11、叶社長という人(ノリコSide)
うちの店もそうだけど、昼の時間帯の飲み屋ってなんだか鄙びた感じがする。
どんなに流行っていても、だ。
いつも何でだろうって考えるけど・・・そこで働く人達がいないし、客もいないから、命が吹き込まれていないってことだろうか・・・。
開店までまだ何時間もあるキャバレーのボックス席に、マサルとミッチーと3人で並んで座りながらそんなことを思っていたら、ガチャリと奥の扉が開いた。
結局、ミッチーは電話を結城さんに入れて東京には行かず、私たちについてきてくれた。
マサルと2人で行くから大丈夫って言ったんだけど、エミ姉が心配して・・・ミッチーが私もマサルも未成年だから子供2人では行かせられないって、当然のような顔でついてきてくれた。
「ねえちゃん、エミの妹だって?あんま顔似てねぇな。ミス鎌倉ガールの妹だっていうからよ、楽しみにしてたんだけどよぉ。」
大股で歩いてきた迫力のある派手な縦縞の背広とネクタイを緩く締めたオジサンが、ドカリと私たちが座る向いのソファーに腰を下ろし、私を見るなり大きなダミ声でそんなことを言った。
隣に座るマサルがその声に、ビクリと肩を揺らす。
横須賀の繁華街や商店街一帯をまとめている叶興産の叶社長って言う人に会って話をしたらいいと、マサルの話を聞いた叔母ちゃんがそう言った。
叔母ちゃんは叶社長という人と古い知り合いのようで、直接電話をしてくれて面会の約束を取ってくれたのだった。
エミ姉は叔母ちゃんに似て器量が良いし、私は叔母ちゃんの姉である母親似ではなく残念なことに父親に似てしまったので、容姿も体型も似ていない。
そんなことは昔から言われ慣れているので、私は気にせず頭を下げた。
「初めまして。今日はお時間をいただき、ありがとうございます。相田 典子です。相田 史子と養子縁組をしていますが、実母は史子の姉で私は父親似なので、残念なことに容姿は似ていません。ご期待に添えなくて申し訳ありません。」
まずはこちらの話をきいてもらわないといけないので、とりあえず向こうの言い分にきっちりと返事をしたら。
「ブハッ。」
ケースから取り出し咥えかけた煙草を吹き飛ばす勢いで、叶社長がふきだした。
「おめぇ、おもしれぇなぁ。しかも、胆が据わってやがる。前に、ジョーのツレの『魚富士』の倅が迷惑かけたんだってなぁ。ジョーから聞いて慌てて史子ママに詫び入れたんだけどよ、下の娘がきっちりヤスシをシメたからそれで手打ちだって、頑としてそれ以上こっちのケジメ受けつけなかったんだよ。あの暴れん坊を女がシメたって・・・どんな女だって思ってたけどよ。そうか、そうか、おめぇか。」
笑いながらそう言うと、叶社長は新たにケースから煙草を取り出し口に咥えた。
すかさず横に控えていた浜田ジョーが、膝をついてライターをかざした。
叶社長が慣れた仕草で、煙草に火を点ける。
煙草1本だけでも随分年季がちがうもんだと、その仕草を眺めながらしみじみと思った。
「で?話って?根性のなさそうなガキと、えれぇ色男連れてきて。そいつらに関係あんのか?」
大人のやり方なのか、子供相手でも感情を逆なでするような言い方に、こっちの言い分だけはきっちり言おうと思った。
「紹介が遅れました。叶社長がおっしゃる根性のなさそうなこちらのガキは、梶原 優です。私の幼馴染で、兄弟のような間柄です。今日は、マサルの話を聞いていただきたくて、うかがいました。知り合いである富士見 保志に関する話なので、私もついてきました。確かにマサルはビビリですけど・・・マサルに根性があるかないかは、マサルの話を聞いてから決めてください。そして、こっちの色男は、私の・・・知人、いや友達、いや・・・兄貴分で、東 満といいます。お会いする場所が昼間とはいえキャバレーなので、未成年2人では行かせられないって付き添いで来てくれました。」
一瞬も目をそらさず、叶社長の目を見据えたまま、一気にそう言った。
その途端、叶社長の口角がクイッと上がり。
そして、私から目線をマサルに向けた。
その途端、またマサルがビクビクッと肩を揺らし、その様子を見てか傍らにいた浜田ジョーがクッと喉の奥でバカにしたように嗤った。
叶社長はそんな浜田ジョーをチラリと見ると、またマサルに視線を戻し。
「何だ?俺に言いたいことあってここまで来たんだろ?こんなヤクザみてぇなツラのおっさんに会いにここまで気張って来たんだ。言いたいこと言えよ。ゆっくりでいいから。」
よくわからないけれど、穏やかな口調でそう言った。
何故かさっきよりも、眼光の鋭さが和らいでいるようにも見えて。
そのせいか、マサルはゴクリと喉を鳴らした後、口を開いた。
「あ、あの・・・俺、湊学園高校農業科に通っていて、卒業した先輩に『料亭 はま夕』の経営者の孫で、中里さんって人がいるんですけど・・・その人がたまにOBとして高校に遊びに来て、俺らが授業で収穫した野菜とか花とか無理やりよこせって、食べてくれるのならいいんですけど、目の前で笑いながらドブ川に捨てたり嫌がらせがひどくて、あとパシリやらせたり・・・パシリもパン買って来いとかならいいんですけど、タバコや酒は俺未成年で制服着てるし、困りますって断ったら、殴るし。でも、うまく逃げたりしてどうにかかわしてたんですけど・・・そのうち、鎌倉に住んでる中里さんにかわいがられている高3の先輩が、俺のうちが酒屋やってるって言ったみたいで・・・中里さん、店から酒持って来いって言いだして。無理ですって一旦は断って逃げたんですけど、一昨日、俺の学校の同級生使って、家に電話してきて・・・来なかったら、その同級生リンチするって・・・俺、仕方がないから呼び出し受けた場所に行ったんです。でも、店から酒なんて持ち出せないし、酒がだめなら10万もってこいって言われたけど、そんな金ないし。で、結局なんも持って行かなかったことに中里さんがキレて、仲間と俺をリンチするって言いだして・・・もうダメだって思って頭に血が上って、護身の為持って行ったバタフライナイフ振り回したら中里さんの仲間の1人に当たっちゃって血が出て・・・そこに、ヤスシさんが現れて。横須賀の駅前の道路の向こう側で真っ青な顔で歩いてる俺を見つけて、ノリコの幼馴染だって知ってたから、気になったって。こんなクズと関わり合いになるな、俺がちゃんとシメとくから、お前は帰れって。ナイフ取り上げられて・・・今日のことは忘れろ、何があっても知らん顔してろ、まじめな高校生なんだからって・・・俺と同級生逃がしてくれて・・・その後仕返しもなくて、ヤスシさんがうまくまとめてくれたんだって、助かったってホッとしてたんですけど・・・でも、その同級生が横須賀に住んでて、『はま夕』ってヤスシさんの店の上客で、中里さんボコボコにしたから店に怒鳴り込んで、取引停止したって・・・」
最初は恐る恐るだったけど途中から一気に喋り、ヤスシの店に迷惑をかけてしまったところで、マサルは唇をかみしめた。
でも、視線は叶社長から外さない。
「で、俺にどうしろって?『はま夕』の子悪党な孫にいじめられていた僕をかばってくれたヤスシを助けてくださいってか?」
自分から視線を外さないマサルを挑発するように、ニヤリと嗤いながら叶社長が問いかけた。
なんとなく、これが叶社長という人のやり方なのかとわかってきた。




