Flying
飛べないのなら、死のうと思った。
物心ついた時から、ずっと空に憧れてきた。
小学生で初めて飛行機に乗った時、ますます空が好きになった。
高校生でバンジージャンプをし、飛ぶっていいなぁと思った。
大人になってスカイダイビングをし、一瞬だけど空と一体になった気がした。
それからは、少しでも空に近づくために、色々な飛行機の免許を取ったりもした。でも何をやっても、心から満足することはできなかった。どんな手段で飛ぼうとも、それは機械の力で、自分の力ではないからだ。
いつの間にか、飛ぶことだけが生き甲斐になっていた。
そして、人間は空を飛ぶことができない。絶対に。
だから、死のうと思ったわけだ。本当に、私には空を飛ぶこと以外にやりたいことがないのだから。
もちろん、生活するために最低限の仕事はしている。けれど、別にどうでもいい。私がいなくなっても、困る人などいない。
そういうわけで、今、この辺で一番高いビルの屋上に来ている。フェンスはもう乗り越えているから、あとは両手を放すだけだ。
恐怖はない。ただ、下にいる人たちには申し訳ないなとは思う。でもそれだけだ。
空を見上げる。イカロスはいいな、と呟く。彼は迷宮から脱出するために、色々な鳥の羽を蝋で固めて翼を作った。そしてその翼で、父の助言も聞かず太陽まで昇った。太陽の熱で蝋が溶け、翼はばらばらになり、彼は地に墜ちた。それでも彼は飛んだのだ。私は、飛べない。だから死ぬ。
あまり綺麗とは言えない空気を、思い切り吸い込む。
そして。
両手を、フェンスから放した――。
叩きつけられた感触はない。私はもう、死んだのか。
目を、開ける。建物や人が見える。だが、小さい。しかも流れている。
違う。流れているのは、私だ。私は両手を広げている。
私は、私は――飛んでいる? 私は、飛んでいる! なぜだ? いや、理由なんてどうでもいい!
飛んでいるんだ! 自分自身で!
なんて素晴らしいんだろう! 建物や人はとても小さく、雲はとても近くに見える。空気は綺麗で、空はもっと青い。
ただ、少し寒くて息苦しい。私は死んだはずなのに。不思議だ。
まあそんなことは、空を飛ぶ悦びと比べればどうでもいいことだけれど。
しばらく何も考えずに飛んでいると、いつの間にか眼下にあのビルがあった。私は、自然とそこに降り立った。どうやら私は、まだ生きているようだ。
見える景色は変わらず、空気はあまり綺麗ではない。
けれど。
飛べたのだから、生きようと思う。