主人レイア
マッキンは操られているような不思議な気持ちのまま、ドアを開け、廊下のような細い通路に並べられた椅子に座る人間を見た。
そこに居たのは長い金色の髪を後ろで一つに纏め、柔らかそうな桃色の布製の洋服に同じ色のスカートを履いた自分と同じような17、8の少女である。
これから魔王を倒そうとする勇者とは思えない少女であるが、これが自分の主人であるという認識とそれがレイアという名前であることは既に頭が覚えていた。
そして、マッキンが何より驚いたのはレイアを主人と認識した瞬間に、自分が今出会ったばかりのこの少女に完全な忠誠とそれを示すに相応しい態度を取ろうと考えていることだった。ふと、アンドレが『細かいことは身体が覚えてるはず』といったのを頭の片隅で思い出しながら、マッキンは立膝をついて跪いた。
「ヨーク・マッキンです。よろしくお願いします。」
「よろしくね。マッキン。」
「はっ。身命を賭して、レイア様の御為に働かせていただきます。」
レイアは、残念そうな顔をして俯いた。
「ねぇ。マッキン。騎士だと、やっぱり、そういう口調になっちゃうのかしら。」
マッキンは顔を少し傾ける。
「そういう口調とは。私、まだ騎士としては浅いもので。不敬に当たるような表現がありましたら、平にご容赦ください。」
レイアはそれを見てため息を一つついた。
「マッキン。そうじゃないの。私は友達になってとお願いしているの。だいたい『身命を賭して』とか『平にご容赦を』とか他の人が聞いたら、びっくりしちゃうから。」
「多少、砕けた表現を使えというなら、それに応じようとは思いますが、しかし、それに基本的に私にはこのような喋り方しかできません。」
できないという表現は、皮肉でもレイアの命に対する拒絶でもなく、まさしく、マッキンの奇妙な状況を言い得て妙だった。
無論、マッキンにとって、レイアは、完全な『主人』であり、敬意を払わないという選択肢はない。しかし、例えば、マッキンが『ちょっとくらい砕けた表現を使えっていうなら、使うけど、基本的にこんな感じだ。』と言おうとしても、頭は勝手に主人に敬意を払い、結局、前のような文章が発声されることになる。
突然、聞きなれない音がマッキンの耳に入ってきた。
「『うんえい』から手紙みたいね。いいから、ここに。」
レイアは、自分の隣をポンポンと叩いた。
マッキンは仕方なくレイアの脇に腰を降ろした。
レイアは軽く指を動かすと、何かを読んでいるかのように一点を真剣に睨みつけていく。マッキンは勇者のもつ特殊能力であると納得し主人を黙ってみていた。
やがて読み終わったのか先ほどと同じように指を動かし、何が生き残ってくださいよとつぶやいてからマッキンの方に身体を向けた。
「レイア様。そのうんえい様は、なんと。」
「読むわよ。『べーたてすたー』の皆様へ。こちらは『ないと・おぶ・らいふ』『うんえいじむきょく』です。只今、『さーばー』に不具合が生じており、『ろぐあうと』することが出来ません。また神殿での復活が不可能となっており、『ろすと』した場合、生命に重大な危機があると考えられます。『さーばーふっきゅう』の時間は未定となっております。お客様には大変申し訳ありませんが、『えいちぴー』量に気をつけ、無理をなさらず生き残っていただきたいと思います。」
マッキンには、うんえいというものが何をいったのか理解出来なかった。
「レイア様。つまり、どういうことなのでしょうか。」
「やっぱり、『えー・あい』には無理よね。えー。つまり、元の世界に私は帰れなくなったし、運悪く『ふぃーるど』で死んでしまったら、実際に死んじゃうってことよ。」
「異界と行き来する扉が閉じたということですか。神の祝福によって死を超越することもできなくなったということですか。」
マッキンは先程、自らの頭の中に刻まれた知識を総動員して納得できる説明を作り上げた。
「まぁ、そんなところかしら。」
マッキンはやはり勇者はすごいのだと感心した。
「全く、これじゃあ『あにめ』みたいじゃない。せっかく、『てすたー』になって、『いけめん』の騎士も手に入れて、これからって時に、自由に遊べないなんて。」
レイアの喋る言葉には全くわからない単語がいくつも含まれていたため、マッキンはレイアの言わんとすることを捉えようと必死に頭を回転させていた。
「とにかく、宿に行って今後の対策を練りましょう。他の『てすたー』もいると思うから。ところで、呼び方は、マッキンでいいかしら。」
「御随意に。」
レイアとマッキンは建物を出た。
レイアはケープを被った。
石畳の道の両脇に統一された石造りの家が並び、遠くには白亜の城が見えた。
マッキンは、コーデリアの街だとは認識出来るし、街中での自分の場所も理解できていたが、見たことはなかったので素直な感想が漏れた。
「綺麗な街並みですね。」
レイアは少し驚いた顔をして、振り返る。
「そうね。『ちゅうせい』の『よーろっぱ』みたいよね。あなた、この街の事知らないの。」
「いえ、私には記憶がなかったので、アンドレ様の不思議な光に教えてもらったのです。なので、この街で何処に存在し、その中の何処にいるかは理解できます。しかし、そのせいか、レイア様の言葉には所々、私が理解できない言葉があります。」
マッキンは、驚かれるかと思ったが、主人に隠し事はいけないと、記憶がない事をそのまま話した。レイアはマッキンが記憶がないと言っても、驚くどころか感心したような顔をした。
「そう。『しょきせってい』ってそういう事ね。しかも、『げーむ』の世界観を壊すような単語は理解できない『せってい』。さすが、『えー・あい』ね。よく出来てるわ。」
「さすが、勇者様です。驚かれないのですね。先程から思うに『えー・あい』というのは自分のことでしょうか。」
マッキンの質問にレイアはなぜか謝り、優しく微笑んだ。
「ごめんなさい。マッキン。貴方は知らなくて良いことよ。流石に賢いのね。今後はあなたにもわかるように話すわ。そのほうが楽しいしね。」
「助かります。レイア様。」
といったマッキンは、レイアが話す理解できない言葉の意味を聞くのはいけないのだと悟った。




