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沈黙Fall Snow  作者: 憂木冷
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P-2



 その日、帰宅してすぐ。

 ため息と腰をベッドに下ろす。

 ………………。

 独り言でも言いたい気分だ。

 何故なぜだ?

 どうして……。

 いったいどこで間違えた?

 と。

 今までこんなことは起こるはずがないと思い込んでいたし、こんなことが起こらない様に心がけていたのに。起こって欲しくなかったのに。

 しかし、起きてしまったからには何かしらの対処をしなければならない。トラブルは発生すること自体よりも、その後処理の方が大変なのだ。だから考えよう。

 どうやって断る?

 分からない。初めての経験だし、友達もいないから、周りの似たような話を聞く機会もなかった。相談するような相手も、もちろんいない。分かっているのは「面倒くさい」という自分の気持ちくらいだろうか。知らない女子の名前もいまだに分からない。手紙に名前は書かれていなかった。緊張して、うっかり書き忘れてしまったのか。それとも、名前くらい書かなくても知っていると思ったのだろうか? でも、いくら僕が友好的な人間だろうと、関わりを持ったことのない相手を含めて、学年全員の名前を覚えるなんて出来ないだろうし。僕は友好的な人間ではないし。交際を申し込んで来るくらいだから、彼女もそのくらいは承知しているとは思う。ならここは書き忘れの線が濃厚か。

 関わりを持ったことがある上で僕が彼女を忘れている可能性は、とりあえず横に置いといて。考えてみよう。

 まずは、何故僕なのか。とても不可解だ。ベッド脇の机に置いてある時計君と同じくらいに不可解だ。何故彼は数秒に一回、秒針を逆回転させるのだろう。時計にそんな機能は必要ないだろうに。いったい何を思ってそんな、時刻の情報を歪めるなんてことをするのだ。僕を困らせたいのか? それならすぐにやめてほしい。ケータイも持っていないし、常用している腕時計もアナログ式で、ディジタルには縁がない。情報操作なんかして、僕がアナログ時計の表示を信じられなくでもなったらどうするんだ。

 ……おや? 思考がずれているな。現実逃避をしている場合ではない。

 とにかくこの不可解を解きたいのだ。

 話を戻そう。

 勉強やスポーツについて言えば、僕はそれなりの成績を残している。おそらく総合的に評価しても、学年で上位一割の中には入るんじゃないだろうか。学年全体の人数は、確か三〇〇人前後だが、定期テストの順位で五位以下は取ったことがない。ただ、一位になったことはなかったのだけれど……。

 噂されているのを聞いたことがあるだけだが、入学以来一位を取っているのはずっと同じ男で、さらにその彼は全科目満点を取り続けているらしい。特徴は、右手に巻かれた二本の腕時計だそうだ。それは譲れないこだわりらしい。まったく意味が分からないが、天才とは、そういうものなのだろう。

 校内から全国模試の一位が出たとか、スポーツテストの総合得点全国一位が出たとかいう話は、教師の話で何度か聞いたことがあるので、おそらくその彼と同一人物なのは間違いないと思う。信じがたいが――あり得ない話ではない。

 まあ、そんな彼のおかげで、いくら好成績を収めようと、二位以下の僕は全く目立つことがなくてとても助かっている。本来なら、テストの総合順位が一桁だったりしたらそれなりに目立ってしまうはずなのだから、むしろ感謝すらしている。人生が二回あったら、一回は友達になってもいいと思えるくらいだ。僕の人生は一回しかないから友達にはなれないけれど……でも、そこまですごい人間が近くに居ると言うのなら、それがどんな人間なのかは知りたいと思う程度の興味はある。自分で言ってしまうのも、少し自己主張が激しい感じがして嫌気が差すのだが、これまで自分の学力や運動能力は、かなり高い方だと思っていた。だから、そんな圧倒的な存在には意識を引かれずにはいれなかったのだ。だからと言って、コンタクトをとったりは、やはりするはずもないけれど。

 結論。

 数値的に見れば、僕は誰に紹介するにも恥ずかしくないレベルの人間だ。

 しかし、それだけだ。お金も無い。友達もいない。楽しい会話も出来ない。僕なら、こんな奴と仲良くしたいとは思わないだろう。こんなあからさまに人付き合いを迷惑そうにしている奴なんかと、仲良くしようという気は起きないだろう。

 だが、世の中には理解しがたいことが往々にして起こるもので、僕とコミュニケーションを取ろうと試みるヒトも何人かはいた。

 それはいったい何なのだろう?

 優しさなのか?

 同情なのか?

 優越なのか?

 それとも、気を使っている気なのか知らないが、そんなのはただの迷惑だ。その気持ちはありがたいけど、なんてことは一片も思わない。

 上に立った気になって、手を差し伸べてなんかほしくない。

 僕は可哀そうなんかじゃない。

 辛いことも、幸せなことも。

 好きなことも、嫌いなことも。

 同じはずなんてないんだから。

 僕と君たちが同じはずなんて、ないんだから。

 だから僕は、「可哀そう」だなんて言われる筋合いはまったくない。

 独りでいることが可哀そうなんて思考は、いまどき流行りもしない。独りでいる僕は、独りでいたくてそうしているんだから。むしろ僕の目線で、僕の理屈で語れば、大勢の中で気を使いながら、気をすり減らしながら生きている人間の方がよっぽど可哀そうだ。そんな生活は僕には耐えられない。だから今回の件――ラブレターをもらった件――についても、初めから断る以外の選択肢は思い付かなかった。

 ヒトと依存しあう関係というのは、とにかく面倒が付き纏うのだ。つまり、一定以上の好意を受けることは、僕にとってはただのストレスにしかならない。

 じゃあ、結論は、断ると言う結論は初めから出ているのに何に悩んでいるのかだが。単純で簡単な話。一定以上の好意を受けるのがストレスになるのと同じように、また一定以上の悪意を受けることもストレスに繋がるのだ。

 例えば、僕が手紙の差出人である『知らない女子』の居る教室まで行き、目の前でくだんの手紙をバラバラに破いて棄てたとしよう。そうすれば彼女からの好意を拒絶する意思表明としては、十分すぎる効果が得られるだろう。しかしそれと引き換えに、僕は大勢の人間から反感を買い、買い集め、その先の生活で付けが回ってくる結果になる。分かりやすくは、『虐め』だろうか。

 僕にとって虐めは、怖いというものではなく、ただただ疲れるのだ。分かりやすく暴力に訴えかけてくるならまだいい。上手くやればそのうちに治まる。が、もし違った場合。暴力ではなく精神的な攻撃の場合。そうなると終わりが見えてこない。もし、こちらが大したリアクションを返さなければ、それを望んでエスカレートしていってしまう。その様な事態は全く御免被ごめんこうむりたい。特に、僕の様なヤツは、味方がいない上に発言力のない僕の様なヤツは、標的にしやすい。付け入る隙がある人間は標的にしやすい。

 まあ、虐めまで行かないにしても、敵意を浴びせられながらの生活というのも、かなり息苦しいものになるだろう。

 それならば、だ。

 今ここで悩んで、考えて。出来るだけ周囲の僕に対する評価が変わらない様に申し入れを拒否する方法を導き出すしかない。

 一端いったん思考を区切って、ベッドに後ろから倒れこむと、カーテンの隙間から覗く落ちかけの太陽が、嫌がらせの様に僕と顔を合わせた。

 恥ずかしがるわけではもちろんないが、目を合わせることはさすがに出来ない。だけど、顔が綻ぶほどのやさしさがそこにはあって、僕は独りの瞬間だから感じられる幸せに浸った。

 つまり寝た。



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