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朝露 謎の少女『ゾーエ』

1936年 9月7日 8:14 ライソ警察署内特別事案対策科前

Angle:Dante La Torre

 次の日の早朝、マフィアのアジトに誰かがやってきた。散らかり放題のこの場所へ、古い型の蒸気式二輪走行車に乗って。

「どうも。郵便配達です」

 彼、配達員らしきその男は、手紙を一通ダンテへ差し出す。受け取ったそれを、ダンテは寝ぼけ眼で読んだ。その「今直ぐ警察署に集合しろ」とだけ書かれた紙切れを。

「あんた、これを誰から?」

 確かに渡したから、と帰ろうとする男に声をかける。

「ああ。どっかの機械音痴刑事だよ。あの人は、無線機を一切使えないからね。その代わりに、俺が朝から晩まで駆り出されるって訳。特別手当もらえるから、いい仕事だけどさ」

 男はダンテにウインクして、二輪走行に跨った。

「それじゃ、多分これからまた色々と配達することになるだろうから、とりあえず名乗っとこうか。俺はザッカリー。配達員のザックって覚えておいてくれると嬉しいかな」

 ザッカリーと名乗った男は、そう言って街の向こうに去っていった。

「で、あんたは何者?」

 彼はそれを見送ってから、私に向かって言う。無論、私は昨日彼にくっついてアジトへ向かいそのまま居座らせてもらっているので、彼の質問はもっともだ。

「私は無色願。この物語の作者だ」

「ネガイ?サクシャ?」

「嗚呼、そうだ。そして、君を君たらしめる存在でもある」

「?よくわからないな」

「気にするな。こちらの問題だからね。まあ、君たちの行く場所にはどこにでも現れる浮遊霊みたいなもの、とでも思っていておくれ。ただし、実体はあるから殴ったりしないでほしいかな」

 ダンテはにやりと笑った。

「それは、ふりかな?」

「ふりじゃないです。止めて!拳を握りながらこっち来ないで!」

「嘘だよ。ま、どこにでもついて来るってのは迷惑きわまりないけど、別に邪魔をするわけではないんでしょ?」

「時に引っかきまわすこともあるけれど、今回はしないかな」

「なら、いいや。ちょっと落ち着かないけど、それが仕事だというなら目をつぶっておくよ」

 今のところはとりあえず、とダンテは皆を起こしてまわり、警察署へと向かった。貰ったタグをつけているからか、裏社会の人間であるはずの彼らが警察署の正面玄関から入っても、咎める者はいないようだ。

 受付を通り過ぎ、廊下を抜けてしばらく歩く。署内の一角、ほんの小さなスペースに特別事案対策科はあった。既に、マルティーノ、コスタンツォと、リエトの代わりに見知らぬ女性が一人、そこで待っている。

「来たな。早速、昨日遅い時間だったから出来なかった詳しい話をしていこうか」

 そう言ってマルティーノ巡査は、まず女性をダンテ達に紹介した。

「こちらはエルダ。鑑識課だが、何かと世話になっている」

「ピアチェーレ」

 挨拶をした彼女は、長い白髪混じりの髪を一本のお下げにした、かなり年配らしい貫禄のある女性だった。しかしその深い青色をした瞳に宿る眼力にはまだまだ鋭さが残り、あまり老いを感じない。

「「「「「「「ピアチェーレ・ミーオ」」」」」」」

 初対面の挨拶を済ませると、マルティーノ巡査は話を続けた。

「ここは俺の務める部署『特別事案対策科』だ。名前だけなら聞こえは良いかもしれないが、いわゆる窓際部署って奴だな。だが、今回のような事件が起きた時には真っ先に俺達に話が来る、そういった部署でもある」

「えーと?どういうことだよ?」

 ベルナルドが話を遮って聞いた。

「うーん……つまり、普段は何も仕事がない代わりに、人に害をなし、且つ人智を超えた事案が発生した際に活動することを目的とした部署、それがここということだ。メディアで取り上げられるような、れっきとした仕事は来ないが、この街に大きな問題が起きた時は率先して動く。……まあ、ある種警察の裏の部署、ともいえるかもな」

