N-4
――走る。
――――走る。
――――――走る。
ふたり居る。
無理だ。
どんなに急いでも、ギリギリ一人が限界だ。
命がけで突っ込んでも、一人が限界だ。
なんでだ?
あれは、あの電車は。
駅のホームから一本外側の線路を走っている。
どういうことだ。
急行列車。
下町の駅。
急行列車は停まらない。
踏切。
下がらない。
なにをしている。
気付け。
走れ。
この電車は止まらない。
聞こえているはずだ。
踏切を渡るふたつの影にも走行音は届いているはずだ。
可能性を考えていない。
通行許可の出ている道に危険があるという。
可能性を考えていないんだ。
いきなり走り出したせいか、それとも焦りのせいか。音がよく聞こえない。より白くなった風の音も。自分の足音も。まるで笑っているようだった雪の声も。
すべてが沈黙している。
緩慢と降り続く。
この結末を、降り続く雪は知っているのだろうか。どうするのが正解なんだ……。
やはり答えは返って来ない。
ただ線路をこする金属音だけが鮮明に響く。
車掌は、車掌は何を見ている。
どうして速度が落ちないだ。
叫べば……今ここから叫べば、あのふたりは気付いて歩みを戻すことができるかもしれない。
だが、呼吸がうまく整わない。
そしてやはり、僕の喉は震えない。
背景が真っ白な結晶に埋め尽くされる。このままでは世界一縁起の悪い紅白が彩られてしまうというのに……僕の声は戻ってこない。器官的に問題はないはずなのに、いつか失われた時から。もう喋りたくないと望んでしまったあの日から、僕の体は言葉を失った。
自分の精神が弱いだなんて思って生きてなかったけど…………。
自分に苛立つ。
悪態もつけないままに、ただ手に持っていた筆談用のスケッチブックを白く塗られて、少し濡れた路面に殴り落とす。
走る。
なぜ僕は走っているのだろう。
気付いた時にはもう走り出していたが、僕はこんな必死になって誰かの命を救おうとする様な人間だったか? 自分を危険に晒してまで……。
それとも、僕は自分を見誤っていたのか? 本当は、普段の僕が嘘だった……作っていた自分だったということなのか。
わからない。
ただこの足はどこかに向かいたがっている様に、僕を疾駆させる。
美しさを感じていた白い結晶を砕きながら、歩んだ証に道を残しながら。
ここで止まったら終わりだと言わんばかりに激走させる。
何かを考える余裕なんてどこにもないけど、感じたことはあった。今が分かれ道だ、と。あまりにも突然に訪れたこの瞬間が、僕のこの先を大きく分断しているんだ、と。
攻略本なんてないんだ、全てはどうせ突然なんだ。ならばその時に何ができるか、分かれ道に立った時それに気付けるか、望む道を自分がつく嘘に騙されずに選べるか、きっとそれが……ん?
これはいったい、誰の言葉だ? 今の僕に、考え事をする余裕はない。これは誰かとの記憶?




