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私と、愛しい知りタガリ、ガタリ

作者: ジャイアン・ト・コーン
掲載日:2014/10/19

あるところに、ボネット家の次男で知りたがり屋のマーヴィン様とその侍女の私、ジリアンがおりました。


「ジリアン、ハーレムとはどいう意味だ?」


ここ最近の二人の大半の会話は、以上のように始まって、


「それは、あなた様が知らなくてもよい事でございます」

「そうか、わかった」


以上のように終わるので御座います。


--------------------------------------------------------


ジミーの奴! こんな本をマーヴィン様に読ませるなんて、後で締めてやる!


ボネット家の屋敷の廊下を、ドスドスと怒りを表しながら歩く。


マーヴィン様に、聞かれた言葉はどこで知ったのかを聞けば、従者のジミーから巷で流行っている下世話な小説を貸りたと素直に教えてくれた。


ざっと読んだが、こんな如何わしい本はマーヴィン様には必要ありませんっ。

マーヴィン様もマーヴィン様です! いくら知りたがりだからって、次から次とこんな本をお読みになるなんて!

旦那様がお知りになったら、職務怠慢で私が叱られますっ。


ただでさえ、旦那様にそれとなく縁談を進められていて、従者としての立場も危ないのに。


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私がお仕えするボネット家の次男マーヴィン様は、側室の子供としてお生まれになった。

しかし、気が強く嫉妬心の塊であった正妻により、母子ともに家を追いやられ母の故郷で過ごすことになる。しかし、その母もまた、弱い側室の子であった為、実家では屋敷の片隅で肩を寄せ合い、ひっそりと生活をされたそうだ。


質素な生活に、粗末な料理、十分に与えられなかった知識。そんな幼少を過ごした彼。


ボネット家の正妻が亡くなり、一人戻ってきた八歳の彼は貧相な子供だったという。


しかし、十分な食事を与え、体を鍛えさせれば均整の取れた美しい姿となり、年を重ねるにつれて美しい母親に似た顔はより端正な顔立ちになった。

また、教育を施せば綿が水を吸うように知識を吸収し、めきめきとその頭角を現した。


そして、知る喜びを得た彼は、ことあるごとに周りの従者に聞くのだ。

「……とはどういう意味だ?」と。


私は男爵家の四女として、通常であれば女は刺繍や楽器を習って過ごす幼少期を、女だてらに兄達と勉学に励み、夢は学者にと思いを馳せるも適わず、博識ならばとマーヴィン様の侍女として白羽の矢がたった。彼が10歳で、私が17歳の時だ。


従者になりたての頃は、尽きない彼の知識の欲求に対し、全て懇切丁寧に教えていたが、中には社交界で仕入れてきた下世話な話や知識を聞かれることも多く、私たちは一つ約束事をした。


「マーヴィン様。世の中には、知って役立つこともあれば、あなた様には全く必要の無いことも御座います。ですので、お聞きいただいても知らなくてもよい事については、その様に申し上げますので、ご了承くださいませ」

「ジリアンが、そう言うのであれば従おう」


年を重ね17歳になられたマーヴィン様は、多くのことをお知りになったが、最近のもっぱらのご興味は下流の流行や文学や生活についてであり、聞かれたとしても「それは、あなた様が知らなくてもよい事でございます」と返すことが多い。


近年、彼はパーティーなどに多く出席される中、人に交われば自然と増えていく知識に、そろそろ私の役目は終わったのではないかと思っている。


私などが居なくとも彼は知るすべを持っているし、むしろ嬉々として教える人間も数多くいる。


出会った頃は、弟のような気持ちで接していた私は、年々洗練される彼の思考や、ウィットに飛んだ会話術、その横柄に見えながらも優しい人柄に心が惹かれれるようになった。


いずれは彼の側に居られなくなると分かりつつも、あと少しだけ、あと少しだけ……そう思ってお仕えしている内に、今年で23を迎えた私は、実家からの縁談を促す手紙が年々増えてきている。