 マルティーノは、一息吐いて言葉を続ける。

「警察署のお偉方達は昨日未明、この一連の殺人鬼化ウイルスによって引き起こされる事件を、特別事案と位置づけた。つまり、俺達はやっと表立って動けるようになった訳だ。そうは言ったものの、普段は唯の窓際部署。この警察署に、ここに飛ばされるような変わり者は数えるほどしか居ない。対して相手は感染力をもつウイルスだ。手が足りるわけがないだろう。まあ、他の部署の暇な連中やら、昨日の彼奴等やらに色々と声はかけているがな」

 エルダと呼ばれた女性は、そこでマルティーノ巡査に代わって話をはじめた。

「私は、ここの鑑識課の仕事をしながら八番街の研究所で様々な研究をしている研究者よ。最近、例のウイルスが世に出回りだしたので、私は対抗策を講じるためにウイルスの調査と、ワクチンの作成をすることになった。しかし、ウイルスのサンプルが中々手に入らないのよ。一般人とはいえ殺人鬼共相手にこんな枯れかけのババアが敵うわけもないでしょう?そこで、人数集めに苦戦中で、付き合いの長い彼に協力することにしたの。そうすれば私も彼も仕事がはかどる」

「なんで、オバサンが手伝うとマルティーノの仕事がはかどるんだ?」

 ベルナルドは不思議そうに聞く。

「あー。こいつの仕事は、あくまでも市民の安全と平和を守ることだからね。ワクチンが出来て殺人鬼が減りゃ、市民を守ったことにもなるのよ。そういうわけで、同じくマルティーノの協力者であるあんた達には、感染者を捕縛して私のいる鑑識課に届けてほしい。但し、出来れば殺さないでね。私もあんた達も、面倒な仕事が増えるから」

 そこで再び、マルティーノが言葉を続けた。

「その代わりといっちゃ何だが、手前等にはこの警察署への出入りの自由と、当分の間は手前等の行動に目を瞑ってやるってことでどうだ?」

 マルティーノ巡査の提案に対し、ダンテは質問で返答する。

「一度引き受けた手前だけど、それは俺達に拒否権があるってこと?」

 彼は苦笑しながら、答えた。

「断られたら、俺は今すぐ手前等をまとめてブタ箱に放り込まにゃならんな」

「ええ!?嫌だよ。こんな敵地のど真ん中じゃあ、逃げられないじゃないか」

 ダンテは狼狽える。マルティーノはそんな彼に「なら分かるだろう」と目配せした。

「まあまあ。私達のメリットも大きいと思うし、良いんじゃないかしら?」

 シルヴァーナは宥めつつ言った。

「決まりね。そういうことで私はそろそろ……」

「そういえば、検死結果とかって出たのか?」

 何処かへ行こうとするエルダに、ダンテは問いかける。

「え?ああ。といっても死因は、あんた達の方がよくわかってんじゃないのかしら?」

「あー……まあ、殺ったの俺達だしね」

「ウイルスについては、これからの調査次第。ま、何かわかったら連絡するわよ」

 エルダは手をひらひらさせながら去って行った。

「さてと。とりあえず、手前等の名簿でも作るか。悪いがもう一度自己紹介を、フルネームで頼む」

 マルティーノ巡査はそう言うと、机の引き出しから紙を引っ張りだしてきた。

「あ、僕も聴くー。昨日は暗くてよく見えなかったしね」

 いつの間にかブースの中に入ってきていたリエトが、ニコニコしながら言った。

「えー?もう一回?」

「うん。ごめんね?そうじゃないとさ……」

 口を尖らせるベルナルドに、リエトはずいと近づき

「間違えちゃうから」

と言う。……あ、良い機会だ。恒例の、どんな人だろうかタイムを始めよう。

Dante(ダンテ)La()Torre(トルレ)だ」

 ダンテはマフィアのボスだ。前の記述通りシナモンメッシュ入りの黒髪に、アイアンブルーの瞳、顔に一文字の傷がある。昨日とは違ってレンズの沢山付いた変わった眼鏡をかけていだが。マフィア・アンブロシアの制服である黒い色で、天秤と不死鳥のマークのついた、丈の長いコートの襟を立てて着ていた。性格は、分析肌で腹黒(但し、そんなキャラになっているかどうかは、私の預かり知るところではない)である。

