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6: 想い人と予行練習

 

「デートの予行練習がしたいです」


 …………聞かなかった事にしよう。


 今日は曇りで日差しが強くない為、俺は久しぶりに屋上で昼食を摂っていた。

 気温は相変らず高いが、いつもと比べると大分マシだ。

 少なくとも尻は焼け焦げることはない。

 

 灰がかった空だが、小説を読むには十分な明るさはある。

 今読んでいるのは、最近映画化されて話題になったサスペンス物だ。

 頭のオカシイ教師がアホな生徒をバッタバッタと血祭りに上げていく、そんなショッキングな内容らしい。

 俺はまだ序盤までしか読んでいないが、中々どうして、そこそこに面白い。

 あまり期待はしていなかった分、俺の満足度は高かった。

 

 …………。


 そういえば、最近『ミッション』を行っていないな。

 『ミッション』とは、愛すべき馬鹿な友人達と無謀な行いをする……ようするに暇潰しの遊びのことだ。

 大袈裟な呼び方だが奴等に言わせると、そう呼称することで何故か男心を擽るものがあるらしい。

 俺にはさっぱり分からないが。

 まぁ奴等のやる気に水を注ぐのも馬鹿らしいので、合わせてやっている。

 ともかく、その『ミッション』だが、大抵は俺の思いつきで実行されている。

 どうも俺は月一程度の間隔で、行いたくなるらしい。


 前回の内容は『屋上クライミング』だった。

 地上から縄を屋上のフェンス目掛けて投げて、上手く掛かったそれを命綱にして、屋上まで登るというミッションだ。

 そう、よくスパイ物の映画とかで見かけるアレだ。

 実際に出来るものなのかが知りたくて、実験してみたのだったが……。

 結局、惨々たる結果に終わった。


 先ず縄が上手く掛からない。

 何とかコツを掴むまでに数時間を要することになった。

 そして、またそこからが大変だった。

 と言うか、その内の一人が、登る途中で縄が外れてあわや大惨事という事態にも陥って、『ミッション』どころではなくなってしまったのだ。

 その救出に時間が掛かってしまったこともあるが、五人で試して成功者はゼロ。

 全く嘆かわしい。

 やはり日頃から鍛えていなければ無理なのだろう。

 それが分かっただけでも由としている。


 ちなみに、俺は途中からは涙を飲んで、皆の為に見張り役をやっていた。

 教師達に見つかっては大変だからだ。

 無論、企画したはいいものの、途中で飽きてしまったからではない。

 

 とまあ前回のことは置いておくとして、次だ。

 その内容について、俺は既に目星をつけている。

 『ペットボトルロケット』だ。


 俺達は腐っても十七歳なのだ。若者だ。

 青春を謳歌する義務がある。

 だからこその『ペットボトルロケット』なのだ。

 青春を想い、目を閉ざした瞼の裏に、浮かび上がったものこそが『ペットボトルロケット』だ。

 ソレと青春は何か通じるものがある気がしてならない。


 ――――などという理由ではもちろんない。


 この間小学校の前を通った時に、校庭でソレをやっていたのを見たからだ。

 つまり、単に思い付き、というか真似だ。

 ただ高校生の我々が、小学生と同じように打ち上げるだけ、というのではつまらない。

 もっと思考を凝らした何かが必要だ……………………が!


 そろそろ我慢も限界だ。

 先程からずっと目の前に立ち、俺を見下ろしている相手を見上げる。

 ずっと無視されていた事が不快だったのか、眉間に小じわを寄せている。

 だが、言わせて頂こう。

 お前は不愉快なのかもしれないが、それはこちらも同じだ。


「…………はぁ。何だと?」

 一応、聞き返す。

 俺の耳が腐っていなければ、『デートの予行練習が』なんとか言っていた気がする。

 …………。

 どうか腐ってて欲しい。


「明日の十三時から行いましょう。駅前で待っています」

 悲しいが腐っていなかった。

 身勝手にそう言い残すと、宝子山はこちらに背を向けた。

「いや。待て待て待て!」

 言いっ放しで去ろうとするな。


「何です? まだ不明な点でも?」

「寧ろ不明な点しかない」

 俺の正論に対して、振り返った宝子山は疲れたような表情を見せる。

 挙句、蔑んだ目で溜息を吐く。

「はぁ……全く」

「何でこっちが呆れられているのか、まるで理解が及ばない」

「来世の貴方であれば、私が何を言わなくとも、私の言いたい事は何でも察してくれました。甘い物が食べたいと思ったら、直ぐに有名店のカスタードプティングを差し出してくれました」

