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黄昏 マフィア『アンブロシア』

大層なものを書き始めようとしたものの、作者は犯罪というやつからとても遠い場所に居るように思う。今迄のんびりと、両親に甘えて過ごしてきた。特に心を荒らげる事件は、基本的に自分自身の失態くらいなものである。

しかし、犯罪は日常と隣合わせに存在する。事実、作者も小さい頃に道行く変態さんに遭遇したことがあるのだ。だから、誰も自分は関係ないなどという事はあり得ないのだと考えているよ。そんなことを、大した知識もないけれど書いてみたいと思ったのだ。

そしてこれは作者の、きちんとした形での処女作となる。そんなこの作品で、これから始まる(であろう)思想世界計画の重要人物達の紹介も、していきたいと考えている。まあ、この世界線は本物の彼等の暮らす世界線とは異なっているので、名前や境遇なんかが変わっているから、最早別人なのかもしれないが。

そんなことを頭に、お暇な時に少しだけでも楽しんでいってほしい。


どこかの街より 色無き願をこめて。

1936年 9月4日 2:47 二番表通り

Angle:無色願

 今日も漆黒に沈む、月明かりのない夜が始まる。世闇にその身を溶かした黒猫が、嘲るようにほくそ笑んだ。

 ライソと呼ばれるこの街が、外の世界と交わりを絶ち、三十年ちかくが経過した。蒸気機関で発達したこの街の青い空が失われて久しい。絶えず塵と、煤と、水蒸気で視界も悪い。しかし、今はそんなことは大事なことではないのだよ。

 ほら。ここ、二番表通りの向こう。大きなエンジン音が響いてくるだろう。あれは、最近この街を騒がせている殺人鬼だ。片手に蒸気式のノコギリ、所謂チェーンソーを振りかざし、今夜いただく獲物を探している。

 おやおや、すぐそこの裏路地から新手の気狂いが現れたよ。大きな斧を引きずりながら、高笑いするこの男も殺人鬼。……嗚呼、そうだ。この街には近年、おかしな奇病が流行っているのさ。誰でも良いから人を殺したくなる、ってやつだ。それのせいで、警察も科学者も仕事が増えて、随分と難儀しているらしい。

 さて、話を元の道に戻そう。二人の気狂いは獲物を見つけた。表通りを、一心不乱に走る女性。後を追う二人の殺人鬼との距離は、今はまだ離れている。女性は裏路地に逃げ込んだようだ。そして、小さな無線機を取り出すと、特定の周波数に合わせて掛けた。というのも『最近有名な彼らに出逢ってしまった時には、此処に無線を繋げば直ぐに助けてくれる』という、所謂都市伝説があるのだよ。彼女は藁にも縋る気持ちで、そこへ掛けたのである。

「助けて!殺人鬼に追われてるの!今、九番街の裏路地に隠れたところです」

「オーケー。すぐに行くよ」

 無線の向こうから、男の声が聞こえてきた。

 彼女は直ぐに無線を切った。と、路地の角から、霧に紛れて男が姿を現す。斧を持った男の方だ。男は女性の姿に気がつくと、奇声を上げながらこちらに向かってくる。女性の脚は恐怖で動かない。振り上げられた斧に、女性の絶望の表情が反射した。

 その時だ。高いアパルトメントの上から唐突に、悪戯っぽい男の声が降ってきのだ。

「うんうん。良い顔だ。ゾクゾクするね」

 声の直ぐ後に、今度は鋭く光るナイフが降ってきた。それは斧を持った男の目に深々と突き刺さる。彼は悲痛な声で叫び散らした。

「おや、君も、良い声で鳴くじゃないか。良いね。もっと俺をたのしませてよ」

 そう言い終わると、更に上から男が飛び降りてきた。表通りのガス灯に照らされた傷のある顔に陰険な笑みを浮かべた男は、シナモン色のメッシュの入った漆黒の髪をかき上げ、女性に目を向ける。アイアンブルーの瞳が降ってきたナイフのように、鋭く光った。