Silvana(シルヴァーナ)Marinello(マリネッロ)よ」

 シルヴァーナは、マフィアの参謀役にして、フィクサー(交渉人)だ。青みがかった長い黒髪と、浅葱色の瞳をし、力をかければ簡単に折れてしまいそうなほど細身の美女である。制服のジャケットには袖を通さず肩に引っ掛け、彼女の陶器のような腕で、金色の腕輪が輝いている。コルセットとドレスの似合う、何ともミステリアスな女性である。

Gino(ジーノ)Brondi(ブロンディ)

 ジーノは、殺人は殺人でも暗殺を得意とする、金色の短髪に、柑子色の三白眼をした少年だ。サイレンサーのついたガス銃とナイフ、サーベルを常に装備している。そのせいか、ポケットの沢山付いたズボンと色褪せたシャツの上に、ベルトだらけの格好となっている。制服のジャケットは裾を短く改造したような服で、泣きぼくろが可愛げのない彼の、数少ない可愛い特徴である。冷淡で口数も少ない少年だ。

Olivia(オリーヴィア)Censi(チェンシ)だよー」

 オリーヴィアは、個人で情報屋を営む傍ら、死体処理を行う少女だ。はちみつ色のボサボサの髪を一つにまとめ、大きなゴーグルを付けている。作業着のようなものを身につけ、制服のジャケットを腰に巻いている。彼女が、自身の姉から貰ったと言う、十字架型のロケットを大切にしている。おっとりした、マイペースな性格だが、請け負った仕事はきちんとこなす。

Bernardo(ベルナルド)Veronese(ヴェロネーゼ)だ」

 ベルナルドは、詐欺師だ。しかし、詐欺師でありながら、あまり人を騙すことには向いていない少年であった。というのも、それは彼の生来の性格による。彼は単純で、短気で、くるくるとよく変わる表情を隠そうともしない。ただ、このやや暗めのメンバーの中に、彼のようなムードメーカーは必要な人材だろう。赤毛そばかす、アイビーグリーンのくりっとした瞳で、何のためかは不明だが、不死鳥型のヘッドをしたステッキを常に持ち歩いている。

Clarice(クラリーチェ)Telesio(テレジオ)です」

 クラリーチェは、スパイである。色々な場所に潜り込み、情報を集めてくるのだ。茶髪にクロムイエローの瞳の少女である。冷酷で、狡猾な性格をしているが、同時にかわいいものやおしゃれ、流行り物などに目がなく、ロリータな服を好んでいた。ファミリー達には、それなりに色々な表情を見せてくれるそうである。耳元のうさぎ型のピアスが彼女のトレードマークだ。

Ugo(ウーゴ)Orcagna(オルカーニャ)

 ウーゴは、クラッカーだ。ん?クラッカーだったか?ウィザードだったか?その辺は、後で本人に聞いておこう。朱茶色というか、人参のような色の髪のこれまた背の低……コバルトブルーの瞳で睨まれた。何だろうね。パソコンを触っていると、こういう性格になるのだろうか。小綺麗な身なりの胸に、エンブレムの入ったブローチをしていた。

 こんなところかな。

「ふんふん。なるほど、覚えたよ」

 リエトは、そうにっこり笑う。

「何気に皆、ファミリーネームの二音目が、ら行なんだな……」

「何の話?」

「……何でもねえよ」

 マルティーノ巡査は名前を書き終えると、ペンを置いた。

「こんなところか。聞きたいことはあるか?」

「ああ、そういえば、配達員とかいう男がアジトに来てこれを渡してきたけれど、あんた機械音痴なのか?」

 ダンテは手紙をひらひらさせながら聞いた。

「ああ、それね。実は彼、調理器具と二輪走行車以外は触れないんだよ。きっと、彼の身体から特殊な電波でも出てるんだろうね。」

「おい、リエト!……まあ、隠しておく必要もないんだが。こいつのいう通り、俺は、その他はどんな簡単な機械でも壊しちまうんだ」

 今まで黙って話を聞いていたコスタンツォが、彼に向かって大袈裟にため息を吐きながら言う。

「全く……先輩。先月壊した備品の数、いくつでしたっけ?」

「ええと……?に、二十八台、四丁、だったか?」

「……わかってるなら、今月は無線機と、パソコンと、拳銃と、加湿器には近づかないでください」

「はい……」

 しょんぼりと項垂れる彼の姿が意外だったので、ダンテ達は顔を見合わせて大笑いした。

 それから、しばらくコスタンツォとリエトの話す自分の備品壊しの伝説を聞いてから、マルティーノは言った。

「んじゃ、これまで通り殺人鬼化ウイルスの感染者を追ってくれ」

「了解」

 彼らとの距離が少し縮んだことを感じながら、ダンテ達は警察署を後にした。


* * *

同日 10:12 十番街裏路地交差点

Angle:Bernardo Veronese

 軽めの朝食を摂り、アジトへ向かって帰る途中、ベルナルドは女の子を見つけた。大きめの木箱の中でうずくまる彼女は、まだ秋口の割に厚手のコートにマント姿で、ぶかぶかな帽子を被ったお下げ髪の子供である。