今月で三通目の父からの手紙を読み終えて、ため息をついたところ、マーヴィン様に呼ばれて彼のいる部屋へ向かう。


部屋に入ると、光沢のある若草色の生地にに金色の花の文様が刺繍された猫脚の大きなソファに、彼は優雅に座っていた。


私がいつものようにお側まで近寄ると、マーヴィン様は足を組み尋ねられた。


「お前は俺に恋をしていると聞いたが、本当か?」

「……それは、あなた様が知らなくてもよい事でございます」


叫びだしたい心境を抑え、いつも通り冷静かつ簡潔に申し上げた。


なぜそのことをマーヴィン様が知っているの?!

引く手あまたの彼に従者の私が恋をしてるなど、鼻で笑われるような気持ちは、極々親しい仕事仲間にしか話していない。


仲間からは、ふと確認するように時々彼への想いを聞かれては、お止めなさいよと言われ、分かっているのだけれど、と答えるのが常だ。


彼の周りには彼に見合う美しさと身分を持ち合わせた女性が沢山いるのだ。

だから、私が恋をしてるなんて知っても、彼には迷惑なだけだ。

『知らなくてもよい事』なのだ、悲しいけれど……。


彼は黙って、まっすぐ私を見ている。


お願いします! いつものように『そうか、わかった』と言って!


「……そうは思わない。俺にとって必要なことだ」

「いいえ、お聞きになったとしても、為にも肥やしにもならないことで御座います」

「そうか、分かった」


望む答えを口にだされて、ほっと体の力を抜く。


「教えてくれないのならば、俺の判断で、父上が進めているお前の縁談は全て断ってもいいな」


なぜそれも知っているのか……。

縁談の話は、旦那様から直接私へ話を頂いている。彼は知らないはずだ。


「お前が必要だ。俺はまだ知らないことが沢山ある」

「もうあなた様は、わたくし以外に、知らない事をお聞きになる術をお持ちでいらっしゃいます」

「では、お前のことは誰に聞いたらいいんだ?」


私の事?


「好きなんだ」


今、なんと仰ったのだろうか。


「お前が、好きなんだ。どれだお前とけ時間を重ねても、物足りない。知れば知るほど、もっと知りたくなる。……お前の体の隅から、心の隅まで全部知りたい、全てが欲しい」


彼の言葉を呆然と聞く。


「ずっと俺の側にいろ。そして、お前のことを教えてくれ」

「……それは」


次に続ける、自分が答える言葉を捜す。

彼の質問と想いに返すべき、私の気持ちを表わすための言葉を。


「……それは、あなたの妻として、一生掛けてじっくりお伝えせねばならないことですけれども、よろしいのですか?」


言い終えて、伺うように彼を見つめる。

すると、見る見るうちに表情を輝かせた彼は、立ち上がり私を抱きしめた。


「ああ、勿論だとも! 急いで用意しなければいけないな」

「何をですか?」

「お前のウェディングドレスと式の準備だ」

「いいえ、私たちには、まず必要なことが御座います」

「何だ?」

「想いが通じ合った二人が、すべきことは決まっております」


私は微笑んで、冷静かつ簡潔にお答えした。


「生涯の愛を誓うキスを交わすことですわ」


マーヴィン様は私を見て、とても嬉しそうに言った。


「そうか、分かった」と。


私の頬に触れた手が唇をなで、彼の顔が降りてくる。

甘い幸福に満ちたキスをして、未来を二人で歩むことを心から誓い合った。


---------------------------------------------------


こうして、知りたがり屋のマーヴィン様とその侍女の私ジリアンは結ばれたので御座います。


そして、この後も続く、私たち二人の長い長い物語を一言で締めくくるならば、『二人は幸せに暮らしましたとさ』とだけお伝えし、この話は終わりで御座います。


めでたしめでたし。

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