「君だね?俺に殺人鬼の情報を寄越したのは」

「あ……」

「嗚呼。言わなくても結構。もう一匹は、部下が仕留めに行ってるよ」

 そう言うと、男は女性の手にキスをした。女性の顔が真っ赤になる。

「さて、と。このままレディを苛めてみるのも一興だけど、お前が先だ、哀れな殺人鬼。残念だけど、この道で遊ぶんなら、俺に断りを入れなきゃならないのさ」

 男は、殺人鬼の目に刺さったままのナイフを引き抜き、悶え苦しむ男の脚の腱を切った。さらに、膝から崩れ落ちた殺人鬼の耳を削ぎ、鼻を落とし、両手を地面に縫い止めるようにナイフを突き刺す。

彼が叫ぶだけの肉袋となった男で、ひとしきり遊び終えた時、表通りからチェーンソー男を引きずりながら、返り血塗れの金髪青年が姿を現した。

「ダンテ。終わった。帰る」

「ん。こっちもあとは殺すだけだけど、うーん……面倒だし警察にでも任せようかな?」

「うん。早く帰りたい」

「はいはい」

 ダンテ、と呼ばれた男はふと、女性を振り返り、

「あ、もう帰っても良いよ。流石に三人目に当たる事はないと思うし。じゃあね」

と言うと、青年を連れ、踵を返して去っていった。


* * *

1936年 9月4日 9:15 ライソ警察署

Angle:Martino Chiavassa

「で、道には感染者の遺体が二つと、保護した女性しかいなかった、と。」

 そう、マルティーノ巡査は後輩であるコスタンツォ巡査の報告に薄い栗色の瞳を伏せ、ため息をついた。淡い金髪で、鍛えられた身体をしたこの男は、しかし不自然なほどに病的な白さの肌をしている。彼は眉間に皺を寄せて頭をかいた。

昨日、女性からの警察官が現場に向かった時には、事は全て終わり、男の無残なばらばら死体と、自ら舌を切って自殺したらしい男、そして力無くへたり込んでいる女性しかおらず、彼らを殺した人物については何の手がかりも得られなかったそうだ。

「全く、今回で何度目だ?あのマフィアとか名乗るクソガキ集団に、遅れをとるのは」

「今回で四度目……っすね」

 長身で、アルビノ特有の白い長めの髪と赤い瞳が特徴の彼、コスタンツォ巡査もまた、長いため息をついた。

「だから言ったでしょ?このまま奴等無能警官共に任せてたら、今回も駄目だって。いつも通り皆と調査した方が良いんだよ」

 目が覚めるような、美しい風貌の青年が、ソファの上で眺めていたファイルを閉じながら、そう二人を嗜めた。彼等よりは低身長なこの男の名は、リエトという。胡桃色の長い前髪で右目を隠し、ストールを巻いた、元詐欺師だ。マルティーノ巡査に捕まってからは、この警察署で特別技術顧問として働いている。

「まあ、そうなんだが、彼奴等も彼奴等で仕事があるだろうし、迷惑ばかりかけてらんねぇだろうが」

「仕事なんて殆どないでしょ、アルカンジェロ探偵事務所には。きっと今日も暇してるだろうね」

『アルカンジェロ探偵事務所』というのは、彼等と昔から協力関係にある探偵事務所の名前である。マルティーノの幼馴染が助手として働いており、リエトとマルティーノは良く訪れているのだった。