 ベルナルドは彼女の顔を覗き込んだ。綺麗な紫色の瞳と目が合った。女の子は静かに彼を見上げている。ベルナルドはダンテに向かって声をかけた。

「ボスー?人間を見つけたぞ?」

「人間なんて、どこにでもいるだろう?俺もベルも人間じゃないか」

「そーだけどさ。何?捨て人間?見つけた」

「捨て人間?」

 彼等のボスは振り返り、彼女に目を向けた。

「あら、本当ね」

「か、かわいい……」

「そうだねー」

 彼につられて振り返った女性陣は、そう口々に言いながらしゃがみこんだ。

 この辺りで、人がこうして外にいることは少ないことではなかった。いつもなら、気にも止めなかっただろう。しかし、今日のベルナルドは少し違っていた。

「なー、ボス。飼ってもいーか?」

 何となく気になって、ベルナルドはそう言い、尊敬するボスを縋るように見た。

「いや、飼うって……うーん……まあ、親もいなそうだしな。ベル、ちゃんと仲良くできるか?」

「しつれーな!オレはそこまで子供じゃない」

「そうかい?ごめんごめん。まあ、一人二人増えたところで何が変わるってわけじゃないし、良いよ」

「ありがと、ボス!」

 彼は、女の子に手を差し伸べた。

「オレはベルナルドだ。そっちの名前は?」

 彼女は立ち上がって、短く答えた。

「……ゾーエ」

「ゾーエか!いー名前だな!よろしく!」

 彼女はプイとそっぽを向く。ベルナルドは御構い無しに、彼女の手を引いてアジトに入っていった。


* * *

同日 13:21 十一番街アジト内

Angle:Silvana Marinello

 昼間の仕事が少ない訳ではないシルヴァーナも、今日は仕事が入っていなかった。暇を持て余す仲間たちは、思い思いに休んだり、ゲームをしたりしている。シルヴァーナはふと、部屋の隅で立ち尽くしている女の子のことを思い出した。よく見れば泥だらけの顔で、服もサイズが合っておらずぼろぼろだ。

「ねえ。あなた、そんなところに立ってないでこっちにいらっしゃいな」

 シルヴァーナは彼女に手招きした。しかし、彼女は動かない。

「何か、怖いことでもあるのかしら」

「……、…………でしょ」

「え?何?」

「どうせ、売られるんでしょ?」

 目の前の少女に、シルヴァーナは睨みつけられた。確かにシルヴァーナは職業柄、身売りをした経験もないことはなかった。しかし、今回は違う。彼女にとって、目の前の女の子はベルナルドの、ひいてはマフィア自体の所有物だ。売ろうという考えは、全く起きなかった。

「売るつもりなんてないわよ」

「嘘。そんな訳ない」

「……」

「あたしを連れていく人は、皆、そうだったもん」

 少女は頑なにそう言った。シルヴァーナはため息を吐く。

「まあ、確かに私はあなたを連れて行った人たちと似たような人間よ。マフィアなんて人間は、大体そうだわ。でもね、あなたを連れて帰ってきたベル君は、マフィアというにはあまりに素直な人間よ。下心があって、あなたの手を引くような人間ではないわ。私はただ、そんなベル君の意を尊重しているだけ。わかってくれるかしら?」

