「そうだよなぁ・・・俺も、頭に血ィ上ったら、ジョーの言うこと聞かねぇんだから、お互い様か・・・。」
「え、浜田ジョーがどうかしたのかい?」
「あー・・・久住の事で、色々わかってきてな。だけど、ここは辛抱してもうちょっと何事もなかった顔して様子を見た方がいいんだけどよ。ほら、金谷のこともあるしよ、追い詰めるのもこっちが知らねぇ顔していた方が久住もかまえねぇだろうし。だけど、ジョーの奴辛抱できねぇで、金谷が姿を消した直後に『underground』は辞めるわ、向こうからちょっかい掛けてきたことに対して興奮してるから、ちょっと落ち着けっていっても聞かねぇし。だけど、俺も実際そうだったんだよな。ジョーのこと一方的に、責められねぇわ。」
なんて、ヤスシが自分のことを顧みて、反省を口にした。
その様子がおかしくて、ヤスシも大人になったねぇというと。
「何だよ、それ。俺はとっくに大人になってんだよ。それより、おめぇだよ。そろそろ、大人の階段上ってほしいんだけどよ?正月3が日休みなんだろ?31日の『日本音楽祭』終わって『Chicago』での打ち上げ後、『グランドヒロセ鎌倉』で2人で打ち上げしようぜ?2泊くれぇで。」
急に、何だか大人の階段のぼれという話になってしまい。
「ふ、ふ、2人で、打ち上げっ!?」
声が裏返ってしまったら、電話の向こうでヤスシがふきだした。
「ブハッ、何、声裏返ってんだよ・・・クククッ、あのよぉ意味わかんだろ?そろそろ、ちゃんとおめぇと男と女になりてぇんだよ。俺、おめぇのことマジだっていってるだろ?」
笑いながらも、ちゃんと気持ちを伝えてくれるヤスシ。
恥ずかしいけれど、それは嬉しくて・・・私も、ヤスシと同じ気持ちだと思った。
「うん・・・私も、マジだし・・・だから、2人で打ち上げしよう・・・。」
後半の言葉は恥ずかしくて小さくなってしまったけれど、ちゃんとヤスシに伝わったようで。
「よし、広瀬に言って部屋とっとく。あー、これで、12月31日までおめぇと電話できねぇけど、頑張れるわ。」
なんて、ウキウキした声になった。
「私も、頑張れるよ。ちょっと、ガックリしてたのが、もういいやってこれで気にならなくなったし。フフフッ・・・私も、単純だよねぇ。」
「え、ガックリしてたって、何かあったのか?」
私の一言で、ヤスシの声が急に心配そうになった。
あ、余計なことを言っちゃったかな・・・と思ったけれど、やっぱり少し話を聞いてほしくなって。
「ああ・・・何かさぁ、30日にある『年末音楽大賞の』新人賞、私取れなさそうなんだよねぇ。聞いた話だと、出来レースでもう決まってるみたいなんだよ。」
「出来レース?」
今日、『日本音楽祭』のリハーサルに行く前、事務所で芸能部の打ち合わせをした時に、南川社長から申し訳ないといきなり頭を下げられたことを思い出した。
「うん・・・何か、事務所の力って言うか、営業力って社長とミッチーは言っていたけれど。私はうちの『サザンリバー』って凄く良い事務所だって思うんだけど、やっぱり今まで文化人専門で方向性が違ったし、大手に比べると色々弱いんだって。それで、『年末音楽大賞』のテレビ局と大手プロダクションが癒着って言い方悪いけど・・・営業に力を入れている度合いがうちとは違ってそういう面も随分影響があるから、今回は宮園さやかさんで決まりらしいんだ。」
いつも穏やかで怒らない人が、めずらしく怒った顔で私に説明をしていた。
ミッチーは、想定内ではあったけどねーと比較的落ち着いていて。
春川さんや緑川さん、黄田さんはやりそうなことだよなと少しあきれ顔だった。