「で、お前は何故ここにいるんだ?無色願」

 机の端に座って、大学ノートに彼等の様子を余すことなく書き記していく私に、マルティーノ巡査が声をかけた。

「何故って、君の物語が再び始まりそうだからさ。ほら、もう直ぐだろう?あの日は」

「……まあ、な」

 彼の目が、何処か遠くを眺めるように細くなる。

「良いじゃないか。それが、今回はこの事かも知れないってことなら、逸そのこと彼等に任せてしまおうよ」

 リエトは、帽子を被りながら言う。

「うーん……やっぱそうなるか?」

「それ以外に何があるっていうのさ?ほら。彼等を誘き出す算段をつけに行くよ。コスタンツォ巡査も早く準備してよね」

「へいへい……」

「えっ?俺もっすか?」

「社会見学ってことで、ね」

「了解っす」

 三人は、コートを羽織り警察署を後にした。……あ、私?私は当然、煤よけの傘を差してついて行ったよ。


* * *

同日 9:34 西五番街十三番表通り

Angle:Martino Chiavassa

 碁盤の目状に構成されたこの街の表通りの道の中心を、蒸気式路面走行車と銘打たれた、いわゆる路面電車が走っている。蒸気式二輪走行車、いわゆるバイクならあるものの、歩くには不都合なほど広大で、しかも他にビークルのないこの世界において路面走行車は有効な移動手段だ。

 彼ら三人は、それに乗って約8km先の探偵事務所へ向かった。三人がたどり着いたのは、感じの良いアパルトメントだ。一階は『BAR・voce』と書かれた看板が下がっており、その上の階に『アルカンジェロ探偵事務所』はあった。マルティーノはそのドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らす。少しの間をおいて扉が開き、肩までの黒い髪をハーフアップにした女性が姿を現した。赤い髪飾りがチェリー色の瞳と合わさり彼女の魅力を引き立てている。

「ようこそ、アルカンジェロ探偵事務所にって……なんだ。マルじゃない。それに、久しぶりね、リエト。向こうの人は、初めてか。あなた名前は?」

「あ、えとコスタンツォと申します。マルティーノ巡査には、いつもお世話になっています」

コスタンツォは少し緊張しながら答えた。

「そうなんだ。レジーナです。ここで助手をしていて、後は……そう。彼の幼馴染なの。よろしくね。……えーと。あとは、ネガイさんか。みんな、入って入って」

「悪いな。レズ」

「お邪魔しまーす」

 三人は事務所内に入った。……もちろん、私も。こじんまりとして落ち着いた内装の事務所内には、この事務所の所長であるアルカンジェロ探偵と、彼女同様に助手であるハッカーのイザイア、同じく助手のセスト、そして貴族でありながら両親の怠慢によって貧乏な生活を送り、挙句家を差押えられてから住み込むようになったリーアと、レジーナの双子の兄のロマーノがいた。……ちょうど良い具合に一人ずつ話しているから、彼らのプロフィールと共に彼等の会話を聞いてもらおう。

「あらチャオ。二日くらいぶりね、マルティーノ」

 リーアは非常に小柄な女性である。黒い髪をツインテールにし、長めのドレスを着て、コルセットをきっちり締めている。切れ長の黒い瞳は、目の前の人物の目を真っ直ぐに射抜く。武道を嗜む傍ら、実家の神社の経営を一手に引き受けつつ破天荒に暮らす彼女は、貴族でありながら気取ることも、偉ぶることもなく、自由に生きる女性である。

「全く、お前ちゃんと仕事してるのかよ?」

 ロマーノはそんなリーアの専属SPである。というのも、彼はリーアの家に派遣されてから帰還命令が下るまで少しでも彼女の生活の助けになれば、と自ら神社に残ったのだ。レジーナと同じ色の髪を同じようにハーフアップにした、気怠げなワイン色の瞳の、長身の男である。ヨレヨレのシャツや、よく見ると寝癖がなおっていないところから、彼が結構適当で面倒臭がりな人物であることがわかるだろう。……実は彼はかなり強い霊感と霊視能力、それと、深刻な憑依のされやすさを持っているのだが、それはまた別の物語で話すつもりだ。

「それ、あんただけには言われたくねぇ」

 イザイアは、白髪のちb……おっと、もの凄くきつい目で睨まれた。小柄な青年である。長い白い髪と、それを止めているゴーグルが特徴。緑色の冷たい目をしているが、本人は情熱を秘めた熱い男である。一流の剣の腕前を持っているが、未だにセストに勝つことが出来ないのを歯痒く思っているらしい。それだけセストが強いのだが。先日彼は、十年の付き合いの恋人と結婚し、子供も出来たらしい。……お幸せに!