 少女は長い時間考えてから渋々頷き、恐る恐る近づいてきた。シルヴァーナは彼女を抱き寄せ、頭を撫でながら、

「良い子ね。さてと。まずは、お風呂にでも入りましょうか。あなた、泥だらけよ」

 といった。少女は少し困惑したように、小さく頷く。シルヴァーナは彼女の肩を抱きながら、アジト内に備えられた風呂場へ向かった。


Angle:Dante La Torre

 アジト内に、ひそひそとした話し声がしだした。

「という訳で、このアジト内の華が入浴中だ。皆、やることはわかってるね?」

 男性陣が、風呂場の前に集まっているようだ。とはいっても、ウーゴはアジトに帰ってきたなり、自室で昼寝を始めてしまったので、ここにはいない。

「うん。まえの日言われたとーり、カーテンにあなあけといた」

「よくやったね、ベル!」

「止めといた方が、良いんじゃ……」

「何言ってるんだい?ジーノ。君だって男だろう?」

 どうやら覗きの算段をつけているらしい。そんなことは知らずか、カーテンの奥から声が聞こえてくる。

「やっぱり若いっていいわね。お肌ツルツル、髪もサラサラだし。羨ましいわ」

「そ、そんなこと……」

「私も負けてられないわね。ほら……」

 外の男三匹は、どうにか中を見ようと、カーテンに空いた穴に顔を近づけた。

「……あ」

「え?あ?」

 覗きをする彼ら三人が、後ろからその様子を観察している私の声で振り返ると、そこには酷く冷たい目で彼らを睨みつけるクラリーチェの姿があった。

「……」

「ク、クラリーチェ、さん?」

「……最低」

「あの、拳なんて握って……」

「ボス、みんな、一回死んでください!」

 次の瞬間、激しい打撃音と三つの断末魔が霧の街にこだました。


* * *

同日 13:35 十一番街アジト内

Angle:Silvana Marinello

「あらあら、どうかしたのかしら」

 風呂から上がって着替えたシルヴァーナは、風呂場に背を向けて正座をさせられている、情けないファミリーたちを見遣った。皆、頬に一発もらったらしく赤く腫れている。

「いや、もーせーしているところです、ねーさん……」

「それは良い心がけね。何に猛省しているかは、聞かないでおこうかしら」

 クラリーチェの服を着た少女は、シルヴァーナの後ろからひょっこりと顔を出しながら、その様子を眺めていた。

「ええと、ゾーエちゃん。その様子だと、クララの服でも少し大きいみたいね。やっぱり買いに行きましょうか」

「いいよ、別に」

 少女……ゾーエは謙遜してそう言うが、彼女たちは御構い無しだ。

「そう言わずに、マーケットを見に行きましょうよ。久しぶりに何もない日なんだし」

「そうですね。わたしも、かわいいもの、探しに行きたいです」

「オリちゃんも行くわよね?」

「行くー。ガジェットが欲しいわー」

 こうして、男たちを放置し、ゾーエの背を押しながら、女性陣はアジトを後にした。

「……ところで俺たち、どうすれば良いの?」

 そうぼやくダンテである。

「……私の方を見ても、助けられないよ。ウーゴ君が起きるのを待ったらどうかね?」

「「「……頼りねえ」」」

「そう言われたって無理です」

 ……もう、阿呆共は放っておこう。


* * *

同日 14:07 北六番街マーケット(abito)内

Angle:Clarice Telesio

 クラリーチェは悩んでいた。服選びとなれば、オリーヴィアやシルヴァーナより詳しい彼女だったが、目の前の少女に似合う服を決めかねていたのである。

「こっちかな?いや、こっちもかわいいし……」

 側の籠の中には、うず高く積まれたロリータな服の山ができているが、更にあちこちから引っ張り出しながら頭をひねる。

「そうだ、ゾーエちゃん。どっちが好きですか?」

 彼女の右手に赤を基調としたドレスを、左手にゴシックな黒いドレスを持ち、ゾーエに聞く。

「そう言われても、そんな服着たことないからよくわからない」

「好きか、嫌いかで良いのに。じゃ、じゃあこれは?」

 右手のドレスをピンクに変えるが、ゾーエはまだ晴れない顔のままだ。

「うーん……じゃあこれは?」

 今度は左手のドレスを青い色に変える。ゾーエはそれからは目を外しつつ店内を見渡した。

「ちょっと、シルヴァ姐さんも探してくださいよ」

 クラリーチェは、後ろで椅子に座りくつろぐシルヴァーナに助けを求めた。

「私はお金を出すだけ。服を選ぶ才能がないんだもの」

「使えねえです」

 ふと、ゾーエの視線が一着のドレスに目が止まった。

「あれが良いかも」

 彼女の指差したのは、クラシカルな白いロリータな服だった。

「それが良いんですか?」

「うん」

「じゃ、それにしましょうか。お会計の為にオリちゃんを探しに行きましょう」

 シルヴァーナはそう立ち上がり、小物コーナーへゆっくりと歩いていく。二人も後に続いた。……ところで、何故ロリータ服指定がされていたのかは謎である。色々あるはずなのに。

