N-E
悠長に会話なんてしている場合ではなかったのだ。無理矢理にでも、まずはユキナを安全な場所へ引きずり下ろすべきだった。
そんなことに気付けなかった。
中学生の僕に、目の前でヒトが死にそうになっているなんて、まったく現実味がなくて。もっと言えば、ユキナに自殺なんてできるとは思ってなかった。それは間違いではなかったけど、でも自殺ができないから今死ぬことはないと結論付けてしまった僕は、間違えていた。
あの日から数日後、自分が喋れなくなっていることに気付いた。
今思っても、確かに大きな後悔はあったが、どうして喋れなくなってしまったのかはよく分からない。まあ、よくわかる頃には、喋れるようになっているのかもしれない。
ここで、今この瞬間に声が出ないのは悔やまれるが。
踏切まで一〇メートル。
誰かが隣に並んだ。
走りながら並んだ。
目が合う。
知らない顔。
彼は線路の方へ一瞬視線を向けると、僕に頷きかけて先を走っていった。
多分「一人は任せろ」みたいな意味だと思う。これなら間に合うかもしれない。
強まる雪に穴を開けるようにして進む俊足の彼は、右手首に巻かれた二本の腕時計が印象的だった。
一人は確実に助かる。あとは僕次第。
走る。
そして。
僕が踏切に差し掛かったところで、歩いていたふたり――二十代前半くらいの女性と、女子高生――が振り向いた。
後ろから自分の方へ走ってくる足音が聞こえれば、驚いて振り向くのも当然だろう。
振り向いたところで、男ふたりと電車が自分の方へ向かって来るのが見えれば、唖然とするだろう。
まだ理解できない。
そのうちに、先を走る彼が、電車に近い方に立っていた女性へ抱え込むようにして突っ込んだ。
三歩遅れてたどり着いた僕の前には、知らない女子が立っていた。
知らない女子――僕にラブレターを送った女子がこちらを見ていて。一瞬身体が硬直しかける。だが止まっては間に合わない。
最後の一歩を、勢いのまま跳び込むための最後の一歩を踏みこむ――つま先が沈んだ。
――油断。
白く染まって、線路が見えにくかったのと、目の前に知っている人間が現れた驚きに意識を持っていかれてしまった。
線路の溝につま先が沈んで、バランスが崩れる。この状態ではもう、跳べない。
ヒトふたり分の重量を動かすエネルギーは出せない。
僕だけが線路の外へ跳び込むか……考える時間はなかった。
全力で知らない女子を突き飛ばす。
反作用で僕は止まる。
電車は止まらない。
ゆっくり、ゆっくり、近づく。
視界がヘッドライトに埋め尽くされていく。
ああ、終わった。
一瞬前まで、死ぬつもりなんてなかった。
みんな助かると思っていた。
ユキナは、どんな気持ちで落ちて行ったのだろう。
最後に希望を見せてしまった。
想像できない。
悔しくて言葉が出てこない。
あの時は間違えた。
今回はどうだい?
冷たい雪は、沈黙を降らし続ける。
今回はふたり救えるんだ。
僕は死ぬけど。
救えるんだ。
だから僕は悪くな――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――……………………………………………………………………………………………………