『まあまあ。お茶が入った。どうぞ。』

 セストはイザイアよりも長い、具体的には腰まである黒い髪の少年だ。彼は声を失って久しく、会話は全て筆談で行われている。この探偵事務所内で最年少の彼だが、実はこの中では誰よりも強い。とても真っ直ぐで、素直な男である。可愛いらしい顔をしているので、最近は専ら彼を女装させるのがここのレディたちの楽しみであるらしい。黒いつぶらな瞳がまた愛らしいのであった。

「良い匂いですね。私にも一杯ください」

 アルカンジェロ探偵は火傷だらけの顔をした榛色の髪の中年男性である。物腰やわらかなこの男は、昔遭遇した火事で脚を悪くしてからは安楽椅子探偵として彼女たちを動かしつつ仕事をしている。ただ本人は、あまり動けないことを快く思ってはいないらしい。鋼色の静かな瞳が時折きらめくと、依頼は飛ぶように解決していく、と言われているが、私はまだ見たことがない。

 そうこうしているうちに、皆にカップが行き渡ったので、レジーナは早速話を切り出した。

「それで、どうしたの?ここに予約もなくいきなり来るのはいつものことだけど、何か用事があるんでしょう?」

「ああ、そのことだが、前も話した例のマフィアと名乗る集団についてなんだ」

「警察は、奴らに手を焼いてるんすよ」

「それで、僕等の独断で動いた方が良いと考えて、ここに来たっていう訳」

と、警察署組の三人は事の次第を簡単に説明した。

「成る程。何時もはこちらから協力の依頼をしていますが、今回はそちらから、という訳ですね。わかりました。他でもない貴方がたの頼みです。断る理由もありませんよ」

 アルカンジェロ探偵は、快く返事をした。

『それで、彼らを捕まえるにしても何か策はあるのか?』

「そうだな。何も情報がないんじゃ、逮捕どころか足取りすら掴めねぇよ」

 セストとイライザは、そう言う。……何?一人声は出してないじゃないかって……人の揚げ足を取るんじゃありません!……コホン。それに対して、マルティーノとリエトが説明しはじめた。

「それに関しては、いろいろと報告することがあるな。まず、これまでに起きた殺人鬼化ウイルス(仮)によるとみられる事件は七件、その中で奴等の絡んだ事件が四件だ。うち三件は集団感染の疑いがあったが、その全員が殺されている」

「殺人の手口を見る限り、相手は実行犯が少なくとも三人、さらに、情報収集の為にスパイの一人や二人、あと、警察署のデータベースから情報を引き出せる程度に凄腕のクラッカーもいるようだね。もしかしたらまだ居るのかも」

「そして、特に目立つ殺人が行われているのが今俺達のいる探偵事務所に面した、二番表通りであることから、奴等のアジトはこの道の近くである可能性が高い」

「なんでそう言えるのよ?」

 リーアが口を挟む。それに、コスタンツォが答えた。

「死体を残すってことは、そいつらが余程の馬鹿であるか、何らかの意味があってやってる、ってことだ。しかし、前者の場合なら誰か頭の良い奴が注意してるだろうし、そもそも現場に馬鹿なりの隠そうという意思も感じられなかったし、まあ、ありえないだろう。だとすれば後者。奴らが、ここでばかり殺人をするってことは、ここは奴らの縄張りっていうことなんだと考えられる。マフィアってのはそういう連中らしいし。……ってことっす」

