表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5: 罪悪感と想い人

 

 下駄箱で話し込むのは宜しくないと、珍しく利害が一致した俺達は、校舎裏に移動した。

 互いに人の目が気になってのことだが、仮に見つかった場合この場所の方が危険かもしれない。 と、移動してから気付いた。

 傍目には密会しているように見えるだろうからだ。

 他人にどう噂されようと気にはならないが、気分が良いとも言えない。

(さっさと終わらせよう)

 決意を秘めて、宝子山に向き直る。


 校舎裏は日陰になっており、どこに立っていても夏の日差しが直撃する事はない。

 しかし、その副産物とも言える熱は隠せようもない。

 無駄に高い気温の所為で、俺の額から汗が一筋伝い、地面に落ちた。


 対して、向こうも同じ事を考えていたのかは定かではない。

 だが、まっすぐな瞳には何かしらの意志が感じられる。

 俺とは反対に、暑さを全く感じていないような平静さで、

「私のお願いは一つだけです」

 と、宝子山は重々しく口火を切った。


「ある男性との仲を取り持って下さい」


 が、出てきたのは何とも軽い言葉だった。

「は?」

 その落差に、間抜けな声が出る。

 暫し唖然として……そう言えば屋上で『好きな人がいる』とか何とか言っていたことを思い出した。

 そう考えてみると、これまでの頼みが何となく理解出来る気がする。

 それは頼みの関連性だ。



 お見合い阻止、エロ本、男料理。

 これらは好きな相手が居るからこその頼みと言える。


 お見合い拒否は当然だとして、男料理などは正にそれらしい。

 恐らく、男好きのする料理が知りたかった、といった所だろう。

 ピンとはズレている気はするが。

 で、エロ本は…………いや。それだけは、やはり理解不能だった。


 一応、推測が正しいかを確認すると、

「はい。その通りです」

 と、宝子山はあっさり認めた。

「彼は料理の出来る女性が好きなようですから」

「エロ……『快楽天国』は?」

「それは彼の好きな書物だそうです」

「……なるほど」

「彼の趣味が詳しく知りたくて、どうしても欲しかったのです。お友達に聞いたのですけど、誰もその本の事を知らないようでしたので、結局他の温泉雑誌を取り寄せて勉強しました」

「……そうか」


 他の人に聞いたのか……。

 知らないから仕方ないとは言え、恥ずかしい奴だ。

 友人にしても本当に知らなかったのか?

 余程世間知らずの人間でない限り、タイトルで気付きそうなものだ。


 しかし、同級生の、それも異性に、エロ本が好きだと知られている男の方も哀れだ。

 ズバリ好きな雑誌までも特定されている。性的嗜好が筒抜けだ。

 年頃の男として、これほど恐ろしい事はない。

 唯一の救いは『快楽天国』は至極オーソドックスな内容の雑誌だという事か。

 なにはともあれ、同情せざるを得ない。

 

 それはさておき。

 話を聞いていて、一つ気になった事がある。

「……もしかして、その髪の色は?」

 恐る恐る確認すると、宝子山はあっけらかんと答えた。

「ああ、これですか? 彼の好みに合わせました」


 やはりか……。

 くそっ、長島め!

 何が『余程の事があった』だ。

 ネガティブどころか、実際は超ポジティブ思考での変色じゃないか!

 こいつもこいつだ。

 人騒がせなタイミングで、紛らわしい事をするな!

 ふんっ。

 真実を知った今、もうこの女に付き合う必要性は全く感じない。

 そもそも欠片でも変な責任を感じるのではなかった。

 ともかく、ここは早々に退散するとしよう。

 眼鏡の位置を整え直し、俺は一つ頷く。

「なるほど。話は分かった」


 宝子山は期待に目を輝かせる。

「では、彼との関係を取り持って頂けますね?」

「断わる」

 当然。即答だ。


「何故です?」

「俺がそんな事を手伝う義務はない」

「いえ手伝ってください。私は取り持って頂きたいです」

「そんなこと俺には関係ない。他を当たれ」

「さっき、手伝ってくれると言いました! 嘘吐きです!」

「話を聞いてから判断すると言った筈だ。で、判断した結果、断わる。何の嘘もない」

「なんて小ズルくて、器の小さい人! 酷いです! 来世までお恨みします!」

 酷い言われようだ。

 ただ、来世になったら許して貰えるらしい。


 それから少しの間、取り持て、取り持たない、という互いの主張は平行線を辿った。

 無意味な言葉の往復が、校舎裏で展開される。

 時間の不毛な浪費だ。


「どうして取り持って頂けないのですか!? 来世の貴方だったら、こんな時躊躇わず手伝ってくれました!」 

「…………お前の設定では、来世の俺はお前の夫という話ではなかったか?」

「そうです。互いの事を本当に想いあった仲でした! ラブラブです!」


 ………………なら、どの世界に妻の恋路をサポートする夫がいる?