「宮園さやかって・・・デビューしてすぐ、おめぇがテレビにでた『レッツ!ソング!』で、おめぇの前に歌ったアイドル系の女だろ?すんげぇ音程はずしてた・・・いまだにあんま歌上手くねぇよな。つうか・・・いや、おめぇ。今の新人の中で、ミリオンヒット飛ばして歌唱力だってダントツだろ?今年のおめぇの活躍、新人じゃなくてもそこらの歌手とはダンチでスゲェの一目瞭然なのに、新人賞とれねぇって・・・しかも宮園さやかって、売れてなくはねぇけど、お前に勝るもんなんもねぇじゃねぇか。」
「だから、事務所の力と営業力が勝ったんだってば。」
「なっ・・・それって、本人の実力じゃねぇじゃんか。」
「確かに、こういうのって事務所の力がかなりの比率で関係してくるんだなぁって、思ったよ。だから、皆大手事務所に行きたがるのかな・・・でも、私はこういう結果になっても『サザンリバー』所属で良かったって思うよ。本当に、良い事務所、良いメンバーだもん。だけど、ハッキリ言われたんだ、南川社長に。悪いけど、今後の賞レースでも私の実力とは別の問題で賞が取れないかもしれない。事務所の方針を曲げてまで、過剰な営業をする気がないからって。凄い辛そうな悔しい顔してた。かたやミッチーは、過剰な営業をする気はないけど、誰にも文句を言わせないくらいの歌手に私を育てるから、今回の屈辱を忘れるなって言っていたし。まぁ、2人がそんな風に言うなら、仕方がないかって思ったんだよね。」
南川社長とミッチーの説明をヤスシに伝えると、ヤスシはそうか枕か・・・と、つぶやいた。
「え、何・・・枕?」
「あー・・・誰も、おめぇにそれ説明しなかったんだな。まぁ、お子ちゃまだもんなぁ。だけど、俺としてはおめぇに大人の階段上ってほしいから、説明するけどよ。そのよくわかんねぇ説明の『過剰な営業』って、つまりは『枕営業』のことだ。」
「まくら・・・営業?それって、テレビ局の人達が忙しくて睡眠時間があまりとれないから、快適な睡眠がとれる高級枕を贈るとか、そういう賄賂的なこと?」
一気に私の頭の中に、昔テレビで見たアラブの王族御用達の高級寝具が浮かんだ。
高級枕って、一体いくらくらいするんだろう・・・。
そう思っていたら、電話の向こうでヤスシが盛大にふきだし、ゲラゲラと笑い出した。
「アハハハハッ・・・クククッ、か、快適な睡眠・・・こ、高級枕って、一体どんなやつだよっ・・・クククククッ・・・腹痛ぇ・・・。」
「・・・・・・。」
どうやら、アラブの王族御用達の高級枕は違ったらしい。
「あのな、遠回しにいってもおめぇピンとこねぇだろうから、ハッキリいうけどよ。枕営業っていうのは、テレビ局のお偉いさんとか、仕事くれるやつとか、影響力のあるやつに、事務所の命令でタレントが体使って取る営業だ。つまり、事務所が指定した影響力のあるやつに便宜を図ってもらいたいタレントが自分の体で奉仕するってことだ。」
笑いが治まったころに、ヤスシが真面目な声で衝撃的な説明をした。
「か、体で奉仕って―――「おい、マッサージとかこの期に及んでアホなこと言うなよ。体使うってことは、ヤるってことだ。おめぇがまだ上ってない階段のことだ・・・いや、悪ぃ。それとこれとは話が違ぇな。俺とおめぇは心があって・・・あ、愛ってもんがある・・・からよ、おんなじヤるんでも、全く意味が違ぇ。枕営業は、完全にビジネスだ。確かに、良い事務所だよな、おめぇんとこは。所属タレントが賞を取れば、入るギャラも仕事も違ってくるだろうし事務所としてはなんとしても賞をとりたいもんなんだけどよ。だけど、ちゃんとした信念持ってて、ソレはやらねぇって決めてるなんて。経営者も大したもんだ。やっぱ、ミチルが選んだだけあるな。おめぇの事務所がそういうところで、俺としてもマジ安心だ。」