「ふーん……よくわからない」

「ま、要するに、奴等のアジトはこの道沿いの何処かってことだ」

 マルティーノは、コスタンツォの言葉に付け加えた。

「それで、作戦の方だけど、彼等が、かなり周到に用意をすることと、自分達の技術の高さからか単独行動をしがちってことを利用するよ」

 リエトが作戦を説明している。けれど、これはこの後の別視点で説明していこう。


* * *

1936年 9月6日 1:42 西五番街二番表通り

Angle:Dante La Torre

 ところ変わって、こちらはマフィアのアジトを出て少し離れた場所。彼らの仲間の諜報部員から『彼女が潜り込んだバーの上の階の探偵事務所で、例の奇病の集団感染の疑い有り』という情報が入った。さらに、クラッカーからの情報から、どうやらその中に、前科持ちが一人いるらしいことがわかった。前科持ちはウイルスの潜伏期間が通常よりも短い、という機密事項も手に入れている。おそらく、彼は今日にも発病するだろう。そんな男をダンテは尾行している最中だった。他の感染者達は、今日は皆それぞれの事情で出払っているようだから、仲間達総出で追い、隙を見て殺しておくよう言っておいた。

 標的の男は、情報の提供者である金髪の男と歩いている。金髪の男は、酔っているようだ。上機嫌に彼と話しながらダンテの5m程前を歩いている。

 しばらくして突然、標的が立ち止まった。金髪の男は彼を不思議そうに見ている。

「おい、どうした?」

「……ねえ。君の肉ってさ、美味しいのかな?ちょうだいよ」

 標的の男は不気味に笑いながら、金髪男性に向かって隠し持っていたナイフを振り上げた。

 ダンテはその瞬間に、隠れていた物陰から飛び出した。標的のナイフを躱し、懐に飛び込もうとした時だ。後ろの男が、ダンテの手を掴み捻り上げたのである。

「な、何だ?」

「チャオ。やっと捕まえたぜ」

「やー、おめでとう。ね?やっぱり上手くいったでしょ?」

 標的がナイフをしまいながら、こちらに近づいてきた。

「どういうことだよ?これは」

 ダンテは、自分の腕を捻り上げている男を見上げて聞いた。

「そうだな。まず、昔からこの街の西側で一番情報の集まる場所といえば、BAR・voceと相場が決まっている。そこに鼠が潜り込んでるのは、はなからわかっていた。で、そこに新しく美味い話を持ち込めば、当然食い付いてくるだろうと考えた次第だ。いつもは、かなり調べ込んでから仕掛けるようだったから用心していたが、今回はそこまででもなかったようだが。……つまり、前等は釣られたってことさ」

「じゃあ、全部知ってたってこと?」

 標的の男がにっこり笑いながら、ダンテに言う。

「そっちを分断させるために、こっちも戦力を分けることになったけどね」

「そ、そうだ。他のみんなは?」

「彼奴等は強い。今頃全員捕まっているだろうな」

……という訳で、ここから彼らがそれぞれいる場所へ視点を移していってみようか。


同時刻 九番街アパルトメント屋上

Angle:Sesto Tetrazzini

『捕まえたから、早く事務所へ戻ろう。』

 縛り上げた男女を交互に見ながら、セストはイザイアにそう伝えた。

「……ったく、やっぱ気にいらねぇ。俺が居なくても良かったじゃねぇか」

 イザイアはそっぽを向く。

 こちらに来たのは、ネイビーブルーの髪の美女とキャロットオレンジの髪の少年だった。それを、セスト一人で片付けたのを、イザイアは快く思っていないらしかったが、セストはそんな彼の気持ちには気づきもしないようだった。


同時刻 アルカンジェロ探偵事務所内

Angle:Regina Pantaleo

 侵入者用の罠を起動させた事務所内で、アルカンジェロ探偵とレジーナが待ち受けたのは、男と女だった。男の方はかなり単純な性格だった上、女性の方も、あまり戦闘慣れしていないようで、二人ともあっけなく捕まった。はちみつ色の髪のぼんやりとした少女と、ワインレッドの髪のせせこましい男の子だった。

