N-1
先に言うと、あとがきはありません。
本作は、“情景描写をする”という目的のために書かれたものです。上手くできていれば嬉しいです。
僕は嘘つきだ。
吐息は白く。イルミネーションの光に柔らかく溶けていく。空に沈んだ光の欠片が、瞳に届くほどに清冷な夜の空気は、過ごし慣れた部屋の炬燵の中よりもずっと心地がいい。
風が肌をなぶる。光を含んだ、暗くて薄い青が関節を這い、脳から心臓へと沁み渡っていく。渓流の凛冽な水に身を浸すような感覚。
熱い息を感じながら首筋、肩、肩甲骨を沿って行くように脱力させると、全身の異物が抜け落ちたかのような心地よさがある。
見上げる世界には、しかし光が多すぎて、逆に僕の見たい光源が掠れてしまっている。
僕の隣りに立つ街灯。
いつものように、日が暮れる頃になるといつの間にか燈っている彼は。
いつものように無粋に僕の空を照らしている。
いや、照らされているのは僕か……。
どちらにしても、僕は電気的な光がどうしても好きになれない。上手く言えないけれど、存在が確かすぎる様な気がして、あまりにも不自然的で、心を安らげるのは難しい。どうやったって人の心に安らぎを与えられるとは思えない。温かみが、無い。火の様な、心の様な、繊細な揺らぎを見たい。暗闇の美しさにも浸りたい。
そして先述したとおり、今日僕の視界を塞ぐ無粋な光は、この一見規則的に並んでいる街灯たちだけではなかった。
駅前のロータリーから続くバス通り。
立ち並ぶ街路樹には見渡す限り永遠とイルミネーションが施されている。
……明るい。
僕みたいな曖昧な人間は、掻き消されてしまいそうなほどに。
普段からA四サイズのスケッチブックを持ち歩く習慣があるのだけど、必要もなしに風景を描こうなんて気には、やっぱりなれないな。
軽く頭を振って、伸びっぱなしの前髪で目元を覆う。ついでに首をうずめてマフラーで口元を隠すと、少し落ち着いた気がする。
今なら、知り合いとすれ違っても誰も気付かないかもしれない。まあ、気付かれたとしても目を合わせさえしなければ、声を掛けられることもないだろう。僕には、街中ですれ違った程度で声を掛けてくるような間柄の知り合いなど、できた覚えはない。
だから。
一人で歩く。
周りを見渡しても。
多くのヒトがいて。
僕だけが一人で歩いている。
どうしてだろう? 偶然だろうか。今夜は誰もが連れ立って歩いている。
一人でいるのは、僕独り。
不自然なくらい、僕独り。
電飾に満ちた煌びやかな道は、まるで彼らの心情を映し出しているようで、幸福感を見せつけられているみたいだ。
圧倒的な少数派に属するというのは、それだけで何かを責められているような、そんな気持ちになる。
いつだって少数派として、単独として生きてきた経験と記憶が、条件反射的に自分を異端者のポジションに落ち着かせようとしている。
卑屈になる。
僕は悪くない。
ただ、自分の置かれている状況は、全て自分のせいなのだろうけど……。
納得するのが難しい理屈だ。
それが自分のものだとしても、ヒト一人の人生の責任が全て自分にあるという理屈は、受け止めるには怖すぎる。バットで誰かに横から打ち返して欲しいものだ。まあ、その誰かが空振りでもしようものなら、僕の方が打ち砕かれることになるのだが。
……………………。
疲弊しているなぁ。一二月の大気よりも身にしみる。
多分僕は、弱い人間だ。
人間関係に積極的になれる人というのは、いったいどんな精神力をしているのだろう。
僕なんて、同級生から交際を申し込まれた程度で、こんなに疲れきってしまっているのに。