「かわいいは正義です」

「アッハイ。その通りです」


Angle:Olivia Censi

 オリーヴィアは三人が少女の服を選んでいる間、お気に入りの小物を探していた。彼女は小物好きで、たまに趣味で作ることもあるのだ。

 今回のお目当ては、コレクター達に人気の、真鍮製の鳩の置物だった。しかし、売り切れてしまっていたようなので、代わりに桜の木を模したゴーグルスタンドに手を伸ばしかけた時だ。彼女は横から同じ商品に伸ばされる手を見つけたのである。

「「あ」」

 同じものを手に取ろうとした二人は、顔を見合わせた。相手はうっすら赤みがかった白い髪の女性だ。シニヨンを被り、ゆったりしたドレスに身を包んでいる。彼女は、微笑みながらゴーグルスタンドをさし、

「どうぞ。また別のものを探すわ」

と言う。

「やー、別にオリはこれじゃなくてもいいから。シニヨンさん、買ってよ」

 オリーヴィアは対してそう返した。

「いやいや、あなたさっき鳩の置物を逃していた子でしょう?私のは、夫への贈り物っていうだけだから、何でも良いのよ」

「だったら、なおさらこれにしなよー。オリのはただ部屋に飾るだけだもん」

「そう?ありがとう」

 女性は、オリーヴィアにぐいぐい押し付けられたスタンドを、ゆっくりと受け取る。

「ふふ、あなたとは仲良くなれそう。あなたの名前は?」

「オリは、オリーヴィアだよー」

「そうなの。私はユーユよ。また会った時は、よろしくね」

「よろしくー」

 ユーユと名乗った女性は、オリーヴィアに軽く会釈して会計の方へあるいていった。彼女と入れ違いに、三人が服の入った籠を持ってやってきた。

「やー。決まったー?」

「決まりました。誰かと話していたんですか?」

「うん。シニヨンユーユさんと」

「シニヨンユーユさん?知り合いですか?」

「違う。ピアチェーレさん」

「そうですか。あれ?オリちゃん、鳩の置物は?」

「売り切れー。また今度にする」

「そう。残念だったわね」

 オリーヴィアは口々に声をかける仲間たちから目を離し、女性の去っていった方向を見た。人混みの中には彼女の姿は既になかったが、オリーヴィアは久しぶりに会った気の合いそうな人物の笑顔に、一人笑い返してみるのであった。


同日 14:38 六番街マーケット内喫茶店

Angle:Yuyu Confortola

 ユーユは、二人分のコーヒーを注文すると、夫であるイザイアに先程買った贈り物の包みを渡した。

「ユーユ、これは?」

 それを受け取りながら、イザイアは尋ねる。

「やぁね。今日が何の日か忘れたの?」

「いや、忘れてない。俺が、ユーユに正式にプロポーズした日、だろ?」

「覚えてるじゃない」

「そりゃ、な。けど、こういうのは結婚一周年とかにやるんじゃねぇのか?」

「良いのよ。こういうのは、気持ちでしょう?」

「まあ、そうだな。ここで開けるのは何だし、帰ってから開けるよ」

「うん」

 間も無くして、コーヒーが二つ運ばれてきた。イザイアはそれを一口飲んで、しみじみと言った。

「もう、一年か」

「私と会ってからは、十年よ」

「あの日から、長いようで短かったもんだな」

「そうね」

 ユーユはコーヒーの水面に映る、自分の顔を眺める。

「『次』の一人に会ったわ」

「俺もだ」

「なんだ。貴方も会ってたの」

「昨日、な」

「おっとりした、良い子だったわ。オリーヴィア、っていう名前の」

「あいつか。……そうだな」

 イザイアは、カップの中身を飲み干して呟いた。

「上手く、やってくれると良いな」

「そうね。そうもいかないでしょうけれどね」

 二人は静かに目を伏せた。

「……って、熟年夫婦か」

「まあ、十年連れ添った仲なんだが」

私のツッコミは、正論で返されてしまった。まあ、もっとなことだけれど。

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