「さて。我々の方は簡単に終わりましたが、他はどうでしょうね?」

 アルカンジェロ探偵は、レジーナに聞く。

「大丈夫ですよ。みんな強いですから」

 彼女は誇らし気に言った。


同時刻 二番街神社参道

Angle:Lia Spartaco

 こちらは、リーアとロマーノが迎え撃った女性が泡を吹いて倒れているところである。

「あっちゃー……ちょっとやり過ぎたわね。まあ、いいか」

 彼女は、特に悪びれる様子もなく言った。

「リーア。楽しむのは良いけど、面倒だけは起こさないでくれよ」

「わかってるって」

 適当な返事をしながら、リーアは倒れているチョコレート色の髪の女性を見つめる。その、綺麗な顔の、まだ幼い少女を。


同時刻 十一番街アパルトメント地下

Angle:Costanzo Fassini

「なんで俺だけこんな役回りなんだかな……」

 コスタンツォ巡査は、ぼやきながらスラム街の地下の、奴らのアジトと思わしき場所を特定したところだった。

「ま、慣れてるから良いけどよ」

 そっとアジトの中を覗く。どうやら皆出払っていて誰もいないようだ。誰かを捕まえる、といった見せ場はなかったが、尊敬する上司の思惑通りにことが運んだことに少し嬉しくなったコスタンツォであった。


同時刻 西五番街二番表通り

Angle:Dante La Torre

 場所を、青年マフィアが拘束されている道に戻そうか。

「ねえ、僕の演技はどうだった?」

 標的の男が金髪の男に聞く。彼はため息をつきながら、

「お前のは半分本気だろうが。洒落にもならんわ」

と言う。

「そんなことはない。……少なくとも最近は、ね」

「それが怖えんだよ……ったく」

 そんな風に金髪の男をからかってから、先に行っている、と標的の男はすぐ近くのアパルトメントに入っていった。

 金髪の男は、もう一度ため息をついてから、ダンテに話しかけてきた。

「まあ、詳しいことは後々聴くってことで」

 そして、道の先の方へ向かって声を投げかけた。

「そこに隠れてる奴も、出てこないと後で説明が面倒だからついて来な」

 すると、ダンテが隠れていた方とは逆の物陰からここに来るはずではなかった、仲間で暗殺者のジーノが姿を現したのだ。それを見届けてから、金髪の男はダンテの拘束を解いた。

「さて。行くか」

 彼は、先に立って歩きはじめた。全く油断のないその背を見て、彼らは確信した。この男には、自分達が束になってかかっても、到底倒せる相手ではない、と。二人は彼に従い、後をついて行った。


* * *

1936年 9月6日 3:06 アルカンジェロ探偵事務所内

Angle:Martino Chiavassa

 探偵事務所に全員が集まった。それぞれ、一人ずつ捕まえたらしい。最後のリーアとロマーノが事務所内に入った所で、マルティーノ巡査は話しはじめた。

「さて、と。まずは自己紹介といこうか。俺はマルティーノ。刑事だ。で、右からリエト、椅子に座ってるのがアルカンジェロ探偵、と奥のレジーナ、イザイア、セスト。それで、そっちがコスタンツォ巡査で、入り口の所にいるのがリーアとロマーノだ。じゃ次はそっちの番だな。順番に名乗ってくれ」

 一瞬の間を置き、彼らは一人ずつ自己紹介した。

「……俺はダンテ。マフィア・アンブロシアのボスをやっている」

「クラリーチェです。スパイをしています」

「ジーノ。暗殺者」

「オリーヴィアだよ。情報屋してるよ」

「ベルナルドだ。あー、詐欺師ってやつ?」

「シルヴァーナよ。フィクサーっていうのかしら?主に交渉役をしているわ」

「ウーゴ。クラッカーだ」

「よろしく」

 マルティーノはポケットから煙草を取り出して、マッチで火をつけ、言葉を続けた。

「さて、まずは手前等の質問にでも答えるか。『いったいこれは、どういうことなのか』そこの、えーと……?ダンテとジーノ、だったか?其奴らには言っといたが、手前等好き放題やってくれたからな。お詫びと言っちゃなんだが、美味いガセネタを餌に、手前等を釣らせてもらった。俺の予想通り、手前等は戦力を分散させてくれたから簡単にお縄にできたって訳だ。それで俺は、手前等を法的にぶっ飛ばすつもりだった」