「そんな漫画のような人間は、実際にはいない」

 どうしても来世の俺を超人にしたいらしい。


「はぁ。では、駄目な今世の貴方に教えて差し上げます」

 見下した目に、腹が立つ。

「彼にデートを申し込まれた時に恥をかかないように、予行練習をしておきたいのです。明日は休日ですし、丁度良いので」

「彼? ああ、盛永か」

「そうです。忘れないで下さい」

 いや、何故俺がお前の好きな相手を覚えなくてはいけない。

 …………と言いたい所ではあるが、覚えてしまったのも事実だ。


「調査はどうするんだ? まだ何も調べてないぞ」

「ああ、それは継続的に続けて下さい。ソレはソレ、コレはコレです」

 ふざけるな。


 ただ、ふと疑問が浮かぶ。

 この前の言動からすると、まだ盛永の事をそこまで知っていた風ではなかった気がする。

 何せ影でこそこそと情報を知りたがっているくらいだ。

 それなのにデートに誘われる、などと言っている。

 もしかしたら、俺の予想に反して、もうそれなりの仲なのだろうか?


「一つ確認しておくが、申し込まれる予定はあるのか?」

 俺の問いに、宝子山は真顔になる。

「もちろんです。もう直ぐ誘われる筈です」

 何かが引っかかる。

「お前、そもそも盛永とどれ程の関係なんだ? メールくらいはしてるのか?」

「いいえ。それはまだです」

「なら友達を含めて一緒に遊びに行ったりは?」

「いいえ。ありません」

「……だったら、一緒に登下校したり寄り道したり……」

「いいえ。門限がありますので」

 この場を冷たい静寂が包み込む。

 一呼吸置いて、意を決して尋ねた。


「……お前、盛永と親しいのか?」

「これから親しくなるのです」

「…………盛永と二人で会話したことは?」

「いつも話しています」

 にこやかに宝子山は語る。

「そ、そうか…………」

 駄目だ。

 これ以上触れると、何か深い闇を暴いてしまいそうだ。


「では、そういう事なので宜しくお願いします。ずっと待っていますから」

 呆然としていた俺に、宝子山は伏目がちに告げてくる。

 人が変わったような繊細な振る舞いに戸惑う。

「ああ…………あ?」

 思わず頷きかけて、我に返った。

「ま、待て! ふざけるな!」

 慌てて呼び止めるが、宝子山は振り返る事無くそのまま屋上を出て行った。

 小説をベンチに放り投げ、急いで後を追い階段前の踊り場に出る。

 しかし、既に宝子山の姿はなかった。

 

 ……くそっ。勝手な事を。

 ふん。

 だがアイツが一方的に言ってるだけの話だ。

 お願いされた訳ですらない。

 そんな横柄な態度の相手に従うほど、俺は寛容でも暇でもない。


「知るか。俺は絶対に行かんぞ。いつまでも一人で待ち続けていればいい」



***



 空には雲一つない青が広がっている。

 絶好の休日日和と言えよう。

 ただし、日差しは少し強すぎる。

 ザ、夏。といった感じだ。

 暑さは次第に増している。

 額に滲む汗の気配を感じながら、俺はその場に立ち尽くしていた。


「遅いですよ。十分以上も女性を待たせるなんて、殿方の行いとして失格です!」


「…………」

「何です? その仏頂面は? 折角私がデートの相手に選んで差し上げたというのに、向ける顔がそれですか?」

「…………」

「来世の貴方であれば、間違いなく私を待たせることなどありませんでした! 絶対に遅れないように前日にはもう来られてました」


 ……来世の俺は暇人なのか?

 と、そんな事はどうでもいい。


 ……何故俺は来てしまった?

 今日は一日中家で読書をしようと思っていたのに。

 デートを望んでいた訳も無く。

 俺自身意味が分からない。

 駄目だ。思考が乱れている。

 この女の電波に乱されたに違いない。

 一つ言える事は、駅前でポツンと何時間も待ち続ける女子の姿が、脳裏に浮かんで消えなかった。

 そんなセンチメンタルな感情の発露ではない筈だ。

 

「もうっ。私の話を聞いてるんですか?」

「うるさいな。待ってる事を楽しめないのであれば、恋人など欲しがるな!」 

「なっ……」

 完全に逆切れだが、知った事か。

 別に俺が望んで来た訳ではない。

 これで怒って帰ってくれたのなら、こちらとしては万々歳だ。


 宝子山は俯いていた顔を上げる。

 険しい表情だ。

 何か言いたい事があるようだ。

「確かに、一理ありますね」

 共感だった。


「なら、もう遅れた事は問いません。早速始めましょう」

「…………あぁ」

「ところで、それなりにキチンとした格好をされてるのですね。まぁ及第点を差し上げます。それなら隣を歩かれていても、変な風には見えないでしょう」

「どれだけ上から目線だ」

 及第点だと?