 既に末期だろう、それは。


 自然と呆れの篭った吐息が漏れる。

 合わせて胡乱気な目を向けると、宝子山の様子がおかしい事に気付いた。

 何かを悟ったような笑みを浮かべている。

 まるで優越感に浸っているような、そんな表情で話す。

「貴方の嫌がる理由が分かりました。さては嫉妬していますね?」

「は?」

「隠さなくてもいいです。そうですね。私も配慮が足りませんでした。ただ、殿方の焼きもちは見苦しいだけですよ? と言いますか、気持ち悪いです」

 そう言って、眉を顰めて嫌らしく笑う。


 なるほど。分かった。

 言葉を重ねても面倒だ。

 お前に返す言葉を、一言に凝縮しよう。


「馬鹿が!」


 一万歩譲ったとしても、お前の推測が俺より先になる事はない。

 何故なら、ありえないからだ。

 などと考える事すら、馬鹿らしい。


 その俺の態度が不満だったのか、宝子山は更に苛立ちの篭った声で主張を続けた。

 徐々にヒートアップしてきたのか、声量が増していく。

 校舎裏と言えど、大声を出せば部活動生などの注意を引いてしまうかもしれない。

 少々俺も焦り始めていた。


 そんな時、

『…………何? 誰か喧嘩してるの?』

 そんな言葉が風に乗って聞えてきた気がした。


 拙い。

 俺の焦燥感は徐々に加速していく。


「……ともかく、俺は取り持つまではしない。だが相手の事を調べてやる。それが最大の譲歩だ」

 だから、この場を早く収めたくて、そんな事を口に出してしまった。

 そして、言った傍から後悔する。

 俺が自分に関係のない面倒を負わなければならない理由とは何だ?

 

 そんな苦悩を他所に、宝子山は不満そうにしながらも、主張の声は止んでいる。

 その対応で妥協すべきか、考えているのだろう。

 やがて、平静さを取り戻した表情で言った。

「では、彼の事を漏れなく調べ上げて下さい」

 

 それから、アレを聞いて欲しい、コレが知りたい、などと。

 宝子山の要求が続いた。

 どうも宝子山が知っていたのは、女子生徒の友人からの情報だったらしい。

 どうやら男の友人が居ないようだ。

 ただ、だからこそか。これ幸いと宝子山の要求は留まる所を知らない。

 同性だから、もっと突っ込んだ話を訊ける筈だ、などと考えているのだろう。


 俺に言わせると、色恋に現をぬかす愚かな娘の行動そのものである。

 だが、言い換えると、何処にでもいる当たり前の女子高生の姿だ、とも言える。

 来世だのどうのこうの言っている、頭のおかしい女な気配は感じない。

 

 俺は大凡の要求を聞き流した後、とりあえず最も重要な情報だけを確認した。

「で、相手の名前は?」

 その問いに、宝子山は少し固まった。

 ここまで明かしておいて、何を照れることがあるのか、モジモジと気持ち悪く身悶えする。

「さっさと言え」

 俺の催促によって、ようやく頬を染めながら小さく答えた。


「2-Eの……盛永さんです」



***



「盛永? ああ、知ってんよ」


 昨日、名前を聞いたものの、生憎俺はその盛永を知らなかった。

 俺が他クラスの生徒の情報に疎いという事もあるが、それでも目立っている奴の事は知っている。

 つまり、盛永とはあまり目立つ存在ではないのだろう。

 

 なので翌日である今日。

 俺は朝登校してきた長島に、宝子山の想い人の事を尋ねてみた。

 果たして、長島は当然のように盛永の事を知っていた。


「そうか。一体どんな奴だ?」


 正直、一人目で回答を得られたことに、ホッとしていた。

 聞いて廻るのも面倒だからだ。

 加えて、俺自身は盛永のことなど、全く興味もないのだ。

 何が悲しくて、男の事を調べなければならない。


 そんな事を考えていると、何故か長島は探るような眼を向けてくる。

「知ってるけども……何で盛永の事を知りたいん?」

「ちょっとあってな」

「ふぅん……まぁ、別に俺とダチって訳じゃねぇから、人から聞いた話をそのまま教えるけどね」

 歯切れが悪い。

 訝しんでいた俺に、長島は低い事で言った。

「ともかく……あまり評判の良くない奴だよ」


 何か……前途多難な予感がする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