「★〇×△*◆▽□・・・・。」
私の思考をはるかに超えた現実を知り、私は思考停止してしまった。
そんな私に、ヤスシがため息をつき。
「まぁ、おめぇのそう言うところもいいと思ってんだけどよ、やっぱ現実を知って自分である程度考えて行動しねぇと、そういう世界は足元すくわれるぞ?・・・・大丈夫か、ノリコ?」
「ぅ、うん・・・。」
驚きすぎると、舌がもつれるって初めて知った。
その私の返事に、またヤスシが笑い。
「まぁ、よ・・・おめぇは、おめぇらしく。精一杯頑張ればいいさ。おめぇが頑張ったんなら、どんな形だって俺は認めるし。それに・・・・おめぇはよ、最終的には俺の・・・その・・・よ・・よ、嫁になるんだからよ・・・なぁ?」
なんて、いきなり将来のことを言い出した。
「よ、よめっ!?」
「何だ、おめぇ・・・俺の嫁になるのが嫌なのかよ。」
驚く私に、ヤスシが急に凄んだ。
多分、これは照れ隠しだ。
そんなヤスシに私はクスリと笑い。
「アハハ、そんなに凄まなくてもいいじゃんか。この私がヤスシ以外の男に惚れるわけないだろ?」
なんて、ちょっと遠回しに気持ちを伝えたら。
「そんなこと、わかってる。じゃなくて、将来は俺の嫁になれって言ってんだよ。『はい』って答えろよ!」
何故かキレ気味で、プロポーズのような言葉が飛び出した。
これも照れ隠しだって気がついたから、素直に自分の気持ちで答えた。
「はい。」
すると、キレ気味だったはずのヤスシが。
「・・・・ありがとな。」
なんて、急に優しい声になった。
「ねぇ、これって・・・プロポーズなの?」
「あー・・・一応、そうなるな。だけど、時期が来たらちゃんともう一度言う。それまでは、今の言葉がお互いの支えだ。今は、俺たちにはやらなきゃなんねぇことがあるからよ、まずはそれを頑張ろうぜ。でも、俺の嫁になるのはおめぇしかいねぇ。これは絶対だ・・・だから、おめぇが俺を捨てたら、俺は一生1人でさびしい生活を送るしかねぇんだぞ?おめぇ、そこんとこわかってんのか?」
「プロポーズのはずなのに、何で最後は脅しになってんのさ・・・アハハ。」
「脅しじゃねぇよ、俺の人生設計を語ったまでだ。お前だって、人生設計あるだろうが。」
「人生設計ねぇ・・・目の前のことで精いっぱいで、まだよく考えていないけど・・・ヤスシがいて・・・そうだな、やっぱり子供がほしいな。子供つくって、滅茶苦茶可愛がるんだ。」
自分の子供の頃を思い出し、ヤスシとの子供ならば自分の分まで愛したいと思った。
すると、そんな私の気持ちを読んだのか・・・ヤスシが一瞬言葉に詰まった。
「・・・・っ、子供か。おめぇ・・・子供が欲しいのか・・・おめぇなら、そうだな。
目茶目茶可愛がりそうだな・・・・だけどよ、子供育てる前にまず、おめぇ大人の階段上んねぇと始まらねぇぞ?覚悟はいいのか?」
だけど、すぐにいつものヤスシのからかう口調になり、私がやり込められる羽目に。
ゲラゲラ笑うヤスシに悔しいような、それでいて愛しい気持ちが湧き上がり。
「ヤスシ、プロポーズありがとう・・・ちゃんと、気持ち受け取ったよ。」
と、気がつけば素直な言葉が口から出ていた。
そんな私にヤスシも柔らかい声で。
「よかった、今年最後の電話デートになるけどよ・・・ちゃんと俺の気持ち伝えられて、おめぇの気持ちも確かめられて。来年も、よろしくな?」
と答えてくれて、私は凄く満たされた気持ちになった。
だけど、今年最後の電話デートが・・・本当に最後の電話になるなんて。
ヤスシのプロポーズが、撤回される日が来るなんて・・・。
本当に、試練って・・・神様の贈り物なのだろうか。
賞レースについての内容はフィクションです。ご理解願います。