「つもりだった?」

 マルティーノが捕まえてきた、ダンテと名乗る男は、おうむ返しに尋ねた。

「ああ。御覧の通り警察は若干抜けてる奴らの巣窟だ。手前等のような糞ガキ集団にすら遅れを取る連中ばかり。そう思わんか?」

「まあ、ね」

 マルティーノの問いに、ダンテは目を逸らしながら答えた。

「だろう?いかにも使えん奴らだ」

 マルティーノは紫煙を吐き出し、さらに続けた。

「そこで、だ。手前等、このまま警察に突き出されるか、今から言う掟を守りつつこれまで通り殺人鬼を追うか、どちらか好きな方を選べ」

「「「「「「「……え?」」」」」」」

 マフィアの皆は、素っ頓狂な声を出した。それに対してマルティーノは、にやりと笑い

「もう一度、わかりやすく言ってやろうか?これ以上、無能警官共だけで事は対処できねえ。手前等手伝え、ってことだよ」

と続ける。

「い、いや。そういうことじゃなくて……」

 ダンテは慌てて周りを見回した。仲間たちもダンテ同様に狼狽えているようだ。しかし、彼は皆のボス。そうもしていられないと思ったのか、マルティーノの問いに答えた。

「わかった。あんたの言う掟ってのに従って、殺人鬼を追うことにする」

「ボス!?」

 仲間たちは彼の言葉に驚きの声を上げるが、彼は冷静に言う。

「その方が、都合が良いだろう?」

 マルティーノはそれに、軽く頷いた。

「利口なこったな。なら、早速掟の話にいこうか。といっても、そんな大層なもんでもない。ただ、殺人鬼の情報が入ったら、此方へも伝えることと、本当に危機的な状況になるまでは、殺人鬼は殺さずに捕らえること。それだけ守ってくれ」

「了解した」

「よし。それじゃ、最後に手前等にはこれを渡しておこうか」

 そう言って、マルティーノは煙草の入っていた方とは逆のポケットの中から、ドッグタグを七つ取り出し、マフィアの一人ひとりに手渡した。

「実はそれ、僕も持ってるんだよ」

 リエトは、首から下げているタグを指しながら笑いかける。

 タグにはいつ調べたのか、それぞれの名前と生年月日、血液型が彫られていた。

「そいつがあれば、いつ何時でも警察署内部に入れる。俺か、コスタンツォ、リエトに会いに来るときは、首に下げておけ」

 ダンテは頷いた。

「わかった」

「んじゃ、今日はもう遅いし、解散とするか」

 マルティーノの言葉で、それぞれ家に帰るために事務所を出たり、寝るための支度をしたりしはじめた。マフィアの皆も外にでて、家であるアジトへ戻っていく。やがて事務所の玄関には、先程からのこのいろいろなことに対して、整理をかけていたダンテと、マルティーノだけが残された。

「……悪いな。ちょっと強引だった」

 彼は、まだ成人して間もない青年に向かって言った。

「いや、これで良かったのかも。だってこれからは、堂々と殺人鬼共を苛められるってことだろう?」

 そう黒い笑みを浮かべる青年に、マルティーノは苦笑を禁じえなかった。

「お前、いい性格してるよ……」

「お褒めにあずかり、光栄でございます」

「褒めてねえよ」

 そう言うマルティーノの笑みが、一瞬だけ消えた。

「悪いと思ってる。すまんな」

「?」

 彼のその言葉の意味を、若き青年はまだ知らなかったのであった。

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