 恐らくデートもした事が無いような奴が言える台詞か。

 偉そうに。

 しかも、変な風って一体どんな風だ。

 

 相変らず苛々させられる奴だ。

 ただその事が逆に日常をイメージさせ、俺を落ち着かせる。

 状況を俯瞰して見渡す余裕が生まれていく。

 

 先ず注目すべきは、不本意ではあるが目の前の女だ。

 目の前に立たれているので仕方がない。

 人の服装をとやかく言うような輩には、自ずとこちらの目も厳しくなろうというものだ。


 宝子山の服装は、薄青色のワンピースである。

 半袖で、薄い花柄の模様が点々と散りばめられている。

 そのワンピースと白い靴を合わせており、手には手提げの高そうな白い鞄と、薄ピンク色の日傘を持っている。

 鞄はともかく、日傘を持って行動する女子高生は希少数だろう。

 が、『お嬢様』という属性の色眼鏡を掛けて考えると、しっくりくる気がした。

 総評すると、深窓のお嬢様スタイル、といったところか。

 ただ、金髪に近い髪の色が、どうも不釣合いに感じなくもない。

 とは言え、こいつに対する個人的悪感情を加味しても、悪く言う事は出来そうになかった。

 

 次に周囲を見回す。

 まだ昼だからか、駅前は人の群れで溢れていた。

 サラリーマン、清掃員、親子連れ、学生。

 他にはカップルの姿なども見受けられる。

 ……認めたくはないが、俺達も周りから見れば同じように見えているかもしれない。

 甚だ不本意だ。


「……一応聞いておくが、何処に向かうつもりだ?」

「何を言っているのですか?」

「だから、予定は……」

 宝子山は俺の言葉を遮るように、深々と溜息を吐く。

「女性をエスコートするのは、男性の役割でしょう?」

「は?」

「全く……これが来世の貴方であれば……」

「それはもういい」

 長くなりそうだからな。


「ともかく、この場を離れるぞ」

 駅前は流石に目立ちすぎる。

 特に俺を知る奴等と鉢合わせた場合、何を言われるか分かったものではない。

 そうなったら最悪だ。

「お前も付き合ってない男と噂になるのは嫌だろう?」

 何を考えているのか分からないが、宝子山はジッとこちらを見据えてくる。

 冷静に考えれば、俺の言いたい事は分かる筈だ。

 

「それは無理です」

 キッパリと言ったな。

 どうやら理解出来なかったようだ。

「門限がありますので、近場でないと困ります」

「なるほど」

 そういう理由ならば仕方ない。

 やはり……もとい残念ながら、縁が無かったようだ。

「では、解散だな。ここで俺は失礼する」

 踵を返す。

「でも、安心して下さい」

 音も無く廻りこまれていた。

 忍者のような奴だ。


「だから俺は帰ると……」

「経験の無いだろう貴方に代わって、廻るコースは私が考えてきましたから」

「話を聞け……それに自分で考えているのなら早く言え」

 しかも、一言余計だ。

 少なくとも、お前に言われたくはない。


「時間も勿体無いですし、早速始めましょう」

「だからっ! 話を聞いてくれ! そして、日傘を畳め!」

 お前が動く度に日傘の端が顔に当たってる。

 くっ、邪魔臭い!


 しかし、宝子山は俺の主張を聞きいれようとはしない。

 俺の腕を掴むと、脇目も振らず進んでいく。

「ま、待て! 頼むから一旦止まれ! 反対だ!」

 別にデートに反対だと言っているのではない。

 いや、反対なのは否定しないが。

 今俺が言っているのは、そのままの意味だ。


 宝子山は左手で俺の左腕を掴んだまま歩いている。

 つまり、俺は後ろ歩きを強要されていた。

 この女は意外と力が強く、振りほどけそうにも無い。


「予行練習はもう始まったのです。私とて本意ではないですが、後はもう真っ直ぐ前に突き進むだけです」

 ――だから俺は前には進めないと言っている。

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